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2012年10月30日 (火)

江之島参道絵巻展

「江之島参道絵巻展」(ギャラリーT:藤沢市片瀬海岸)に行った。

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作家は岡田良記。江ノ島の参道に沿って建物、人物の往来、植物などを細密に描き、掛け軸にした作品が展示されていた。

人物などが極めて達者に本物らしい形で描かれていますね、と在廊だった作家に声をかけた。すると実際はもっと小さく細かい絵で、それをコピーで拡大したものだという。驚いた。何という緻密な作業であろうか。

面白いのは人物の風俗描写だ。江戸時代と思われる着物姿と現代の洋服姿の人物が混在して描かれていたのだ。細かい絵なのでパっと観ただけではわからない。近づいて仔細に眺めてやっと気が付いた。このような遊びの側面も持つ作家だ。

絵葉書を購入。やはり緻密な筆で龍が描かれている。ハシビロコウさんにも送った。

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2012年10月28日 (日)

藤沢の2画廊と展示作品の相互作用

「vol.4 RAF かぜがたねを はこぶとき」(ギャラリーCN、ジネタ:いずれも藤沢)の一環としての「~暗くなるまで待って~ NIGHT TOUR」に参加した。

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最初「RAF」と聞いた時、私は「裸婦」と勘違いした。おっこれはいいぞ、美しい裸婦像に特化した展覧会が2つの画廊で開催されるのか、と早合点したのだ(中年男性志向で失礼)。

しかしRAFとは「Round Art Fujisawa」の略語であった。藤沢にある複数の画廊(今回は2カ所)で展覧会を同時開催し、地元のアート気運を盛り上げるというような目的があったのだと思う。

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そしてそのメインイベント「ナイトツアー」は営業時間終了後の2つの画廊を画廊主のガイド付きで巡り、ワインを傾け作家と交流を図りながら作品を鑑賞するという、何ともぜいたくな催しだった。こんな機会はあまり多くないと思い、私は他の予定を早めに切り上げて駆け付けた。

このイベントで2つの画廊における2つの展覧会を観て、私は作品とそれが展示される場との係り合い・相性という事について考えさせられた。(今回はどちらの展覧会も画廊側が主導であったようだが、作家主導もあり得ることだと思った。)

音楽に例えると、音響と雰囲気の良いサロンを備えた邸宅があったとする。その主人が「うちのサロンでこんなコンサートが出来たらいいな」とイメージし、それを作曲家と演奏家に投げかける。賛同した作曲家はそのサロンに相応しい曲を創作し、演奏家はその曲をそこで演奏する。そんな具合だ。

上記の音楽の例におけるサロンを画廊、作曲家と演奏家をアート作家に置き換えると、今回の企画にあてはまるような気がしたのだ。

最初に行った♪ギャラリーCNでは先日観た「内田 望展 いのちのかたち」が続行中だった。

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そして今回は、前回展示されていなかった龍の像が登場した。それは同ギャラリーのシンボルともいえる湾曲した鉄板の衝立の前に鎮座していた。

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この龍の像は台湾からの委嘱により短期間で制作したものだそうだ。「鍛金」の技法で作られた金属の龍は、同じく金属で作られた衝立との相性が抜群であった。

もう一つの作品。これは昆虫をイメージした架空の生物だが、これは背後のコンクリートの壁とよくマッチしていた。

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コンクリートの壁という無味乾燥の無機物を背景に、生々しい巨大生物という有機物がある。それらの対比、あるいは足して2で割ると平衡を得るバランス、そういった感じが作品の力を倍加させているようだ。

案内はがきに採用された鯨の像も楽しい作品だった。鯨に飲んでもらおうとしている酒は、もちろん「酔鯨」。

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一方、次に行った♪ジネタでは「石井 誠展 SOMETHING INVISIBLE」が開催されていた。

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この画廊の特色は大胆に突き出た梁(はり)と白壁を有する室内空間だ。そこに石井は等身大に近い人物彫刻を設置し、天井からは彩色した多数のマラカスを吊り下げ、さらに壁面には抽象映像を投影した。

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この映像は来場者が踏み鳴らす靴音などに反応し、色と形を変化させるという仕掛けがあった。

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さらに石井自らが作曲したBGMも流れていたういた。また作品のタイトルにも凝った表現がみられた。

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この個展は、立体(彫刻)、平面(レリーフ)、映像(壁面投影)、文学(作品タイトル)、音楽(BGM)をすべて石井自身が手掛け、「総合芸術」となっていたことは注目に値する。そしてそれを可能にしたのは、ジネタという画廊の室内空間であった。

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以上の2つの画廊のように、アート作品が身を寄せる場は非常に重要である。場の持つ潜在力により、作品は活き活きし、従って価値も増大する。有意義なナイトツアーであった。

2012年10月23日 (火)

宮原青子の静かな世界

画家 宮原青子の作品を観に行った。場所は神奈川県立湘南高校(藤沢)の中に最近造られた「歴史館」。

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内部には学校の沿革を辿る様々なものがパネルなどで展示されている。それらは卒業生や関係者にしか興味が湧かないと思う。その中で、部外者を含め多くの人に観てもらいたいのが今回の企画展示だ。

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例えば「直島」を観よう。

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建物の内部らしい風景なので、一応具象絵画に分類されるかもしれない。しかし直線による構成は、私の愛する抽象絵画のような味わいも見せる。そしてその淡い色調。この静謐(せいひつ)な世界はどのように描けば表現できるのであろうか。

この展示は10月31日(水)まで。開館日時は、月曜日から土曜日の13:00から17:00まで。入場無料。展示点数は少ないが、静かな時間を求めて訪ねてみてはいかがだろうか。

美術アーカイブ:1997年(2) ベルギー象徴主義の巨匠展

「ベルギー象徴主義の巨匠展」はヴラマンク展同様、大規模な展覧会で1996年の年末から翌1997年の5月まで巡回した。私は小田急百貨店(新宿)に行ったのだが、その他に秋田、栃木、茨城、高知の各地で開催された。

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美術において私が好む「抽象」と「幻想」という二本柱の一つ、幻想的な作品が観られるというので喜んで足を運んだ。

この展覧会から15年が経過しているわけだが、いま「ベルギー象徴主義」というと何を真っ先に想いだすだろうか。図録の表紙(上の写真)に採用された「オルフェの死」(♪ジャン・デルヴィル)はテーマは有名だが、知名度はクノップフに届かないだろう。

やはり人口に膾炙しているのは、♪フェルナン・クノップフだろう。「ヴェラーレンと共に―天使」などの神話的題材の作品が素晴らしい。

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「リジェイア」に至ると、クリムト描く妖艶な女性そっくりだ。

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♪フェリシアン・ロップスは幻想にユーモアのエッセンスを注入した興味深い作品を残してくれた。例えばこれは「漂着物」。ネーミングもいい。

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一人一人の作家当たりの展示点数はさほど多くなかったが、ベルギー象徴主義を俯瞰することができて有意義な展覧会だった。

美術アーカイブ:1997年(1) ヴラマンク展

「生誕120年記念 ヴラマンク展」(Bunkamura ザ・ミュージアム)は大規模な展覧会だった。

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1996年の11月から翌1997年の5月までの半年をかけて、私が行った東京展(東急百貨店本店)のほか福島、島根、大阪の3カ所を巡回したのだ。図録も立派なものが作られた。

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私はクールな純粋抽象を愛するので、本来ならヴラマンクの描くような厚塗りの風景画は好きになれないはずだ。しかしヴラマンクは、その強烈な印象により、一目置かざるを得ない。内在する力を秘めている絵画というのは、具象・抽象などの内容にかかわらず、人を感動させるものなのだろう。

亡き母もヴラマンクが好きだった。そういうば母はルオーも好きだったな。どちらも厚塗りの油絵で、それが彼女の趣味だったのだろう。一方、母は素描を好むという一面もあり、ヴラマンクの作品も1枚買い求めていた(本物か贋作か未だにわからない)。いずれにせよ私はそこまで掘り下げた趣味は無い。素人っぽいが、ヴラマンクに関しては、単純に完成した油絵そのものを鑑賞したい。

チラシの裏面には展示作品のいくつかが紹介されている。

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私は冬景色が最もヴラマンクの良さが発揮される題材だと思っている。右上の「雪景色」のような作品のことだ。また独特の渋い色使いという点で左上の「村の街道」のようなものも捨てがたい魅力を持っている。

なお私はキュビズムに通じるセザンヌの作品が大好きだが、展示作品の中の「風景」はセザンヌの作品に似ていて好感が持てた。

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30代半ばの若い頃の作品である。これから先、ヴラマンクにはいくつかの選択肢があったと思うが、キュビズムの方向へは行かず、重厚で荒々しいタッチの風景画へと進んでいったわけだ。

出発点が近いところにあっても、一人一人の画家はそれぞれ自分の個性を求めてゆく。それが美術の多様性を促進し、鑑賞者に豊かな世界を提供してくれているのは嬉しい。

2012年10月22日 (月)

美術アーカイブ:1996年(2) 各務鑛三展

この年は仕事が大変忙しく、展覧会に行く暇もない程であった。その中で、「生誕100年記念 クリスタル・輝きへの祈り 各務鑛三展」(岐阜県美術館)は開催地が遠かったのだが、これだけは見逃せないということで出向いた。

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ガラス工芸作家で一番敬愛するのは各務鑛三展である。抽象構成を愛する私の眼には、クリスタルガラスによる純粋造形がとても好ましく映る。各務鑛三展はフォルムの作家だという記述をどこかで読んだことがあるが、私はフォルムより構成感を重んじたい。

(ちなみに各務鑛三の次に愛する作家は「馬上盃」を購入した吉田丈夫だ。構成感・バランス感という点で、各務鑛三と一味違うものがある。)

各務鑛三には「ガラスの生長」(中央公論美術出版)という著作があるが、これはガラス制作技術の歴史をベースとしたガラス工芸概論のような内容であり、作家の芸術観を語ったものではない。各務鑛三は自らの芸術に関しては寡黙な方に属すると思う。出来上がった作品で勝負するタイプの芸術家ではないかと考える。

芸術家と呼ばれる人々の中には自らは机上のデザインしかせず、制作は職人に任せるというタイプの人もいる。これに対して各務鑛三は自らの手でガラスの表面にグラヴィールを施していた。アーティストであると同時に自らが職人でもある。各務鑛三が学んだドイツのマイスターの制度や考えに通じるものがあると思う。

この展覧会に行っておいて本当に良かった。

2012年10月21日 (日)

ポール・デルヴォー展

「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」(府中市美術館)に行った。F君が招待券をまわしてくれたのだ。F君いつもありがとう。

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この展覧会の特徴は、初期作品などを充実させ、後年デルヴォーが確立した夢幻的な世界に至る過程を辿るという点にある。副題「夢をめぐる旅」の「旅」がこの成長過程を象徴しているようだ。ここまでは良い。しかしチラシ・半券に書かれた「夢に、デルヴォー」というキャッチフレーズはいただけない。

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「夢に出る」と「デルヴォー」をかけた洒落であろうが、これは余計だったのではないか。なぜなら、デルヴォーは日本において既に高名であり、このようなキャッチフレーズで客寄せしなくてもデルヴォーのファンが足を運ぶであろうからだ。

そしてこのくだけたキャッチフレーズは、「デルヴォーのスタイル確立への過程を探る」という展覧会の内容・方向性と合致しない。実際の展覧会は、もっと地味で学究的な雰囲気であったから。

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こうなると、学芸員など展覧会の中味を企画・検討するチームと、チラシ作成など広告宣伝を担当するチームとの間の考えに整合性が無かったのではないか、とまで勘繰りたくなる。そんな事は無いと思うが。

内容的には、地道に検討して構成されたものだと思うから満足している。批判めいたことを言いたかったのは「夢に、デルヴォー」とう文言に対してだけである。誤解があるといけないので補足しておく。

まちなかアートめぐり レセプション

「藤沢今昔まちなかアートめぐり2012」の会期も迫り、本拠地ともいえる「蔵まえギャラリー」でレセプションパーティが開催された。

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私はアーティストでもないし、ましてや出展していない立場で参加しにくかった。だが会費制になったので、あまり後ろめたくなく出席できた。高校のクラスメートも駆けつけてくれた。

普段遠いところにいると感じているアーティストと酒を酌み交わしながら直接話ができるという、得難い機会だった。その中で成果として平面・立体アートを手掛け、同時に音楽もするという達人との出会いがあった。先方にとっては、小生意気な素人オジサンと名刺交換した程度の位置付けだったと思うが、私にとっては大きなステップだった。

フランスから来たポルスカ(パリ在住造形作家)とは彼女のインスタレーションのきっかけとなった谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」について話した。しかし彼女も私も英語が母国語でないので、互いに聞き取りにくいところがあり完璧には理解できなかった。でも彼女が追求したかったと思われる闇に光を当てたときの美という概念については、谷崎の文章の助けもあり、意識を共有できたと思う。

このパーティの目的の一つには、藤沢市に美術館を作るという活動の推進もあったようだ。(私も賛成派である。)このようなパーティの場では、関係者の熱意をあらためて認識し合う程度しか話が進まないかと思うが、何事もステップ・バイ・ステップで地道な努力を重ねていくことが必要だから、そういう意味で成果はあったと思う。トントン拍子にいけばいいのだが、そう簡単には事は運ばないだろう。

「美術館をつくろう」関係者の方々は本当に大変な思いで活動されていると思いますが、今後も地味な活動を積んでいって下さい。

内田 望 展

「内田 望 展 いのちのかたち」(ギャラリーCN:藤沢)に行った。

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案内葉書に採用された「communication」(くじらのダイバー)に見られるように、鍛金の技法を用いて生き物とテクノロジーの合体を表現した作品が展示されていた。

図録の表紙に置かれたのは「diver」。ペンギンの潜水夫だ。

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サイボーグ的なたたずまいなのだが、不思議と愛らしい。そういえば、くじらダイバーも目がどこにあるかわからないが、何となく柔和な表情に見える。

そして私が面白いと思ったのは、このような作品を制作するために使われる旋盤などのマシン・工具のミニチュアだ。それが多数作られてテーブルに展示されていた。先日観た猪熊弦一郎のオブジェも楽しかったが、それに比べるとこちらは本物のマシンのリアルな感じが伝わってくるので迫力があった。

フィギュアやミニチュアを趣味とする人必見の展覧会だと思う。会期は11月4日(日)までです。

2012年10月20日 (土)

山岡康子 絵画展

「山岡康子 絵画展」(成城さくらさくギャラリー)に行った。

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きっかけは案内はがき。この楽しそうな風景!

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観に行ったら楽しいだろうなあ、という期待を抱いて観に行った。そして山岡康子の作品は期待を裏切らなかった。なにしろ明るくて楽しい。街の建物全部がアコーディオンのように揺れながら歌を歌っている、そんな感じなのだ。

絵画の他に版画も展示されていた。これがまた洒落ていて良かった。山岡は題材とした内容を文字で書き表すこともある。例えばメンデルソゾーン作曲ヴァイオリン協奏曲ホ短調という曲の場合、作曲家、曲名がそのまま絵の中に記されるのだ。

しかしただ単に記すのではなく、並んだ文字は波打ち、それがまたアコーディオンのように伸び縮みしながら動いている。そのゆらぎの感じが心地よいのだ。

楽しい展覧会を、ありがとうございました。

飯坂郁子展 –CROSSOVER-

「飯坂郁子展 –CROSSOVER-」(Gallery Concept 21:北青山)に行った。

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私は一般的に人物画が苦手だ。なぜなら描かれた人物の体温などで暑苦しく感じられるから。しかし飯坂郁子の描く人物画は、逆にクールですがすがしい。しかし、矛盾するようだが、温かみもある。これはなぜだろうかと考えた。

私なりの結論は、飯坂の絵は室内が多く、その部屋の気温と湿度の感じが影響しているということである。飯坂の室内はかなりの高温だが、それにしては湿度が大変低い。ハワイの気温をもう少し低くした感じだ。

高温少湿(こんな言葉は無いが)の部屋の中にはモデルの女性がいる。彼女たちの体温は絵の表面に現れてこない。その代わりの部屋の暖かさが全面に押し出されている。そのため彼女たちはクールな存在として描かれるが、冷たい印象にはならない。言い換えればこんな感じになるだろうか。

今後も洒落た作品を描く続けて下さい。

2012年10月19日 (金)

美術アーカイブ:1996年(1) 山本容子 ウォール・エキシビション

「山本容子 ウォール・エキシビション [アクセサリー]」(湘南西脇画廊:藤沢市鵠沼海岸)では大変残念な思いをした。作家在廊の日にどうしても都合がつかず、彼女の美しい姿を鑑賞する機会を逃してしまったのだ。

悔しい記憶を乗り越え、展覧会の感想を書こう。まずは図録の表紙から。中央少し下にある楕円形の穴に注目。そこからモノクロームの写真らしきものが見える。

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オレンジ色のカバーを外すと表紙が現れる。なかなか洒落たデザインだ。

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この仕掛けは、もっと大がかりなアイデアと結びついている。建築家の竹山 聖による構想図が図録に載っていた。

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竹山はこう書いている:
「大きなオレンジ色のスクリーンに孔が穿たれていて、そこから容子さんの世界のミニチュアを覗き込む。ひとつの孔にひとつのミクロコスモスがあるから、記憶がチェーンのようにつらなって、頭の中に銀河が形づくられてゆくといいな、と思った。」

美しい言葉だ。山本のジュエリー作品の一つ一つは小さいが、そのミクロの世界が銀河という巨大な世界とコンセプトのうえで繋がりを持っている。この眩暈がするような世界を楽しませてくれたのは、竹山のお蔭かもしれない。

山本のジュエリー作品には様々なタイプがあった。冷たく、幾何学的形態の中にわずかに有機的な姿を置いた作品があった。

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もっと本来の山本らしい、楽しげな作品も勿論あった。

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それらの中間的な洒落た作品もあった。

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この展覧会、ビッグチャンスを逃したとはいえ、印象に残るものだった。

2012年10月18日 (木)

美術アーカイブ:1995年(3) ピーター・ヴォーコス展

「ピーター・ヴォーコス展」(セゾン美術館)展示・図録ともに充実した素晴らしい展覧会だった。この頃はデパート、特にセゾン美術館の力がまだ衰えていなかったことを象徴するかのようだ。

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この展覧会を観たのが1995年。「ドロップ・アウト」というストーンウェアなどが印象的だった。

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その後2004年には世田谷美術館で開催された「自由の国のオブジェと器 アメリカ現代陶芸の系譜」で再びヴォーコスの作品を観る。

そして2007年、亡き父の友人を訪ねてアメリカ旅行に行き、メトロポリタン美術館でヴォーコスの作品に出会う。「ヌードル(麺)」という作品だ。

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これは上に紹介した「ドロップ・アウト」と似た作品だ。形状といい、大きなサイズといい、兄弟のような作品に見える。ヴォーコスの得意とした一つのパターンなのだろう。

このように割れ目が入り、少し崩れたような作品を観ると、ヴォーコスはアヴァンギャルドな作品だけを作り、正統派の作品は苦手だったのではないかと勘繰りたくなる。しかし彼は「普通の」作品も作っているのだ。例えば「壺」と名付けられた作品を見よ。

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このような作品を観ると、ヴォーコスは「やろうと思えば」伝統的な陶芸作品も作る腕前を持っていたことがわかる。しかしそれに飽きたらず、またそれに甘んじることなく、ゲンダイアート的な作品も追求していったのだろう。そして「抽象表現主義陶磁器作家」と呼ばれるに至ったのだろう。

ヴォーコスの作品は様々な側面を見せる。例えば「陶板」を採り上げよう。

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この作品には何となく郷愁を誘うような雰囲気が漂う。そう、柳宗悦らが推進した民芸運動である。この作品を、バーナード・リーチ、あるいは河井寛次郎の作品だと紹介されたらそのまま信じてしまうだろう。ヴォーコスはアメリカで学び、東洋との接点があまり強いとはいえないにもかかわらず、このような東洋的な味を出すのが不思議である。

ヴォーコスの小品もいい味を出している。これは「アイス・バケット」と呼ばれる作品で、左がその立面。右は底面である。底に彫られた数字と文字が愛らしい。

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この充実した展覧会に足を運んでおいて本当に良かった。

2012年10月16日 (火)

祝・整理番号100番を作曲

久しぶりに中規模の室内楽を作曲した。題して「弦楽四重奏曲第4番」。出版される見込みもないのに勝手に表紙を作った。

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3楽章構成で、第1楽章 フーガ、第2楽章 スケルツォ、第3楽章 終曲と並べた。全体を通じてオリヴェ・メシアンが考案した人工的な転調不可能な音階を用いた。フランス近代の和声の感じを出したかったのだ。

しかし出来上がってみると、ショスタコーヴィチのような少し皮肉っぽい響きが目立ってしまった。旋律を屈折させたりしたのが影響したか。初演に付き合ってくれる仲間に「メシアンみたいだろ?」と言っても「噓だ、ショスタコーヴィチみたいだ」と言われた。

私はフーガを得意としているので、自己評価としては第1楽章は「まあまあ」、第2、第3楽章は「うーむ」だ。しかし弦楽四重奏仲間はもっと厳しく、全楽章「うーん」だった。

私は恥ずかしいので作品番号を付けていない。それに代え、通しで整理番号を付けている。そしてこの曲は記念すべき「整理番号100番」なのだ。こんな話、自分だけ盛り上がって他人には全く面白くないのだが、まあご容赦戴きたい。

なおこの曲は初演するが、日時・場所は拙ブログには書かない。内輪だけで行い、内輪だけで反省する予定だ。(興味ある方がおられても、もう少しましな曲が出来るまで待って下さい。今回はまだ通過点に過ぎませんので。)

美術アーカイブ:1995年(2) 猪熊弦一郎遺作展

「猪熊弦一郎遺作展 -青春の軌跡-」(三越美術館・新宿)は楽しい展覧会だった。

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大好きな画家なので、もちろん絵画作品を中心に鑑賞したのだが、猪熊が戯れに作りためていたオブジェたちも喜びに満ち溢れていた。後に、そごう美術館での個展でもオブジェを観たが、種類と数においてはこの新宿での展覧会のほうが一歩リードしていた。

またチラシの見開き面に書かれたキャッチフレーズ「45年前、猪熊が生み出した包装紙の謎、今、花ひらく」は良かった。

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これはもちろん主催者である三越の包装紙のことであり、一種の宣伝なのだが、その点を割り引いてもこの文言は私の心に響いた。高邁な絵画作品から商業デザイン、おもちゃのようなオブジェに至るまで、猪熊ワールドの裾野が広がっているのを暗示しているようで嬉しかったのだ。

猪熊の遊び心は、ストレスの多い現代人を癒してくれる何かを持っている。

2012年10月15日 (月)

美術アーカイブ:1995年(1) ハピィ氏橋 個展こてん

「ハピィ氏橋 個展こてん ・・二番煎じ・・」(空想ガレリア:銀座)は展覧会名からしてノリノリである。

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案内はがきの裏を返してもそれは続く。「企画 ぐうたら舎」とは、これまたひねもすのたりの雰囲気が漂う。
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ハピィ氏橋とはどんなアーティストなのであろうか?
♪ハピィ氏橋は、材木問屋の三男坊である。
木場といえば材木屋だな。
♪ハピィ氏橋はスポーツマンである。
 大学野球ではピッチャーだったらしい。
♪ハピィ氏橋は邦画が好きである。
 任侠もの、人情もの等のポスターを描いた。

私はハピィ氏橋の作品を一つ所有している。それは「マルチメディア」というタイトルが付けられた絵画である。材木問屋の裏に置かれた丸太に、少し離れて男の子と女の子が腰かけている。お互いに好き合っていそうである。なぜなら二人は糸電話で楽しそうに話をしているからだ。そして男の子が糸電話の会話中、ラブレターを折りたたんで紙ヒコーキを作り、その女の子に向けて飛ばしている。

なるほど、電話というハイテクと手紙というローテクのマルチのメディアによる愛情表現というわけか。ハピィ氏橋は邦画ポスターだけでなく、このように微笑ましい光景を描いた絵画作品も生み出すアーティストだったのだ。

ハピィ氏橋とは久しく会っていない。どうしているかなあ。元気でノリノリの絵を描いているだろうか。

2012年10月14日 (日)

美術アーカイブ:1994年(10) 小山田二郎展

小山田二郎展(小田急百貨店)にはシュールの絵画が観られるだろうという軽い期待で足を運んだ。

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しかし残念なことに、結果的に私は彼の作品を好きになれなかった。小山田の作品はシュールあるいは幻想に分類されると思う。それで一見私の好みに合っているように思えたのだが、ほとんどの作品が敵意のような強いオーラを発し、それに耐えきれなかったのだ。

そんな中にも救いがある。「架空庭園」という作品は、楽しい幻想であり、線のタッチも私の好みに合致したものだった。

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そういう意味だと「石置場」もクレー調のたたずまいでなかなか良さそうだ。ただこの作品には(気のせいかもしれないが)微かに冥界の風が吹いている。メルヘン的な画面の中に地下世界のたくらみが感じられるのだ。

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この暗さは幼い頃からの先天性の病によるものであろう。逆に、そのような労苦を背負いながらも画家を志し、自身の思いを表出させた小山田の才能と努力を称賛すべきなのかもしれない。

だから「小山田二郎の絵は好きか?」と聞かれたら「嫌いです」と答えながらも、その記憶を葬り去ることができず、いつまでも気になり続けるのだろう。

美術アーカイブ:1994年(9) ルネ・マグリット展

「ルネ・マグリット展」(三越美術館・新宿)は展示内容も図録も充実していた。デパートでの展覧会にまだ勢いがあった時代であり、地方の2つの美術館と朝日新聞社が共同主催で力を貸したことも大きかったと思う。

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マグリットは既に高名なので主要作品などを採り上げてもあまり意味がないだろう。そこで、よく知られたマグリットの画風になる過程の作品に着目してみたい。「海水浴の女」という作品である。

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解説を読むとマグリットがポスターなどのデザインを生活のために制作していた頃のものだという。ここには曲線を主体としたアール・デコ調と、直線による抽象的構成の奇妙な融合が見られる。

依頼主の指示にはある程度準拠していたのだろうが、技法・スタイルのうえで当時の流行に盲目的に従わず、独自の試みをしていたのだろう。そういう意味でマグリットを見直すきっかけを与えてくれる作品だ。

マグリットの作品の中には、子供っぽい発想の奇抜な絵画も散見される。しかしこのような大規模な個展で彼の作品の発展過程を見て、全体の流れの中でそれらを味わうと、侮れない底力を感じる。彼はやはり巨匠と呼ぶべき画家なのだろう。

佐藤和彦 陶展

「佐藤和彦 陶展 ~楽茶碗と粉引の器~」(かまくら陶芸館)に行った。

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折りたたんだ厚紙で作られた案内冊子は洒落ていて嬉しかった。佐藤和彦は既に売れっ子の陶芸家だから、宣伝に注力しなくても展覧会には人が集まるだろう。でもやはり、立派な案内書は、受け取った人を喜ばせるという点で作ったほうが総合的な効果があるのかなあ、と思った。

会場となった「かまくら陶芸館」は和食レストランとクラフトショップの両方の機能を持つ画廊だ。北鎌倉駅に近いという場所柄、敷居が高そうなイメージがある一方、観光客向けのサービスを行う庶民性も求められるところだ。

今回の展覧会でも、格式がある佐藤和彦の作品展示の脇に、廉価な土産物の棚があり、いかにも観光客が喜びそうなグッズが売られていた。

佐藤和彦作品も(土産物の値段とは多少の開きがあるが)来店客があまり背伸びしなくても購入できる価格で売られていた。芸術品であり、かつ日用品でもある器が多くの人の手に渡るのは良いことだ。

私はアヴァンギャルド寄りの作品を好むので、今回の展示の中では多角形が寄り集まったような形状の花器が面白かった。そのうちいくつかは売却済の赤いシールが貼ってあった。同じような趣味の人が何人かいたのであろうか。

今回は(すでに面識がある)作家に会えず残念だった。作家在廊日は案内冊子に書いてあるので知っていたのだが、どうしても日程が合わなかった。

美術アーカイブ:1994年(8) 難波田龍起展

難波田龍起展(世田谷美術館)の回想。

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難波田親子の作品は観た過去の展覧会を列挙してみよう:
♪1981年「夭折の画家 難波田史男展」(西武美術館)
♪1994年「難波田龍起展」(世田谷美術館)(★本記事)
♪2004年「没後30年 駆け抜けた青春 難波田史男展(東京ステーションギャラリー)
♪2005年「生誕100年記念 難波田龍起展 その人と芸術」・併設「難波田史男展」(東京オペラシティーアートギャラリー)
♪2008年「難波田史男展」(世田谷美術館)
♪2009年「難波田龍起・難波田史男」(東京オペラシティーアートギャラリー)

こうして並べてみると、ずいぶん多くの展覧会に足を運んだものだと思う。(上記以外にも親子の作品を観る機会が多々あったが割愛する。)そしてこの数は私が難波田親子の作品が好きだからに違いない。二人の画風は全く異なるが、どちらも私の好みにぴったり合っている。

チラシの裏面には展示作品のうち代表的なものが紹介されている。

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私の最も好むのは、幾何学的抽象で左上の「移動するもの」のような作品だ。一方線刻が明瞭でなくてもその下の「コンポジション」のように日本画のような味わいを秘めた抽象画も心地よい。

チラシ裏面には武満徹の「難波田龍起小論」の一部が紹介されていた:

その絵の前に立って
私は、ただ
-傑れた室内楽の演奏を聴く時のように」-
黙って、
その抱擁に身を委ねたいと思う。

室内楽と難波田の抽象絵画を愛好する私としては、これ以上ないくらい嬉しい言葉だ。

ふじさわ江ノ島 花火大会

「ふじさわ江ノ島 花火大会」(藤沢市片瀬海岸西浜)を観た。

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今年は様々な理由から、本来盛大に行われたはずだった夏は「納涼花火」と称してたった20分に縮小された。そして主力は秋にシフトしたのだ。内容は素晴らしかった。期待以上にバラエティに富んだ作品を鑑賞することができた。

ところで私は2007年のデジカメを今でも愛用している。「経年電子式寫眞機愛好継続活用推進者」といったところか。そしてこのカメラは「夜景」とか「花火」というモードが設定できるにもかかわらず、花火は満足に撮影できない。子供たちの携帯のほうがずっと綺麗に写るのだ。

そんな型落ちのデジカメで花火を撮影すると、なんともシュールな「作品」が出来上がる。

「火の玉の降臨」

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「虹のダンス」

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「江戸の華」

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うーむ。

2012年10月11日 (木)

美術アーカイブ:1994年(7) デイヴィッド・スミス展

「デイヴィッド・スミス展」(セゾン美術館)は内容も図録も充実した展覧会だった。

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デイヴィッド・ローランド・スミスは素晴らしいアーティストだと思うのだが、なぜか話題に上ることが少ない。なぜだろうか?その理由はわからないが、私としてはこのささやかなブログの記事で彼の存在をアピールしたくなってくる。

しかし、そう言う私自身も「ではデイヴィッド・ローランド・スミスとはどんな芸術家なんだ?」と聞かれたら、答えに窮する。それは彼が多方面に才能を発揮し、多様な側面を見せているからかもしれない。試みに彼の特色を箇条書きしてみよう:

♪アメリカ現代彫刻の父と呼ばれる。
♪アメリカ抽象表現主義の画家と同時代である。
♪金属の棒や板を溶接し線や面の構成により彫刻を制作した。
♪彫刻だけでなく絵画やドローイングにも味のある作品が多い。

ざっと上記のようになるかと思う。そして特に私にとって重要なのは、彼の彫刻は具象・抽象の両方にわたり、「常に味わい深い構成感を出している」という点だと思った。

彼の作品の中には巨匠のアイデアを取り入れたと思われるものも存在する。例えば1947年に制作された「トゲのあるやつ」という作品はミロの彫刻にそっくりである。また1955年に制作された「鍛造Ⅸ」という作品はジャコメッティの細い人物やブランクーシの無限柱などを想起させる形状をしている。

しかし、だからと言ってデイヴィッド・ローランド・スミスの偉大さが損なわれることはない。このような類似はよくあることだし、何よりも彼の場合は彼独自の個性ある作品の数が圧倒的に多いからである。

2012年10月 7日 (日)

まちなかアートと水太鼓石演奏会

「第7回 湘南邸園文化祭 2012」は小田原から三浦半島に至る広義の湘南エリアを舞台に、屋敷とアートを融合させた様々なイベントの総称だ。

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私の住む藤沢市でも屋敷でのコンサート等、種々の企画が立上げられた。その一つ「藤沢今昔 まちなかアートめぐり 2012」という企画がある。

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これはさらに6つのサブ・イベントに分化されていて、私は「藤沢塾まるごとミュージアムツアー」と「水太鼓石演奏会」の2つに参加した。

ツアーの出発点は「くらまえギャラリー」。「藤沢宿」と書かれた赤い垂れ幕と「藤沢今昔まちなかARTめぐり」という黄色い旗が掲げられている。これらは会期中、市内の各イベント会場および関連スポットにも掲示されていた。

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「有田家」という旧家では4人のアーティストが展示していた。

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「となりのトトロ」には「まっくろくろすけ」という愛らしい妖怪が登場するが、この有田家にもアーティストASADAが創案した小さな怪物たちが棲息していた。

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これは旧家でのインスタレーションにもってこいの題材を選択したと思う。子供の目線では「ちょっと怖いけど面白い」という効果を生むだろう。幼い頃からこのような現代アートに触れていると、一見難解なコンテンポラリーアートへの軟着陸を助けると思う。

一方佐野晴美は彩色した繊維を構成したオブジェを展示した。

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旧家の蔵はほとんど無彩色でイメージが暗い。その前に赤や黄の色がキラキラ輝くオブジェを配置すると、その場がたちどころに明るくなる。このようなアートも旧家・蔵という場との相性が良いのではないかと思う。

「遊行寺」もツアーの対象となっていた。正式には「藤沢山無量光院浄光寺」といい、時宗の総本山だ。

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ここでどんな作品を観るのかなと思っていたら、自然系学芸員の資格を持つ人が植生の解説をしてくれた。なあんだアートではなく植物か、と言うなかれ。「博打(ばくち)の木」なる珍しい樹木を鑑賞することができた。なお「バクチノキ」というのは正式名称である!賭け事に負けて身ぐるみ剥がされた状態に見えるからだとか。

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高台の藤沢小学校に向かう坂道の途中に「厄神社」とい恐ろしい名前の神社がある。それだけでも充分なのに、祭っているのは鬼だという。こんなに怖いものだらけの神社だから、怨霊も怖がって退散するのだろうか。毒をもって毒を制すという感じだ。

そしてそこから少し上へ上った所が「堀内家地所」だ。同行した画家の一人が「八つ墓村みたい」と評していたが、その通りだ。藤沢駅から徒歩10分でこんなに怖い場所があるなんて知らなかった。そしてそこでインスタレーションを行ったのは伊東直昭。

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白地に黄色い斑点を有した馬の喉のあたりから夕陽がのぞく。逆光の美。

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「関次商店蔵」では私が大好きな彫刻家・熊坂兌子、佐々木薫、そしてフランスから来たポルスカ、の3人がコラボレーションを行った。

熊坂兌子は以前ニューヨークで制作した抽象作品を鏡に見立て、その周囲に神道の社をイメージしたような異空間を現出させていた。さすがベテラン、独特の雰囲気が漂っている。

佐々木薫は昔この蔵に住み着いて蔵を守っていたであろう動物が神になり、新しい時代に向けて蔵を守り続けるというイメージで天使のような作品を展示した。

ポルスカは大きな舟のオブジェを吊るし、その下の床に青いインクを直線状に引いていた。その青い線は影だという。影がなぜ青いかと聞いたら、空の青さが投影したというような説明をしてくれた。

影は影のみでは存在できず、必ずその反対側には陽があるという。例えばモグラは暗い地下に住み、目が退化している。そのモグラには「闇」という概念が無いのであろう。上下左右どこを向いても闇だらけだから、あえてそれに「闇」という名称を付けても仕方ないわけである。

これに対して地上の人類は陽光を浴び、そこを「明るい場所」と呼ぶ。その対極として暗い場所を闇と呼ぶ。だから闇は陽光が無いと成立しないのである。

さらに彼女は闇や影は青空があるから存在するのだから、そこに青が投影されてもよいというようなコンセプトを考えたらしい。このあたりは時間が無かったので詳しく聞くことができなかったが、このコンセプトを詩のように語ればこの作品はもっと美しく見えただろうと考えた。ポルスカに詩的なコンセプトを考えてもらい、日本語の訳詩を作るという工程を経ればの話だが。

ツアー終了後、引き続き「水太鼓石演奏会」を聴いた。

彫刻家・岩崎幸之助の制作した「水太鼓」を楽器として活用し、岩崎、音楽家の高橋洋之とアシスタントの3人で演奏するコンサートだ。

演奏に先立ち「水太鼓」の上に立つ岩崎幸之助。円盤状のこの作品の大きさがわかる。

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演奏が始まった。岩崎は最初から最後まで、水太鼓を浸したプールの水を木の板でひたすらかき混ぜていた。「ひねもすのたり・・・」という感じで、悠久の潮の満ち引きを表しているかのようだった。これに対して高橋は三味線を弾いたり、脇に置かれた小さな水太鼓を叩いたり、穴に管を差し込んで管楽器のように吹いたりと忙しく立ち回っていた。アシスタントは電子音響を鳴らしていたらしい。

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三者はそれぞれ異なるリズムの世界にいた。岩崎は機械のように正確ではないが、ほぼ一定の周期で水をかき混ぜていた。高橋は様々な音色を出すなかで、音と音の間隔を自由に変化させていた。そして電子音響のほうは機械的に正確なリズムを刻んでいた。

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このように3つの異なるリズムが同時に鳴るとどうなるか?波長が接近しているとモアレ効果を生むかもしれない。少しずれると一種のせめぎ合いのようになる。そして時折偶然にピタっと合ってしまうと、そこに音楽の山が来る。

このように、今回の演奏会では有機的(人間的)リズムと無機的(機械的)リズムの交錯という点がポイントの一つであったように思った。そこに、主として高橋が受け持った音色の多彩な変化という側面が加わり、このコンサートを面白くしていたと考える。

皆さんお疲れ様でした。

小泉淳作 版画展

「小泉淳作 版画展」(湘南西脇画廊)に行った。

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建仁寺の天井画と同じ絵柄の「双龍」も良かったが、展示された版画作品の中では「蕪(大)」が圧倒的な存在感を示していた。リアルな描き方なのだが、なぜか抽象的な構成美も感じ取ることができ、その奥深さに驚いた。日本画だけでなく、デザイン、陶芸の分野でも活躍したという才能のきらめきが伝わってくるようだった。

山本丘人の門下には大好きな作家・加山又造や、先日平塚美術館で作品を観た上村松園の息子・上村 松篁もいる。そして小泉淳作。一種の連鎖を感じた。

今年の1月天に昇られたが、その際「雲龍」と「双龍」が付き添ったのであろうか。

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