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2011年8月 2日 (火)

美術アーカイブ:1978年(2)佐伯祐三展

「没後50年記念 佐伯祐三展」(東京国立近代美術館)に行って佐伯の作品を初めて観た。

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私の母(故人)は西洋絵画の中ではルオーを最も敬愛していたが、同時にデュフィー、ユトリロも好んでいた。その影響で私も子供の頃はユトリロが好きになった。ところがこの展覧会を観て、そのあまりの素晴らしさにユトリロを愛好する気持がどこかへ飛んで行ってしまった。また後日、荻須高徳の作品を観た時も、これは佐伯の相手ではないなと思った。

そして最近になって、佐伯の妻・米子の加筆修正という裏話を知った。それどころか、米子がゼロから制作した作品もあるという話も耳にした。すると、佐伯米子はユトリロ、荻須高徳、佐伯祐三の3人を凌ぐ力量の持ち主だったのであろうか?

この事で私の佐伯神話は崩壊してしまった。しかし気を取り直し、佐伯祐三のサインで世に出されたものは佐伯祐三の作品として信じて良いのではないかと思うようになった。また米子修正版は原作よりアカデミズム寄りの描き方になったようだ。という事は、祐三は型にはまらない破天荒な作品を描いたのか。それは興味深い。

音楽の世界でも似たような事がある。例えば大バッハの作とされるフルートとオブリガート・チェンバロのソナタにも贋作の疑いがかけられたものがあるように。そんな場合、精緻をきわめた検証によって贋作とされたのなら、たぶんそれは贋作なのだろうが、それだけバッハが偉かった証拠という解釈もある。

気持ちを少しでもすっきりさせるには、佐伯の場合、祐三と米子を一人の画家と考えればよいのかもしれない。漫画界でも藤子不二雄の例がある。

以上のように、あれこれ考えをめぐらすのは、それだけ私が佐伯作品が大好きだからだ。事実を曲げるのは良くないが、作品が素晴らしいと思って観ている鑑賞者が疑心暗鬼になるのも良くない。鑑賞する側には罪がないのであるから、平明な心で佐伯作品を鑑賞させてもらいたい。ただそれだけだ。

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