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2012年12月 8日 (土)

美術アーカイブ:1999年(1) 鈴木治の陶芸

「詩情のオブジェ 鈴木治の陶芸」(東京国立近代美術館工芸館)に行って本当に良かった。展示内容も図録(150ページを超える!)も充実していたし、何と言っても大好きなアヴァンギャルド陶芸の巨頭の一人(もう一人はもちろん八木一夫)の作品を間近に観ることが出来たのだから。

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私がアヴァンギャルド陶芸を好む理由は、少々恥ずかしい理由だが、専門知識が無いだけでなく、難しい事を勉強するのが億劫だからに他ならない。正統派の作品だと、どの流派だ、焼き具合はどうだ、釉薬の用い方はどうだ・・・等、難しい事を知らないと味わいが深められない。それに比べ、アヴァンギャルドな作品は観て直感的に楽しめるから好きなのだ。

これは絵画における抽象と似ている。具象、特に宗教絵画などでは、手に持った剣は何を象徴する、マリア様の衣装は伝統を守っている・・・等、勉強しておかないと何がいいのかさっぱりわからない。それに対して抽象絵画は前提知識を持たなくても素直に楽しめる。これと同じだ。

鈴木治の作品は実に多様な顔を見せる。抽象彫刻のような造形感が欲しければ「馬」のような作品がある。無駄なものをそぎ落としたシンプルさはコンスタンティン・ブランクーシの彫刻に通じるものがある。

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焼き物の素材感を肌で味わい、なおかつ抽象的な構成美を求めるなら「土偶」という作品が用意されている。アイヌの衣装のような紋様が美しい。

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また小さい作品が多数集まると、そこには構成感が生じる。「掌上泥像 三十八景」などは観ていて本当に楽しい。一つ一つの作品も味わい深いが、こうして並べられた作品群を俯瞰すると、また違った世界が現れる。

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久しぶりに図録を開いてみたが、ページをめくる毎に個性あふれる楽しい作品の写真が現れて嬉しくなった。優れた作家、良い作品は人の感性に響くものだ。

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