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2012年5月 1日 (火)

ジャクソン・ポロック展

「ジャクソン・ポロック展」(東京国立近代美術館)に行った。珍しく妻ジョアンナ(仮名)と娘エレーナ(仮名)の3人一緒だった。

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私は「構成」と「抽象」の2つを好むが、これまでこれらの用語を混同して使ってきたような気がする。今回の展覧会は、これらを厳密に切り分けて考えるきっかけとなった。

今回の展示作品の中では「Number 25」が最も気に入り、尊敬するハシビロコウさん宛ての絵葉書を購入した。

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この作品のサイズは25 x 96.2 cmで、あまり大きくはない。例えば「インディアンレッドの地の壁画」(183 x 243.5 cm)のような巨大な作品に比べると20分の1の面積だ。しかしその魅力は大作に勝っていた。

これはなぜかと考えたら、ポロック特有のオールオーヴァー(キャンバス全体を覆いつくす描き方)に起因していることがわかった。この描き方だと作品全体を支配する骨太の構成がなく、作品は「部分の集合体」のように形成される。

私はセザンヌの骨太な構成感、そしてそれを継承・発展させたキュビズムの構成感を愛好している。それに対して、ポロックのオールオーヴァーは画面全体としての構成感は希薄である。だから大作には物足りなさが残ったのだ。

一方「Number 25」のような小さい作品においては、全体構成の強弱があまり気にならなくなり、描かれたフォルムそのものを楽しめば良いので好ましいと思ったのだ。

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そして元に戻ると、私が「抽象を最も愛する」というのは厳密には正しくなく、「構成感の強い作品を愛するが、それを満たさない抽象も嫌いではない」というのが正確な表現だと考えた。

ポロックの大作は、例えばオーストラリア先住民の画家エミリー・ウングワレーの巨大作品にも通じる。個々のフォルムは面白いが、それらが多数集合した巨大なキャンバスには中心軸がなく構成感が感じられない。だからウングワレーの作品は、巨大な実物より絵葉書の方が魅力があると感じたのだ。全体構成が気にならないから。

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今回は展示されなかったが、ポロックの大作の中でも構成感あふれるものがある。それは「ブルー・ポールズ」だ。オールオーヴァーのキャンバスを分断するかのように、縦に数本の青い筋が引かれている。これらの筋により、画面が引き締まり、全体としての構成感が醸成されている。この作品は全体構成も納得いくし、細部のフォルムも楽しめる。このタイプの作品が展示されていないと、ポロックの全体像を見る上では片手落ちではないかと思うが、展示作品の調達は大変だから仕方なしと考えよう。

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