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2013年6月 1日 (土)

美術アーカイブ:2000年(14) テリトリー:オランダの現代美術

「テリトリー:オランダの現代美術」(東京オペラシティアートギャラリー)の回想。

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オランダの新しいアートと言うと、まず頭に浮かぶのはピエト・モンドリアンであろう。モンドリアンが完全抽象にたどり着いたのは1914年頃である。今回の作品はほとんどが2000年に産み出されたので、モンドリアンの抽象への入り口から起算すると86年もの年月が経過していることになる(抽象だけが新しいアートというわけではないが)。

では今回の展覧会はどのようなものだっただろうか?残念ながら、あまり良い印象が残っていない。それにはいろいろな理由が考えられるが、最も大きいのはコンセプチュアル的な要素が強いという点ではなかろうか。

そもそもメインテーマの「テリトリー」という言葉がわかりにくい。この展覧会ではテリトリーを「自分を取り巻く空間・領域」と普通に定義し、人間は自分たちのテリトリーをどのように意識しているのか、というのが主眼点だと解説されている。

その定義の枠の中に「寝る」、「跳ねる」、「揺れる」などの動きの要素を注入して「作品」を作るというのだが、ますますわからない。

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私は本来コンセプチュアル・アートを好まないので、このような展覧会の組み立て方にはなじみにくいという事もあるが、もっと重要なことがあるような気がした。それはコンセプトへの求心力である。

例えばジョン・ケージとかヨーゼフ・ボイスらがコンセプトを唱えると、若干反発したくなるが、結果的に彼らの作品を楽しんでしまう。この差はどこから来るのだろうか?それがコンセプトの求心力という事なのだろう。つまりコンセプトというものは、カリスマ的な「教祖」によって提唱され、維持発展されないと、しぼんでしまうのだ。

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今回の展覧会の場合、「日蘭交流400周年」というタイミング、東京オペラシティという立地などが若干「カリスマ性」を内包していると思うが、まだ足りない感じがする。参画したアーティストにもビッグネームの人がいなかったし、同時に企画されたシンポジウムでも超有名人の名前は無かった。そのような「非カリスマ性」により求心力が足りなかったと思うのだ。

今回は印象が強くなくて残念だったが、オランダの同時代のアートは今後も味わってゆきたい。できればコンセプチュアル・アートではなく、抽象作品などにて・・・。

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