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2012年8月30日 (木)

美術アーカイブ:1994年(6) レジェ回顧展

「レジェ回顧展」(Bunkamura ザ・ミュージアム)は充実していた。

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チラシには「我が国最大の回顧展」という文字が誇らしげに書かれていた。確かに展示点数も多く(油彩だけで67点)、図録も充実している。立派な展覧会と言って良いだろう。

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私はキュビズムを偏愛するので、キュビズムの影響が濃いレジェの初期の作品に愛着をおぼえる。例えば展示番号1「屋根の上の煙」などはセザンヌからキュビズム作家への発展過程に乗っているようで嬉しくなる。

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では後年の作品は好まないかというと、必ずしもそうではない。ただチラシの表紙に採用された「浴女」のように、ピカソの古典主義時代に登場する女性像と似通った豊満な肉体像はどうも好きになれない。

同じ豊満さでも、図録の表紙に採用された半抽象の中にはめ込まれた女性像なら抵抗なく受け入れることができる。

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いずれにせよ、レジェの没後40年近くという節目の年に、日本でこれだけの規模の回顧展を観ることができたのは喜ばしいことだった。この頃はまだ西武百貨店のアート啓蒙の勢いが残っていたので、東急百貨店としても対抗上、頑張って企画したのだろう。関係者の苦労をねぎらいたい。

2012年8月29日 (水)

文学アーカイブ:大学~大学新聞への投稿

私は文章が下手だ。音楽仲間の一人J君(以前、私ではなく他のメンバーと同人雑誌を手掛けていた達人)からもっと本を読めとよく言われる。その私が書いたものを、他の(私が在籍した大学とは違う)大学の新聞クラブが拾ってくれたのだから驚きだ。

関係者に迷惑がかかるといけないので大学名は伏せるが、タイトルは「投稿:私とシュールレアリスム」であった。しかも一面に載せてくれたのだから有難い。

内容を読み返すと、興味深いことがわかってくる。文章表現は稚拙で、これはどうにも仕方がないが、一人の学生がどのようにしてシュールレアリスムの世界に入っていったかという過程がよくわかるのである。

その過程を時間軸に沿って並べてみると:
1.サルバドール・ダリ「オナシスの肖像」などの幻想絵画:シュールへ目が向いた。
2.アンドレ・ブルトン著「シュールレアリスム宣言集」:難解で挫折した。
3.ルネ・マグリット、マックス・エルンストなどの幻想絵画:しばらくの間漫然と鑑賞を続けた。
4.アンドレ・ブルトン著「ナジャ」:このお蔭でシュールというものが見えてきた。
5.マルセル・ブリヨン著「幻想芸術」やグスタフ・ルネ・ホッケ著「迷宮としての世界」などの啓蒙本:知識の幅が広がった。

上記の過程を思い返してみると、早い時期にブルトンの「宣言集」を読んでわけがわからなくなり、その状態を同じくブルトンの「ナジャ」に救済された、ということが暗示的である。シュールに関する著作に接していない人がいたら、この同じ人物が著した対極にある2つを読むことを勧めたい。少々強引だが、シュールに関する理論的バックボーンと実践面の両輪を示しているからだ。

その後自分が書いた文章が何かに掲載されるという事は非常に少ない。そうなるためにはJ君が言うように岩波文庫・新書の選ばれた100冊を熟読し、日頃から理路整然とした文章を書くように心がけることが必要であろう。これは難しい。そんな時間があったら展覧会に行ったり作曲をしたりしてしまうからだ。

音楽アーカイブ:大学~初めての作曲

私は作曲を趣味とするが、本格的に始めたのは大学に入ってからだった。既にアーカイブに書いたが、小学校低学年のころ「小鳥」という曲を作ったにもかかわらず、その後継続しなかったのだ。手間のかかる作曲より、手軽に楽しめる演奏のほうに行ってしまったからだと思う。

大学では岩竹徹など作曲を志す仲間から刺激を受け、作曲をしようという意欲が湧いた。そして作った第1号が弦楽四重奏の為の「カデンツのパズル1および2」だ。これは縦と横に書いた五線譜を重ね合わせ、カデンツが鳴るようにした一種の遊戯だ。「1」が4小節、「2」が9小節の構成になっている。

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いろいろ制約があるので、和声的にはあまりしっくりいかなかった。解決譜もあるのだが、恥ずかしいので隠しておきたい。

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これをさらに拡張して4×4(16小節)のバージョンを作ろうと思ったのだが、どうしても出来なかった。今なら当時に比べて技術的に向上しているので出来るかもしれないが、面倒なので試みていない。

私は自作の曲に作品番号という偉そうなものは付けていない。その代わりに時系列に整理番号を付けている。この2つのカデンツには栄えある「整理番号1」を付けた。なお作った年代がはっきりしないが、1970年~1973年であることは間違えない。

このような「抽象作品」でスタートした作曲だが、次の作品(整理番号2)は一転して二部の合唱曲になった。現在はやめてしまったが、当時は詩に音楽を付けるという事に熱意があったらしい。

2012年8月28日 (火)

美術アーカイブ:1994年(5) マーグ・コレクション展

「マーグ・コレクション展」(横浜美術館)の回想を書いてみる。

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冒頭からいきなりマイナスの内容で恐縮だが、アートを愛好する友人たちの間で横浜美術館の企画はつまらないものが多いという評価が下されている。私は神奈川県在住なので地元の美術館を応援したい立場にあるから、そう言われると反抗して同美術館の良い点を探いしたくなる。

その中で「20世紀美術への眼差し- マーグ・コレクション展」(横浜美術館)は観て楽しい展覧会だったので対抗手段として採り上げたい。大規模な企画ではないが、横浜美術館が真剣に取り組んだ成果が出たのではないかと思う。

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一般に外国の美術館やコレクションに絞った展覧会の企画は、内容が総華的になるので自分の趣味にかなった展示は相対的に少ないというきらいがある。先日の「ベルリン国立美術館展」もリーメンシュナイダーに集中して観たが、全体を楽しんだわけではない。

しかしこのマーグ・コレクションの展覧会は予想に反して、かなりの部分を楽しんで鑑賞することができた。近代・現代アート好みの私の趣味とベクトルが合っていたこともあるが、さらに収集した作品が「観て面白いもの」に偏っていたことが私にとってプラスの要因だったかと思う。

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登場した作家については、この人知ってる、あの人も知ってる・・・というように既知の作家が多かった。しかし展示作品を観ると、これまで抱いていた一人一人の作家のステレオタイプな作品から離脱したものも多くあり面白かった。また、知らなかった作家とその作品に関しては、当然のことながら新鮮な喜びをもって鑑賞できた。

例えばチラシ表紙を飾った♪ヴァレリオ・アダミの「円柱」は作家も作品も知らなかったが、観る人を楽しくさせる作品だ。まずは鮮やかな赤と黄の色彩に目を奪われる。そして上部の手の描写を観てベン・シャーンみたいだな、と喜ぶ。途中で切れた円柱がそのまま天井に張り付いたまま落ちないところがポップ調で軽やかだ。

♪アルベルト・ジャコメッティというと細長い身体が定番だが、この「カップル」は異なる趣向で作られている。

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男女の表現が少しエルンスト的だ。もっともエルンストは「王妃とチェスをする王」で代表されるように男性が圧倒的に強大で女性が弱小の存在として表現されている。それに対してジャコメッティの場合は男女がほぼ同等に扱われ、ほのぼのとした雰囲気が漂っている。その後の針金のような身体で見せる緊張感が全く感じられないところが面白い。

♪フェルナン・レジェは黒々とした輪郭線に縁取られた人体像が主体だが、この「三角形の目のある顔」は、全く異なる様相を呈している。

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様々な顔を並べた作品といえば猪熊弦一郎の「顔」の連作が思い出される。このような遊び心をくすぐる作品は気分を良くしてくれる。

♪ジョアン・ミロの「モニュメントのためのプロジェクト」を見よ。

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これはまた何という大胆な作品であろうか。これは英雄を祭る戦勝記念碑をイメージし、それを皮肉って地味に仕上げた作品だと解説されている。いずれにせよ、このたたずまいからミロを想像するのは難しい。アーティストの様々な側面を知らされる作品だ。

このように、既知の作家の知らなかった側面に多数触れることができて楽しかった。このような展覧会をぜひ今後も続けて企画してもらいたい。

2012年8月27日 (月)

上村松園と鏑木清方

「上村松園と鏑木清方」(平塚市美術館)に行った。

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私は日本画・西洋画とも人物画にはあまり興味が無い。しかしこの展覧会で観た二人の作品群には恐れ入った。どちらも突き抜けて達者であるばかりでなく、生涯を通じて真摯に何かを求める姿勢が感じられたからだ。

素人の感想になるが、清方の描く女性のほうが美しく見えた。この理由は明確だと思った。松園が伝統的な引目鉤鼻(ひきめかぎばな)あるいはそれに近い表現で描いたのに対し、清方は実際の女性の顔に近い描き方をしたからだろう。

しかしそれでは美人女優の写真を眺めたほうがもっと良いことになってしまう。松園や清方の描く美人画が持つ芸術としての価値は何であろうか。この問いに対する回答を明確に出せる人は相当な通だろう。

全体としては回答を見出せないが、個々の作品の印象から全体を類推することはできないだろうか。例えば松園の「花がたみ」に見られる狂女の表現は凄まじい。この作品は女性の外見だけでなく、異常心理まで描いていることになるだろう。

するとそれが回答あるいは回答の一部になるかもしれない。つまり美人画を芸術として鑑賞するには、外見に惑わされず、モデルの女性の内面まで描こうとした画家の意図を追体験することが必要である、という考えだ。

なお上村松園の「晩秋」はチラシ裏面の解説にもあった通り、色面構成の作品と言ってよいだろう。松園の作品は古風なものばかりだと思っていたが、このように新しい絵画の試みを取り入れていたのだ。松園の発想の柔軟性には驚かされる。

Giovanni展という展覧会があった

「第3回Giovanni展」(ギャラリーセイコウドウ:銀座)に行った。

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自分の名前を冠にした展覧会が企画されるとは、私も偉くなったものだ。これは勿論冗談だが、一瞬だけ良い夢を見させてもらった感じがある。

この展覧会のことを教えてくれたのは仮の名前で「パレットさん」だ。行ってみたら初日でオープニング・レセプションが始まっていた。ワインまで飲めて望外の愉しみを得た。パレットさん、ありがとうございました。

レセプションに入っていたので、6人の作家が出展した全ての作品をゆっくり観ることはできなかった。結果としてパレットさんが知り合いの飯坂郁子の絵画作品を中心に観た。

ベンチに女性が一人腰かけている作品があった。背景は無彩色で塗りつぶされ、ベンチも一部しか見えない。はっきり見えるのは女性ひとりだけだ。孤独に悲しんでいるのだろうか。でも、もしその女性に声をかけたら「寂しくなんかないから大丈夫よ」というようなレスポンスが返ってきそうだ。

では冷たいかというと、そうでもない。「ちょうど退屈し始めたところだから、少しお話しましょうか」ぐらいは言ってくれそうだ。

そして興味深いのがその隣に展示されたハイヒールの作品だ。画面の真ん中に靴がぽつんと置かれている。このハイヒールとの間で、先の女性像と交わしたまったく同じ会話が成立しそうな雰囲気があったのである。

勿論、人間が靴に話しかけること自体空想の世界であるし、ましてや相手は絵である。でもそんな架空のやりとりを想像するのもまた楽しい。

そんな感じから、飯坂郁子の絵を「明るい心象風景」とか「陽性の心象風景」とか呼んでみたくなった。この造語には無理があるかなあ。本来「心象風景」というと暗く、シュールで怖いというベクトルになってしまう。それをひっくり返して「明るい」とか「陽性」とか呼ぼうというのだから少々強引かもしれない。でもそんな感じなのだ。

もう一人、インダストリアルデザイナーの濱守千弘と知り合った。今回はあまり多くのことを知る時間がなかったが、自らの個性を重んじるアーティストのように思えた。今後の活動をぜひ観たい。

2012年8月23日 (木)

ムガ スグルの世界

2012 夢我 克 ONE MAN SHOW:ムガ スグルの世界」(art truth:横浜)に行った。

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個展の初日だったので作家と会えるのではないか、と思った。しかしちょっとの差で行き違いになり会えなかった。残念だ。

不勉強で夢我 克を知らなかったのだが、「現代童画大賞」などを受賞した童画のジャンルにおけるベテラン作家だ。楽しい絵が並んでいた。

夢我 克が使うのは、私が子供の頃にお世話になったクレヨンが進化したものだとのこと。描いた後、指などで擦って広げたりぼかしたりできるらしい。なかでも青の色が美しかった。深みがあるというか、味わいがある色だ。

夢我 克の絵は発想が自由だ。ピエロが高層ビルより背が高かったり、ビルの屋上を電車が走ったりしている。そしてそれらの光景が不自然に見えないところが素晴らしい。案内葉書には、人間の頭の上に高層ビル群が乗っているという不思議な景色の作品が使われていて楽しい。

夢我 克という名前はペンネームだと思うが、面白い。夢見る我を克服するという意味か?いわれは知らないが、楽しい幻想画を描く作家に相応しい名前だと思う。

2012年8月19日 (日)

サロンライトコンサート

「サロンライトコンサート」(永山公民館 談話コーナー)に出演した。

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私は演奏に関しては自分にも他人にも極甘(ごくあま)なので出演した3つのグループすべて大変良かったという結論にしておこう。

他のグループがストラヴィンスキーの「兵士の物語」を採り上げていた。オリジナル編成は語り手と室内アンサンブルだが、トリオ編曲版で演奏していた。こんな難しい曲をよく選んだものだ。それだけで感心してしまう。とっつきの悪い楽想が多いので観客の受けが良かったどうか?そういうリスクを抱えていたと思うが、演奏が上手だったので良い結果を残したと思う。

今回は全グループがクラシック音楽主体の構成だった。そしてドビュッシー、サティ、シャミナーデ、ビュセールというフランスの作曲家の作品をそれぞれのグループが1~2曲づつ演奏したことに特色があったかと思う。

演奏前の解説でアンリ・ビュセールがパリ音楽院の先生だと聞いて気になり、作曲家の系譜上どの位置づけかを調べてみた。するとグノーとセザール・フランクに師事したことがわかった。ただし曲の感じからフランキストと呼ぶほどフランクに傾倒はしなかったらしい。

1931年よりパリ音楽院で作曲を教えたということだが、あのナディア・ブーランジュとの係りはどうかと思って比較したら彼女より15歳も年長だった。すると「ブーランジュ派」が続々と世に出る少し前のパリ音楽院の先生だったわけだ。勉強になった。

2012年8月15日 (水)

ベルリン国立美術館展

「ベルリン国立美術館展」(国立西洋美術館)に行った。

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以前より一度じっくり観たいと思っていた作家と作品に出会うことができた。ティルマン・リーメンシュナイダーの「龍を退治する馬上の聖ゲオルギウス」だ。もちろん絵葉書を購入した。

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この作品のすごいところは木彫だという点だ。不勉強の私は最初ブロンズか石彫か何かではないかと漠然と思っていたが、なんと菩提樹を素材にした木彫というから驚いた。

またリーメンシュナイダー派の作品とされる「聖母子冠」は、その構成美が気に入った。私は抽象好みだが、この具象彫刻の持つ構成感とバランス感覚は抽象的作品と捉えても充分鑑賞に値すると思う。

一方「ライン川流域の工房」の作としか由来が判明していない「最後の晩餐」も素晴らしかった。葉書より一回り大きいぐらいの小さなレリーフなのだが、その奥行感は称賛に値するものであった。連なる人物像の醸し出すリズムも心地よかった。

今回の展覧会では、上記のような15世紀から16世紀初頭にかけての彫刻作品に観るべきものが多かったように思った。会場出口まで行った後、人混みをかきわけて辿ったコースを戻り、これらの彫刻作品をもう一度観ておいた。

軽井沢千住博美術館

軽井沢千住博美術館に行った。

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千住博といえば、今年の5月に成城さくらさくギャラリーで開催された「三條弘敬と5人の画家たち展」の記憶がまだ鮮明だ。千住博は有能な画家だと思うから、三條弘敬がいなかったとしても、それなりの地位を築いたことだろう。しかし三條の献身的なバックアップにより、千住は独力で切り拓いた場合の何倍もの大きさに成長したのだと思う。

この美術館は建築家・西沢立衛の設計だという。展示会場が斜面になっているところはグッゲンハイム美術館と似ているが、グッゲンハイムが計算し尽くされた幾何学的形状に基づいているのに対し、この軽井沢千住博美術館は土地の傾斜を自然そのままに取り入れて建物を載せたという感が強い。無機的に対し有機的という言葉が当てはまるだろうか。

なだらかな傾斜を持つ床を歩きながら千住の作品を鑑賞するのもまたオツなものだ。そして内容的には今や定番となってしまったウォーターフォールだけでなく、「星のふる夜に」など他のタイプの作品群も豊富に展示されているのが楽しい。

さらに展示会場からガラスの壁越しに観葉植物が見え、それが芸術作品に匹敵するぐらいに洗練された景色となっているところもポイントだ。この美術館は軽井沢を訪れた人にある種の清涼剤を提供してくれるような場だと感じた。

2012年8月 9日 (木)

石空間展7

「石空間展7」(日本橋高島屋)に行った。弟マルデ・スキナシ(仮名)も同行してくれた。

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お目当ては岩崎幸之助の作品。会場入口付近にはおなじみの「水太鼓」シリーズの流れで「水太鼓石」が展示されていた。このシリーズはすっかり岩崎の顔になってしまった感がある。

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しかし今回岩崎は新機軸を打ち出してきた。展示場のコーナーに陣取った「いい風」は、これまでの傾向と少し違うタイプで、柔らかい形をした作品だった。

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石という重厚かつ硬質な素材で、風という軽やかなものを表現するのは難しいと思う。岩崎はその困難な課題に果敢に挑戦した。弟は作品の表出する柔和さに感心し、女体を連想したと言っていた。

柴山京子の作品も毎回楽しみにしいている。「果実」は別の展覧会でも観たが、外側の無機的なフレームと内側の有機的なフォルムとの対比が面白い作品だ。

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弟は右側の部分が砂時計のようだと言った。そう言われて作品を観ると、上部の滴のようなものから下へ砂がさらさらと流れ落ちているように見えてくるから不思議だ。また左側の部分は粘性を帯びたものがポタっと落ちた感じだという。なるほどそのように見える。

柴山も、やはり石という固い素材を彫りぬいて、このような柔らかくしなやかな作品を生み出していたのだ。

また柴山は忙しい時間を割いて新作を用意していた。「果実―滴―」だ。

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弟はこの作品を観るなり、クリスタルガラス工芸家・各務鉱三の花瓶のようだと言った。花器と異なり、これはオブジェなので実用性に関係なく自由な形状を作ることができる。上部が斜めに反りあがっているが、このような形は花器では作りにくいだろう。ただ、そういうアドバンテージを割り引いても、素敵な作品だと思った。

今回の「石空間展」は過去1,2回と比べて面白かった。広い会場全体に楽しさが満ち溢れているようであり、これはオーラを放つ佳作が多かったためだと信じている。

2012年8月 8日 (水)

「ドビュッシー、音楽と美術

「ドビュッシー、音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで」(ブリジストン美術館)に行った。

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これまでドビュッシーの音楽には親しんでいても、ドビュッシーの著名人との交遊についえはほとんど知らなかったのでよい勉強をさせてもらった。そういう意味で、展示作品そのものより添えられた説明文を読むほうが有意義に思われた。

楽譜の展示もあったが、見開きの状態でショーケースに入れられた状態だった。できれば善ページを見たかったが、セキュリティなどの関係で、これは無理な注文かもしれないなあ。

松岩邦男個展

「松岩邦男個展」(art truth:横浜)に行った。

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先日同ギャラリーで観た「津田のぼる個展」と対をなす企画だ。それは昨年10月「GAIA 津田のぼる・松岩邦男」に布石がある。その二人展では会場に作品が溢れかえってしまったので、一人づつ順番に個展を開催して来場者にじっくり観てもらう、というのがギャラリー側の狙いらしい。

しかし二人のアーティストは仲が良いらしく、二人の作品を同時展示したいとギャラリーと交渉したようだ。その結果、それぞれの個展においても「相方」の作品を1,2点展示して若干ながら「コラボ」の形を残したのが今回の個展シリーズだ。

私の観たところでは、今回の企画は良かったと思う。個展としての充実度を保ちつつ、「幻想」を平面と立体の両方の軸から追求する形になっていたから。

ヒエロニムス・ボスのような松岩の幻想画は楽しい。細かいところにも様々なしかけがしてあり、観る人を飽きさせないから。

2012年8月 7日 (火)

美術アーカイブ:1994年(4) マルタ・パン

「都市をアートする彫刻家 マルタ・パン・イン・ジャパン」(伊勢丹美術館)も楽しい展覧会だった。

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前の記事でハンガリー構成主義を採り上げたが、実はマルタ・パンはハンガリー出身なのである。いくつかの記事が連想ゲームで結合し合っているようで楽しい。

マルタ・パンは私の大好きな彫刻家の一人だ。それもそのはず、最も敬愛する彫刻家ブランクーシ、最も尊敬する建築家ル・コルビジェ、大好きな画家レジェの3人に啓示を受けたというのだから。

以前仕事で幕張に行った際、テクノガーデンに設置された「STELE・LENS」という円盤が縦に置かれたような作品を観て素晴らしいと感動した。この展覧会のタイトル「マルタ・パン・イン・ジャパン」が示唆するように、彼女の作品は日本の各地で観ることができる。

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マルタ・パンというと「浮かぶ彫刻」で有名だが、そのようなキャッチフレーズを打ち出さなくても、彼女の作品はその美しい形状と構成感で充分尊敬に値すると思う。

そういえば妻ジョアンナ(仮名)はマルタ・パンのデザインによるブローチを持っている。長方形の金属板を波状にくねらせたシンプルな造形だ。買い求めたのは恵比寿ガーデンプレイスだったと記憶している。マルタ・パンのセンスは大きなものから小さなものまで生かされている。

美術アーカイブ:1994年(3) ハンガリー構成主義

「ハンガリー構成主義展」(ワタウリウム美術館)はバウハウスとの繋がりが再認識できて興味深い展覧会だった。

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バウハウスとの接点はラースロー・モホイ=ナジである。言うまでもなくバウハウスの辣腕教授陣の一人だ。名前のカタカナ表記は「モホリ」と「モホイ」、「ナジ」と「ナギ」が混在しているが、昨年(2011年)神奈川県立近代美術館・葉山で観た個展では「モホイ・ナジ」と表記していたので便宜上それに従うことにする。

「構成主義」という用語を聞いてまず思いだすのはウラジーミル・タトリンらによるロシア構成主義だ。1910年代から20年代にかけて、シュルレアリスムと同時代に勃興した。これに対してハンガリー構成主義は、やはり1910年代に起こり、1930年代まで続いたので期間的にはロシアより長命だったという意外性がある。

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一方、バウハウスもほぼ同時代である。1919年にワイマール校が開校し、一時中断の後デッサウ校は1932年まで続き、最後に短命だったベルリン校が翌年(1933年)で閉校している。

このようにハンガリー構成主義は芸術の革新が相次いでなされた時期に花開いたので、アーティスト達の持つ気概というものが作品を通じて伝わってくるような感じがする。それがたまらなく嬉しい。

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ハンガリー構成主義とバウハウスの係りを端的に示すのが作品の類似性だ。

例えばこの作品。クレーはいいなあ。実は♪ファルカシュ・モルナールの「フィレンツェ」。

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カンディンスキーも素敵だよね。実は♪ラヨシュ・カッシャークの「絵画建築」。

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これはオスカー・シュレンマーしかあり得ないだろう。実は♪アンドル・ヴェイニンゲルの「抽象舞台―メカニカル・ステージ―」。

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ざっとこんな具合だ。このようにドイツとハンガリーという遠く離れた国の間で、近似性の強い作品群が産み出されていたのは楽しいことだ。有意義な展覧会だった。

2012年8月 5日 (日)

美術アーカイブ:1994年(2) バウハウス

「バウハウス 芸術教育の革命と実験」(川崎市民ミュージアム)は、私の最も好むテーマの一つ「バウハウス」を採り上げ、展示内容と図録が充実していたので嬉しい企画だった。まずチラシからして凝っている。

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下に描かれた同心円はミシン目が入れられており、蚊取り線香のようになっている。あるいはロバート・スミッソンのランド・アートの代表作「スパイラル・ジェティ」の如くと表現したほうが面白いか。もっともスパイラル・ジェティは螺旋状だが、このチラシの下部は同心円であり、似ているが異なる。またくだらないコメントで脱線してしまった。

私が所属している某音楽同人(現在は活動休止中だが)の仲間の一人が、私がバウハウスの展覧会に夢中になっていることに対し、なぜそんなに面白いのかわからないというコメントを言ってきた。

彼としては、巨匠の教授陣(クレー、カンディンスキーなど)の個展なら素晴らしいであろうが、バウハウスという学校で括った企画の場合は、教育カリキュラムの説明とか、学生の制作作品の展示などが含まれ、地味でレベルも低いというようなイメージを抱いたのではないかと推測する。

確かにそう言われてみると、内容的にはその通りなのだ。展示され、図録でも解説されている1922年時点でのカリキュラム体系図は、いかにも古めかしく、堅苦しいたたずまいだ。

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また彼の言った通り、学生の習作も展示されていた。例えば山脇 巌の室内正面図などだ。確かに地味だ(苦笑)。

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山脇 巌といえば一緒にバウハウスに留学した妻・山脇道子が登場する。織物工房で教授と共に写真に収まっている道子の美しいこと!既婚者であったとしても、学内でモテただろうなあ(ここで一気に華やぐ)。

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しかし、いくら山脇道子が美貌でも、それがそのままバウハウスの展覧会の魅力に直結するかというと、それは次元の違う話だ。では原点に戻って、バウハウスの展覧会、あるいはバウハウスという教育機関の魅力は何なのだろうか?

クレー、カンディンスキーなど一流の教授陣に学べるというのは、もちろん大きな事であるが、それだけではないと思う。私は、学校という保守的なアカデミックな場において、旧来その対極にあった急進的なアヴァンギャルドな活動が実践されていたということではないかと考えている。そしてそれが学生たちにとって、この上ない素晴らしい刺激となったのだろうと思う。

これは日本に例えると、東京美術学校(今の芸大)の授業で、赤瀬川源平が路上観察を教えたり、滝口修造や北代省三らが学内に「実験工房」を設けるというようなものだ。そんな学校があったら、学生たちは熱狂しただろうなあ。

もう一つは芸術における諸ジャンル(絵画、彫刻など)が互いに垣根を取り外し、相互交流のある総合的な思想と活動を展開したことではないかと思う。日本では画家の有本利夫が「芸大を最も利用した男」とか何とか言われたように、個人的に学内の諸学科を有機的に結び付けてしまった人物はいるが、バウハウスにように組織だって行われたわけではない。

そしてそれは動くものと動かないものとを結び付けた。オスカー・シュレンマーは抽象絵画とバレー衣装とを融合させた。このような活動の諸相をみると、バウハウスの有していた無限の可能性というものが感じ取れるような気がする。

2012年8月 4日 (土)

津田のぼる個展:空き缶でライオンを作った

「津田のぼる個展」の一環として開催されたワークショップに参加した。会場は中華街の朱雀門近くにある art truth。

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昨年10月「GAIA 津田のぼる・松岩邦男」という二人展が同ギャラリーで開催され、津田の幻想的な作品を楽しんだ。その時観たタワー状の作品と類似のものが今回も展示されていて嬉しかった。

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近くで観るとその幻想性がよく味わえる。

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そして今回のワークショップは「アルミ缶が『缶響アニマル』に大変身」というキャッチフレーズの通り、アルミ缶を加工して動物を作る参加型のイベントだ。

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今回予定されたのはライオンまたはペンギンだった。私は華やかそうなライオンを選択。工具、材料などを並べてワークショップの準備をする津田先生は楽しそうだ。

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あっ、このワークショップは焼酎も飲めるのかな?残念でした。これは缶などを入れるためのただの箱でした。

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もっと真面目に書こう。ワークショップを行ったテーブルの上はこんな感じ。赤いピストル型のものは接着剤を付けるためのグルー・ガン。6ワットの電気で接着剤を熱して使う。

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出来上がったライオンが勢ぞろい。津田先生の指導で参加者は同じように制作したはずなのだが、1体1体個性が出ているのが不思議だ。

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この中に私の作ったライオンがいるのだが、恥ずかしいから特定はしないでおく。でも家に持って帰ったら妻ジョアンナ(仮名)が「カッコいい」と褒めてくれたんだよ。

ワークショップを終えて、もう一度展示作品を観る。こちらの壁面には龍の電車が吊られていた。

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よく観ると乗客もいる!「トトロ」の「猫バス」みたいだ。

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こちらのコーナーには津田と仲がいいという松岩邦男の幻想絵画が津田作品とコラボしていた。平面の幻想と立体の幻想の美しいアンサンブルだ。

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この展覧会終了後、こんどは松岩邦男の個展が同ギャラリーで始まる。会期は8月8日から12日までだ。見逃したくない。

2012年8月 1日 (水)

美術アーカイブ:1994年(1)日本画の抽象

「日本画の抽象-その日本的特質」(O美術館:大崎)は素晴らしい展覧会だった。

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私が生まれて今日までに展覧会に足を運んだ回数は、小規模な個展も含めると、なんと千回を超えていた!その膨大な記憶の中で、最も印象深く、かつ楽しんだ展覧会のランキングを作ったとしたら、この展覧会は間違えなくトップ10に入る。いや、もしかすると最高位になるかもしれない。

この展覧会に関しては、昨年2月に観た「日本画の前衛」(東京国立近代美術館)の記事で両者を比較しながら論じた。私としてはその記事で、この「日本画の抽象」展についても書きたい事を書いたのでそれ以上大幅に付けたしてもあまり意味がないと思った。そこでその記事の内容を再掲することにした。

しかし、記事の対象とする展覧会が逆なので、ただコピーするのではなく、今回の「日本画の抽象」を主体とした書き方に改めた。また若干ではあるが、新しい内容も書き添えた。

今回の展覧会は上記のとおり17年後の「日本画の前衛」展と補完関係をなしている。2つの展覧会は「車の両輪」のような関係にあると言っても良いかもしれない。

今回の「日本画の抽象」展(便宜上以下「抽象展」と呼ぶ)は、このような企画において先駆的な展覧会だった。

抽象作品に特化した関係上、アヴァンギャルドな具象作品が対象外となったのでモダニズム運動の全貌と流れを捉えるには不向きな展覧会だった。しかし日本画として制作された抽象画の佳品を多数展示していたので、その新鮮な印象は今でも記憶に新しいものがある。

また日本画と西洋画がテーマ・描き方などでクロスオーバーな関係となってきたため、両者はもはや素材でしか区別できなくなっていた事を再認識させられたのもこの「抽象展」だった。岩絵具を使うのが日本画、油絵具を使うのが西洋画というわけだ。

一方、17年後の「日本画の前衛」(便宜上、以下「前衛展」と呼ぶ)は抽象だけでなく、シュールレアリスム等を含めた広い意味での前衛芸術を対象としていたので、広がりがあった。また学芸員さんたちの苦労に裏打ちされたのであろう、前衛運動の流れが把握しやすい企画になっていた。

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「抽象展」、「前衛展」でどのような作家が取り上げられたかをまとめてみた(各分類で作家名五十音順)

♪分類A:両方の展覧会で取り上げられ同じ作品が展示された作家2名と作品
岩橋英遠「都無ぢ」、山崎隆「象」、「神仙」

♪分類B: 両方の展覧会で取り上げられたが異なる作品が展示された作家5名
船田玉樹、三上誠、下村良之介、星野眞吾、不動茂弥

♪分類C:「抽象展」だけで取り上げられた作家22名
朝倉摂、岩崎鐸、岩澤重夫、岩田重義、上田臥牛、大野俶嵩、楠田信吾、久保田壱重郎、児玉希望、榊健、佐藤多持、塩原友子、杉山寧、堂本印象、堂本元次、中島清之、名合孝之、野村耕、野村久之、水谷勇夫、山本知克、湯田寛

♪分類D:「前衛展」だけで取り上げられた作家15名
靉光、小野里利信(オノサト・トシノブ)、北脇昇、小牧源太郎、田口壮、西垣籌一、長谷川三郎、福田豊四郎、堀尾実、丸木位里、村井正誠、八木虚平(一夫)、山岡良文、山本正年、吉岡堅二

なお「抽象展」が充実していたのは、一昨年惜しくも84歳で他界したあの針生一郎が元気な頃に参画していたからに違いない。図録も針生と天野一夫が解説を書いており誠に贅沢な内容だ。この2つの解説により日本画における抽象の流れを捉えることができる。

しかし展示作品があまりにも素晴らしいので、作品を1点1点驚きの眼で鑑賞したため、逆にトレンドを把握することはできなかった。

これに対して「前衛展」は展示作品のインパクトは「抽象展」に及ばなかったが、展示の工夫によりトレンドを把握しやすかった。展示作品も良いが、芳名録など資料的価値のある展示物がそれを助長していた。

なお「前衛展」ではオノサト・トシノブと八木一夫の名前の表記を変える前の時代の作品が展示されており、興味深かった。

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