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2011年8月28日 (日)

タグチ・アートコレクション

「タグチ・アートコレクション GLOBAL NEW ART この世界を生きるアート」(損保ジャパン東郷青児美術館)に行った。おなじみF君から招待券を貰っていたのだ。F君いつもありがとう。

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日頃「ゲンダイアート」に親しんでいるため、今回の展覧会でも作家の名前はほとんどが馴染み深いものだった。その中でマリーナ・カポスに関し、考えることがあった。

展覧会場に入ると最初にマリーナ・カポスの「東京の街の光、色」という作品群が展示されていた。彼女が東京に滞在して制作した作品シリーズだ。そしてそれらの一部は2007年10月にトーキョーワンダーサイト(渋谷)で開催された「マリーナ・カポス展」で展示されていたものだった。(田口氏はその展覧会を観て購入したのだろうか?)

彼女の東京での活動はいわゆる「アーティスト・イン・レジデンス」に該当するだろうし、実際トーキョーワンダーサイトではそのような表現で紹介していた。その事自体に何も問題はないのだが、私は「アーティスト・イン・レジデンス」を東京のような国際都市で行ってどれだけ意味があるだろうか、と疑問に思った。

私は「アーティスト・イン・レジデンス」に関して、芸術家がある場所に長期滞在し、そこで生活し、その場所で得られた物を使って作品を作るという意味だと理解している。仮に私の定義が正しいなら、マリーナ・カポスは東京に滞在し、東京で得られた物で作品を制作したことになる。

しかし東京のような大都市では西洋の油絵の具など、彼女の出身地と同じ条件で物を得ることができる。すると彼女は題材だけ日本のもの(寺院仏閣とか着物など)で、描き方はそれまでと同じになってしまう。彼女が意図的に岩絵の具を使おうとするのは自由だが、東京という都市ではもはや岩絵の具より油絵の具のほうがポピュラーで供給量も多いだろう。

だから私は「アーティスト・イン・レジデンス」は「田舎」に行かなければ意味がないと思うのである。生活するのに必要な物はあるが、その場所のどこを探しても油絵の具など売ってないような土地があったら、そのような場所である。

そのような場所に行ったら、アーティストは止む無く土地の芸術家に教わりながらその土地での彩色の方法を真似たりするだろう。絵の具などが無い場合は、その土地の植物から染料を作ったりする行為が必要となろう。そしてそれが「アーティスト・イン・レジデンス」の本来の成果なのではないかと考えるのである。

物体だけでなく、精神面まで取り込んだ「アーティスト・イン・レジデンス」のあり方についても少し考えたが、まとまっていない。この課題については後日また記事を書こうと思う。

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