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2012年5月30日 (水)

藤沢市展

「第62回 藤沢市展」(藤沢市民ギャラリー)の「美術」展示を観た。

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目にとまった作品を紹介しようと思ったが、ここで障壁に当たった。地元なので知り合いの作家が多いのだ。良いと言って紹介したら、選ばなかった作家から「おつきあいで選んだんだろう」と文句を言われるような感じがする。(実際はそんな事は無いのだが)。

逆に知り合いの作品を選ばないと、ちょっと悪い気がする。どっちに転んでも後味が悪くなりそうだ。これは困った。

作品そのものを純粋に眺め、作家名・作品名を見ないで選んだらどうかとも思った。しかし知り合いの作家の場合、作風を知っているので一目見て「あの人の作品だ」とわかってしまう。困ったもんだ。

仕方ないので、今回は知り合いの作家をあえて外し、それ以外の作品の中から目にとまったものを列挙することにした。そして知り合いの作家さんには、別の機会に「良かったですよ」などと敬意を表したい。

以下の箇条書きは作家氏名の五十音順で、美術家協会の会員・非会員の区別はしていない。またジャンル(絵画、版画、陶芸)も区別なしに作家名順とした。

なお私は抽象好みなので、典型的な具象作品は敬遠する傾向がある。どうかご容赦ください。

♪赤羽フサエ
  絵画「仮象の横断」
♪秋山二郎
  陶芸「刻縁灰釉備前鉢(朧月)
♪石光眞一
  版画「ある視線」
♪稲川 勉
  絵画「江ノ島」
♪小川貴子
  版画「大地と空」★最も印象深かった作品。
♪城戸 宏
  版画「Synapse」
♪小玉政美
  絵画「時の情景(Ⅲ)」
♪小林育夫
  版画「我が命つきるとも」
♪斉藤順子
  絵画「予感」 
♪佐藤久美子
  絵画「湘南遠望」
♪鈴木ケイ子
  陶芸「白磁立鼓花入」
♪鈴木助晴
  絵画「寒梅」(「群像」と追記あり)
♪西澤千尋
  版画「吉祥天」  
♪田邉美津子
  絵画「四季模様(宅急便)」
♪田端京子
  絵画「-みちのくの石仏達-」
♪二宮正昭
  版画「バラ」
♪蓮池高夫
  絵画「喧噪」
♪原 俊忠
  版画「セビーリヤの大聖堂(SPAIN)」
♪宮川 寛
  絵画「曙光」
♪山口俊子 
  絵画「2012年・春 いつまで続く欧州債務危機」

「美術」に先立って開催された「写真・華道」を観るチャンスを逸してしまった。誠に残念だ。

2012年5月28日 (月)

PLANET

「誰も知らない、未知なる惑星 PLANET(プラネット)」(gineta;藤沢)に行った。陶芸の富田啓之と花専門の大島健吾によるコラボレーションだ。様々なデザインの花器と個性ある植物の多様な組み合わせが楽しかった。

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変わっていたのは、コルク質の木材を使った花器に植物を差し込み、水分を与えることによってその植物がそのまま花器に根付き一体化する作品群だ。陶芸と華道という、これまでも充分にコラボしてきた2つのジャンルが<完全な形で>融合した新しいタイプのアートといえよう。

5月の室内楽コンサート

「5月の室内楽コンサート」(鶴見サルビアホール)に出演した。今回の音楽会で初めて本名を伏せ、ペンネーム(ジョヴァンニ・スキアリ)で通した。

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私の演奏した曲は3つあるが、現在私が行っている活動の様々なパターンの縮図のようになったので満足している。

♪自作自演のパターン
ピアノの為の2つの音画「山紫水明」より「水明」(Crustal Water)

ほとんど黒鍵上で弾き、東洋的な五音音階を基礎とした響きを狙った作品。黒鍵上のグリッサンドを多用しているが、この練習が大変だった。白鍵上と比べて出っ張ったところの当たりが強いので手を痛めるのだ。

♪即興演奏のパターン
即興ユニット「トマソンズ」公演「初夏に捧げるインプロヴィゼーション」

相方(阪本テツ)と昨年組んだ即興ユニットの1周年記念演奏となった。今回はこれまでの「完全無調」路線から少し外れ、ブルース系の旋律と和声を織り交ぜてみた。日頃どのジャンルにも属さないことを追求しているが、今回に関しては結果的にジャズ寄りの音構成が多かったと思う。
演奏楽器は、相方はバス・クラリネットとカーブド・ソプラノサックス持ち替え、私はチェロからピアノへ移動である。これまで表現の幅が大きいピアノを主体としてきたが、今回はホールが弦楽器をよく響かせてくれるところだったので、チェロの場を多くした。

♪普通の演奏のパターン
テレマン作曲「リコーダー、ヴィオラと通奏低音の為のトリオソナタ ヘ長調」

ヴィオラが活躍する貴重な室内楽作品である。テレマンは様々な楽器の特質をよく心得ていて、全パートがなるべく均等に活躍できるように工夫して作曲している。そういう意味で演奏していて楽しいタイプの楽曲だ。

この曲は大学のクラブ(バロック音楽)で演奏した後、だいぶご無沙汰だった。久しぶりに演奏できてよかった。

2012年5月26日 (土)

国展:絵画

「第86回 国展」の絵画について記録を残しておきたい。

最も気に入ったのは♪可世木博親の「風が通り過ぎて」だ。絵葉書も購入した。

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私好みの抽象構成で、同時に人間的な温かみも感じられる。色彩も感じがいい。右側に置かれた鮮やかな赤のアクセントがほどよく効いている。例えばコンクリートと鉄骨ずくめの高層ビルの殺風景なロビーあたりにこのような作品が架けられたら、たちどころに雰囲気が明るくなるだろう。そのようなイメージを抱いた。

他にも気になった作品が多数あったのだが、それらのすべてに気の利いた感想を書く余裕がない。せめて作家と作品の名前だけでも列挙しておこう。(作家名の五十音順):

♪浅野アキラ
  「なにが真実か」:図案的な二人の女性像が良かった。
♪石井豊太
  「風の影(2012-Ⅰ)」:グラフィックアート的な美しさ。
♪石丸康生
  「大津島から」:ほころびを縫う糸の感じが個性的。
♪岩岡航路
  「祝・世界遺産・小笠原村」:選抜奨励展での衝撃がまだ残っている。
♪植月正紀
  「樹 ’12~A」「樹 ’12~B」
♪蝦名協子
  「人・兆」
♪太田 穣
  「N40度の接点」
♪太田垣匡男
  「作品(2012春)」:幾何学的図形が面白かった。
♪大友良江
  「シチュエーション1,2」
♪工藤敬子
  「あいまいな風景」
♪坂本伸市
  「位相」:塗り重ねの盛り上がりが良かった。
♪佐々木良三
  「マークⅠ」「マークⅡ」
♪進藤裕代
  「大地Ⅰ」「大地Ⅱ」
♪東條新一郎
  「トカラの夏」
♪戸狩うた
  「作品63-Ⅰ表、裏」:毎回楽しみにしている。
♪中山智介
  「瞳瞳-Ⅰ」「瞳瞳-Ⅱ」
♪夏目陽子
  「2012-Y」
♪長谷川ゆき
  「わたしの時間 1204」
♪半田 強
  「生き物語」:デビュッフェ的な印象だった。
♪福井路可
  「昨日の雨、明日の海 -12.3-」
♪姫野芳房
  「trigonia-2012」
♪星 道雄
  「My・みゅうじあむ」
♪松岡 滋
  「室内風景 その2」:不思議な空間。
♪宮木 薫
  「ファンタジー」:抽象で新聞紙を用いたパピエ・コレ的。
♪山岸恵子
  「君のいた森」

2012年5月24日 (木)

国展:版画

「第86回 国展」に行ったのは3週間前だ。そして彫刻部門に関してのみ感想を書き、その後中断したままだった。他の部門(絵画、版画など)も充実しており楽しんだのだが、展示点数があまりにも多すぎるので、感想をまとめる時間が無かったのだ。

そういうわけで、ようやく版画についての感想を書く段になったのだが、メモを読んで記憶を辿ったら、困ったことになった。今回最も好ましく思った2つの作品が、どちらも昨年の国展でも気に入り、記事に残していたのだ。

♪津田恵子の「CRISS CROSS VI」は文句なしに私の好みに合っていた。

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これは昨年出展された「CRISS CROSS」のシリーズものの一つであろう。今回の感想を書こうと思ったのだが、昨年の記述がそのまま今回にも当てはまるので再掲する:

『津田恵子の「CRISS CROSS」は最も気にいった作品の一つだ。音楽的な構成とリズムが心地よいし、題材もピアノや鍵盤をイメージしているようだ。作品名の「Criss cross」という言葉は知らなかったが、ジャズなどの音楽用語だと思う。』

♪好富要の「星ふる街」も良かった。この作品に関しても、昨年の記事を引用しよう:

『好富要の「Port Ⅱ」も音楽的イメージが湧き出そうで楽しい。「Port」(港)という作品名からして長方形の列は港町のビル群、手前は港に停泊する船舶であろう。丸いのは月かな。具象でも抽象でも、どちらの見方をしても鑑賞者を受け入れてくれそうな作品だ。』

やはり1年ぐらいでは自分の趣味は全く変わらない。2年続けて同じ二人の作家の作品に惚れてしまった。

2012年5月22日 (火)

茂原 淳 作陶展「雲」

「茂原 淳 作陶展『雲』」(クラフトショップ俊:茅ヶ崎)に行った。

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「大空にふわふわ浮かぶ雲でお皿を作りました」という作家の言葉通り、今回は「雲」を基調テーマとした作品群が展示されていた。

触ることもできないくらい柔らかい雲を、叩くと音が出る硬い陶芸作品に仕立て上げるのは大変なことだ。力量ある作家にのみ踏み込める領域であろう。

雲を表現した陶芸作品は数少ない。あのアヴァンギャルド陶芸家・八木一夫には「雲の記憶」という名作があるが、例外であろう。茂原 淳のような本格派が挑戦するのは珍しいことだと思う。そしてその試みは見事に成功し、楽しい作品たちが産まれていた。

次回はどんなテーマだろうか。楽しみだ。

中島尚子展

「中島尚子展」(ギャラリーCN:藤沢)に行った。「たからづくし」というサブタイトルが付けられていた。

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事前に認識していなかったのだが、この展覧会は木口木版の作品展だった。これまで木口木版というと、まず柄澤齊(からさわひとし)を思い浮かべた。2006年に神奈川県立近代美術館 鎌倉で観た個展の衝撃があまりにも大きかったので、木口木版というと柄澤がパイオニアで他の作家はフォロアーというイメージをどうしても持ってしまう。柄澤の存在で、新規参入難しいジャンルになっていると思うのだが、実態はどうなのだろうか。

しかし今回の展覧会では、作家の中島尚子は若手作家でありながら個性と味のある作品を生み出していた。仮に柄澤の呪縛というものがあったと仮定しても、それを解いて彼女自身の世界を創っていたように思えた。

柄澤のような作品が観たいとうムキには、中島も海月を描いた緻密な作品を用意していた。「こういうのがいいと言うなら私でも出来ます」という感じだ。

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そしてそれとは趣が異なる作品もあった。五十音をテーマとし、あ、い、う・・・それぞれの文字で始まる名前の物を一つづつ彫り上げた作品群だ。例えば「ほ」は「ほねがい」。写実が見事だ。

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作家は、いろは歌留多のように名称・事物を規定することで、自分自身に制約を課した。そしてそれは(逆説的ではあるが)創作意欲を増すトリガーになるという。アーティストの仕事の原動力にもいろいろあると考えさせられた。

一方「蔵書票」は依頼者の希望に沿って、オーダーメイドをするとのことだ。

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昨今メールなどの電子データが書籍などの紙媒体を駆逐してゆく傾向にある。そのようなトレンドの中で、時代に逆行するように「蔵書票」という紙ベースのクリエーションをするのは勇気がいることだろう。このような大きさなら世界に一種類しかない「一筆箋」もできそうだと思った。

また、ほのぼのとした童話調の作品シリーズも展示されていた。これらは「脱力系」の作品として、気楽に観ることができた。真剣勝負のシリアスな作品から、このような癒し系の作品までのラインナップに接すると、作家の懐の広さがうかがえて興味深い。

そして今回の展覧会のポイントの一つ、版木の展示について触れておこう。

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作家は作品制作に使った版木を並べて展示していた。これだけの版木が揃うと壮観であるとともに、構成とリズムまで感じられる。完成した版画に負けないくらい、これらも「作品」であった。

木口木版の奥行を広げた中島尚子の今後の活躍が楽しみだ。

2012年5月17日 (木)

作家集団 実在派展

「第48回 作家集団 実在派展」(銀座コリドー街 銀座アートホール)に行った。

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お目当ては♪山内若菜の作品で、期待通りの素晴らしい新作に出会えて良かった。私は山内若菜の風景画が好きだ。味のある線刻とクレーのような夢のある色彩が微妙なバランスで調和している。一方、この作家はどちらかというと風景より人物や動物のほうを好んで描くようだ。

時には動物の体の部位など、本来グロテスクであるはずの対象が描かれることがある。また今回のストリッパーのように妖艶な対象を採り上げることもある。私が山内の風景画を好む理由は、このようなどぎつい対象に基づく作品から眼をそらしたかったかもしれない。

しかし今回ストリップに題材を得て描いた作品に向き合うと、その上質な絵画の魅力がわかるような気になった。

抽象好きの私は、絵画の価値は描く対象ではなく線や色彩の構成に基づくという主義主張を持っている。それにもかかわらず、描かれた対象(グロテスクなものとか、艶めかしいヌードとか)が気になるということは、言う事(理念)と感じる事(情念)が一致していない証拠になってしまう。

でも、それでも構わないと思う。どんなスタンスでいようと関係なく心に迫ってくる作品というものがあるのだ。そのような作品の力で、私の頑なポリシーが打ち破られたのなら、むしろ喜ばしいと考えたい。山内の作品はそういうインパクトのある創作物なのだろう。

今回の展覧会では山内若菜の作品がひときわ輝いて見えたが、他にも気になる作家と作品が多数あった。それらを列挙しておこう(作家名の五十音順):

♪井田信太郎:「界」のシリーズ
♪大木みどり:「日蝕と花の精霊」
♪川村啓子:「HANA」
♪泉水眞澄:「前へ」
♪内藤範子:「幽明」および「渉風」
♪堀岡正子:「刻」のシリーズ
♪増田健一:「山の詩」および「蛸つぼ」

楽しい展覧会だった。

2012年5月13日 (日)

三條弘敬と5人の画家たち展

「三條弘敬と5人の画家たち展」(成城さくらさくギャラリー)に行った。

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これまで裏方に徹していたアートプロデューサー・三條弘敬(さんじょう ひろゆき)を一般の人に知らしめるという啓蒙的な展覧会だと思って観に行った。その事自体はさほど誤りではなかったと思うが、その内容が想像を絶する大きさだったので驚いた。

三條は、最近すっかり有名人になった千住博を世に出そうと考え、実行した。そのスケールが常人と異なる。ヘリコプターをチャーターして千住をハワイ島に連れて行ったり、ホノルルに千住のための家を購入したりしたのだ。そして極め付けは、千住に大きな作品を描いてもらうためにホノルルにアトリエまで建ててしまった。

千住博は、上記のような三條の後押しを経て一流の画家となった。もし三條がいなかったら、千住はどうなっていただろうか?もちろん千住は有能な画家としてある程度の地位を固めていっただろうが、現在のようなレベルまで達したかどうか?こう考えると、三條の存在がいかに大きいかわかる。

今回の展覧会ではいつもと異なり、展示作品だけではなくアートマネジメントに感動させられた。このような貴重な経験をさせて戴いた成城さくらさくギャラリーにまずは感謝しよう。そして私が同ギャラリーを知るきっかけを作ってくれた彫刻家の岩崎幸之助さんにもお礼を言いたい。

2012年5月12日 (土)

高橋敏彦 漆展

「高橋敏彦 漆展」(art truth:横浜)に行った。

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案内はがきを見る限り、まじめで本格的な展覧会に思える。実際その通りだったのだが、渋い高級感漂う作品に混じって、遊び心のあるアヴァンギャルドな作品が展示されていたのには驚いた。

これから観る人のためにあえて詳細は書かないが、円筒形の火器がトルソーになっているなど、フフっと笑いを誘うようなユーモラスな作品がいくつかあった。

作家の高橋敏彦は最初は油絵を手掛けたが、あるきっかけで木彫に手を染め、それが転じて漆の工芸家に転じたと聞いた。作家本人によると、その過程ではいろいろ強運に恵まれたとのことだが、これは事実に基づいているとしても謙遜であろう。

基本的には、専門を転じるということは大変なエネルギーを要し、大きなストレスを抱えるはずである。そのような困難を乗り切り、新たなジャンルに飛び込んでそれを極めてしまうというのは称賛に値する。いい展覧会を観た。

ブラフ18番館サロンコンサート

ピアノ三重奏のユニット「トリオレヴリー」の一員として「サロンコンサート ~パリに漂う初夏の薫り」(ブラフ18番館:横浜)に出演した。

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フランス特集ということで、アンコールを含めサティ、フォーレ、ラヴェル、サン=サーンス、ドビュッシーという5人のフランス人作曲家の作品を演奏した。

いろいろ至らない点があり仲間の足を引っ張ったのは心残りだった。でも、たとえ出来が良くなくても、フォーレのピアノ三重奏曲という難しい対象に取り組んだことは有意義だったと思う。和声が頻繁に転じ、異名同音が多くさらうのが大変だったのだが、よい勉強になった。

打ち上げはいつもの大新園。演奏後の解放感に浸り、紹興酒のピッチが速まった。これだけ速く弾けたらもっといい演奏が出来ただろうに・・・。

2012年5月 3日 (木)

国展:彫刻

「第86回 国展」(国立新美術館)に行った。妻ジョアンナ(仮名)も一緒だった。この連休中、妻と一緒に展覧会に行くのは3回目となった。妻はいつも演奏の仕事で忙しいので、こういう事は珍しい。

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国展といえば岩崎幸之助の彫刻、というのが私のキャッチフレーズだ。今回も楽しい作品を披露してくれるだろうと期待していた。実際その通り立派な作品「水太鼓石-ワークショップ」という大作を拝むことが出来た。しかし、あいにくの雨で水太鼓を叩いても音が出ない。いつもならここでゲンダイオンガクを味わうことが出来たのに残念だった。

岩崎ファンである私は、会場に到着すると、まず彫刻部を観に行く。まだ元気なうちに作品のオーラを吸収しようという意図である。国展は展示点数が大変多いので、最後のほうになると疲れにより集中しにくくなる。そんな状態でお目当ての作品を観たくないから、鑑賞のスケジューリングを立てて臨むのだ。

そのため、今回の記事は絵画などより彫刻に力点が置かれた形になった。彫刻部において岩崎幸之助以外に、特に印象に残った作家と作品を列挙してみよう(作家名の五十音順):

♪河原 圭佑「歴史の扉」
少しずつずれた正方形状の石が重なりあっている。表面には複雑な紋様が刻まれている。全体を一目見ただけでは単純な構成だ。しかし微妙なバランスにより、ずっしり構えている中に微かな振動があるかのように見える。

♪こじまマオ「頭脳の変換」
私はホラー小説や奇妙な味の小説が大好きだ。しかし文学のホラーを映画や彫刻に視覚化してしまうと、どぎつさが強調され興ざめになる事が多い。
この作品は、作家の技量が高いためであろうか、出来栄えの良さによりギリギリのところで芸術作品としての品格を保っているように思える。同じテーマを技術力が劣る作家が手がけたら、たぶん下劣な作品になってしまうだろう。作家の技能に感服。

♪柴山 京子「果実」
四角いフレームの中に3つの突起が付けられている。それらは滑らかな曲線を描き、有機体のような印象を与える。そして全体の構成感もある。ここでフォルムとコンポジションという、平面の二大要素を思い出す。例えばピカソはフォルムに優れたがコンポジションに弱かった。モンドリアンはコンポジションだけでフォルムが無かった。それに対し、柴山のこの作品は二大要素を共に備えている。

♪高田 治「YES」
黒光りする石柱がダイナミックに反り返っている。その縁には細かい凹凸が付けられ、荒々しさが感じられる。しかし全体としてはバランスが良く、堂々と起立している。「F氏特別賞」受賞作だが、F氏とは誰のことなのだろうか?

♪長崎 陸征「歩み」
この作家はテーブルの上を賑わすオブジェたちの愉しさが特徴だと思う。置かれた物には珍しい物は無い。しかし食事・仕事など異なる生活シーンに使われるグッズを一緒に並べることにより、特異さを生み出している。そのさりげなさが素晴らしい。

♪西脇 弘「birth」
ジョアンナがこの作品を観るなり「よく落ちない」と叫んだ。
先がすぼまったボトル状の柱の上に球体が載っている。その不安定さが面白い作品だ。黒いのでこれは黒御影石かな。削るのが固い御影石をなめらかな球体に削りあげるのは大変な作業であっただろう。

♪長谷川 利幸「タガとクサビ・岩山のカケラ」
四角い岩のカケラをベルトで束ねただけの作品だ。しかしその単純さとは裏腹に、全体として魅力溢れるオブジェになっている。以前長谷川の「次元を束ねる」という作品を観た。この作家は「束ねる」ことが好きなようだ。

♪原 透「特異点のある石」
まず作品名が気に入った。私は数学が大好きなので(出来るわけではないが)数学用語にはロマンを感じてしまう。そして作品の出来栄えが、名前負けしていないところが素晴らしいと思った。以前観た原の作品「時間旅行者のために」と比べると、よりシンプルなたたずまいになっている。それがまた良いと思った。

♪藤川 健「生命の断片 No.29」
以前観た同名で番号のみ異なる作品「生命の断片 No.14」は平面的で床(地面)に置かれて上から観る作品だった。今回の作品は縦形で、形状もシンプルである。その単純なたたずまいが、以外と温かい詩情を醸し出すのだから不思議である。

♪三島 喜一「ちきゅうのたまご –OOFUKUMAME-」
そら豆を大きくしたようなオブジェが多数散乱している。タイトルからこれらを卵としてイメージすると、ブランクーシの「世界のはじまり」を思い起させる。一つ一つのオブジェの表面はきれいに磨かれ、素材(樹木?)を感じさせない。高い技術にユーモアのセンスが加わった作品だ。

♪宮城 利昌「刻」
台座の上に載せられた黒い菱形の石。それだけのシンプルな形状を、刻んだ線など多様な形が覆っている。一般に「抽象彫刻」というと、このような形の作品が多いが、単純ではなく渋さと奥行き感がある。

♪矢野 道彦「双極」
一本の丸太を削り、片方の端は原形に近い円形、反対側は雫の形に削られている。その間は表面が徐々に移ろってゆく。まず「双極」という響きが気に入り、単純だが完成度の高い出来栄えに感じ入った。樹木の肌触りという有機的側面と、計算された幾何学的形状という人工的側面の調和が取れた作品だと思う。

♪吉村 壽夫「集積-(N)’12-Ⅰ」
金属のフレームの中に木材が積まれている。中央にはスライスされた赤い玉がある。金属という無機体と木材という有機物が出会い、不思議な調和を見せている。これは楽しい作品だ。若い作家の意欲作というたたずまいを感じるが、実はベテラン作家というところも意外性がある。

♪渡辺 忍「閑寂の中から」
貢物か何か大事な物を風呂敷で包んだ感じの作品である。これが何と石で出来ている。布の折れ曲がったしわなど、質感をよく出せるものだなあと感心した。この作家は「包む」という作品がシリーズ化しているのだろうか。
クリストのように本当に包んでしまうのではなく、包んだ感じを石で表現するというのは、今後一つのジャンルに発展するかもしれない。楽しみだ。

2012年5月 1日 (火)

ジャクソン・ポロック展

「ジャクソン・ポロック展」(東京国立近代美術館)に行った。珍しく妻ジョアンナ(仮名)と娘エレーナ(仮名)の3人一緒だった。

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私は「構成」と「抽象」の2つを好むが、これまでこれらの用語を混同して使ってきたような気がする。今回の展覧会は、これらを厳密に切り分けて考えるきっかけとなった。

今回の展示作品の中では「Number 25」が最も気に入り、尊敬するハシビロコウさん宛ての絵葉書を購入した。

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この作品のサイズは25 x 96.2 cmで、あまり大きくはない。例えば「インディアンレッドの地の壁画」(183 x 243.5 cm)のような巨大な作品に比べると20分の1の面積だ。しかしその魅力は大作に勝っていた。

これはなぜかと考えたら、ポロック特有のオールオーヴァー(キャンバス全体を覆いつくす描き方)に起因していることがわかった。この描き方だと作品全体を支配する骨太の構成がなく、作品は「部分の集合体」のように形成される。

私はセザンヌの骨太な構成感、そしてそれを継承・発展させたキュビズムの構成感を愛好している。それに対して、ポロックのオールオーヴァーは画面全体としての構成感は希薄である。だから大作には物足りなさが残ったのだ。

一方「Number 25」のような小さい作品においては、全体構成の強弱があまり気にならなくなり、描かれたフォルムそのものを楽しめば良いので好ましいと思ったのだ。

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そして元に戻ると、私が「抽象を最も愛する」というのは厳密には正しくなく、「構成感の強い作品を愛するが、それを満たさない抽象も嫌いではない」というのが正確な表現だと考えた。

ポロックの大作は、例えばオーストラリア先住民の画家エミリー・ウングワレーの巨大作品にも通じる。個々のフォルムは面白いが、それらが多数集合した巨大なキャンバスには中心軸がなく構成感が感じられない。だからウングワレーの作品は、巨大な実物より絵葉書の方が魅力があると感じたのだ。全体構成が気にならないから。

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今回は展示されなかったが、ポロックの大作の中でも構成感あふれるものがある。それは「ブルー・ポールズ」だ。オールオーヴァーのキャンバスを分断するかのように、縦に数本の青い筋が引かれている。これらの筋により、画面が引き締まり、全体としての構成感が醸成されている。この作品は全体構成も納得いくし、細部のフォルムも楽しめる。このタイプの作品が展示されていないと、ポロックの全体像を見る上では片手落ちではないかと思うが、展示作品の調達は大変だから仕方なしと考えよう。

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