2007年9月29日 (土)

俳句の音表現

2007年9月29日(土)

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古本屋で中村草田男の俳句集を買った。文庫本だが、なんと表紙カバーの装画が宇佐美圭司の絵なのだ。いかしてるね。



草田男は音楽が好きだったらしく、俳句作品の中にも作曲家や楽器が登場する。例えば

 炎天やベートーヴェン曲飛沫(しぶき)挙げて

などだ。そこであることを思い付いた。ジョヴァンニのことだからまた何かたくらんでいるんだろう、と考えた方はいい読み筋をしています。将棋を指せばすぐ名人になれるでしょう。でも真面目な内容なんだよ。そのヘヴィームーン(重い月)いや思い付きは、俳句の中の音表現を集めて分析できないかということだ。

そこで句集の中から音表現がある作品を拾い上げる作業を始めた。ひまだねえ、と言わないでね。通勤電車に揺られながらやったんだから。そしたら、次のようなパターンを見つけた。

<パターンA>音が出ていることを具体的に明確に示す場合。これは最も素朴な表現だと思う。次の例は「鳴る」という動詞で音を明確化している。


 夕桜あの家この家に琴鳴りて

<パターンB>次は、はっきり書いてないが、音が出ているのがわかる場合。少し高級になるかな。たとえば次の例は「冬濤(ふゆなみ)」という名詞が風に乗って岩に当たり砕け散る波の音を示している。

 冬濤や砕けし波の綾載せて

<パターンC>次はもっと高級だ。風鈴など、明らかに音が鳴るものの名詞を書かず、音が鳴ることを示す動詞も書かないで音を暗示する場合だ。実は良い例がまだ見つかっていない。次の句は候補になるかもしれないが、秋の風が音を全く発しないと言われても反論できない。

 眼の前を江の奥へ行く秋の風

まあ根気よく調査を続ければ見つかるだろう。そして抽出した例をさらに掘り下げて分析してみれば、また新たな発見があるかもしれない。楽しみだ。

2007年3月11日 (日)

新曲のタイトルの名(迷)案

風邪か花粉症か区別がつかないが、熱っぽく頭痛がする。今月末に本番がある弦楽合奏の練習を休んでしまった。でも自宅で痛い頭を押さえながら確定申告の書類を作っていた。期限が迫っていたので仕方ない。無理矢理やって見直そうとしたが、疲れてヤル気が出ない。そんな時に限ってくだらない事を思い付き、Heavy Moon(重い月=思い付き)を書いてしまう。この非合理さをどうかしたいのだが、どうにもならなくて困っている。

1,2年おきに企画する「半世紀記念コンサート」が終わり、次回はどんな新作を発表しようかと考えていたら、あることを思い付いた。一生に一度やりたいと思っていたことである。それはバッハ作曲「フーガの技法」より未完の四声フーガの補作だ。つまり途切れている箇所から先を作って曲を完成させようという、真摯なバッハ信者からみると神(バッハ)を冒瀆するような行為だ。最後には四つの声部が別々に異なるテーマを奏で、それが垂直にも調和する。たまらないねえ!

そしてその曲に名前を付けるんだ。J.S.バッハ作曲-J.スキアリ補作「フーガの技法より四声の蜜柑(みかん)のフーガ」。いいでしょう!え、良くない?ふざけすぎている?いいじゃないですか。サティだって「梨の形をした3つの小品」を発表してるんだから。スカルラッティにだって「猫のフーガ」があるし・・・。

2007年1月22日 (月)

コンセプチュアルな風景という写真集?

コンセプチュアルな風景」というのを思い付いた。発端は興奮冷めやらぬ「大竹伸朗 全景」だ。大竹といえば制作拠点の宇和島を連想する。そこで風景写真を撮影する。太陽や雲を見上げてシャッターを切ると、「宇和の空」という作品が出来上がる。これは大竹へのオマージュになっていると同時に、「上の空」を表現した心象風景にもなっているんだ。これって素晴らしいと思わない?え、しょせんオヤジギャグの範疇を出てないって?いいじゃないか面白ければ。

こういう作品を全国を旅して撮り続け、シリーズにするんだ。そうすると「写真集:コンセプチュアルな風景」という作品集が完成する。これには綿密な計画と時間と金が必要だから、今の私にはできない。誰か代わりにやってくれないかなあ。でもこんな馬鹿なことをやってくれる人はいないだろうな。

「宇和の空」は出来すぎているけど、他に同じようなものを探してもなかなか見つからない。どこか不完全になってしまうんだな。例えば、「今市のラナイ」→「いまいち乗らない」はラナイ(ベランダのこと)というハワイ語のお世話にならないと完成しない。惜しいところだが。「仙台の墓」→「先代の墓」。つまらないなあ。「佐渡公爵夫人」→「サド公爵夫人」。おいおい。「銚子のいい鍛冶屋」→「調子のいい鍛冶屋」。まだやる気か?「安芸の夕暮れ」→「秋の夕暮れ」。だめだ、もう止めよう。

というわけで、「宇和の空」のようにすっきりしたコンセプトがどうしても見つからない。一度じっくり時間をとって考えることにして、今回はHeavy Moon(重い月→思い付き)の提言にとどめよう。

2006年12月19日 (火)

「飛んでも八分」の語源

「飛んでも8分、歩いて10分」の語源は何かというのが話題になった。いろいろ案が出たが、ネットで調べてみたら英語の「Never Happen」をもじったものらしい。なるほどね。それだけではつまらないので、実際に八分飛ぶとどの程度の距離を移動できるのかを検証してみた。 小型機は時速300kmぐらいだ。8分飛ぶと40km移動する。東京から横浜ぐらいだ。マッハ2のジェット機だと326kmに達する。名古屋ぐらいまで行けるんだ。スペースシャトルは秒速8kmぐらいだとか。これはすごい。8分飛ぶと3,840km移動できる。おおよそ千里に相当する。「悪事千里を走る」・・・これが言いたかったのだ。お後があまりよろしくないようで。

2006年11月10日 (金)

入れ子集め:中島敦の「木乃伊」

__44 「ブログの玉手箱」と呼ばれるニャンサーネットジャパンさんが「入れ子」について書かれたのがきっかけで、その神秘に浸りたくなった。最初に名前が挙がったのが澁澤 龍彦の「胡桃の中の世界」だ。あらためて読んでみたら澁澤はこのテーマでアンソロジーを編んだら面白い・・・ということを述べていた。同氏が「入れ子」のテーマで古今東西の物語などを収集・分析したら珠玉のアンソロジーができただろうな。 自分ではそこまでやる能力がないので、少しずつ断片を集めると面白いかなと思って本を読むときには注意を払うようにしていた。

__45 するとあったあった。中島 敦の「木乃伊」という短編だ。集英社文庫の「三月記・李陵」だとP.25に出てくる。これは「前世の記憶」をテーマにした掌編だが、過去の人間の記憶が重層的に注ぎ込まれたというイメージである。薄気味悪いと同時に、魅力的なものを感じる。

2006年11月 2日 (木)

「音楽deショートショート」というジャンル開拓

「音楽deショートショート」というジャンルを考えた。検索エンジンで探しても出てこなかったので、今度こそ正真正銘の新規開拓だぞ。しかも既に10曲ぐらい作品を作りためてあるんだ。たとえばクリスマス・キャロル4曲を同時に鳴らし、和声的に違和感ない「あっちもこっちもクリスマス」という曲を作曲(いや編曲というべきか)してある。Heavy Moon(重い月=思い付き)成就その1だ。

2006年10月31日 (火)

時事俳句(先を越されている)

以前「一日一句」と称して月曜から金曜まで毎朝、時事川柳を作って親しい友人にメールしていた時期があった。これが1年間続いたのだが、仕事が忙しくなって中断し、そのままになっていた。

昨晩、仕事帰りに幼ななじみに会い「俳句の会」に誘われたが、私はそんな高尚なことはできないと言った。もっとも時事川柳は実は大変難しいんだけど、一般的に俳句のほうが格が上だよね。

そこで「Heavy Moon」(重い月=思い付き)(駄洒落失礼!)で「時事俳句」というジャンルを開拓したら英雄になれるかも、と考えた。念のため検索エンジンで調べてみたら、なんとこのアイデアはとっくの昔に考えられていて、実践までされていた。これはショックだったな。同じ事を考える人はいるもんだな。それも大勢。

そんなわけで今回の「Heavy Moon」は一人相撲に終ったけど、今後も隙あらば新しいものを開拓するぞー。ちなみに名前の「序盤に隙あり」は序盤だけのことだよ。中盤は結構強いんだよ。序盤は段無しで中盤は初段以上あるって四段の人から言われたから。

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