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2011年9月12日 (月)

横トリ:日本郵船海岸通倉庫

2011年9月12日(月)
「横浜トリエンナーレ 2011」のメイン会場である「日本郵船海岸通倉庫」に行った。

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巨匠♪戸谷成雄の作品に出会えたのは嬉しかったが、そのことがトリエンナーレの意義って何だろうという疑問を誘発してしまった。これまで私は深く考えずにこのイベントの目的は新人アーティストの発掘、鼓舞、支援だと思っていた。しかし今回あらためて出展者を見直してみると、ある程度評価の定まったアーティストの出展が多いことに気がついた。

しかし横浜トリエンナーレの過去のいきさつを振り返ると、主催者の苦悩は大変なものだろうから、企画・運営に関する考察はやめておいた方が良さそうだ。前向きに考えても批判的な内容が出てくる恐れがあるから。

戸谷以外の既知の作家としては、♪落合多武(ワタリウム美術館で個展を鑑賞)、♪野口里
佳(何か忘れたが、展覧会で写真作品を鑑賞)の名前があった。

初めて作品に接した作家の出展作品でどう評価したら良いか迷ったのは、♪クリスチャン・マークレーの映画「時計」である。これは結論を先に言えば、コンセプチュアル・アートの一種だろうと思う。

これは過去の名画で時計が出てくるシーンだけをつないだ作品で、それだけのアイデアなら誰でも思いつく。しかしこの作品のすごいところは、映像中の時刻が実際の時刻とシンクロしている点だ。過去の映画で1分きざみに異なる時刻が出てくるシーンを集めるのは不可能だろうから、何かの手法で時計の針などを修正しているのだろう。

また、そもそも過去の名画のフィルムを部分的であれ使うわけだから、著作権などの問題をクリヤーしないとこの作品は作れない。また集めたフィルムの編集にあたり、前後のシーンが出来るだけスムーズにつながるように配置を工夫しなければならない。これらの作業には膨大な時間を要すると考えられる。作品制作の手間と難易度は非常に高いというわけだ。

そのような背景を頭に描きながらこの映画を観て「すごい」と思うのが「正しい」鑑賞法かもしれない。もしそれが正しいなら、これは前提となる説明があって成り立つアート、つまりコンセプチュアル・アートの一種だと思うのである。

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