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2012年6月29日 (金)

小早川 晶子 作品展

「小早川 晶子 作品展」(art truth:横浜)に行った。

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小早川の作品を観るのは今回が3度目になる。最初は昨年の夏、同じart truthでの個展「Aimal's Life!」、そして次は浅草のギャラリー ア ビアントで開催された「復興と癒しの風-うちわ展」だ。

自ら「シュール動物絵師」と名乗る小早川の作品に登場するのは、その名の通り不思議感覚に満ちた動物たちだ。かわいらしいと思い、よく見るとその裏に仕掛けが潜んでいたりして面白い。

また「コバ(COBA)」というペンネームも楽しい。諸外国にすんなりと入っていけそうな名前だ。年齢、性別、国籍などの属性を感じさせず、ニュートラルな雰囲気を持たせる言葉だと感じた。

小早川の今後のグローバルな活躍を期待している。

2012年6月26日 (火)

小杉小二郎展

「小杉小二郎展」(成城さくらさくギャラリー)へ行った。

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小杉小二郎は中川一政に師事したそうだが、作品から受ける感じは中川とずいぶん異なる。

会場には平面を色で埋めた絵が並んでいた。色面構成とでも呼ぶのだろうか。陰影は付けられておらず平面的だ。言葉でこのように説明すると、マティスを想いだす。でもマティスとは全く異なる。

では何が違うのだろうか?一見、マティスの軽さ(いい意味で)に対する小杉の重さ(こちらもいい意味で)というように見える。

しかし、あまり明るくない色調の絵具をべっとりと塗り付けている感じなのだが、不思議と画面が明るい。同じような作品を他の作家に求めても見当たらない。こういうのを「個性」と呼ぶのだろう。

今回は作家と作品の個性ということについて考えさせられた展覧会だった。この画廊では、いろいろ新しい発見(私にとって)がある。

2012年6月24日 (日)

エルンスト展

「マックス・エルンスト フィギュアxスケープ 時代を超える像景」(横浜美術館)に行った。

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エルンストというとすぐ思い出すのは、霊性を帯びたような「森と太陽」、「博物誌」の異様な風景、「百頭女」や「カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢」の不条理な世界、音楽のイデーフィクスのような「ロプロプ」の連作などの良く知られた作品群だ。

今回の展覧会でも定番作品に出会うことができたが、これまで馴染みがなかった書物に付随するエッチング作品に興味深いものが多かった。

♪「ヘルダーリン詩集」のための挿絵
上品な抽象作品というたたずまいが良かった。

♪「マクシミリアーナ、あるいは天文学の非合法的行使」
遠くから見ると東洋風の感じがあり、和歌に絵を添えたような作品に見えた。構成が見事で、楽しい作品群だ。これまで知らないエルンストの側面がわかった感じがした。

なおチラシの表には「ユークリッド」が採用されていたが、これはどうだったのだろうか?今回は定番絵画から離れ、あまり紹介されてこなかった作品を披露するということが主眼であるように思えた。もしそうであるなら、先に書いた「ヘルダーリン詩集」のための挿絵などを思い切って全面に出したほうが趣旨に相応しいのではないだろうか。

今回は「チラシ評論家」を演じてしまった。

ベートーヴェン弦楽四重奏曲・連続演奏

「サロンコンサート」(横浜市イギリス館)にチェロで出演した。現在ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏に取り組んでおり、今回は3曲予定していたが、事情により2曲に絞って演奏した。

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演奏したのは初期の2曲:
第2番 ト長調 作品18-2「あいさつ」
第5番 イ長調 作品18-5

作品18は中期・後期に比べると作曲技法のうえでは全般的に平板だ。しかし第5番の第3楽章(変奏曲)の最後の部分は工夫のあとが見られる。各パートが旋律や対旋律を交互に、自由に歌いながら織物を織るように進んでゆくのだ。ちょっぴりバッハを想わせるような構成で、単調さを救っている。

これで残すは第1番、第7番、第13番、第16番、大フーガの5曲となった。次回は第7番と第16番を演奏する予定だ。まだまだ道は険しい。

2012年6月20日 (水)

吉阪隆正 蔵書公開

「本の網:吉阪隆正 蔵書公開 at Tea Lounge AGORA」(ティーラウンジ・アゴラ:東京都港区芝)に行った。妻ジョアンナ(仮名)も一緒だった。

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吉阪隆正といえば日本におけるル・コルビジェの三大弟子の一人。そしてル・コルビジェはその著作によって私が「建築鑑賞」を愛好するきっかけを作ってくれた恩人だ。

特に「モジュロール」から得たインスピレーションは大きかった。今回の蔵書展でも数多く積まれた蔵書の中からまずはこの傑作「LE MODULOR」(フランス語原本)に見入った。

実は私は鹿島出版会・SD選書の「モジュロール」Ⅰ、Ⅱ巻を手元に持っているのだが、フランス語版を見るのは今回が初めてだった。図表は両社に共通なので同じようなものだと思うのだが、やはり原版には独特の味わいがある。

早稲田の建築学科における吉阪の先輩・今和次郎(こん わじろう)の著作「日本の民家」(相模書房)もあった。今和次郎といえば「考現学」。そして考現学は私の愛好する「路上観察」につながる。このようにスケールの大きい「趣味の連鎖」(何じゃそれ?)を体感できたのは嬉しかった。

あれっ?と思ったのは「建築家のスケッチ集」(日本建築学会関東支部)。吉阪をはじめとする建築家のスケッチがひとり1枚づつ収められているのだが、その中に彫刻家の流政之の作品が含まれていたのだ。私は流の彫刻作品が大好きなのだが、流は建築家ではないと思う。しかし流は庭園も手掛けたから、建築家の仲間入りを許されたのだろう。

タイトルが好きなのは宇佐美英治の「石を聴く」(朝日新聞社)。私はこの著書を読んだことがなく、今回の展示でも手に取ってパラパラとページをめくっただけなのだが、その洒落たタイトルにすっかり魅せられてしまったので、中味を読む前に腰砕けになってしまったのだ(苦笑)。

こんな本まで持っていたのかと驚いたのは鈴木牧之著「北越雪譜」(野島出版)。私は岩波文庫版を持っていたのだが、こちらは原典のファクシミリ版のようであり、格調が高い。帰宅してあわてて書棚から岩波文庫版を引っ張り出してその余韻にひたった。

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今回残念だったのは会場での展示方法。置いてあった写真アルバムを見た限りでは、当初は蔵書や写真パネルがいかにも展覧会というように会場に美しく配備・展示されていたのだが、何らかの事情によりそれらの多くが撤去・整理され、蔵書類を重ねて置くだけのシンプルな形にされてしまったということだ。

どんな事情が働いたかわからないが、せっかくの展示なのだから、それらをより見やすく、より美しく展示して戴くことにより、来場者の喜びも倍増すると思う。それが叶わなかったのは誠に残念でならない。

2012年6月19日 (火)

ピアニストの為の室内楽講座

「第55回ピアニストの為の室内楽講座 研究発表コンサート -チェロとの二重奏-」(企画・構成・ピアノ指導:岡部由美子、会場:大倉山記念館ホール)の第2日に行った。

好きなチェロとピアノの曲(フォーレのチェロソナタ第2番ト短調)が取り上げられるというので興味を持ったのだ。しかし私は「世界一ブルクミューラーが似合う男」と自称する「辣腕」なのでピアノの演奏技術を学ぼうと意図したわけではない。私は室内楽を偏愛しているので、フランスの室内楽を題材にして経験を積んだチェリストに対しピアニストがどのように向き合って演奏してゆくのかを垣間見たかったのだ。

結果として、受講したピアニストのほとんどがテンポを揺らさず、清楚な演奏をしてくれたのは嬉しかった。私はインテンポを偏愛するので趣味に合っていたのだ。今回のコンサートはチェロとのアンサンブルを学ぶという課題の成果なので、自ずからそのような演奏になったのかもしれないが、いずれにしても好感持てる演奏で良かった。

ここでちょっと欲張ったことを考えた。このような研究発表コンサートをもっと面白くするにはどうしたら良いかという点だ。

世の中には今回のような研究発表コンサートやおけいこ発表会がある一方、普通のコンサートも勿論ある。そして「公開レッスン」なるものも存在する。それでは、それらの面白さを統合して、レッスンと成果発表を両方とも披露する催しはできないだろうか?

例えば、前半は公開レッスン、休憩をはさんで後半は研究発表コンサートにするのだ。レッスンのセションでは、しっくりいかなかった箇所を何度かやり直し、講師がアドバイスする。欲張れば、観客からの意見や「そこをもう一度」などのリクエストにも応える。その修羅場を乗り越え、休憩時間中にドレスアップし、後半のコンサートで真剣勝負する。(その際、観客はおとなしく聴く。)

このような企画なら、観客も曲の聴きどころを掴み、より深度のある演奏と鑑賞ができるというわけだ。しかし指導者と演奏者の負担(精神面を含め)が相当大きいだろうし、レッスンのセションで演奏者の弱点をさらけ出すというリスクも負わなければならない。これはおおごとだ。

でも企画の意図を明確にして告知すれば、方向性を理解した観客が集まり、技術的問題をつっつくのではなく、演奏者と一緒に作品の素晴らしさを掘り下げてゆくことができるという前向きな催しになるのではないか。そう考えた。

レッスンの場面を観客に見せるということは、料理に例えるとレストランに来た客を厨房に案内してじっくり観察させ、出来上がった料理を味わってもらうということに相当する。手の内を見せるということは、このように重大なことだということはわかる。と同時に、その面白さ、楽しさの一部でも観客が享受できないだろうか、と考えたのである。

2012年6月10日 (日)

ブラッドベリと「10月はたそがれの国」

少し日が経過したが、91歳の長寿を全うしたレイ・ブラッドベリについて触れておきたい。ブラッドベリを初めて知ったのは「10月はたそがれの国」(宇野利泰訳・創元推理文庫)だ。そしてこの作品は今日に至るまで、私にとってはブラッドベリの最高傑作である。

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当時この作品を愛する仲間がいた。ある日、大学の昼休みに友人に「奇想天外」という雑誌の新刊が出たと伝えた。するとその友人は「また下らないもの買いやがって」と蔑むような口調で言って返した。すぐさま私は「でもブラッドベリ特集なんだけど」と切り返した。すると友人は「買うっきゃないじゃん!」ときた。

ブラッドベリ愛好家とはそのようなものであった。邦訳は全て読んでいるのが当たり前。ちょっと英語ができるなら原書も読む勢いだった。私も「The October Country」(Ballantine Books Science Fiction)を買い求めて格闘した。しかし挫折した。凝った文体でやたらに難しい。翻訳の有難さを味わった。

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この短編集の中で「みずうみ」という衝撃的な作品がある。私はこの作品が大好きで、部分的にではあるが英語と宇野利泰の和訳を読み比べた。特にラストの一文は感動的である。

I walked back up the beach to where a strange woman named Margaret was waiting for me, smiling …

というのだが、宇野はこう訳している:

「ぼくがなぎさにもどると、そこに、見知らぬ女性が、微笑をふくんで、ぼくを待っていた。マーガレットという名ではあったが、見たこともない女性が・・・」

興ざめになるといけないので本文全体の内容は伏せるが、この衝撃的なラストの味わいを損なうことなく、しかしあくまで柔らかい文体にて、適格に訳した宇野の力量は素晴らしいと思った。

「10月はたそがれの国」には母体となった初期短編集があり、後日これも「黒いカーニバル」(伊藤典夫訳:ハヤカワ・SF・シリーズ)として邦訳された。

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この中に収められた「みずうみ」のラストはどう訳されていただろうか。伊藤の訳はこうである:

「私は浜辺にあがった。そこには、マーガレットという見知らぬ女が微笑をうかべて待っていた・・・」

宇野訳に比べ伊藤訳はより直訳に近くすっきりとしている。訳者によってこうも違うものかとあらためて感心した。

私は個人的には宇野訳のほうを好む。私は鈍感(察しが悪い)ので、伊藤訳のようにさらっと訳されると、肝心のところ(この場合は、衝撃的な転換)がわからずにボーっとしたまま読み終えてしまう可能性があるのだ(苦笑)。

しかし宇野訳なら、「何かありそうだな」という雰囲気を醸し出しているので、ブラッドベリの意図を汲んで読むことができると思ったのだ。

以上の翻訳者比較は個人的趣味に基づいたものである。宇野、伊藤という素晴らしい翻訳者の優劣を論じるものではないことをお断りしておく。

松本 竣介展

「生誕100年 松本 竣介展」(神奈川県立近代美術館 葉山)に行った。

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松本 竣介は、抽象を偏愛する私が例外的に敬愛する具象画家だ。その理由は、松本 竣介ファンならわかって戴けるだろう。線刻の小気味よさと画面全体を流れる抒情性・幻想性はクレーに通じるものがある。

通常私は絵画を鑑賞する際には、純粋に作品そのものと向き合いたいという強い願望がある。そのために、作品の属性(ジャンル、タイトル、作家名など)をできる限り排除した形で絵を観たいと思っており、務めてそうしている。

しかし松本 竣介の場合は、そうはいかない。どんなに作品自体に集中しようと思っても、その背後に作家・松本 竣介がついて回る。作品と作品の属性とが混然一体となり、もはや切り離せない状態になっているのだ。

展示作品は、ほぼ制作年代に沿って並べられている。最後のほうになると、36歳で夭折した画家の最晩年に近づいてくる。そして絶筆となった「建物」を観たら、背筋が寒くなり、涙が出そうになった。

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普段はこんな事は無いのだが、松本 竣介とその作品群に感情移入していたようだ。

以上のコメントが展覧会に対する感想の全てである。それ以上は同じ言葉の繰り返しになるのでやめておくが、今後のために気が付いた点を備忘録として残しておくことにした。便宜上、No.は会場で配布された作品リストに準拠している。

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♪P007「丘の風景」
  長谷川利行の色の使い方に似ていると思った。
♪D004「仏蘭西屋」
  素敵な線描だなあ。
♪P020およびP022「郊外」
  柔らかい筆致の中で建物が鋭い線刻で描かれているのが心地よかった。
♪P035「N駅近く」
  絵具の塗り重ねと線刻との調和が見事だと思った。
♪P037「黒い花」
  チラシに採用されただけあって味わい深い作品だ。
♪D014「人のいる風景」および「街(自転車)」
  洒落た作品だ。
♪P045及びP046「構図」
  ミロの作品のように素敵だ。
♪P052「画家の像」
  家族をかばいながら体制に反駁するたくましさを感じた。
♪P053「立てる像」
  こちらは孤軍奮闘の様子。家族を疎開させ、
 
   自分だけ東京に残った状態であろうか。

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♪P060「A夫人」
  とても美しい女性だ。誰なんだろう?
♪P075「せみ」
  子供の絵を母体にしているが、とても素敵だ。
♪P081「横浜風景」
  線刻が面白かった。
♪P085「並木道」
  既知の作品だが、一種の心象風景に思えた。
♪P086「議事堂のある風景」
  これも同様。社会的メッセージがあるかもしれないが、
  それよりも広い意味の心象風景と捉えたくなる。
♪P089「橋(東京駅裏)」
  造形的な面白さを感じた。

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♪P099「Y市の橋」
  このシリーズ中、これが定番作品であろうか。
  作品としてのまとまりはこれが一番良いと思った。
♪P112「人」
  好きなキュビズム的な表現が好ましい。
♪P122「彫刻と女」
  女性がとても美しく見える。
♪P124「建物」
  絶筆とは思えないほど堅固な作りの作品だと思った。
♪D119「ざくろ」
  洒落た作品だ。絵葉書を購入。

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♪追加作品「雑記帳」デッサン原画 桂ユキ子
  構成的で素晴らしい。この作家は知らなかった。
♪M01-09, -10, -11, -12「スケッチ帖 TATEMONO 1,2,3,4」
  線刻がとてもお洒落だった。

2012年6月 8日 (金)

発表演奏会

「発表演奏会」(東京文化会館小ホール)に行った。

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東京都立総合芸術高校の音楽科在籍の生徒中、校内オーディションに合格した生徒だけが出演を許される「狭き門」のコンサートだ。

独奏者は10人。器楽(ヴァイオリン、クラリネット、サクソフォーン、ピアノ)および声楽(メゾソプラノ、ソプラノ)で、その他に伴奏ピアノの出演もあった。ピアノの独奏者のなかには、仲間の伴奏ピアノを弾いた生徒もいた。

私は演奏のことはわからないが、どの生徒も目立つ間違えなどは無く、さすが選りすぐったメンバーだと思った。時間的制約のため一部をカットしての演奏もあった。この場合、オリジナルの曲の流れに乗れない部分が生じ、それが足を引っ張る要因になっていたかもしれない。しかし生徒たちはそのような事は乗り越えていたように見えた。

知り合い関係の生徒がいたが、拙ブログでは名前を伏せておく。ご本人とご家族には別の形で敬意を表したい。

2012年6月 5日 (火)

藤沢市展:書道

先週に引き続き「第62回 藤沢市展」(藤沢市民ギャラリー)に行き今週から始まった「書道」展示を観た。

私は書道には馴染みが薄い。娘が習字のお稽古に通い、その成長を見て楽しんでいたぐらいだ。専門的なことはわからないので、印象だけを記しておこう。会員も一般展示者も関係なく、また受賞の有無も関係なく作家名の五十音順に並べた。

♪相原稀美「過香積寺」
文字の大きさや方向が一見バラバラだが、そこに音楽的リズムが感じられた。そのリズムは淀みなく流れるというよりは、あちこち引っ掛かり、止まりそうになりながら進んでゆく感じで面白かった。

♪宇佐美美泉「春望」
文字の集合体が全体として楕円形を形成していて視覚的・造形的な面白さがあった。

♪岡田珠美「炎」
絵画のような下地に台形の色紙が置かれ、その中に文字を書くという凝った構成が面白かった。

♪岡本春聱「山花開」
素敵だった。今回の展示で最も感じが良かった。

♪黒田清耳「五峰黛色消晴雪 萬木靈暉散晩霞」
太くて横長の文字が個性的だった。

♪小松公子「ほのぼのと」
文字が薄くて細く、余白が多く、消え入るような感じ。ここまで枯れると、逆にある種の力を感じるから不思議だ。

♪竹内煌圃「春夜洛城聞笛」
遠くから眺めると山水画のようだった。

♪辻本敦美「いのち」
全体が傾いてギリギリのところでバランスを取っている形が興味深かった。

♪春山典代「題二松汀驛一」
字のくずし方の妙味が感じられた。

♪氷見晃泉「良寛之詩」
布のコラージュを伴ったところが造形的で素敵だった。

♪福島梨翠「山河」
絵画的で気になる作品だった。

♪前川弥生「游魚動緑茗荷」
大きな象形文字を互いに距離を置いて配置した面白い造形だった。

♪前田直美「七言二句」
絵画的な書き方に個性を感じた。

♪森田包江「送桂州厳太夫」
くるっと回ったような字のくずし方が軽妙に感じられた。

♪山本由紀恵「般若心経」
升目に一つづつかっちり書かれた文字の一つ一つが絵画的で面白かった。

今回の展覧会では書道の多面性を感じ、そういう意味で収穫があった。

2012年6月 3日 (日)

戸塚フォトクラブ写真展

「第20回 戸塚フォトクラブ写真展」(横浜栄区民センター「リリス」)を観た。

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素人写真家の発表会かと侮ることなかれ。素晴らしい作品が並んでいた。それらの中でひときわ目を引いたのは♪矢守笙治の作品だ。JR鶴見線「国道」駅の通路を撮ったものだが、一目でその場所がわかった。

なぜかというと、改装工事中の東京ステーションギャラリーが企画したフィールドでの展覧会「鶴見線に降りたアートたち展」(2008年)でこの「国道」駅下のトンネル状通路を見ていたからだ。そこには昭和中期にタイムスリップしたような風景があった。そして今回観た写真は、その雰囲気をそのまま伝えていたのだ。

一枚の写真は、このように大切な記憶を呼び覚ましてくれる力を持っている。私はブログ用の写真を撮るが写真撮影そのものは趣味としていない。今回の出会いで、それもまたいいなあと思った。

アトリエ・ラ・ヴィ 発表会

「アトリエ・ラ・ヴィ 発表会」(ル・クラシック:藤沢)に演奏で参加した。

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「アトリエ・ラ・ヴィ」とは、私的カルチャースクールのような一種のサロンだ。ここでは様々な分野にわたる講座が開催されている。

私がアトリエ・ラ・ヴィで習い覚えたのは♪トーンチャイムだ。今回は3つのグループが演奏したが、私のグループでは「見上げてごらん夜の星を」に挑戦した。

また冒頭に置かれた♪アンサンブルのコーナーでは、アトリエ仲間の編曲により「アヴェマリア」と「北の国から」を演奏し、私はチェロで参加した。

後半には♪独奏のコーナーがあり、私はチェロでパラディースの「シチリエンヌ」とメンデルスゾーンの「歌の翼に」の編曲版を弾いた。

音楽に関しては、他に♪ピアノ独奏、♪ピアノ連弾がアトリエの受講者によって行われた。

一方、アートの分野でも発表展示があった。
♪鎌倉彫(講師:大島江峰)
♪植物画(講師:松本千鶴)
♪パーチメントクラフト(講師:永井真知子)
♪書道(講師:佐藤白映)
♪筆ペン(講師:佐藤白映)
♪陶芸(講師:茂原 淳)

文芸の講座の成果も発表された。
♪百人一首(講師:山田喜美子)
♪「奥の細道」「平家物語」(講師:山田喜美子)

その他の展示もあった。
♪墨絵、♪水彩画、♪クロスステッチ、♪植物画、♪ビーズ、♪カットワーク、♪ステンドグラス、♪京雅張り、♪ボビンレース、シャドウボックスなど

このように多様なジャンルの作品が一堂に会し、様々な音楽が奏でられ、全体として大きなコラボレーションが形成されていた。「アトリエ・ラ・ヴィ」と公的なカルチャースクールとの最も大きな違いは、アットホームな雰囲気で発表会参加者の相互の情報・意見交換と親睦が図れたことだと思う。

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