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2012年11月29日 (木)

風物詩:千葉・養老渓谷

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2012年11月25日 (日)

平塚市美術館「新収蔵品展」

平塚市美術館の「新収蔵品展」に行った。

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会場は一部屋で展示点数も30点と少なかったが、現代アートの力作揃いで見ごたえがあった。入場料200円で充分楽しめるのだから、対投資効果が良い展覧会だ。これまで不勉強で知識が無かった作家と作品の中で、良かったものを列挙してみる。

♪山本直彰「IKAROS-2011」
東日本大震災を題材とした作品だ。私はメッセージ性の強い作品を好まないが、この作品は純粋抽象を観るように味わうことも出来た。線の構成と色調が私の好みに合っていたから。

♪本荘 赳「ジンジアの花」および「薔薇」
静謐(せいひつ)な画面だ。渋くて深い味わいがある。こんなに洗練された画風を示す画家を知らなかったのが恥ずかしい。

♪滝波重人「汽水域04-P-2」
鮮やかな緑がさわやかだ。完全抽象作品として観たが、タイトルの感じからメッセージが込められているようだ。しかし私にはそのメッセージ性が読み取れなかった。ただ単に抽象画として観て、そして素晴らしい作品だと思った。

♪加藤芳信「ぼんしょう」および「大地」
点描が用いられていた。「楽しい抽象」といった味わいがある。

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なお既に高名だが、やはりいいなあと思う作家と作品もあった。

♪内田あぐり「わたしの前にいる、目を閉じている」
人間の身体の部分を素材(あるいは部品)として用い、それらを他の物(たとえばジッパーなど)と組み合わせて全体を構成している。人体の部分は見方によってはグロテスクに見えるかもしれないが、作品全体は力強いオーラを放っている。

♪島田章三「望郷」
いつもの「かたちびと」シリーズとは趣の異なる作品だ。カンディンスキーの「熱い抽象」を冷ました感じだ。これもまた個性的で良い感じの作品になっている。

その他の作品も楽しんで鑑賞した。今後はこの種の地味な展覧会にも目を向けていきたい。

ちいさなコンサート

「-歌とヴァイオリンによる- ちいさなコンサート」(旧横浜ゴム平塚製造所記念館《八幡山の洋館》)に裏方として参加した。

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妻ジョアンナ(仮名)ほか知り合いが演奏したので演奏の感想は差し控えるが、それに代えて今回数曲演奏することになった作曲家 尾崎和子の作品について感想を書く。

ソプラノのための「北原白秋の詩による歌曲」中の「南の風の(母に)」では下降のゼクエンツが出てくる。短調の主和音までたどり着いて、さあ次は短調のドミナントだろうと心が準備されていたら、突然長調の属七が鳴った。

この切り替えしは突然の場面転換といった感じだ。もし私が同じようなゼクエンツを作ったら、素直に短調のドミナントに繋げただろう。このように音を構成するには勇気がいるのではないかと思った。思い切りの良さに敬意を表したい。

この「北原白秋の詩による歌曲」に含まれる歌曲作品は、一つ一つの作り方が異なっていた。例えば音を少なく簡素にした曲もあれば、分散和音の伴奏で軽やかに流す曲もあるという具合である。これはそれぞれの詩の性格に合わせたのであろう。

以上のように、尾崎和子の作品は作曲をするうえでの様々なアイデア、考え方において参考になり、かつ良い刺激となった。

2012年11月19日 (月)

中田太陽 陶展

「中田太陽 陶展」(ジネタ:藤沢)に行った。

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「夜長のはなし」というテーマだったが、それにぴったりの作品キャンドルシェードやアロマランプなどが展示されていた。

例えば案内はがきに採用された作品(キャンドルシェード)にはいく筋もの裂け目がある。これは焼く前に粘土を切り取って作る。この作業はカッターナイフでも上手にやればできるそうだが、中田は槍のような工具を自作したそうだ。

既存の工具では長さ・幅・厚さなどが希望通りにならないからだとか。作家はいろいろ苦労・工夫しているのだということがよくわかった。

牧岡 良 個展

「牧岡 良 個展 『癒』」(art truth:横浜)に行った。

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案内葉書に採用された龍など、柔らかいタッチで描かれた動物の絵が主体だった。テーマ通り「癒し」をもたらすような優しい動物たちだった。

私はテーマからはそれるが、花を描いた小品が気に入った。その線刻がまさに私好みだったのだ。ベン・シャーンよりは優しめの、クレーあたりに近い感じだ。

その線刻を観る限り、とても達者な作家さんだと思った。ご本人に会えなかったのが残念。

2012年11月18日 (日)

アラベスクコンサート

「第16回アラベスクコンサート」(南大沢文化会館・主ホール)に行った。

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毎年楽しみにしているこのコンサートの内容が高水準を保っているのは、和田冨士子による企画・マネージメントがしっかりしているからだと思う。コンサートを楽しくする秘密について和田冨士子の話を伺いたかったのだが、多忙な方なので挨拶程度に終わってしまった。いつかあらためて聞きたい。

同じくコンサートの質を底上げする原動力が宮本美知枝のナレーションだ。宮本美知枝とは話す機会を得たので、今回のメインテーマ「扉~とびら~その向こうにみえるもの」を軸に、いかに宮本が苦心してナレーションを組み立てていったかについて聞くことができた。

例えば童話を取り入れたナレーションについて話を聞いた。「本当は怖い・・・」等という本が示しているように、昔の説話には残酷場面など過剰表現が結構出てくる。それらをコンサート会場において不適切にならないように、いかに和らげるか、一方いかに原作の興味を損なわないようにするか、等の課題が生まれる。それを苦心して作ってゆくという話を聞いた。苦労しているんだなあ。

実は抜けられない用事があった為に遅刻し最初の3曲を聴くことができなかった。誠に残念だ。このコンサートでは一人の演奏者が前半と後半で異なる性格の曲・演奏法を披露し、その変化を楽しむという側面もある。私の遅刻により、その一部を機会損失してしまったわけだ。これも残念なことだった。

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各演奏者についての一言コメント(五十音順):

♪浅田明美(フルート)
込み入った装飾音符を含むフレーズでも全体のテンポ感・リズム感が崩れず、小気味良く進んでいった。技巧的な曲でも「私上手でしょ」という態度を出さず、謙虚さ溢れる演奏は聴いても観ても素晴らしい。

♪今野恵子(ピアノ)
アンサンブルでは相手に寄り添うようにピッタリ合わせが、ソロでも、まるで観客とアンサンブルを組んでいるかのように「観客の呼吸に合わせにゆく」演奏だった。「まずお客様ありき、共演者ありき」という姿勢が好感度大。

♪大場恭子(ソプラノ)
私が好きなシュトラウスの「献呈」で素晴らしい演奏をしてくれたので嬉しかった。(別のコンサートでの話では)高熱でもステージに上がると笑顔で歌うなど、プロとしての責任感に裏打ちされた演奏はすごい。

♪折田 緑(オカリナ、フルート)
相変わらず謙虚な人柄がにじみ出る演奏。もっと出しゃばってもいいと思うんだがなあ。でもそれが折田の魅力なのだろう。それにしても「春よ来い」のオカリナを聴きそこなったのは残念だったなあ。

♪佐々木真美子(ギター)
力強さ・繊細さなど、様々な表情を出す。ギターという楽器の特性を活かしているのだろうけど、それを支える技術を持っているのだろう。ギターのデュオでは自分だけ出ないようにと抑制して弾いていたのが好印象。

♪佐藤順子(ギター)
なんと綺麗な音だ!あの音色があるから、ギター同志、あるいは他楽器とのアンサンブルでも曲全体が活き活きするのだろう。分散和音の弾き方が滑らかでいいなあ。

♪二宮周平(バリトン)
高い音も低い音も、すべてはっきりくっきり歌える歌手だ。会場の隅々まで歌声が明瞭に届いたのだろう。日本語の歌詞のおかげで内容がよくわかって助かった。

♪升谷奈保(ピアノ)
ソロとアンサンブルで5ステージ!アラベスクコンサートの演奏面を支える立役者だ。お疲れ様でした。「献呈」の支えるようなピアノ、良かったなあ。

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あっいけない。私は作曲評論、選曲評論、曲順評論、運営評論しかしないというポリシーだった。でも私がタブーとしている演奏評を書いてしまった。仕方ない、全部消去してアップロードしなおそう。でも面倒だから、そのうちやろうっと。

2012年11月16日 (金)

笠井誠一のノコギリの絵に救われた話(FLEURI展)

「第2回 FLEURI(フルーリ)展」(成城さくらさくギャラリー)のオープニングパーティに行った。

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私には密かな目的があり、それが実現したので、何はともあれその事について記録しておきたい。

目的というのは、出展作家の一人 笠井誠一氏に一言お礼することだった。私は以前仕事上の悩みで落ち込んでいた時期があった。そのとき笠井誠一のノコギリを描いた静物画(若い頃の作品)に出会い、パソコンの壁紙にして毎日観ていた。そうする事により、暗い気分がずいぶん上向きになり、救済された感じがした。そのことを作家本人に伝えたかったのだ。

会話の内容はあえてここには書かないが、なんとか感謝の気持を伝えることができたのではないかと思っている。私が笠井誠一氏に話しかけるチャンスを得られたのは、この展覧会とパーティがあったからだ。ギャラリーに感謝。

スウェーデンから来た現代アート展

「CONTEMPORARY ART FRM SWEDEN スウェーデンから来た現代アート展」(横浜赤レンガ倉庫1号館)に行った。赤レンガ倉庫の開館10年を記念したイベントだ。スウェーデン、日本双方のアーティストが創作を競う形になっていた。

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先日横浜市民ギャラリーで開催された「‘12横浜展 」で観た♪右近多恵子の「佇む人々」にまた会うことができた。ARTシャワーの展示では風船状のオブジェが7つほど列をなしていたが、今回は2つに減っていた。しかしコーナーに展示され、周囲の作品とある程度の距離があったので、インパクトはむしろ今回の展示のほうが強かった。

♪きたがわゆきこの平面作品「 Mind’s eye 」は、♪山内憲介の作曲した音楽とのコラボだった。用意された2つのヘッドフォンで異なる2曲を聴いた。

向かって右側の曲は1つの音が音高を変えずに繰り返し鳴り、それを軸として様々な音がまとわりついて発展してゆく作り方だった。周囲の音は上行音階、下行音階、3度の跳躍、ただ一つの高い音など様々だった。また踏切や列車の音、人間の声まで取り込まれていた。「ミュージック・コンクレート」の手法を織り交ぜていたのだ。

向かって左側の曲はミニマルミュージックだったが、単一のメロディーを重ねてゆくのではなく、数種類のモチーフを音色等を変えながら構成してゆく作り方だった。キュビズムに対する総合的キュビズムに似ているから「総合的ミニマル」(ジョヴァンニの造語)と呼んでみたくなった。

たまたま日本人作家だけを取り上げてしまったが、他にも気になる作品がいくつかあった。これまでこのような企画に対するアンテナが低かったが、今後は注視してゆきたい。

2012年11月12日 (月)

美術アーカイブ:1998年(5) イタリア美術1945-1995

「イタリア美術1945-1995 見えるものと見えないもの」(東京都現代美術館)は展覧会の性格からして総華的だったが、これはいたしかたないであろう。

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真っ先に観たかったのは大好きな「未来派」。これに関しては巨匠2人が要望を満たしてくれた。まずはウンベルト・ボッチョーニの「自転車乗りのダイナミズム」。抑制された色彩も好感が持てる。

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次はジャコモ・バッラの「ダイナミックな発展+速度」。

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そして未来派と共に好きなのがキュビズム。ジーノ・セヴェリーニは「かぼちゃのある大きな静物」で「総合的キュビズム」を見せてくれた。

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次にいつも気になっている「静かな幻想」の2人。どちらも独特の雰囲気がある。まずはジョルジュ・モランディの「静物」。

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そしてカルロ・カッラの「日没後」。ちょっとキリコを想わせるたたずまいだ。

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有名どころもいた。キリコ、フォンターナらだ。フォンターナは絵画と立体の両方の展示があった。これといった作品に出会うことができなかった。

立体で最も主張が見られたのはアルナルド・ポモロードの「中央広場における回転体」だ。純粋抽象で、名称も具体的なイメージを想起させない地味な文言であり、好感度が高かった。

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総じて若干「パンチ力」に欠けた展覧会だった。集められた作品が代表作ではない「小物」が多かったせいだと思う。このような展覧会の場合は、多少取り扱う作家の人数が減っても、インパクトある作品を展示したほうが良いのではないかと思った。

はるもきふぇすてぃばる

藤沢の立ち飲み屋「はるもき」開店4周年を記念してライブハウス「インタープレイ」を借り切って「はるもきふぇすてぃばる」が開催された。

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私は2番目のステージ(2曲)に出演した。まずは建築家N氏のギターと私のチェロで、N氏が作曲した「モモコ‘ズ・ララバイ」。姪っ子さん誕生を記念して作ったという曲だ。エレキギターとチェロの組み合わせが珍しいのでウケた(かもしれない)。

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次は私が管楽器の相方とユニットを組んだ「トマソンズ」の演奏。これまで完全即興ばかり演奏してきたが、今回初めて普通の曲を題材に取り上げた。「Go Back to My Country」という村上俊二が作曲した曲だ。最初は相方のバス・クラリネットと私のチェロで浪々と流した。

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途中から相方はカーブド・ソプラノ・サックス、私はピアノに移り、いつもの調子で即興を演奏しまくった。最後に再び和音の明確な普通の曲に戻して終了。異色の組み合わせがウケた(かもしれない)。

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こういうライブハウスでの演奏は生まれて初めてだった。イメージと違うところが多く、疲れたが楽しかった。

2012年11月11日 (日)

美術アーカイブ:1998年(4) ザッキン展

「ザッキン 彫刻と素描展」(東京都庭園美術館)の感想を想いだしながら書いてみる。

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キュビズムが大好きな私はザッキンも気になっていたので楽しく鑑賞した展覧会だった。

キュビズムを取り入れた彫刻というのは、ありそうで以外と少ない。絵画においてキュビズムは二次元の平面に強引に三次元の立体を押しつぶしたようなところがある。それに対して彫刻はもとより三次元なのでその妙味が薄れるという理由からであろうか?

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ザッキンは藤田 嗣治と親交を結び。藤田はザッキンの結婚の立会人を務めるほど信頼されていたという。その藤田の尽力で、ザッキンは早い時期(1922年)に日本で個展を行った。だからこの展覧会だけでなく、もっと他にチャンスはあったと考えられるのだが、なぜか私にとってこの展覧会がザッキンの作品をまとめてじっくり観る初めての機会だった。

チラシ、絵葉書に採用された作品を年代順に追ってみよう。

若い頃に制作した「曲芸師」(1943年)。何となく荒削りの感があるが、構成的で好ましい。

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チラシ(本記事の最初に掲載)に採用されたのは「放蕩息子の帰還」(1952年)。私にはこのようなタイトルは不要である。純粋に造形の美しさ、楽しさを味わいたい。

もっと後年の作品「デメーテル、あるいはポモナ」(1958年)。作品の構成要素がだんだん内へ終結してきて、全体的に流れを感じさせ、洗練されたものになっている。

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このように一人の作家の成長過程を追うといろいろな発見があって楽しい。

美術アーカイブ:1998年(3) ジェームズ・タレル展

「光の芸術家 ジェームズ・タレル展」(世田谷美術館)を観ただけでは、その後のタレルの活躍を想定することはできなかった。

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「夢のなかの光はどこからくるのか?」というサブタイトルが語るように、タレルは光を題材とし、光がそれを知覚する人間の意識に働きかける作用に関するインスタレーション等を行うアーティストだ。

例えば「テレフォン・ブース:光の宇宙をかぶる帽子」は電話ボックスのような小部屋に入り、色彩、明滅スピードなどが刻々と変化する光を観る体験型の作品だ。そのアイデアは「クロース・コール」と呼ばれ、設計図がある。

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またタレルは「ランド・アート」の一種として「ローデン・クレイター」と名付けた巨大施設の建設をライフワークとしている。その「サイト・プラン」の絵葉書を購入。

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これはアリゾナ州郊外の噴火口を地主から買い取り、そこを宇宙のパノラマを眺める巨大な裸眼天文台にするという遠大な計画である。その工事は1979に着工し、未だ完成していないという。「サグラーダ・ファミリア」並みの雄大さに驚く。

この展覧会の後は、私はタレルをウォッチしていなかったのだが、彼は着実に成果を挙げていったようである。

例えば2000年には越後妻有アートトリエンナーレに「光の館」を建造した。これは谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」に着想を得たという。そこで思い出すのは、つい先日参加した「藤沢今昔まちなかアートめぐり」で作品を観たポルスカだ。彼女もこの谷崎の著作をコンセプトのベースとしている。思わぬところで谷崎、タレル、ポルスカが結び付けられた。

2012年11月10日 (土)

ARTシャワー横浜

「 ‘12 ARTシャワー横浜展 」(横浜市民ギャラリー)に行った。

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展覧会は楽しかったのだが、作家の一人が妻(仮名ジョアンナ)の知人ということもあり、具体的なことは記事に書くのを避けておく。

何も書かないと面白くないので、全体的な感想を述べる。作家一人一人に独立した(間仕切りされた)スペースを使ってもらえる展示環境ならずっと素晴らしい展覧会になったのに、と思った。特に立体作品に関して、である。

もちろんこれには予算的なことも絡むだろうから、単純に改善できる問題ではないと思う。ただ鑑賞者の一人として、そういう潜在的願望があることを明確にしておきたかっただけである。

作家の皆さん、お疲れ様でした。

2012年11月 9日 (金)

美術アーカイブ:1998年(2) ロシア・アヴァンギャルド

アート愛好家の仲間の間で横浜美術館の評価が低い。企画がつまらないし、展示室のレイアウトが良くないというのである。私はレイアウトは気にならないが、企画は確かに興味深いものが少ないように思う。

その中で「美術と演劇 ロシア・アヴァンギャルドと舞台芸術 1900 – 1930」は面白い展覧会だった。内容も良かったのだが、もう一つ忘れてはならない点がある。それはチラシのデザインだ。

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そして半券はチラシと異なるデザインが採用されている。

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さらに図録の表紙も、一部チラシと重複するものが見えるが、異なるデザインである。この「配慮」が展覧会を楽しくさせている。

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図録表紙といえば、展示作品の中にアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・ヴェニスンの図録表紙デザインがあった。キュビズム的なので気に入って絵葉書を購入した。

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アヴァンギャルドな志向を盛り上げてゆこうという意志が注入されているようだ。こんな表紙の図録なら即購入だろうなあ。

おお、そしてもっとキュビズム度が高い作品があったぞ。これはファン・グリスの絵画か?

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実はリュボーフィ・セルゲーエヴナ・ポポーワが制作した「大臣の書斎」の舞台デザインだ。本来単独の芸術作品ではなかった舞台デザインでも、このように高水準で描かれているのが嬉しい。

このようにキュビズム愛好家にとっては、とても楽しい展覧会だった。チラシの裏面も形態と色彩が飛び跳ねて踊っているようで楽しい。

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2012年11月 8日 (木)

美術アーカイブ:1998年(1) ディヴィッド・サーレ展

「ディヴィッド・サーレ展」(伊藤忠ギャラリー)開催に伴い、東京といわき市の2カ所で3つのイベントが企画された。

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私はそのうちの1つ「ギャラリー・トーク:サーレ、90年代の仕事を語る」に行った。

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残念なことに、結果的に私はサーレの作品が好きになれなかった。「ニューペインティングの旗手」と呼ばれ、絵画だけでなく映画など多方面に活躍の場を広げているサーレは才能あふれるアーティストなのだろう。しかしその絵画作品は「あまり上手でないポップアート」のように見えた。

ギャラリー・トークにおいて、サーレは自作の背後にあるコンセプトをいろいろ語ったのだが、理屈が先行しているように思えた。悪くいうと「中途半端」な感じだ。

コンセプトを全面に押し出すなら、デュシャンやヨーゼフ・ボイスらの先駆者に一歩遅れているし、絵そのものの出来はホックニーらに劣る。このようなポジショニングで一流を目指すのは厳しいと思った。

ただし私はこの展覧会以後サーレの作品に接していない。人間は変わるものである。サーレもその後力量を蓄えて優れたコンセプト、あるいは作品を生み出していったのかもしれない。潜在能力があるアーティストに見えたので、一流になる可能性はあると思う。

美術アーカイブ:1997年(3) 飯田善國展

「連続する出会い 飯田善國展」(神奈川県立近代美術館・本館)は充実した展覧会だった。

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飯田善國とはどういう人か?という質問に対し、最も簡単な答えは「彫刻家」になるかと思う。確かに彼は魅力的な抽象彫刻を多く残してくれたから。しかし飯田善國は絵画作品にも長じているし、西脇順三郎と組んで詩作にも非凡なところを見せる多才な人間である。画家とか彫刻家など、一言で彼の素養をすべて言い表すのは難しい。あえて短い言葉で呼べば「クロスオーバー・アーティスト」になるだろう。その飯田善國の歩んだ道を追体験するのも楽しそうだと思った。

飯田は1923年 栃木県に生まれ、中学の時に最初の油絵を制作する。高校は慶応に入学するが、学徒出陣で中国大陸へ渡る。復員後、慶応大学へ進学する。その頃描いたのが「女と馬」(1946年)。

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慶応を卒業すると芸大の油絵科に入り直す。師はあの有名な梅原龍三郎!しかし在学中に結核を患い入院する。その頃に描いたのが「オーケストラ」(1952年)。パピエ・コレの技法を使っているように見える。

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最初画家を目指した飯田が彫刻に転じてゆく過程は、自著「彫刻家 創造への出発」(岩波新書)の第Ⅵ章「創造への出発」中の「私とは何者か」に記されている。そこには画家を志してローマに渡ったが、彫刻に触発されたと書かれている。何事にもきっかけというものがあるのだ。

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飯田は1962年より木とブロンズによる彫刻「HITO」シリーズの制作を開始する。当時の典型的な作品の一つに「HITO(鳥人)」(1962年)がある。人物と鳥を融合したような形状をイメージしているが、ほとんど抽象彫刻である。

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一方、飯田は西脇順三郎とのコラボレーションに取り組んでいる。詩画集「クロマトポイエマ」(1972年~) はアルファベットに色を対応させて構成する視覚芸術だ。言葉で説明するより事例を観た方が早いので「PUTONSHOES – KUTSUOHAKU」(1973年)という作品を紹介しよう。

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向かって左には「靴を履く」という日本語をローマ字表記した文字が並んでいる。反対の右側にはそれを英語にした「Put on shoes」が配置されている。それぞれの文字には色が対応付けられている。例えば「K」には赤が割り当てられ、左にあるKの文字から右へ向かって赤い棒線が延ばされている。しかし右側の単語にはKは無いので途中で切れている。

次の「U」には薄い茶色が割り当てられている。この文字は左に2つ、右に1つある。薄い茶色の線はこれらの3つの文字を結んでいる。以下、同様である。

コラボのことを端的に表現したのは次の作品だ。西脇順三郎と飯田善國のローマ字の名前が上記のルールによって結ばれ、魅力あるコンポジションとなっている。

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「クロマトポイエマ」は後に立体になる。「HEALTH-SICKNESS」(1974年) はその一つだ。

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飯田はコラージュも制作している。1976年から翌年にかけて作られたのが「マリリン・モンローの解剖学」。これは45点からなる連作だ。そのうちの1点を例にとろう。

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飯田の立体作品はより自由になってゆく。1988年の「壁から離れゆく胴体」は彩色された綱を用いてはいるが、「クロマトポイエマ」の制約から解き放たれた感じがする。

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1997年の「シンドバッドの傘」に至ると、飯田の作風の変遷を実感することができる。

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以上のように飯田善國の作品は多岐にわたる。これらを集約しようとしても無理がある。いい意味で拡散した作風の持ち主といって良いだろう。楽しい展覧会を観た。

横須賀:正岡子規の句碑

芥川龍之介の文学碑を観た「自称青年散策隊」(略称JSS)は、次に正岡子規の句碑に向かう。芥川の碑はパンフレット類に載っておらず、ネット検索などで調べた。これに対して子規の碑は案内パンフに明確に記されていた。

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句碑はJR横須賀駅からだと「ヴェルニー公園」のはずれに位置する。

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碑文は横須賀を詠み込んだ冬の句だ。

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横須賀や 只帆檣の 冬木立

しかしこの句には奇妙な点がある。子規は1888年8月(8が並んでいて覚えやすい)に夏季休暇を利用して横須賀と鎌倉に遊びに来たという。この句がもしその折りに作られたとしたら、季語は夏でないとおかしい事になる。しかしこの句では明瞭に「冬木立」とうたっているから内容的には明らかに冬の句だ。この矛盾はどこから来るのであろうか?

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句碑の裏側にヒントが無いかと思い、回り込んで見た。しかし立入禁止のロープが邪魔になり、狭い空間で観なければならず、あまりよく読めなかった。

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仲間の一人「陶器かさばらんかダンディ」は横須賀に来ただけで石碑を作ってもらえるとは、さすが子規は巨匠だと言っていた。私はこのダンディ君の陶芸作品が大好きだが、彼の知名度はまだ全国区には達していない。それが残念だ。正岡子規みたいに有名なら「陶器かさばらんかダンディ来訪記念」の石碑が各地に建立されるのに・・・。

横須賀:芥川龍之介の文学碑

「自称青年散策隊」(略称JSS)には各ジャンルに達人を配備している。今回の横須賀行きに参加したメンバー10人の中に、こんなに達人がいるんだよ:

♪文学:「和装美女」
♪絵画:「華美人」
♪陶芸:「陶器かさばらんかダンディ」
♪建築:「キャップ酒美女」
♪器楽:「港のヨーコ」
♪声楽:「天才中年」

まだ達人はいるが、焦点を絞るためこの辺で割愛させて戴く。(他の達人さん、ごめんね。)
この記事の中心人物は文学に造詣が深い「和装美女」だ。JR横須賀駅から徒歩圏内にある芥川龍之介の文学碑を目指した。

文学碑に行くには2通りのコースがある。その1つは近道だが「新逸見隧道」というトンネルを通るので車の排気ガスをまともに浴びることになる。

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もう1つは、いったん丘に上がり「西逸見第二陸橋」で国道の上を越え、再び坂を下る天城越えみたいなコースだ。

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往きは排気ガスを避けて丘越えをしたが、体力を使うし時間もかかったので帰路はトンネルコースにした。

さて目指す芥川龍之介の文学碑は「吉倉公園」の中にある。

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公園に入ると、いきなり銅像がお出迎え。えっ、これが芥川の石碑?

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いやこれは蜜柑(みかん)を持った少女の像で、作者は森田綏子(やすこ)とか。なぜ蜜柑か?それはこの場所が芥川の短編「蜜柑」の舞台となったからだ。

公園の奥に芥川龍之介の文学碑があった。

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なるほど「蜜柑」という題名でいわれが記されている。

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石碑の裏側にも説明が彫られている。光線の具合で回りの景色が映り込んでいる。左側に見えるのは今回のツアーで大活躍の「キャップ酒美女」であろうか?

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横須賀線が来た。「蜜柑」に描かれたみかんを投げるシーンはこの場所らしい。公園に海が迫っている。ここは埋め立て地だと聞いて納得。

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公園に設置された動物の遊具に別れを告げ、JR横須賀駅への帰途につく。石碑を観ておいて良かった。

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2012年11月 7日 (水)

横須賀:JR横須賀駅界隈

「自称青年散策隊」(略称JSS)の散策の出発点はJR横須賀駅だ。

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京浜急行の「横須賀中央」駅周辺が活況を呈しているのに比べ、JR「横須賀」駅付近はうらぶれている。まるで大正から昭和にかけての時代にタイムスリップしたようだ。しかしこの界隈を単なる「衰退した街」と侮ってはいけない。

この建築マニアを喜ばせる(かもしれない)駅舎、背後に延びる横浜横須賀道路(ではなく、実はその枝分かれした単なる有料道路)、吸い込まれそうな青空、そして天まで届こうかという(少々おおげさだが)大樹を見よ。

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駅舎のひさしの下には燕の巣とおぼしき物が存在感を示している。駅舎を高層ビルに建て替えるなどという暴挙がない限り、古ぶれた有機体は生きながらえるのである。

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横須賀駅は「階段が無い駅」として有名だ。その水平な駅には水兵が似合う。というわけで改札口を出ると、カモメの水兵さんが横須賀カレー、略して「スカレー」はいかが?とカレーライスの皿を水平に保ちながらPRに尽力している。

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海軍マークが付けられた消火栓なんて粋ではないか。

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海軍マークはここにもある。

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井戸もあるぞ。

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保田晴彦の彫刻のようなものまである。一見、直方体状の構造物が倒壊したように見える。

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「この水道資材は・・・」という説明板が寄りかかるように置かれている。

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横須賀は海軍と共に発展し、衰退した街だ。しかしそのDNAは不滅だ。

横須賀:猿島

高校のクラスメートと横須賀に行った。大人の遠足という気分だ。メインイベントは猿島への渡航だ。

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私は妻たちと「かつての少年少女探検隊」(略称KST)を結成している。それを真似てこのグループにも名称を付けようと考えた。

「かつての青年探偵団」はどうか?しかし略すとKSTとなり、カブってしまう。では「おじさん・おばさん決死隊」(略称OOK)は?ちょっと引いてしまうなあ。「いつまでも若い遊び仲間」(略称IWA)はどうかな。逆に寂しいものがある。それならもっと素直に「自称青年散策隊」(略称JSS)あたりでどうだ。

まあネーミングはそのうちいいアイデアが出ると思うから、今回はJSSに仮決めしておいて本題に入ろう。何だっけ?そうそう猿島だった。猿島へは1日10回弱フェリーが運航している。航行時間はあまりにも短いので気にしていなかったが、10分ほどではなかったかな。

そんな短い船の旅の間でも、JSSの頭脳と言われる元天才少年(今は天才中年)は「命の水」を欠かさない。あまり飲めない仲間のためにウィスキーのミニボトルからコップ酒ならぬ「キャップ酒」を提供しようとしている。

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その「キャップ酒」を美味しそうに味わいながら飲んでいるこの美女は、島に上陸したあと重要な役割を演じることになる。

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猿島が近づいてきた。期待が高まる。

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「SARUSHIMA」と書かれたウェルカムボード。掲げられた2種類の旗らしき物の由来がわからなかった。いずれそのうち誰かが教えてくれるだろう。

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猿島の魅力の一つは赤レンガを積んだ建造物の跡だ。確かに美しい。

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島内にいくつか掘られたトンネルの中には物の怪が潜んでいた。私のカメラは遂にその不可思議な存在を捉えることに成功した。

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そしてその物の怪たちはトンネルの外に出て赤レンガの壁に張り付いた。縦横に直線が延びるレンガの幾何学的紋様の上に、白い物の怪たちの不定形が重なり、重層的な平面作品を創造している。この美を指摘したのが「キャップ酒美女」だ。

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観光客向けに「愛のトンネル」と名付けられた隧道もあるが、単に中が暗いのでカップルが手に手を取り合って歩くというだけのものだ。それより、それ以外のトンネルの中にもっと素晴らしいものを発見した。このハート型のレリーフ(かもしれない)を見よ。これも物の怪たちの仕業なのか?

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物の怪たちは独自の言語を持ち、独特の文字を開発していた。壁面に鋭い刃物で掘られたこの古代文字は何を意味するのであろうか?

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不死の物の怪たちは感動的なものを生み出すことがある。「展望台」の裏手に自生していた大木が、軍の手によるものであろうか、根本から断ち切られていたのだが、そこから新たな生命の息吹が見られたのだ。

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鎌倉の鶴岡八幡宮のイチョウの木を想起させるこの光景も「キャップ酒美女」が見つけ出した逸品だ。

その切り株の紋様も、こうして観ると線刻の構成による平面アートに見えてくるから不思議だ。

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この樹木の洞は「叫びちゃん洞」と名付けたくなる。

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洞は洞でも岩に掘ると「洞窟」と呼ばれ、トトロではなく日蓮上人という偉いお坊さんが立てこもったらしい。

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この洞窟は遠く江ノ島まで続いているという海洋伝説のような話は本当だろうか?

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「海洋伝説」、「孤島伝説」がいろいろ飛び出してきそうな猿島。またいつか訪れたいスポットだ。

2012年11月 5日 (月)

古澤 潤 展

「古澤 潤 展」(ぎゃるり・じん、及び Chiyo’s:横浜)に行った。隣接する2つのギャラリーでの同時開催だった。

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作家が在廊で話ができて嬉しかった。そして古澤の話にはこれまで私が持っていた固定観念を打ち破ってくれるような芯の強い内容が含まれていた。

♪作品に込められたメッセージを読み取るということについて

展示作品の中に正方形が6つ、折り重なったり一列に並んだりした絵があった。抽象絵画を好む私は当然のことのように「素敵な抽象画だ」という感想を抱いた。しかしたまたま画廊に来ていた建築家のロバート・マンリーは、その絵に東日本大震災における原発に関連したメッセージを読み取っていた。するとその絵は純粋な抽象画ではなく、社会的メッセージを内包した作品という事になる。私にはそのメッセージは全く感じられなかった。

この場合、マンリーは鋭くメッセージを言い当て、私は鈍く見抜けなかった(苦笑)という事例が生まれたわけだ。それではマンリーが作家の意図を汲み取ったから「正しい鑑賞」をし、私のほうは「間違った鑑賞」をしたのであろうか?

♪鑑賞者の様々な解釈による多様化について

これに対して作家の古澤は、鑑賞者により作品の解釈が「多様化」し、私のようにメッセージを読み取れない鑑賞者がいるという事を作家側が「教えてもらった」から、これで良いという話をした。これは単に私を慰めたというだけの事ではないらしい。古澤はいったん作品が作られると、その作品はある程度「一人歩き」するので、解釈の多様化は避けられないと考えているらしい。またそれを肯定的に受け止めているようなのだ。

♪アートの創造における鑑賞者の役割について

古澤はアートの創造という事について、作家が作品の構想を練り、作品を仕上げた後においても、鑑賞者とのインターアクションが「クリエイション」の一部だとまで考えているらしい。つまり鑑賞者も作品の創造に(部分的ながら)関与しているという事になる。

上記は私の聴き間違え、あるいは解釈の間違えかもしれない。しかしもしこれが正しいなら、芸術生成過程において、古澤は鑑賞者に大きな役割を担わせてくれていることになる。これは鑑賞者としては嬉しいことだ。

♪作家の意図から逸脱した解釈の受容について

過日、私は横須賀でもっと規模の大きい古澤の個展を観た。会場には「シリーズ 死者の譜」と題された作品群が展示されていた。

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これらの作品は、タイトルの通り物悲しい雰囲気を持っていた(少なくとも私はそう感じた)。しかし鑑賞者の中にはこれらの絵を「美しい」と評した人がいたということだ。では、その人には鑑賞眼が備わっていないのであろうか?

♪美しいものを観たいという心について

古澤は「死者の譜」を観て「美しい」と感じた鑑賞者についても「多様性」の一環として受容し、むしろ歓迎するとまで言っていた。それに付け加えて、人間は生来美しいものを観たいという欲求があるのだから、「死者の譜」のコーナーでたまたま眼にした作品が自分の眼に「美しい」と映ってもおかしくない、というような考えを述べていた。

なるほど、そのような考えをもって「死者の譜」を観ると、色や形の美しさに着目すれば「美しい」という印象になっても不思議ではないと思った。

♪クレー愛好について

私はパウル・クレーが大好きだ。今回の展覧会で「Chiyo‘s」に展示されていたいくつかの小品はクレーの絵によく似た雰囲気を持っていた。これを古澤に言ったら、自分はクレーの影響を受けていると率直に話してくれた。

私がクレーの熱狂的なファンだと言うと、古澤はクレーに対し鑑賞者は両極端の2つのタイプに分かれると言った:すなわち熱狂的ファンか、そうでないか。

♪クレーのある一面について

私は、クレーは女性などに意地悪なところが感じられると言った。すると古澤は、クレーの絵には怖いところがあると言った。私の感じた「意地悪さ」と古澤の言う「怖さ」とは異質のことだとは思うが、何らかの共通点があるのではないかと思った。しかし具体的にそれが何なのであるかは、わからない。

♪作品に「権威」がないということについて

古澤はクレーの作品には権威が感じられないと言った。私は意味がわからなかったので聞いたら、作品が高圧的に迫ってくることが無いという事だった。

例えばある画家が東日本大震災を題材として、悲惨な姿に成り果てた人物像を描いたとする。災害の恐ろしさは充分伝える力を持つ作品となるであろうが、メッセージが直截的すぎるので自分(古澤)としてはそういうやり方は避けたい、というのである。

クレーに戻ると、クレーの絵には押し付けがましいところがなく、平常な感じで描かれている。クレーほど日常に根差した作家はいないと古澤は言う。

話はまだまだ続いたが、興味深い内容に絞って採り上げた。古澤との会話は私のアート鑑賞において、示唆に富むものであった。良い時間を過ごした。

2012年11月 3日 (土)

女声合唱団 湘南の風

「女声合唱団 湘南の風 第4回演奏会」(藤沢市民会館大ホール)を聴いた。

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午前中にコンサート本番に出演してから駆け付けたので、後半しか聴くことができなかった。でもプログラム最後の曲「心の四季」を聴けただけでも良かった。作曲者の高田三郎は好きな作曲家だし、演奏も良かったと思う。

しかし同じ日の午前と午後に夫婦が別々のコンサートに出演するというのは、まるで両方ともプロみたいだなあ。実際はジョアンナがプロで私はアマチュアなのだが。

新作・弦楽四重奏曲第4番の初演

「横浜市イギリス館 サロンコンサート」に出演した。

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現在ベートーヴェンの弦楽四重奏曲 全曲演奏に取り組んでおり、今回は「大フーガ」を取りあげた。長大な曲とはいえ1曲では恰好がつかないので、私の新作「弦楽四重奏曲第4番」を初演した。

これまで作った弦楽四重奏曲(第1番~第3番)はすべて古典的な手法でまとめていた。判で押したように第1楽章はソナタ形式、中ほどに緩徐楽章とスケルツォまたはメヌエットを置き、軽快な第4楽章というパターンだ。和声的にも機能和声(ドミソ、ドファラなどを軸とする古典的な和声)の範疇にとどまっていた。

それに対して今回(第4番)ではフランス近代を模した新しいスタイルを採用し装いを一新した。オリヴェ・メシアンが考案した転調不可能の音階を全楽章に適用したのだ。これは減七の和音が続くなど、少々不安な響きがする。それは聴く人の耳に優しくないので、途中に長三和音の連続でホッとする部分を作った。(メシアンのこの音階でも長三和音は構成できるので)。

そして形式上では、第1楽章にソナタ形式ではなく、私が最も得意とするフーガを配置した。メシアンの音階を使うとフーガがとても作りやすい。しかも普通の音楽と少し変わった響きも出せる。いいことづくめのようだが、楽曲の「格式」という点でバッハのフーガに追いつくことは難しい。まだまだ通過点だ。

もう一つの工夫は、第2楽章(スケルツォ)でオスティナートを採用した点だ。中間部(トリオ)を除き、このオスティナートは全曲くまなく鳴り続ける。当然のことながら和声上の制約は大きくなるが、その制約の中でいかに変化をつけるかという事を自分自身への課題とした。

第3楽章(フィナーレ)は軽快に飛ばす音楽で内容的には軽いが、それを意図とした音楽だ。聴き手がいい意味で軽く聞き流してくれたなら成功だと思っている。

以上のように、作曲においては問題・課題が多いが、今後の精進で良いものを作ってゆきたい。

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