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2012年2月29日 (水)

美術アーカイブ:1981年(2)八木一夫展(風物詩仕立て)

私は八木一夫の作品が大好きだ。「八木一夫展 火と土のメッセージ」(東京国立近代美術館)は、これまで何百何十回と観た展覧会の中でも十指に入る楽しさだった。

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八木一夫の作品は、私が「アートはこうあって欲しいな」という理想形を満たしている。言い換えれば、私にとっては完璧な作品たちなのだ。それはどういう事かというと、作品に説明が不要だからだ。

八木一夫の経歴、作風の変遷、個々の作品の特色などを研究し、論じるのは立派な行いだと思うし、必要なことだと思う。一方、私は単なる鑑賞者の立場で純な眼で八木作品を観たい。そして作品のタイトルもいらない。

もっとも「ザムザ氏の散歩」のように、作品とタイトルがそれぞれ異なる芸術として独立し、かつ融合している場合は「タイトルと作品の優れたコラボ」としてタイトルを伴った形で鑑賞したほうが味わいが深いとは思う。ただ全体的には、八木作品にはタイトルも解説もいらない。作品を前にしてただ味わえば、それで満足だ。

今回は「風物詩仕立て」として、八木作品の代表的なものを並べてみたくなった。制作年代もあえて前後させ、ただ単に私が面白いと思う配列にするのだ。作品がいつ制作され、どんな名前を持ち、値段がいくらだというような属性を剥ぎ取った、作品そのものと向き合うための方策である。はたしてどんなたたずまいになるか・・・。

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2012年2月28日 (火)

美術アーカイブ:1981年(1)ヴァザルリ展

ヴァザルリに関して1978年にも銀座三越で展覧会を観ており、その記事を昨年7月に書いた。その中で詳細は今回に回すとしたうえで、美しく描かれた原発についての複雑な思いを書いた。

そして今回、「色彩宇宙の変奏曲 ヴァザルリ展」(西武美術館)について書こうとしているのだが、原発をめぐる奥深い心の葛藤はまだ続いている。

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チラシの裏面に書かれた解説も原発に言及している。まずはそれを転記してみよう:

 「近年、彼<ヴァザルリ>の作品は二次元平面から三次元立体へと進化し、さらにラ・シテ・ポリクローム(多色都市)の建設へと大規模に展開しています。今回出品される原子力発電所のプランもその線上にあるものです。」

チラシの解説はさらに続く:

 「このように芸術創造を、社会の中に積極的に活用していこうとするヴァザルリは、国際的にも高い評価を受け、グッゲンハイム国際大賞(1964年)・・・など数多くの賞を得ています。」

上記の「・・・」には認められた芸術家に贈られる各種の賞が並んでいるのだが、その最後には「第9回日本国際美術展外務大臣賞(1967年)も加えられている。つまりヴァザルリの活動は日本政府からも公に認められたわけだ。

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またヴァザルリは日本のメディアからも歓迎されていた。読売新聞はこの展覧会の記事で原発模型の写真も掲載している。

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このように社会・環境面まで取り込んだ形で認められたヴァザルリの活動は、確かに非凡なものであり、賞賛に値すると思う。だから原発の一件だけでその真価を覆い隠してしまうのはあまり公平ではないと考えた。私はヴァザルリの作品を愛しているから、ヴァザルリを擁護する立場に立ってしまうのだろう。それでも構わない。私がなぜヴァザルリが好きなのかは、彼がバウハウスのDNAを継承しているからだろう。

1928年から29年にかけて、ヴァザルリは美術家アレクサンダー・ボルトニクが主宰する学校で学んだ。ボルトニクは本場のバウハウスで学び、その理念を移植したこの学校は通称「ブダペスト・バウハウス」と呼ばれた。「緑の習作」は、いかにもバウハウスの学生が制作したようだ。

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その後「クリスタルの時期」と呼ばれる1948年以降、ヴァザルリは教会あるいは別荘の窓に注目する。内側から見ると部屋の仲に光を拡散させるのに、外側から見ると暗い底なしの単なる立方体になってしまう。この経験を通してヒントを得たのが地と図の互換性だという。

「クリスタル」と総称されたこの時期の作品はクレーの造形美に似ていて心地よい。バウハウスのDNAは活発に脈づいている。

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以上のような基盤のうえに後年のヴァザルリがいる。チラシに採用された「ヘッタ」は1979年の作だ。あの原発のデザイン連作の前年である。

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2012年2月27日 (月)

美術アーカイブ:1980年(14)その他

♪現代ガラスの美(東京国立近代美術館)
私のもう一つの好みであるガラス工芸の展覧会にも足を運んだ。

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♪エミール・ガレ展(日本橋三越)
「アール・ヌーヴォーの巨匠-ガラスの詩情」という副題が添えられていた。私は抽象的なガラス工芸作品を好むので、ガレのようなロマン的な作品は敬遠気味だった。しかしガレぐらいの力量を持った作家が作るものには、やはりオーラが感じられた。

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♪ルドン展(伊勢丹美術館)
「幻想への誘い」という副題が添えられていた。モノクロームの幻想作品の他、色鮮やかな花の絵も印象的だった。

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♪マンギャン展(伊勢丹美術館)
「南仏の抒情、乱舞する色彩」という副題が添えられていた。

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「東洋風の敷物のある静物」の絵葉書を購入した。これはセザンヌの構成、そしてキュビズムへの遷移を感じさせるではないか。

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♪エルテの世界展(伊勢丹美術館)
装飾的なアートはあまり趣味ではなかった。しかしエルテの場合は構成感も感じさせるので好感が持てた。

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♪イタリア・ルネッサンス美術展(国立西洋美術館)
この展覧会になぜ行ったのか記憶に無い。ルネッサンスの絵画は前提知識が無いと味わいが薄くなるので難しい。今でも私には高尚すぎて敬遠気味である。

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♪スペイン絵画 ベラスケスとその時代(東京国立博物館)
「スペイン国王・王妃両陛下来日記念展」という企画だった。

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♪バーナード・リーチ展(三越本店)
「日本民藝への深い理解と愛情」という副題は、本当にそのままだと思った。

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♪フラゴナール展(国立西洋美術館)
「18世紀フランス絵画の巨匠*魅惑のロココ芸術の世界」という副題だった。半券に採用された「読書する若い娘」はいいなあ。このジャンルは興味が沸かないのだが、美女が描かれていると弱いなあ。

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♪ボナール展(日本橋高島屋)
「高島屋創業150年記念」の展覧会だったそうだ。色彩が派手なので、今ではあまり好みではないが、当時はもっと関心を持って観ていたのだろうか。

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♪ミレー、コロー展(西武美術館)
「バルビロン派とその仲間たち」という副題だ。バルビゾン派は今では興味の対象から外れているが、当時は何でも貪欲に観たいという気持が強かったようだ。

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♪ロートレックと歌麿展(伊勢丹美術館)
ロートレックはポスターアートが面白いと思うがあまり趣味ではない。浮世絵では北斎が面白いと思うが、歌麿はどうも好きになれない。当時は今より広範囲に鑑賞し、それがだんだん淘汰されていったのか。

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♪歌川派の全貌展(小田急グランドギャラリー)
「肉筆浮世絵の華」という副題が添えられていた。2つの百貨店が似たジャンルで競って展覧会を企画したような感じだ。

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♪ギリシャ美術の源流展(国立西洋美術館)
「エーゲ海キュクラデス諸島出土<グーランドリス・コレクションから>」という副題が添えられていた。構成感あるシンプルな彫刻作品は面白いと思った。

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♪シニ・リーフェンシュタール写真展(西武美術館)
「アフリカの異星人-ヌバ」という副題が添えられていた。そろそろ写真芸術にも興味が増していった頃だったか。

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♪第13回 日本国際美術展(東京都美術館)
記憶に無い。半券だけが残っていた。

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♪館所蔵ヨーロッパ古版画展(神奈川県立近代美術館・鎌倉)
半券が残っていたが、同美術館の写真だけで展覧会の作品は図版に使われていなかったので省略。渋い展覧会だったが、それなりに面白かったという記憶あり。

♪ジャン・アルプ展(フジテレビギャラリー)
行ったという記録だけで、物証(図録、チラシ、半券など)が何も残っていない。なぜだろう?当時も今も好きな彫刻家なのに。

♪第2回公募・藤沢美術協会展(藤沢十字屋)
今は無き百貨店での展覧会だ。地元の美術家協会の人たちとは最近触れ合う機会が増えた。当時は何げなく立ち寄ったのだと思う。今思うと、そうそうたる芸術家が名を連ねていた。

私が名前と顔が一致する作家を並べてみよう:
♪熊坂兌子(彫刻)
♪平本公男(洋画)
♪平松敬子(工芸)
♪宮原青子(洋画)

現在では日本画・洋画の区別なく「平面」とする傾向になってきたと思う。ジャンルの分け方にも変遷があって面白い。

2012年2月26日 (日)

美術アーカイブ:1980年(13)クレー展

「生誕100年記念 パウル・クレー展」(西武美術館)の特色は何だろう?

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それは図録が充実していたことだと思う。表紙に採用された「ライオンです、気をつけて!」も良いが、内容の掘り下げが良かった。

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♪クレーの息子のフェリックス・クレーは「パウル・クレー展によせて」というメッセージを送ってくれていた。その最後には「無題・死の天使」についての印象的な言葉があった。曰く「画家パウル・クレーは、この地上における生から暇乞いをしようと覚悟したのです」。いかにも肉親らしく、情感がこもったメッセージだ。

♪土肥美夫は「クレーの芸術とその造形理論」という小論を書いた。そこでは「方法の純粋培養の結果得られた視覚構造図」という魅力溢れる図が紹介されていた。

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♪大岡 信は「クレーの展覧会のために」という小文を寄せてくれた。美術に造詣が深い詩人らしく、示唆に富む文章が綴られていた。

♪クリスチャン・ゲールハールは「現代絵画と古典派の音楽―ひとつの平行関係」(千足伸行訳)という小論を寄せていた。そこでは「ヨハン・セバスチャン・バッハの三声部楽章の楽譜例をもとにした造形的な表現」などの魅力ある図版が紹介されていた。

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なおこの一節ではいくつか誤訳がある。「三声部」も「楽章」も正しい用語だが「三声部楽章」というのは音楽を語るにあたり通常用いる表現ではない。原文はたぶん「三声の楽曲の譜例」というような意味であろう。

また「音の高さを3音階の幅に相当する水平線によって表している」という表現も正しくない。原文はたぶん「3オクターブの幅」を意味しているのだろう。

「多声学(ポリフォニー)というのも異様である。ポリフォニーは「多声音楽」と訳すのが通例である。

せっかくの魅力あるテーマなのだから、できれば音楽に関する記述も正確であって欲しかった。辛口の感想になってしまったが、ポリフォニーを愛し、クレーの絵画と音楽の関係を考えてきた私としてはつい細かいところに目がいってしまった。

美術アーカイブ:1980年(12)ミロ展

「20世紀の夢と幻想 ミロ展」(伊勢丹美術館)は、大好きなミロの展覧会をやるから行こうという感じで、展覧会に関しては特記することが無い。

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記録的価値があると思ったのは、併設の「ミロ展記念 版画即売会」(伊勢丹新宿店ファイン・アートサロン)だ。

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このリーフレットの裏表紙には展示即売の価格表が掲載されていた。一般に配布されたものなのでコピーを掲載しても問題ないとは思う。でも価格表そのものを出してしまうのも気が引けたので、即売作品の価格幅(上は150万円から下は50万円まで)の各価格レンジで代表的な作品を並べてみよう。(図は同じリーフレットより)

「火の鳥」150万円

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「陶芸Ⅰ」75万円

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「水平バランス」60万円

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私はコレクターではないし、お金も無いのでこれらの値付けにはあまり興味が無い。ただアート市場の変遷を調べる必要があった場合には有益な情報ではないかと思った。

美術アーカイブ:1980年(11)現代彫刻の歩み展

「開館5周年記念 現代彫刻の歩み展 -41人の作家による戦後彫刻の足跡-」(神奈川県立県民ホール・ギャラリー)は私の抽象彫刻愛好の原点となった展覧会だ。

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チラシの裏に並べられた出品作家リストを眺めると、敬愛する作家の名前が沢山見つかって嬉しくなる。

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その後、それらの作家の作品を各地で観た。その思い出を書き並べてみよう:

♪飯田善国:1997年に鎌倉で個展を観た。
♪木村賢太郎:2009年、千葉市美術館の庭でいくつか作品を観た。
♪清水九兵衛:初めて観たのがいつか思い出せない。目黒の雅叙園でも観たし、府中に住んでいた頃は総合体育館で「MAIKAZURA」を何回も拝んだ。2008年、横須賀美術館の入口ロビーでも観たな。
♪小清水漸:木を使った彫刻の展覧会で観た記憶があるが、どの展覧会か忘れた。
♪佐藤忠良:先日彫刻家の岩崎幸之助と話した際、一見何でもない具象作品に見えるが、その背後にすごいものが流れている、というような事を聞いた。私の鑑賞眼ではそこまで味わうことができない。2009年7月、「府中市郷土の森博物館」では「裸のリン」を観たが、確かに巨匠のオーラを放っていた。
♪篠原有司男:強烈でけばけばしい作品はあまり好きにはなれないのだが、2005年9月、神奈川県立近代美術館での個展でボクシング絵画を観た後購入した絵葉書は、イメージに反してとても清楚に見えて驚いた。
♪新宮 晋(すすむ):既に高名だが、見逃すことができない作家だと思う。
♪関根伸夫:2008年、川越祭りを観に行った際、街中を歩き回って屋外彫刻を観た。その際「札の辻ポケットパーク」で「札の辻モニュメント」という作品に出会った。また川越高校の正門に据えられた球形の作品は、最初は堀内正和かと思ったのだが、関根伸夫の作品だったことがわかった。2011年6月には、宇都宮美術館の庭で「空相-円錐」を観た。
♪辻 晋堂:2011年3月、神奈川県立近代美術館・鎌倉で個展を観た。「寒山」と「拾得」が対峙するように展示されたコーナーは思い出深かった。
♪中西夏之:「ハイ・レッド・センター」のメンバー中、高松次郎と赤瀬川原平は大好きなのだが、この中西夏之だけは印象が薄い。2008年、渋谷の松涛美術館で個展を観たが、その時のブログにも同じような事を書いた。背後にあるコンセプトが難しすぎるのではないか、というのが私なりの結論だった。
♪向井良吉:2009年7月「府中の森公園」で「7月(七夕)の樹」を観た。これはどう見ても「怪物」に見えるなあ。でも面白い。
♪八木一夫:アヴァンギャルドな陶芸作家として愛好している。この展覧会でも陶土による作品が出品されていた。陶芸・彫刻のどちらのジャンルにも属さない独特の作風だ。以上の他にも巨匠が名を連ねていた:
♪保田春彦:2009年7月「府中の森公園」で「球を囲う幕舎」を、そして2011年6月、宇都宮美術館の庭で「ある街の片隅ー・忘れられた祠(ほこら)」を観た。
♪山口勝弘:2006年、神奈川県立近代美術館で個展を観た。「実験工房」の熱気がそのまま伝わってくるようで嬉しかった。

このように、一つの展覧会を起点とし、出品した様々な作家をフォローしてゆくというのは誠に楽しいことだ。

2012年2月23日 (木)

美術アーカイブ:1980年(10)クレモニーニ展

「クレモニーニ展」(西武美術館 アートフォーラム)には「不確かな日常の影とエロス」という副題が付けられていた。

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この頃の私は、貪欲に様々なジャンルのアートを求めて展覧会巡りをしていた。そして何年か経った後に、好みが抽象、幻想、心象風景などに絞られると、興味ある分野の作品にしか目がいかなくなった。

この展覧会は、私の中で幻想・心象風景好みの心が形成されつつある過程で鑑賞した。そして、そのジャンルへの偏愛を私の頭の中に定着させたイベントのうちの一つといっていいかもしれない。

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クレモニーニの作品は、人物や周りの風景が写実的に描かれているのだが、どことなく不気味で心騒がされるものが多い。それがなぜなのか、理由がわからない。原因が解明できないから怖しいのだろう。それはクレモニーニの筆力によるものなのか。

レオナルド・クレモニーニは2010年に世を去った。もう作家本人に話を聞くことができない。彼の作品の特異な雰囲気の秘密は、結局闇の中だ。

美術アーカイブ:1980年(9)ポンピドゥ・センター 20世紀の美術

「ポンピドゥ・センター 20世紀の美術」(東京国立近代美術館)は近・現代アートの啓蒙という性格を帯びていた。だから新しい芸術鑑賞の手引きを必要としていた当時の私にとってとても助けとなった。

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2012年2月22日 (水)

美術アーカイブ:1980年(8) スコア展

「スコア展 <人間学への接近>vol.2 第1週」(兒嶋画廊)に行ったのは、当時「麗会」で一緒に即興演奏を行った故・吉村弘に誘われたからだ。

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会場では第1週の代表格だったと記憶している彫刻家の浜田剛爾と名刺交換したのだが、その後フォローアップを怠り人脈形成に至らなかった。残念だが、これは自分の意思の問題である。当時は今ほどコミュニケーションに積極性が無かったのだ。

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今思うと、このイベントは大変な価値があった。第1週には巨匠・粟津潔も参加していたこともそれを裏付けている。

現在はパフォーマンス・アートを受容する社会的背景が出来ていると思うが、当時はまだもの珍しい表現様式だったと思う。そのような時代に、このそうそうたるメンバーのクリエーションのパワーが一堂に会したのは素晴らしい。

2012年2月21日 (火)

美術アーカイブ:1980年(7) 駒井哲郎 銅版画展

駒井哲郎 銅版画展(東京都美術館)のチラシはなぜこんなに地味だったのだろう?

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没後4年の回顧展。既に高い評価を受けていた有名作家だから、派手なチラシで集客しなくても人が集まるからであろうか?

それならなぜ観覧料が300円と非常に安かったのだろう?知名度に惹かれて観客が集まるなら、もっと高い観覧料を取れば美術館としても儲かったであろうに。この辺がどうも不思議でならない。美術館が良心的だったのかな。

つまらない事を書いてしまったが、私は駒井哲郎の作品が大好きだ。日本の平面作家で私の個人的なランキングをつけたら、間違いなくベストテンに入るだろう。その構成感、詩情、清らかさ、どれをとっても一流だ。

「束の間の幻影」のような幻想的な作品は特に好みだ。クレーの世界に通じるものがある。

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でも「教会の鐘」のような写実の中に漂う詩情もいい。石造の建物と、その前に植えられている潅木の質感の対比まで感じられる。

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「樹」は写実そのものにも見える。しかしそこには孤独な詩情がある。左側に見え隠れするもう1本の樹の存在が、逆にこの樹の孤独性を高めている。

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孤独といえば「孤独な鳥」の暗い幻想性はルドンを想起させる。少しシュールも入っているのか。

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この展覧会に付随した企画として講演会「駒井哲郎を語る」が開催されていた。あいにく私は行けなかったのだが、弟子の中林忠良が対談に登場していた!

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それから29年後、中林忠良の個展を観たときは感無量であった。その感動は拙ブログの感想記事に書きとめてある。

2012年2月20日 (月)

絵の展 –ENOTEN- 吉田真実 個展

「絵の展 –ENOTEN- 吉田真実 個展」(ギャラリーT:片瀬海岸)に行った。

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湘南地方の人でなくても「江ノ電」はご存知だろう。この個展の名称は地元の電鉄「江ノ電」と「絵の展覧会」をかけた洒落になっている。そして案内葉書縦書きされた「ENOTEN」の文字は、そのまま江ノ島の灯台の絵文字になっているというおまけ付きだ。こういう遊びは楽しい。

「ごくらくじ」は江ノ電の「極楽寺」駅を題材にした作品。淡い色調の花々が美しい。

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そして「しょうなんかいがんこうえん」は同じく「湘南海岸公園」駅を取り上げている。メルヘン的な世界が楽しい。

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どちらの作品も日本画専攻の作家らしい繊細さが表れているようだ。作家本人は動物を描くことを好むとのことだ。

今回の個展では動物も多数登場したが、このように個展開催地の風物(この場合は江ノ電)を取り上げて作品シリーズを制作してくれるのは地元民として嬉しい限りである。

2012年2月19日 (日)

美術アーカイブ:1980年(6) ヴラマンク展

「フォーヴの巨匠 ヴラマンク展」(ギャルリーためなが)は充実していた。

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当時の私は、今のような抽象偏愛ではなく、具象も好んでいた。しかし具象といっても、シュールレアリスムや幻想絵画などが中心で、静物画・風景画・人物画などは面白いと思わなかった。

そのような状況でこの展覧会を観て驚いた。風景画でもこんなにインパクトがある作品があるんだなあと。当時私は佐伯祐三がヴラマンクを訪ねた際「このアカデミズム!」と一喝された逸話を知らなかった。今思い返すと、さすがヴラマンク、それだけの力量はあるなあと納得できる。

ヴラマンクとの係りといえば、母が生前、ヴラマンク作と思われる素描を持っていた。しかし私はその作品をさほど気に入らず、手放してしまった。専門的には素描は味わい深く鑑賞に耐えるものだろうと思う。しかし素人の私にとっては、特に荒々しい色調のヴラマンクの場合は、彩色された作品でないと「らしさ」が感じられなかったのだ。「もったいない、一言連絡くれたら」という方がもしおられたら大変申し訳ないが。

というわけで最近ヴラマンクを観る機会があまりなかったが、昨年 成城さくらさくギャラリーで冬の景色を描いた作品を観ることができた。久しぶりに観た本物のヴラマンクは、やはり迫力があった。

美術アーカイブ:1980年(5) デューラー版画展

「ドイツ・ルネサンスの巨匠 デューラー版画展 幻想的予言と祈りの世界」(西武美術館)のチラシを見ると、その重厚さと渋さにより、まるで上野の国立西洋美術館で開催されるようだ。

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このような巨匠の展覧会の内容については、私のような素人がとやかく言うことはないだろう。久しく途絶えている「チラシらしさ」と「半券の復権」をまとめてやってみよう。

チラシの裏を見ると、これまた渋い。宣伝のためというより、図録の中味のような内容になっている。

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そして半券。ご存知「メランコリア」の一部である。

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チラシの表、裏、半券の3つを見たら、すべて採用した作品が異なることに気付くだろう。このあたりにも企画者の意気込みが表れているではないか。

デューラーが初めて日本に紹介されたのはいつだろうか?明治時代かな。そして1980年という年では、日本でも既に高名だったはずだ。しかし人々にあまり深くは浸透していなかった気がする。そういう背景において、西武美術館は啓蒙的な気概をもって、チラシ裏面に解説を書き込んだのだろう。

そしてもう一度「半券の復権」論に戻る。半券というのは入場料を支払ってから手に入るものだ。だから宣伝的な効果は含ませなくてよい。釣った魚(観客)には餌を与えなくていいという考えだ。そういう前提でこの半券を見ると、「メランコリア」の一部というのは極めて贅沢ではないか。釣られた魚が、釣られた時の餌よりもっと上質の餌を与えられたような感じだ。この辺の奥ゆかしさは好感が持てた。

素晴らしい展覧会だった。

2012年2月18日 (土)

長谷川三郎展

「第11回 藤沢市30日美術館 長谷川三郎展」(藤沢市民ギャラリー)に行った。

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長谷川の父は商社マンであり、芦屋の洋館に住み、幼少の頃からイギリス人に英語を習ったという。西欧の文化になじむ環境が整っていたわけだ。一方、学業優秀だった長谷川は東大の文学部・美学美術史学科に入学し、卒業論文は東洋的な研究対象として雪舟を取り上げたという。そして後年、彫刻家イサム・ノグチとの親交を結ぶ。

このようなバックグラウンドがあれば、長谷川が展覧会の副題「日米をつないだ東洋的モダニズム」の作家となっていったのは極めて自然なことであろう。そして長谷川の作品がどことなくイサム・ノグチを想わせるのもうなずける。

チラシの下の写真「無題」(紙、拓本)は廃船の板を利用したものだが、その構成感はとても心地よい。

「水族館にて」は水墨画に水彩で色を施した作品。東洋的であり、かつドローネーの円環作品のような西欧性も併せ持っている。素晴らしい。

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「新聞コラージュ」は片手間に作った作品であろうが、西洋的な構成美をたたえた楽しい作品だ。神戸の母校・甲南学園が所蔵している。同校の生徒は長谷川を誇りに思っていることだろう。

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長谷川はニューヨークに10カ月滞在し、帰国後再びカリフォルニア美術工芸大学からの招聘で渡米する。しかし癌のためサンフランシスコで客死。まだ50歳の若さであった。長谷川がもっと長く生きたらどんなに素晴らしい作品を残してくれただろう。誠に残念でならない。

Viewpoints いま「描く」ということ」

「あざみ野のコンテンポラリー vol.2 Viewpoints いま「描く」ということ」(横浜市民ギャラリーあざみ野)に行った。

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この展覧会に行ったきっかけは、中年とオブジェさんの記事だ。これは面白そうだと思って早速足を運び、期待通りの成果を得た。

♪淺井裕介
バラエティに富んだ素材を使い分けて様々な作品が産み出されていた。まるで「素材の百貨店」のようであった。

会場に入ると「文字卵」が出迎えてくれた。この作品は展示用カッティングシートより本展覧会のテーマ「Viewpoints」の文字を切り取り、並べ替えて貼り付けたそうだ。

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「標本・オオカミ」は紙にペンで描いたほか、マスキングテープを多用している。一般的なテープの素材感とは異なる独特の味わいが出ていて興味深かった。

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「八百万の神々」のシリーズは陶器、土、マスキングテープという素材のミックスで制作されている。

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他に泥絵など、様々な素材の個性を活かした作品群は、色彩が地味なのに華やかで楽しかった。

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♪椛田ちひろ
「事象の地平線」・「すべてが漂っているそれ自身の放浪の海」の展示室に入った瞬間、異界の雰囲気を感じた。いくつもの暗い楕円が部屋全体をぐるっと取り囲み、天井から湾曲したオブジェが一つ吊り下げられている。マーク・ロスコのチャペルのようなたたずまいがそこにあった。

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吊られたオブジェの前面は黒鉛により真っ黒に塗られているが、その裏側は鏡になっている。横から観ると壁面の楕円も一緒に映り、それらの交錯がシンプルな構成に変化を与えている。

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そして反対側に回ると、凸面鏡の効果でそれを観ている私が細くなって映り込み、さらに複雑な造形が生まれている。

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壁面の楕円は一見、太めの破毛で塗ったように見えたが、実は油性ボールペンを使ったという。この面積をボールペンで塗りつぶすとは大変な労力だ。作家自身によると、ひとつの展示で500本ものボールペンを消費し、描いているときはインクのにおいでくらくらしたそうだ。

しかしこの展示の静寂からは、その背後にある労働性は全く感じられない。そのギャップに興味を感じるということは、この作品のコンセプチュアルな側面に触れたということになるだろうか。

♪桑久保徹
他の展覧会でも作品を観たことがあった。若手アーティストの中では知名度が高いほうだろう。

「私の子が一番かわいい」は今年描かれたばかりの作品。雛壇のような台の上に直立する人物群像。その上には無数の裸電球。実際にはあり得ない光景が妙な説得力を持って観る側に迫ってくる。

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「夜のうず」も今年の作品。「自分の中に架空の画家を見出す」というコンセプトを持っているそうだが、このうずはゴッホの「星月夜」を彷彿とさせる。そしてその「心象風景度」(私の造語)はゴッホよりもっと強い。

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描かれた「じゃがいものある風景」と実物のじゃがいもの対峙。この椅子が玉座のように、見えてきた。

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スケッチ帳も展示してあった。下書きだと思われるが、右上のほうには楕円の列が見える。これは椛田ちひろの作品であろう。会場にて、椛田の作品が展示された後描いたに違いない。まさに創作と展示の同時進行だ。

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展示室の反対側の隅には壺のシリーズが架けられていた。「金つぎ地図のある壺」「星の壺」「女と緑の壺」「帰宅の壺」という具合にユーモラスな名前が付けられている。描きこまれた人物に比べて壺が異様に巨大なのだが、不思議と違和感をおぼえない。

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床に落ちた絵の具まで抽象作品のように見えてきた。作家の力量によるイメージの肥大であろうか。

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♪吉田夏奈
小豆島に滞在し、同島をモデルに描いた作品が展示されていた。アーティスト・イン・レジデンスの一つの形と言えよう。

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「奇跡の牛」というタイトルが気になったが、同島を上空から見ると牛の形に似ていることから付けたということだ。

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平面作品はところどころを折り返し、四角錐状に組み上げられて立体作品のようになっていた。

このような形だと、ある面を観ている間は反対側の面を観ることができない。そのため、反対側に回り込む必要がある。鑑賞者が移動しながら作品を鑑賞するように促しているようにも解釈できる。

「空中散歩」は静かなたたずまいだ。よく考えたら、「奇跡の牛」もこの作品も飛行機などに乗らないと見ることができない風景だ。

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これらの作品は鳥瞰による風景をそのまま描いただけのように思えるが、不思議なムードが漂っている。押し付けがましくないのだが、風景が「私を観て下さいね」と懇願しているようなのだ。作家に描写力があるためであろうか。

この展覧会は行って良かった。中年とオブジェさん、ありがとうございました。

2012年2月16日 (木)

美術アーカイブ:1980年(4) ニキ・ド・サンファール展

「ニキ・ド・サンファール展」は彼女の作品を愛した故・増田静江さんが上野に開設した「スペース・ニキ」で観た。その後、同画廊は那須で「ニキ美術館」として再オープンしたが、ついにそこも閉館となってしまった(限定開館の催しはあったようだが)。

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そういう経緯を振り返ると、増田静江さんの意気込みがそのまま形になって表れていた「スペース・ニキ」に行ったという事は、それだけで価値がある事だと思った。

当時私はピンクや黄色が原色でギラギラする作品をあまり良いと思わなかった。しかし、その特徴が良く出ている作品の絵葉書を購入し、大事に保管しておいた。

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それはなぜだろう?派手な作品は嫌いだと言っていながら、実はニキの作品が放つパワーに圧倒されていたのではないだろうか。

この展覧会の頃ニキはちょうど50歳。動く彫刻で有名なティンゲリーと再婚して9年。彼と一緒にポンピドゥー・センターの隣に『自動人形の噴水』を制作する2年前。要するにアートも私生活も充実していた時であろう。

今あらためてニキの作品の絵葉書を眺めていると、何となく元気をもらったような気がした。やはり私はニキの作品を無視できないのだ。これからも。

2012年2月13日 (月)

美術アーカイブ:1980年(3) ヴンダーリッヒ展

「ヴンダーリッヒ展  夢とエロスの錬金術」(西武美術館)は衝撃的だった。

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私がヴンダーリッヒという画家を知ったのは次の書籍の図版からである:
♪坂崎乙郎「幻想芸術の世界」(講談社現代新書)
♪カーリン・トーマス著 野村太郎訳「20世紀の美術」(美術出版社)

思いかえすと、当時夢中になったマルセル・ブリヨンのあの名著「幻想芸術」(坂崎乙郎訳:紀伊国屋書店)にも、グスタフ・ルネ・ホッケの充実した「迷宮としての世界」(種村季弘氏訳:美術出版社)にもヴィンダーリッヒの名前は無かった。だからこの画家が幻想芸術の広がりの中で重要な位置を占めることになるとは予想していなかった。

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そのような状況で展覧会を観たら、その作品の鮮烈さに驚いた。「夢とエロスの錬金術」という大それた副題にも全く違和感をおぼえなかった。エロティシズムの要素が強いとは思ったが、その夢幻的なビジョンにより高い芸術性を勝ち得ていた。そういう意味で、まさに「夢」と「エロス」が錬金術により合成されたようだった。

この展覧会に行って本当に良かった。

2012年2月12日 (日)

牧岡 良 個展

「牧岡 良 個展 2012 message」(art truth:横浜)に行った。

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案内はがきを見て、かわいらしい猫をほのぼのと描くだけなのかな、と大変失礼なことを考えてしまった。しかし実際に個展に足を運んで作品を観たら驚いた。上手い・下手で言えばもちろん上手いのだが、そういう次元ではなく、作品に強いオーラが感じられたのだ。

特に「張子」という張子の虎の絵が気に入った。縦に沢山の細い線が走っている。それをバックにした虎の線描が何とも味わい深い。

またこの作家は仲のいい作家に額縁を作ってもらったという。珍しいのは御影石の額縁。重そうだが、不思議と作品にマッチしている。その他に木枠の額もあった。

そして面白いのは作家自身が作った額縁。出来合いの額縁をいくつか試してもフィットするものがないので、仕方なく自作したとか。昇天する龍を描いたものだが、さすがにぴったり合っていた。

さらに興味深いのは、作家自身が作った額縁を作品にあてがったら、作品の中に違和感のある部分があり、作品のほうを修正したという話だ。作品を安易な妥協で生み出さないという、作家の真摯な態度が感じられた。

Piano Trio Concert

「Piano Trio Concert」(山手111番館:横浜)に行った。

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演奏者は武田沙良(ピアノ)、田中朋子(ヴァイオリン)、伊藤七生(チェロ)。プログラムすべての曲で素晴らしい演奏を披露してくれたが、圧巻はやはり最後に演奏したブラームスのピアノ三重奏曲第1番・第1楽章だろう。

この曲は牧歌調というか、田園風景のようにおっとりした曲想で始まる。そのまま最後まで穏やかな流れが続くと思うと、途中で嵐のように情熱がほとばしる箇所がある。静かな冒頭からクライマックスまで盛り上げてゆく曲の構成は、さすがにブラームスだ。

私は演奏についての評価は書けないが、その代わりに演奏以外で良かったと思った点を書こう。それは観客への配慮だ。例えば、「バッハの無伴奏はチェロ一人で弾きます」、「サン・サーンスの『白鳥』はチェロとピアノで弾きます」というように、ただ単に「独奏」という言葉で片付けず、具体的にわかるように説明したことだ。

別の例では、ショパンのノクターンについて「『戦場のピアニスト』の曲です」と簡単に言わず、失恋の気持ち云々などと具体的な解説で紹介したのも良いと思った。この映画はかなり有名になったが、それでも観客の中には映画を好まず、「戦場のピアニスト」を知らない人もいるかもしれない。以上のような細かい点にまで神経を行き届かせたという点が良かったと思ったのだ。

このトリオは演奏は上手だと思うし、上記のような配慮を伴ったステージを作るので、またぜひ聴いてみたい。

2012年2月 6日 (月)

平塚音楽家協会 第29回定期演奏会

2012年2月5日(日)
平塚音楽家協会 第29回定期演奏会 東日本大震災復興支援チャリティーコンサート「希望を音楽にのせて 日本と世界の名曲を集めて」(平塚市中央公民館)に行った。妻(仮名ジョアンナ)も出演した。

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東日本大震災復興を願って作曲された女声合唱が取り上げられたのでどんな曲か興味があった。くらたここのみ詩・すずきしげお作曲「まほろば」である。「まほろば」とは、古語で「素晴らしい場所」とか「住みやすい場所」という意味だ。くらたここのみは、詩作で日本童話会賞の奨励賞を受賞した詩人。すずきしげおは日本作曲家協議会の会員。

この曲に続き、同じくすずきしげお作曲「夜の桜」、「はまひるがお」が演奏された。3曲とも標準的な合唱曲より若干ポップス調に振れた感じで、明るい曲だった。被災地と一緒に深刻ぶるのではなく、軽やかに、明るく語りかけて元気を分けてあげようといったねらいがあったのだろう。確かに暗く沈み込むより明るく前向きなイメージをもったほうが被災者を勇気づけられるだろう。

平塚音楽家協会のメンバー構成を反映し、声楽曲が圧倒的に多かったが、ヴァイオリン、ピアノの器楽曲も披露され、バラエティーに富んだコンサートになっていたと思う。

2012年2月 4日 (土)

Domani・明日展

「Domani・明日展 未来を担う美術家たち」(国立新美術館)に行った。

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毎年楽しませて戴いている展覧会であり、今回も期待通り得るものが大きかった。またギャラリートークで8人のベテラン陣の自作解説も聞くチャンスがあり充実した時を過ごした。

まずは今回の在外研修・成果発表者の展示に対する感想から:

♪山口牧子
展示作品がみな好ましく思えた。色彩も構成も無理がなく、心地よい響きを感じた。実際には鳥を描いていたのだと思うが、鳥という対象を持つ具象絵画としても、純粋抽象絵画としても、どちらの観かたを採っても成り立つ作品群であった。

「Bird Joy」の連作はNo.1から8までが並べて展示されていた。これらの中から1つを単独で観ても美しいし、8作品が並べられた全体構成として観ても楽しいものであった。

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♪横澤 典
チラシ(上を参照)には「Lexington Avenue」の一部が紹介されていた。ニューヨークのある一画の街路樹をすべて撮影し、短冊状にトリミングして配列させたものだという。これが美しかった。

このようなアイデアは、いかにもありそうであり、実際多くの人が試みていると思う。言ってみれば「月並みな手法」であるはずなのだが、並外れて美しいからには何か秘密があるのかもしれない。それは写真の上手さなのか、それとも・・・。

♪塩谷 亮
ホキ美術館にも収蔵されたリアリズム絵画の作家である。以前私はこの分野が苦手であったが、昨年 磯江 毅の個展を観てから無視できなくなっていた。

塩谷 亮の作品は女性が美しく描かれ、それだけでも嬉しくなる。ところが作品をよく観ると、細かいところに仕掛けが施されているようだ。そのために、単なる写実ではなく、一種の心象風景のようにも思えた。

ただしここで「心象風景」と言ったのはカラスが登場するような暗いタイプではなく、あくまで明るい雰囲気の中でのことだ。

例えば「静」では、室内の観葉植物が本来植えられているであろう植木鉢から外され、根が鉢の形に固まった状態で描かれている。

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この他にも、「朝の情景」では、モデルの女性に対し脇に置かれた葉が異様に巨大で、相互の比率が現実離れしている。「初夏」では、モデルが腰掛ける椅子があえて半開きのドア横の狭い所に置かれ、部屋から廊下に抜ける動線を邪魔している。また「明日」では、一見鏡の前の女性像に見えるが、鏡なのか絵なのかよくわからない不思議さがある。

塩谷 亮の作品の特徴をあえて一言で表せば、「微細なる異常性が介入した、陽光を受けた明るい風景」という事になる。これをさらに言い換えて「明るい心象風景」と呼びたくなったのである。

次にベテラン作家について。うち8人の作家はギャラリートークで自作に関する談話を提供してくれた。

♪内田あぐり(トーク参加)
以前、横浜市内の某店で内田あぐりの親類にあたる人と話をしたことがあった。その事を伝えようと思ったのだが、人気作家らしくトークの後は鑑賞者に取り巻かれていたようなので話しかけるのを断念。平塚市美術館での展覧会以来、作品を好むようになっていた。

♪田村能里子
既に高名だが以前から好きな画家だった。つい先日も横浜みなとみらいホールに行ったさい、エントランスの壁画に挨拶したばかりだった。

♪北久美子
「美術アーカイブ:1978年(5)北 久美子作品展」で以前観た心象風景を回想した。その後画風が変わり、塩谷 亮への感想と似てくるが、「明るい心象風景」になってきたのかなと思っていた。今回、北久美子の最近作「風の宴」を初めて観てその感を強くした。達者な画家なので題材やトーンがどうあろうと、インパクトのある作品を産み出せるのだろう。

この展覧会は来年も楽しみだ。

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