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2012年12月28日 (金)

2012年回顧:即興演奏

管楽器奏者・阪本テツと「トマソンズ」という即興ユニットを組んだのは2011年の春であった。その年の5月に初舞台を踏んで以来、1年半の間に9回演奏を行った。ここでその実績を振り返ってみよう。

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***2011年実績***
第1回: 5月 「サロンライトコンサート」
       永山公民館(永山)
第2回: 7月 「すみだ川アートプロジェクト2011」
       隅田川河畔(浅草)
第3回: 8月 「西洋館のミニコンサート」
          横浜市イギリス館(横浜)
第4回:10月 「横浜トリエンナーレ」の「最後のテレビ」
          新港ピア(横浜)
第5回:11月 「秋の室内楽コンサート」
          松本音楽記念迎賓館(世田谷)

***2012年実績***
第6回: 3月「ちいさなおさらい会」
      八幡山の洋館(平塚)
第7回: 5月「5月の室内楽コンサート」
      鶴見サルビアホール(鶴見)
第8回:11月「はるもきふぇすてぃばる」
      インタープレイ(藤沢)
第9回:12月「一足早いクリスマス室内楽コンサート」
      二俣川サンハート音楽ホール(二俣川)

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演奏回数は、2011年中は5月以降で5回、2012年はまる1年あったのに4回にとどまった。これにはいろいろな要因があるが、演奏回数はあまり気にせず、中味を充実させてゆきたいと思う。

「トマソンズ」は、結成以来しばらくの間は純粋な即興を心がけていた。絵画なら純粋な抽象画だ。ジャズのようにあらかじめコードを決めておくという事をせず、相方の鳴らした音に反応して音を返すという事の繰り返しで演奏を進めていたのだ。

しかし第8回は通常ロックやジャズなどが演奏されるライブハウスに乗り込んでの演奏になった。私たち以外のグループはみなロックかジャズだ。その中で私たちだけ純粋即興をやっても浮いてしまうのではないか、と私たちは考えた。そして「今回は初めて曲を取り入れよう」という事になったのだ。

そこで相方が曲を選定し、そのメロディーに私たちなりのアレンジを加えて組み立ててみたのが、第8回と第9回の演奏というわけである。観客にウケたかどうか不明だが、私たちの芸域を広げるうえで意義ある演奏だったと思う。

2012年12月26日 (水)

2012年回顧:作曲

ここしばらく現代アート鑑賞にはまり、本業(?)の作曲に割く時間とエネルギーが極端に少なくなっていた。そのため2012年中に手掛けた作品の数も少なかった。

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その中で「自分の好きなものはこれだ!」という曲集を作ったのは大きかった。バッハの「フーガの技法」をイメージして作った弦楽四重奏のための♪「ポリフォニー工房」だ。これは3つのフーガ、2つのカノン、2つのフーガ風楽曲の、合計7曲の対位法的楽曲をセットにしたものである。3月に横浜市イギリス館で初演した。

中でも私自身が気に入っているのは第6曲「4つの主題によるフーガ」で、最後に4つの主題が同時になり響く。

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これはバッハ「フーガの技法」の第19曲(未完のフーガ)がもし完成していたら4つの主題が最後に同時に鳴っていたであろうという有名な話に触発されて作ったものだ。これは冗談だが、「バッハが成し遂げられなかった事を行ったのだから、バッハを超えた!」と一人で勝手に盛り上がっている。

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♪弦楽四重奏曲第3番は、古典的な手法で作った。先日「音楽私論:ソナタ形式の呪縛」という記事を書いたが、私自身がその呪縛に囚われ、第1楽章をおきまりのソナタ形式で作った。しかしただのソナタ形式では面白くないので、再現部で第1、第2、終結の3つの主題を同時に鳴らすという凝り方をしてみた。

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これは「ポリフォニー工房」で行った4つの主題の同時再現と同じような趣味である。

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♪弦楽四重奏曲は第4番になって初めて古典から抜け出し、近代的なタッチで作った。技法的にはメシアン創案の人工的な音階を活用した。

第1楽章は大好きなフーガ形式で作ったが、それより苦心したのは第2楽章「スケルツォ」である。

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ここでは真ん中のトリオの部分を除き、すべての小節で「レファミ」という音型がオスティナートとして鳴り続ける。この限られた音型にフィットする和音には限りがあるが、その制約条件の中で変化を付けるように工夫を凝らしたつもりである。

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3つの作品はさほど大作とは言えないが、自分なりに主張を通したつもりなので、まあとりあえず満足である。

来年に向けての抱負だが、自分ならではの作曲技法を開発し、それを活用して充実した曲を作りたい。いまイメージしているのは、複数の教会旋法を同時に鳴らす手法だ。そして旋法の間でローテーションを組み、時間の経過に沿って響きに変化を与えるやり方を追求してゆきたいと思っている。

2012年12月25日 (火)

美術アーカイブ:1999年(4) タイガー立石

「メタモルフォーゼ・タイガー 立石大河亜と迷宮を歩く」(O美術館)の記録。

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この作者が様々な分野で活躍するタイガー立石(立石大河亜)だとは、その頃は知らなかった。寅年生まれらしいペンネームで、作品も虎をテーマとしたものが多い。私がタイガー立石と最初に出会ったのは子供たちのために買った「とらのゆめ」だ。「七転八虎」(1966/89再制作)などの作品で構成した幻想的な絵本で、子供たちも大好きだった。

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作家は一つの技法、スタイルに満足せず、次々と新しいものを産み出してゆく。「百虎奇行」(1989)は賑やかな画面だ。中央下に上記「とらのゆめ」が埋め込まれているのが、作品間の関連性を強調して楽しい。

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もっと賑やかなものを求めるなら「東京バロック」(1963 – 64)がある。漫画チックで何とも言えない猥雑さだが、全体として不思議なバランスを保っている。

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遠近法を逆手に取ったユーモアたっぷりの3コマ漫画「アンデスの汽車」(1997 - 98)のような面白い作品もある。

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「共同制作」(1963 – 1993再制作)というミクストメディアの作品。たたずまいが同じ作家とは思えない。

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立体作品もある。デ・キリコへのオマージュ「DE CHIRICO」(1996)には、輪回しで遊ぶ少女が姿を見せている。キリコの名作「街の神秘と哀愁」の追憶だ。

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このように多様な作品を作り続けたタイガー立石。肺ガンに勝てず惜しくも1998年、21世紀の世界を直接見ることができずに逝ってしまった。しかしタイガー立石の作品の中には未来を予感したようなものが多く、彼の頭の中では新世紀のイメージが渦巻いていたのかもしれない。

2012年12月24日 (月)

ではまた、ギャラリーCNさん

私の地元・藤沢のギャラリーCNが年内で営業を終了することになった。開催していた「サイトウナオコ[CURLY &CHOCOLATE]」展は本日12月24日で会期を終えるが、同時にこれが同ギャラリーの見納めとなるわけである。

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このギャラリーは2006年9月に開設されたから、まる6年が経過したわけだ。私が初めて同ギャラリーを訪れたのは2008年の9月に開催された「ジム・ハサウェイ展」だった。それから起算すると4年ちょっとの期間となる。ギャラリーの短い歴史において、その3分の2に寄り添ったことになる。

ギャラリーCNの魅力はどこにあったのだろうか?視覚的に訴え力が強いのは、湾曲した大きな鉄板だ。これを巨大オブジェと解釈すれば、このギャラリーは常時最低1つの現代アート作品を展示していることになる。一方これを反響版として見るなら、この場における音楽の演奏という広がりの可能性を示唆することになる。

もう一つの魅力は、二人の共同画廊主の放つオーラだ。都心からみて藤沢は田舎で遠いというイメージがあるにもかかわらず、画廊主が東京都内でーティストに会うと、人間的魅力によるものなのであろうか、いつの間にかこの藤沢の画廊にアーティストが引き寄せられていた。

そして、企画展においては作家の紹介をするのだが、作家自身が話し下手の場合、画廊主が面白おかしく作家の特質を披露した。その際、画廊主が出しゃばり過ぎず、引き過ぎず、ちょうどいい感じで話を展開してゆく様が心地よかった。

オープニングセレモニーでは、ワインなどで喉を潤すことにより、作家、画廊主、来場者の垣根が取り払われ、密なコミュニケーションが生まれた。そうすることにより、それまで未知だった作家について、来場者がクリヤーな像を抱いて帰ることが出来た。

そんな素晴らしい画廊が閉じるなんて、何と寂しいことだろう。それで表題を「さよならギャラリーCN」とせず、画廊再建を願って「ではまた、ギャラリーCNさん」と書いたのだ。これまでいろいろありがとうございました。そして今後も、何らかの形で繋がりを持ち続けて行きたいですね。

鎌倉の裏通りの画廊

アートつながり仲間と鎌倉を散策し、小町通りのカフェで一休みしていた。その時、昨年の10月「宮原青子展」を観た画廊(ジ・アース)が近くの裏通りにあることを想いだし、帰り際に立ち寄ることにした。

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事前情報なしで行ったのだが、前回の経験からこの画廊なら面白いものを見せてくれるだろうと期待していた。すると折りよく 三塩佳晴、川崎はな の二人の作家の展覧会が開催されていた。これが素晴らしい展覧会だった。

特に三塩佳晴の作品は幻想的で、内容的に私の好みにピッタリ合っていた。また木口木版画と銅板画を組み合わせて1枚の作品に仕上げるなど技法的にも(私にとっては)新奇性が感じられて楽しめた。

2012年12月20日 (木)

総合ミュージアムをつくろう展

第4回「総合ミュージアムをつくろう」展(藤沢市民ギャラリー)に行った。
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藤沢市には気鋭の芸術家が数多く在住しているのに美術館が無い。長年にわたり、アーティストとして優れた人材を輩出するが、政治力・交渉力を伴った芸術家が育たない風土だからであろうか?

市民ギャラリーは地味な施設なので、展示会場は遠くから見ると学校の学芸会のようなたたずまいだ。しかし会場の中に入ると、質の高い展示作品に圧倒される。そうそうたる作家が出展しているからだ。私は地元なので特定の作家と作品を採り上げるのは「えこひいき」になるので止めておくが・・・。

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私は勤め帰りに立ち寄るので閉館間際に駆け込む。そのためか訪れている人が少なく、静かにゆっくり鑑賞できるのはいい。その反面、遅い時間まで多くの観客が詰めかけるぐらいに盛況になって欲しいという思いもある。

作家の皆さん、力を結集してミュージアム建設へ向かって進んで下さい。

2012年12月16日 (日)

美術アーカイブ:1999年(3)  ピカビア展

ピカビア展(伊勢丹美術館)の回想。

有名アーティストの中で、ピアビアほど捉えにくい画家はいない。生涯にわたり作品のスタイルをめまぐるしく変えたこともあるが、単にそれだけではない。例えばピカソはよく知られた通り「青の時代」、「キュビズムの時代」などスタイルを変遷させたが、それぞれのスタイルの特徴が顕著で、どのような作品かという事を明確に思い起こすことができる。これに対してピカビアは各「時代」の特質が明瞭でなく、はっきりしたイメージが掴めない。

例えば私の愛するキュビズムに傾倒した時も「キュビズムの時代」ではなく「フォーヴ・キュビズム・オルフィスムの時代」というように、様々な要素が混ざり合い、なかなかクリアーな姿を見せてくれない。そしてその後になると、「怪物の時代」、「透明の時代」など、通常の画家が辿る道とは全く異なる様相を呈してくる。

結局、ピカビアとはどんな画家かという課題に取り組んでも、混沌としたものがピカビアだという結論に行き着いてしまう。そしてそれを教えてくれたのがこの展覧会であり、充実した図録であった。

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そして図録には素晴らしい「オマケ」が付いていた。ピカビアがバルセロナを起点とする4都市で19冊刊行したダダの雑誌「391」全巻のコピーだ。この付録だけでもファン垂涎の古書的な価値があると思う。

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いい機会なのでピカビアの作風の変遷を、各時代に属する作品を観ながら辿ってみよう。紹介する作品は、今回この展覧会で展示された作品の中から選んだので、必ずしも代表作ではないことをお断りしておく。

♪印象派の時代(1902-1909)

私は印象派を好まないので、この時代は興味無し。

「ポワッシーの水辺」(1906-07)

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♪フォーヴ・キュビスム・オルフィスムの時代(1909-1914)

キュビズム好きの私としては興味が湧いたが、ピカソ、ブラックなどの精鋭と比べると、鋭さに欠ける。

「大西洋航路のエトワール」(1913)

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♪機械の時代(1915-1924)

この時代の作品は面白い。

「デ・ザヤス! デ・ザヤス!」(1915) 雑誌「291」より

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♪ダダの時代(1915-1924)

この時代も面白い。

「本日休演のプログラム」(1924)

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♪怪物の時代(1924-1927)

この時代の作品はどこがいいのかわからない。

「水浴びする女」(1925-26)

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♪透明の時代(1927-1932)

この時代の作品には若干惹かれるところがある。個性的だし、美しさもある。

「ルナー」(1929)

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♪模索の時代(1932-1939)

具象絵画を描いたり、抽象絵画を描いたりして模索した時代。

「オルガ」(1938)

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「抽象絵画」(1938-39)

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♪具象の時代(1940-1944)

モード雑誌に掲載された写真を元にポートレート的な絵を描いた時代。あまり良いと思わない。元の写真のほうが美しい。

「フレンチ・カンカン」(1942-43)

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上記作品の元となった写真「パリ・マガジン」66号(1937)

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♪抽象の時代(非具象の時代)(1945-1951)

私は抽象を好むが、ピカビアの抽象絵画にはどこか足りないものを感じる。

「包囲」(1950)

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私としては、「ダダの時代」と「機械の時代」の作品が一番面白いと思っている。その他の時代の作品は、どこか中途半端なところがあり、あまり興味がわかない。率直なところ、(ピカソなどの巨匠と比べ)技量が劣る分をアイデアで補っていた画家という感じがする。

夢の世界:狂気の山脈?

変な夢を見た。

親しくなった画廊主M氏が取引先に行くので一緒に行きませんか、と誘ってくれた。M氏の運転する車の助手席に乗って藤沢を出発し、国道1号線を小田原方面(西の方向)へ向かった。

途中でM氏が「混んでいるので違うコースで行きましょう」と左折した。南の方角へ向いたわけだ。私は海岸の国道134号線に出るつもりかな、と思った。

ところが道路と周囲の景観がどうもおかしい。行けども行けども信号も交差点も無く、ひたすら一本道を走っている。道路の幅はさほど広くないのだが、後にも先にも車の姿が無くM氏は百数十キロの猛スピードで飛ばしている。

そのうち道の左前方に山並みが見えてきた。それも雪を抱いた巨大な連峰だ。私の自宅から車で30分もかからない場所で、こんな威容が拝めるなんてあり得ない話なのだが、なぜか夢だと気が付かない。

そのうちカッパドキアのような奇岩群が現れた。大きな山脈の景色と相まって、威圧感をもって私に迫ってきたように見えた。まるでH.P.ラヴクラフトの傑作中編「狂気の山脈にて」で描かれた景色のようだった。

すると前方に住宅地が現れ、そこでは道幅が狭くなり、子供たちが道路の真ん中で遊んでいたのが見えた。危ない!と思ったらM氏が急ブレーキをかけ、事故には至らなかった。不思議だったのは、その時逆加速度による圧迫感がまるでなかった事だ。

遊ぶ子供たちを避けながら徐行して住宅街を進むと、間もなくIT企業とおぼしき会社のビルに近づき、M氏はその駐車場に車を止めた。青い壁面に赤地で会社名が書いてあったのだが、その名称はなぜか読み取れない言葉だった。

玄関を入って驚いた。中は普通の民家で、洗濯物、食事の後の汚れた皿など、生活感に満ち溢れていたのだ。そこには何人かの人がいたが、M氏は取引の相手らしい一人と商談を始めた。

私は庭に出ると面白いものが観れると聞いて、裏門から外に出た。すると目の前には巨大な雪の壁が立ちふさがっていた。垂直ではなく、多少角度がついていたので、腰まで雪に埋もれながらもその壁をよじ登って行った。

そして壁の一番上までたどり着き、前方を見たら海が広がっていた。夕焼け空と奇妙な形の雲で、その景色は誠に異様であったが、不思議な感動を覚えた。

すると突然、周囲の雪が解けて下方へ落ちてゆき、むき出しの壁が現れた。私はその上の縁にぶら下がった格好になり、足場が無くなって不安になった。壁の向こうは地面まで何十メートルもあるような絶壁である。手前はその会社の庭だが、10メートルくらいあるので、飛び降りてもケガをしそうで怖かった。

すると左のほうにまだ雪が残っていることに気が付き、移動して最初によじ登ったのと同じように、逆に下に降りて行って事なきを得た。

そうこうするうちにM氏は商談を終えたので、帰るという。私はなぜかM氏の車に乗るのを辞退し、自転車で帰宅すると言った。不思議なことに私の自転車が置いてあったのだ。

自転車で門の外に出ると、来た時とはまるで違う景観になっていた。目の前にはすりばち状の盆地みたいなものが広がっており、まずはカーブしながら下の方へおりてゆかなければならなかった。下りなので自転車は楽だ。スピードを出しておりて行ったら、なぜか後ろに愛犬「哲学者」が付いてきている。

哲学者はもう老犬なので、足腰が弱っており、あまり私が速く走ると可哀想だと思い始めた。すると急にあたりが明るくなり、まぶしいぐらいになった。それは少し開けたカーテンから私の寝室に差し込む朝の陽ざしであった・・・。

2012年12月15日 (土)

多賀新 線描の魔術師

「多賀新 線描の魔術師」(市川市芳澤ガーデンギャラリー)に行った。おなじみF君が招待券を手配してくれた上に、同行してくれた。F君いつもありがとう。

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今回の展覧会まで、私は多賀新に関し何も知識が無かった。こんなにすごい版画家を今まで知らなかったなんて恥ずかしいと思った。感想については、三者会談に委ねることにしよう。

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<三者会談 出席メンバー>
♪ギョーム・サボリネール(業務サボり寝る、以下「ギョ」と略記):
フランス近代詩人気取り
♪ジミー・ハーディ(地味・派手、以下「地味」と略記):
イギリス紳士気取り
♪ジョヴァンニ・スキアリ(序盤に隙あり、以下「私」と略記):
 イタリア人作曲家気取り

地味:ジョヴァンニ君、多賀新の展覧会に行ったんだって?
私:うん。F君に連れて行ってもらったんだ。
ギョ:どうだった?
私:いやあ、すごかったぞ。チラシにも半券にも「飛来」という作品が使われているんだけど、迫力あるだろ?

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地味:ちょっと怖い感じだな。宗教的なテーマなんだろうけど、異界的だな。
ギョ:そうだね。この漆黒の背景が効いているなあ。
私:そう言えば、F君が長谷川潔のようだと言っていた。彼は「太古の夢」という作品を観てそう言ったんだけどね。

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地味:なるほど、図録は買ったかい?
私:あいにく図録は作られてなかったんだ。その代わりにこういう冊子があった。印刷も綺麗だし、結構金がかかってそうだぞ。

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地味:この冊子の表紙にある「双璧」ってなかなか良さそうな作品じゃないか。
私:うん。僕が一番いいと思ったうちの一つだよ。中央に垂直に引かれた線で画面を二分し、背後の円環で全体を引き締め、二人の翼でバランスを取っている。そういう意味で構成感が味わえるしね。
ギョ:ジョヴァンニ君はすぐ「構成」に走り過ぎだよ。まあそれはいいけど、細かい線を使ってるんだなあ。
私:柄澤 齊の木版画みたいに細かかったよ。「食傷」なんてもっと細かいぞ。

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地味:本当だ。柄澤というと、ではこれは口木版画なのか?
私:いや、木版は無くエッチングが主体だった。ともかく精密機械みたいだったよ。F君の勧めで虫眼鏡を持って行ったんだけど、本当に役に立った。ちなみにこの「食傷」は絵葉書入れにもデザインされているんだ。

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私:そして作品リストにも背景に薄く使われている。

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ギョ:チラシと半券が同じ「飛来」で、絵葉書入れと作品リストは「食傷」か。統一感を図っているのかな。ギャラリー側も工夫したんだね。
私:うん、そうだね。統一感と言えば、ちょっと意味が違うかもしれないけど、作家の多賀新自身が登場している作品があるんだ。この「シーラカンス」がそうだよ。

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地味:ちょっと細かくてわからないなあ。
私:ごめん、そうだよね。魚の腹に四角い窓が3つ設けてあるけど、一番左の窓の中にいるんだ。
ギョ:よく見るといるような、いないような・・・。
私:そして「仏涅槃図:にも出てくるんだよ。下のに人の頭が並んでいるけど、一番右から2番目が作家の顔らしい。

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地味:ふーん。これってヒッチコックが自分の監督映画に登場するのと似ているね。
ギョ:そうだね。これはエッチングではないね。
私:そう、これは鉛筆画だよ。作家は大病を患ってから鉛筆で宗教画を描くことが増えたそうなんだ。
地味:仏の周りにいる動物は十二支かな。でも12以上いるぞ。
私:いいところに気がついたね。ジミー・ハーディ君といえば。イギリス。作家はお隣のアイルランドでこの動物のラインナップの構想を得たそうだ。
ギョ:宗教画はどんなのを描いたんだろう。
私:これは「持蓮華菩薩」。エッチングだよ。

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私:そしてこれは「十一面観音」。こちらは鉛筆画だ。

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地味:どっちも色っぽいな。
私:そういえば大病の前はエロ・グロだったけど、回復後はグロテスクな作品が減ったようだ。そしてエロスの側面だけが残ったようだね。

ギョ:話は飛ぶけど、ギャラリーはどんな所だったの?
私:いい所だったよ。庭が広くてこじんまりとしたたたずまいだった。

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地味:ジョヴァンニ君の家は藤沢市だろう、遠かったんじゃないか。
私:確かに遠かった。でも藤沢から市川まで東海道線と横須賀線を乗り継ぐと1時間と十数分で着くんだ。そう考えると、以外と近いと思う。
ギョ:通勤できるぐらいだね。
地味:いい展覧会に行ったね。

2012年12月10日 (月)

今日のオブジェ:チェスの駒?

これは何でしょう?チェスの駒のナイト(騎士)?

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これは即興ユニット「トマソンズ」の相方・阪本テツの愛奏するバス・クラリネットの部品だよ。

2012年12月 9日 (日)

サイトウナオコ個展

「サイトウナオコ CURLY & CHOCOLATE」(ギャラリーCN:藤沢)に行った。

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芸大で鋳金を専攻した作家らしく、ジュエリーや金属で作られた人形などが展示されていた。しかし今回の主力は平面作品であった。

サイトウナオコは包装紙などを長期間保存しておき、そのストックの中から選んだ紙に絵を描く。紙はもともと包装紙などに使われていた場合、シワだらけだが作家は意に介せず描き込んでゆく。そしてその絵が大変達者なのだ。

サイトウナオコが古い紙を好んで使う理由について、「絵が上手すぎるからシワなどの制約を課すことにより、絵が際立たず、描きやすくなるのではないか」と画廊主が推測を述べた。それに対して作家は特に否定はしていなかったようだし、「描きすぎてしまうといけない」というような言葉もあったので、たぶん事実か、あるいは事実に近いのだろう。

それを聞いて私は作家が綺麗な白いキャンバスに描いたらどうなるかと頭の中で想像してみた。私としては、それでも魅力ある絵になると思ったのだが(苦笑)。

また一人、すごい若手作家を知った。有意義な展覧会だった。

吉岡淳子 染織展

「吉岡淳子 染織展 ~絹を着る・絹を纏う~」(ギャラリー湘南アート:神奈川県立湘南高校・歴史館内)に行った。

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作家は「モネとの対話」という疑似コラボに取り組んだ。

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モネの額絵とそれに対応した染織の作品が並置されていた。こうして比較して観ると、吉岡の作品はモネの原作の雰囲気を継承しているようだ。すがすがしい感じがした。

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これは「モネとの対話」コーナーの全体像。行儀よく並べられたモネの額絵と吉岡作品が楽しそうだ。

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その他の展示。着物全体の写真パネルと生地の実物が並置されていた。わかりやすい展示方法だ。

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全体的に清楚なたたずまいで、静かな世界がそこにあった。

2012年12月 8日 (土)

美術アーカイブ:1999年(2) バロ展

「レメディオス・バロ展」(伊勢丹美術館)はシュール好みの私にとって大変面白い展覧会だった。

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「シュールレアリスムの夢と幻想」という副題が添えられていたが、これは「昔の武士の侍が、馬から落ちて落馬して」のような重複語ではないかと思う。さらに「バルセロナーパリーメキシコ 美しき亡命画家」というサブ副題が続いているのだが、これらの2つを合わせ「スペインーフランスーメキシコ 美しき亡命シュール画家」とすればすっきりするのではないかと思った。まあこのあたりは重箱の隅をつつくようなものだから、鉾を収めよう。展覧会は楽しんだのだから。

メキシコの女流シュール画家というと、真っ先にレオノーラ・キャリントンが頭に浮かぶ。フリーダ・カーロはもっと高名だが、私は彼女はシュール画家ではないと思っている。その議論はさておいて、この2人しか知らなかった時にバロの展覧会があるというので、興味深々で観に行ったのだ。

会場に入ったら、どの作品も面白い。これは楽しい展覧会に来たなと思った。半券に採用された「オリノコ河の水源の探究」(上記)は、バロの特長がよく表れた作品だと思う。

図録の表紙を飾った「行動する銀行家たち」も何とも言えない魅力が漂っている。ビジネスマンが魔女のように宙を舞い、仕事の遅れを取り戻そうとしているかのような光景は観ていて微笑ましい。

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「無重力現象」は空間の座標のずれを象徴するかのような壁の傾きが面白い。すっきりした楽しい作品だ。

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シュールの巨匠たちと比べ、バロには若干の欠点があると思う。それは次の2点だ:
♪画面が説明的すぎる。もっと暗示的な表現だと高級感が増す。
♪登場人物の顔がみな同じに見える。それがマンネリ感を生む。

以上のような弱点は見られるが、バロの作品は私たちを楽しませてくれた。細かい点でいろいろ批判はしたが、有意義な展覧会の企画に感謝したい。

美術アーカイブ:1999年(1) 鈴木治の陶芸

「詩情のオブジェ 鈴木治の陶芸」(東京国立近代美術館工芸館)に行って本当に良かった。展示内容も図録(150ページを超える!)も充実していたし、何と言っても大好きなアヴァンギャルド陶芸の巨頭の一人(もう一人はもちろん八木一夫)の作品を間近に観ることが出来たのだから。

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私がアヴァンギャルド陶芸を好む理由は、少々恥ずかしい理由だが、専門知識が無いだけでなく、難しい事を勉強するのが億劫だからに他ならない。正統派の作品だと、どの流派だ、焼き具合はどうだ、釉薬の用い方はどうだ・・・等、難しい事を知らないと味わいが深められない。それに比べ、アヴァンギャルドな作品は観て直感的に楽しめるから好きなのだ。

これは絵画における抽象と似ている。具象、特に宗教絵画などでは、手に持った剣は何を象徴する、マリア様の衣装は伝統を守っている・・・等、勉強しておかないと何がいいのかさっぱりわからない。それに対して抽象絵画は前提知識を持たなくても素直に楽しめる。これと同じだ。

鈴木治の作品は実に多様な顔を見せる。抽象彫刻のような造形感が欲しければ「馬」のような作品がある。無駄なものをそぎ落としたシンプルさはコンスタンティン・ブランクーシの彫刻に通じるものがある。

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焼き物の素材感を肌で味わい、なおかつ抽象的な構成美を求めるなら「土偶」という作品が用意されている。アイヌの衣装のような紋様が美しい。

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また小さい作品が多数集まると、そこには構成感が生じる。「掌上泥像 三十八景」などは観ていて本当に楽しい。一つ一つの作品も味わい深いが、こうして並べられた作品群を俯瞰すると、また違った世界が現れる。

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久しぶりに図録を開いてみたが、ページをめくる毎に個性あふれる楽しい作品の写真が現れて嬉しくなった。優れた作家、良い作品は人の感性に響くものだ。

2012年12月 5日 (水)

音楽私論:ソナタ形式の呪縛

ソナタ形式はベートーヴェンなどの古典音楽で盛んに作られたが、現在でもこの形式で作曲する人(私を含め)が後を絶たないのはなぜだろうか?

ビジネスの世界では「顧客ニーズに適った製品を開発する」という考えがある。これを音楽に当てはめると「聴衆が望む形式で作曲する」という事になるが、これは本当だろうか?私は大いに疑問に感じる。

例えばモーツアルトのトルコ行進曲付きのピアノソナタは聴衆に愛されている作品だと思うが、この曲にはソナタ形式の楽章が一つもない!それでも聴衆が喜ぶのだから、ソナタ形式が顧客ニーズに適っているという考えには無理があると考えられる。

そこで考えたのだが、これはどうやら作曲者自身に「ソナタ形式で書かなければならない」という呪縛があるからではなかろうか。そして、それ以上に真実に近そうなのは、ソナタ形式が作曲の技量を誇示しやすいからだという事だ。

ソナタ形式の中間には「展開部」がある。ここでは提示部で示された第1主題、第2主題、終結主題が分析・加工され、展開されてゆく。ここに作曲者は自分の培った作曲技法を投入し、努力して音の構成を作ってゆく。

ソナタ形式の展開部は、いわば「作曲者の腕の見せ所」という重要な場なのだ。他の楽曲形式には、このような「場」はフーガ形式を除くとほとんど見られない。作曲者自身がソナタ形式で曲を作りたがるのは、こういう事情によるものだという仮説が出来た。

では、フーガ形式がソナタ形式同様、作曲者の技巧を披露できるのであれば、なぜソナタ形式のように多用されないのだろうか?私としては、ソナタ形式よりフーガ形式のほうが曲を作っていてずっと楽しいし、技巧の見せびらかしもできると思っているのだが。

この点に関しては、どうも聴衆のニーズという要素が関係しているように思う。つまり聴衆はソナタ形式なら良いが、フーガ形式は敬遠するという傾向が強いように見えるのだ。

だから作曲者本人はソナタ形式もフーガ形式もどちらも作りたいが、そこに「売れるか」という要因が加味されて、フーガが落ちソナタ形式が残るという結果に落ち着いているように考えたいのだ。

以上のような理由から、作曲者は「ソナタ形式の呪縛」を受け、この現代においてもせっせとソナタ形式で曲を作っている、というのがこの私論の結論である。果たしてこれは正しいだろうか?

蛇足だが、私はソナタ形式において展開部だけ脚光を浴びる状況を憂い、「再現部の再開発」(駅前みたいだが)を考えた。そして弦楽四重奏曲第1番の第1楽章(もちろんソナタ形式)で短調の第1主題と長調の第2主題を同時再現するという技巧的な構成を試みた。

これを仲間に自慢しても「何じゃそれ?」という感じで相手にしてもらえない。しかし古今東西の楽曲で、短調・長調の主題を同時に鳴らすのはほとんど例が無いはずだから、少しは注目して欲しいのだが、これは独りよがりだったのか・・・。

ちなみにこの弦楽四重奏曲第1番は2003年に「泉の里コンツェルトザール」という所で初演した。残念ながらこの「短調・長調の同時再現」に気付いて褒めてくれた人はいなかった。誠に寂しい限りである。

美術アーカイブ:1998年(9)現代アメリカ版画の40年

「現代アメリカ版画の40年 巨匠たちと版画工房ULAE」(セゾン美術館)はいいところに目を付けたな、という展覧会だった。

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会場にはそうそうたる作家の版画作品が展示されていた:

♪ジム・ダイン:半券に「オペラのハート」が採用された。大好きなアーティスト。
♪サム・フランシス:大好きなアーティスト。
♪ジャスパー・ジョーンズ:巨匠
♪ロバート・マザウェル:大好きなアーティスト。マザウェルの作品によるクリスマスカードのセットを購入したことがある。
♪ロバート・ラウシェンバーグ:大好きなアーティスト。いつぞやニューヨークのソーホー地区でラウシェンバーグの少し大きめの版画が400ドル程度で売られていたことがあった。買おうかどうしようか迷い、結局見送った。あの時買っておけばなあ・・・。
♪バーネット・ニューマン:既に高名。
♪マリソル:特異な彫刻が面白いが、版画もなかなか良かった。
♪ソウル・スタインバーグ:既に高名。
♪R・バックミンスター・フラー:版画も手掛けたのか。
その他にも、30名近くの作家の作品があった。

「ULAE」とは何か。この展覧会を観るまで知らなかった。既知の方には恐縮だが、おさらいを兼ねて概要をまとめておきたい。

1957年にロシア系移民タチアナ・グロスマンとその夫モーリスによってニューヨークのロングアイランド、ウェスト・アイスリップに設立された版画工房。

モーリスは画家だが心臓病を患っていた。妻タチアナは家計を支えるために版画工房の開設を考案する。自分たちは版画制作の技術を持っていなかったので、助っ人として版画印刷の技術者ロバート・ブラックバーンを呼び寄せ、版画の制作を開始する。

注目に値するのは、工房を単なる「刷り工場」ではなく、版画に疎いアーティストを招待し、育成する場として機能するように方向づけた点だ。そのためにタチアナは次のような仕掛けを施したという:

♪一度に1人しか招待しない。
♪くつろいだ雰囲気にする。
♪アーティストに版画技術の手ほどきをする。
♪アーティストを温かく見守り、アーティスト本人の創作意欲を引き出す。
♪版画印刷のための紙を厳選する。
♪アーティストと詩人によるコラボレーションを企画し、アートと文学の融合を図る。

以上の努力の結果、ULAEはアメリカを代表する版画作家、ジャスパー・ジョーンズとロバート・ラウシェンバーグの育成という大仕事を成し遂げる。

一人の移民の主婦(タチアナ)の力恐るべし、である。

美術アーカイブ:1998年(8) 加山又造展

「やまと絵の心 加山又造展」(東京国立近代美術館)の記録。

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高名な加山又造に関する評論・評伝はいくらでもあるだろうから、私なりの感想を簡単に記しておくことにする。

1.水墨画の「月光波濤」の迫力には圧倒された。
2.「千羽鶴」は素人が好むタイプの作品なのかもしれないが、しかし好きだ。
3.屏風絵に女性のヌードを取り入れるアヴァンギャルドさには驚いた。

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というわけだが、この展覧会はなぜか来場者が多くなく、代表作がゆっくり鑑賞できた。その理由はわからない。1998年というと、加山又造は既に人気画家だったはずだが・・・。

美術アーカイブ:1998年(7) モンドリアン展

ブラック回顧展と同じ年、東急百貨店では「モンドリアン展」(Bunkamura ザ・ミュージム)も開催された。好きな画家なので私にとって嬉しい限りだ。

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ブラックの場合は初期の渋いキュビズム作品だけを愛好する私だが、モンドリアンの場合は事情が異なる。時代(年齢)の推移とともに変遷する作風のほとんどを好ましく感じているからだ。

モンドリアンといえば上に紹介した図録の表紙に採用された作品「赤と黄と青と黒のあるコンポジション」あたりが典型だろう。もちろん私もこのタイプの作品が大好きだ。しかしモンドリアンの各時代の作品は、どれも味わい深いのである。

例えば初期の風景画「ヘイン川―水辺の木立」は素晴らしく味のあるタッチで描かれているではないか。

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同じく木立を描いた作品だが、抽象に向かう一歩手前の「灰色の樹」もいい雰囲気を出している。

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そして抽象に達し、「コンポジションNo.Ⅳ」のような作風になる。これもいい。

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枠線が取れてもいい。これは「色面のコンポジションNo.3」。

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正方形を少し回転させて菱形にしても良い。これは晩年の「黄色の線のコンポジション」。

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このように、モンドリアンは時代を経て様々なスタイルの絵画を遺してくれた。そしてそれらの多くが愛すべき作品だ。これは素晴らしいことではないか。

美術アーカイブ:1998年(6) ブラック回顧展

キュビズム大好きの私としては、ピカソと共にキュビズムを生み出してくれたブラックは最も敬愛する画家の一人だ。そういう意味で「ジョルジュ・ブラック回顧展」(Bunkamura ザ・ミュージアム)は楽しい展覧会だった。

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ブラックと聞くとまず思い浮かべるのはピカソと競って描いた初期のキュビズム作品だ。チラシ裏面に紹介された「女の頭」あたりがその典型だ。そして私としても、このような作品を最も好んでいる。

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それに対してこの展覧会は回顧展らしく、初期から晩年までの作品を網羅的に並べていたので、普段好んで観るブラック作品とは一味違うものも味わうことができた。ただ結論を先に言ってしまうと、私にとってブラックで最も愛すべき作品は初期のキュビズム作品に集中している。その他の時代の作品は、あまり性に合わない。

ただし若い頃の半ば習作的な作品で、セザンヌ似のものは好きだ。これは勿論私がセザンヌが大好きだからに他ならない。例えばチラシ裏面に紹介された「家と樹木」などの作品だ。セザンヌの教えを忠実に守って描いているようで、何とも微笑ましい。

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しかし後年になってくると、初期の茶色と黒で渋く仕上げた作品に比べ、色彩が明るくなってくる。チラシ裏面の「青いテーブルクロス」などがその例だ。

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この作品も、力量の劣る画家の作品と比べれば優れた点が多いのだろうが、私の趣味からすると鮮やかな彩色は少し邪魔なような気がする。

以上のような事情から、ブラックは私にとって「茶色と黒の渋いキュビズム作品の画家」であり続けているのだ。私はそれで良いと思っている。それが好みなのだから。

2012年12月 3日 (月)

「植物画に誘われて」展

『「植物画に誘われて」展』(岩崎ミュージアム:横浜)に行った。

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松本千鶴(植物画)、小野かつよ(シャドウボックス)、ながいまちこ他(パーチメントクラフト)の3人のアーティストによるコラボだ。

3人の作品はどれも素晴らしいが、案内葉書も一味違う。こんな楽しい案内葉書をもらったら、都合が悪くても無理やり都合をつけて行ってしまう。

♪松本千鶴(植物画)
心を平穏にしてくれる植物画で、この人以上の作家を私は知らない。

先日 石川美枝子のボタニカル・アート展を観て素晴らしいと思ったが、石川の作品は力強く、落ち込んでいたら「さあ、頑張りなさい!」と鼓舞されるようなタイプだった。

それに対して松本の作品は、静かに微笑みながら見守ってくれる感じがする。失敗しても、それを咎めず、次のチャンスを与えてくれる優しさとでも言おうか。清楚で美しい松本の植物画は今後も多くの人に愛され続けるだろう。

♪ながいまちこ 他(パーチメントクラフト)
一見レース編みのように見える作品が、実は紙を切ったり穴を穿ったりして作られていた。その細かいこと!小さな蝶が何羽か飛んでいる模様を含む作品があった。その蝶の模様1つ作るのに5時間かかるのだそうだ。気の遠くなりそうな作業だ。

そのような地道で困難な作業を続けることにより、このような素晴らしい作品が生み出されてゆくのだ。

♪小野かつよ(シャドウボックス)
絵を何枚も重ねて貼りあわせることにより、奥行き感を出したレリーフのような作品が並んでいた。

それらの中に松本の植物画を取り上げた作品もあった。今回のテーマ「植物画に誘われて」を実践したコラボ作品として印象に残った。

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案内葉書についてもう一つコメントがあった。3人の作家の在廊日が一覧表になっているのだ。限られた紙面の中にこのような表を載せるのは大変だと思うが、作家のファンは作家が在廊のときに会場に来たいものだから、有難い情報だ。この案内葉書は表も裏も優れていると思う

佐藤ケンジ個展

「花之写画帳 VOL.2 佐藤ケンジ個展」(art truth:横浜)に行った。

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会場に入るなり、素晴らしい作品の数々が目に入って驚いた。案内葉書も素敵な感じだったのだが、実際の作品が放つオーラはすごかった。

作家が在廊だったので、作品制作の苦労などを聞くことができて楽しかった。観る角度により輝きを増す部分など、細部へのこだわりに感心した。しかし佐藤ケンジの作品は、そのような解説が無くても、直感的に味わい深さが観る人に伝わると思った。

残念なことに会期が終了してしまった。次回(VOL.3)はいつになるだろうか。

2012年12月 1日 (土)

一足早いクリスマス室内楽コンサート

「一足早いクリスマス室内楽コンサート」(サンハート音楽ホール:二俣川)に出演した。

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管楽器の阪本テツと組んだ即興ユニット「トマソンズ」の演奏では、今回初めて完全即興の流儀から外れ、ジャズ2曲の主要旋律を軸に変奏するという手法を採った。機能和声的な響きが多くなったので、聴き手にとってはいつもの「トマソンズ」よりは親しみやすかったのではないかと思っている。

ちなみにその2曲とは、「Go Back to My Country」と「You Don’t Know What Love Is」だ。ジャズに疎い私は全く知らない曲だったが、相方が教えてくれた。

♪「トマソンズ」の使用楽器
阪本テツ:カーブド・ソプラノサックス、バス・クラリネット
ジョヴァンニ・スキアリ:ピアノ、チェロ

別のグループではテレビで放映された番組あるいはコマーシャルに使われたクラシック音楽をメドレーで演奏した。私はそのうちプロコフィエフ作曲「ロメオとジュリエット」(ソフトバンクのCM)、ロッシーニ作曲「ウィリアム・テル序曲」(6億円BIGのCM)にチェロで参加した。このグループの演奏は、馴染み深い音楽ということもあり、受けが良かったようだ。

今回は打楽器など新しいメンバーが加わり、このグループの厚みが拡大した。先太りの要因が多く、今後が楽しみだ。

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