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2013年2月24日 (日)

美術アーカイブ:2000年(7)浜田知明展

「浜田知明展―彫刻による風刺」(神奈川県立近代美術館[別館])は「ジョージ・グロス」の展覧会(同美術館本館)の後立ち寄った。グロス展の半券の裏がそのままこの展覧会のチケットになっていた。

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浜田知明(ちめい)の作品は風刺が効いており、題材も戦争など暗いものが多い。例えば「風景」などは戦争の悲惨さを直截的に訴えた作品だ。

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このタイプの作品を観る限り、浜田知明はいろいろな意味でジョージ・グロスと共通項があり、今回の鎌倉は「暗い風刺」シリーズとなった(苦笑)。

ただ浜田知明の場合は、グロスと比べて不思議な明るさとユーモアが感じられ、それが救いとなっている。例えば「ボタンを押す人」を観てみよう。

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権力者らしき人間が「俺は偉いんだぞ」と言わんばかりに身構え、ボタンを押すしぐさをしている。どことなくユーモラスな雰囲気が漂う。しかしこのボタンが核兵器の発射ボタンだと思うと、とたんに背筋が寒くなる。直截的ではないが、間接的に戦争の悲惨さという社会的メッセージを込めた作品である事には変わりがない。

浜田知明のこのユーモアはどこから来るのであろうか?浜田作品の中には「アレレ・・・」というユーモアそのものと言ってもいい作品がある。

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こういう作品を産み出す感覚を浜田は潜在的に持っていて、その上で戦争の爪痕を描いているので、残虐さの中にもユーモアの光明が見られるのであろうか?

一方、浜田には構成感の強い半抽象作品もある。「広場」がその例だ。

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右上に兵士のヘルメットと銃剣と思われる物が見られるが、全体として見ると構成感のある構造物として捉えることができる。

またシュール的な作品もある。「ある画家の像」がそれだ。

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器物のコンポジションを画家という人物に見立てている。

このように、浜田知明の作品は戦争の愚かさを示すものばかりではなく、多様な側面を見せている。それが救いであり、広がりであり、最終的に浜田作品の魅力を形成しているのではないだろうか。

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