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2011年8月28日 (日)

濱田庄司スタイル展

「濱田庄司スタイル展」(パナソニック電工 汐留ミュージアム)に行った。「理想の暮らしを求めて」「陶芸の人間国宝は、モダニストでした」というサブタイトルが付けられているが、全くそのとおりだと思った。

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既に高名なので、濱田庄司の人と作品について今さら私が書くことなんて何も残されていない。あえて一つだけ書くとしたら、イームズとの交友についてである。

2001年の8月、東京都美術館で開催された「イームズ・デザイン展」に行った。その時私はイームズについて、頭で計算したモダン工業デザイン作家というイメージを抱いた。

しかし今回の展覧会で濱田が全く逆の印象をイームズに対して抱いていたことを知った。つまりイームズは、例えば椅子のデザインなら、人間が実際に座って心地よいかという点だけに集中してデザインしてきたという事になる。

なぜ私がイームズに対して濱田と逆のイメージを持ってしまったのだろうか?西洋人の家具デザインは数学的、合理的という先入観があったからなのか?理由はわからないが、自分の眼の不確かさに恥じ入ってしまった。

濱田庄司の構想とデザインは素晴らしい。今後も折にふれ作品に接していたい。

タグチ・アートコレクション

「タグチ・アートコレクション GLOBAL NEW ART この世界を生きるアート」(損保ジャパン東郷青児美術館)に行った。おなじみF君から招待券を貰っていたのだ。F君いつもありがとう。

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日頃「ゲンダイアート」に親しんでいるため、今回の展覧会でも作家の名前はほとんどが馴染み深いものだった。その中でマリーナ・カポスに関し、考えることがあった。

展覧会場に入ると最初にマリーナ・カポスの「東京の街の光、色」という作品群が展示されていた。彼女が東京に滞在して制作した作品シリーズだ。そしてそれらの一部は2007年10月にトーキョーワンダーサイト(渋谷)で開催された「マリーナ・カポス展」で展示されていたものだった。(田口氏はその展覧会を観て購入したのだろうか?)

彼女の東京での活動はいわゆる「アーティスト・イン・レジデンス」に該当するだろうし、実際トーキョーワンダーサイトではそのような表現で紹介していた。その事自体に何も問題はないのだが、私は「アーティスト・イン・レジデンス」を東京のような国際都市で行ってどれだけ意味があるだろうか、と疑問に思った。

私は「アーティスト・イン・レジデンス」に関して、芸術家がある場所に長期滞在し、そこで生活し、その場所で得られた物を使って作品を作るという意味だと理解している。仮に私の定義が正しいなら、マリーナ・カポスは東京に滞在し、東京で得られた物で作品を制作したことになる。

しかし東京のような大都市では西洋の油絵の具など、彼女の出身地と同じ条件で物を得ることができる。すると彼女は題材だけ日本のもの(寺院仏閣とか着物など)で、描き方はそれまでと同じになってしまう。彼女が意図的に岩絵の具を使おうとするのは自由だが、東京という都市ではもはや岩絵の具より油絵の具のほうがポピュラーで供給量も多いだろう。

だから私は「アーティスト・イン・レジデンス」は「田舎」に行かなければ意味がないと思うのである。生活するのに必要な物はあるが、その場所のどこを探しても油絵の具など売ってないような土地があったら、そのような場所である。

そのような場所に行ったら、アーティストは止む無く土地の芸術家に教わりながらその土地での彩色の方法を真似たりするだろう。絵の具などが無い場合は、その土地の植物から染料を作ったりする行為が必要となろう。そしてそれが「アーティスト・イン・レジデンス」の本来の成果なのではないかと考えるのである。

物体だけでなく、精神面まで取り込んだ「アーティスト・イン・レジデンス」のあり方についても少し考えたが、まとまっていない。この課題については後日また記事を書こうと思う。

芥川作曲賞 選考演奏会

「サントリー芸術財団 サマーフェスティバル 2011 <MUSIC TODAY 21>」の一環としての「第21回 芥川作曲賞 選考演奏会」(サントリーホール 大ホール)に行った。弦楽四重奏仲間の「上様」から招待券を譲ってもらったのだ。上様ありがとう。

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私は自分ではコンサートで弾くことがあるくせに、友人・知人以外の人が演奏するコンサートは面白くないので行かないというひねくれ者だ。しかし作曲コンクールの場合は話が別だ。こんなに楽しいコンサートはない。

選考委員は湯浅 譲二、新実 徳英、伊佐治 直の3人。候補者と作品は次の通り:
♪田上 英江 オーケストラのための「ドゥブル・カレ」
♪清水 卓也 アンサンブルのための「三十六角柱の表面にある宇宙」
♪山内 雅弘 ピアノとオーケストラのための「宙(そら)の形象(かたち)」

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私はもし自分が審査を担当したらどの作品を選ぶか、という課題を持って聴いた。そして自分は清水作品を選ぶが、選考委員は山内作品を選ぶだろうと予想し、見事に的中した。

選考委員としても、ベテランの山内雅弘より若い清水卓也に賞を与えて今後に期待するのも一理あるという考えを持っていた。そのあたりの考え方は選考委員と全く同じであった。

選考委員の考えと同じだったと喜んでいるという事は、つまり自分が素人なので論拠の後ろ盾を欲しがっている証拠なのだろうなあ(苦笑)。仮に私が世界的に名声を得た作曲家なら、逆に他の人が私と同じ意見だと言って喜ぶだろうから。でもそう言ってしまったら淋しいものがあるから、ここは素直に「当たった、当たった」とはしゃいで喜びたい。

終演後は同行してくれた友人のテノール歌手「ベルテノーレ」君と共にビールとつまみで軽く打ち上げて帰った。

2011年8月27日 (土)

美術アーカイブ:1978年(13)アメリカ現代美術の巨匠たち

「アメリカ現代美術の巨匠たち 抽象表現主義の形成期 ‘35―‘49展」(西武美術館)は啓蒙的な内容、このジャンルを俯瞰するのに最適な展覧会だった。

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登場したアーティストはそうそうたる顔ぶれだった。
◆有名どころ
♪ジャクソン・ポロック
♪ウィレム・デ・クーニング
♪アーシル・ゴーキー
♪マーク・ロスコ

◆その次
♪ロバート・マザーウェル
♪バーネット・ニューマン
♪ハンス・ホフマン
♪アドルフ・ゴットリーフ
♪アド・ラインハート
♪クリフォード・スティル

◆あまり聞かない
♪ウィリアム・バジオテス
♪リー・クラズナー
♪リチャード・プーセット=ダート
♪テオドロス・スタモス
♪ブラッドリー・ウォーカー・トムリン

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図録にはアーティスト本人や家族の写真と略歴などが掲載され、このグループに対する知識をひととおり得ることができるようになっていた。そのような配慮を含め、啓蒙性において優れた展覧会として記憶に残るものだった。

美術アーカイブ:1978年(12)熊谷守一展

「熊谷守一展」(西武美術館)を振り返る。

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昨日、成城さくらさくギャラリーの「ナイトギャラリー~白秋」で熊谷守一の作品に出会った。併せて熊谷の全画集を見せてもらい、その中で幼い息子を亡くした直後の作品「陽の死んだ日」を観た。ところがこの作品は同展覧会で観ていて、そのことを忘れていたのである。チラシの裏に単色刷りで載っていた。

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悲惨な作品なのでモノクロームのほうが激しさが抑制されるから良かったと思う。そしてこの作品は熊谷の壮絶な生き様を象徴していると思った。

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独特の色面構成など熊谷の不思議さは限りがないが、当時は子供でも描けそうな絵だという程度にしか観ていなかった。そういう意味でこの個展を観たのは早すぎたかもしれない。

ナイトギャラリー~白秋

2011年8月26日(金)
「ナイトギャラリー~白秋」(成城さくらさくギャラリー)に行った。規律を遵守して画廊前に鎮座する岩崎幸之助の「太陰暦」に一礼。(当日は雨天でしたが、この写真は別の日に撮影したものです。)

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同画廊では7月に「ナイトギャラリー・朱夏」を開催し、その記憶がまだ新しいうちにこんどは「白秋」だ。夜10時までオープンしてくれるのはありがたい。

銀座では複数の画廊が協力して毎年「画廊の夜会」なるものを開催している。来場者にワインを振る舞い、所蔵作品をアピールする催しだ。資金を出し合うので小奇麗なパンフレットや冊子を作って配り、大規模な集客ができる。その反面、来場者は画廊から画廊へ渡り歩くので、1店当たりの滞留時間が短く、その分インパクトも小さいようだ。

それに比べ、成城さくらさくギャラリーの「ナイトギャラリー」は単独での企画であり、このイベントに投下する資源は限定されていると思う。しかし来場者数が少ないので、ゆっくり鑑賞し、店主との会話もできるのがメリットだ。

豪雨のため客足が遠のき、そのおかげで1時間ぐらいの間、画廊を訪れたのは私一人という状態だった。そのためアルコールを楽しみながら作品についての話もじっくり聞かせてもらうという贅沢を味わった。ありがとうございました。

同画廊では9月7日(水)から「リアリズム展」を開催予定だ。抽象ファンの私も最近はハイレベルの具象画に出会うことが多く、リアリズム絵画への興味が高まっていた。この展覧会もぜひ行こうと思う。

2011年8月25日 (木)

コムロレイコ 佐渡山静香 2人展

2011年8月24日(水)
「コムロレイコ 佐渡山静香 2人展」(art truth)に行った。

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♪コムロレイコの大きなオブジェは綾取りをモチーフにしていた。多くのピンに糸が絡められ、縦、横、斜めに張られて全体が構成されている。私はこの作品を観て、なぜか村上善男の作品を想いだした。チラシに採用された「花巻湯本椚ノ目熊野神社包囲圖」という難しい名前の作品である。

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村上作品は絵だが、ピンに糸状の物を張った感じは似ている。しかし似ているのはその点だけであり、全体としては全く似ていない。そもそもコムロ作品が若々しくて明るいのに比べ、村上作品は年齢を感じさせて暗い。

このように対照的な作品なのだが、なぜコムロ作品が村上作品の記憶を呼び覚ましたのかわからない。店主から、コムロのオブジェが架かっている所がヒーリングスポットだという話を聞き、村上の呪術的な側面を連想したのだろうか?

一方、♪佐渡山静香は面白い作品を作っていた。木製のただの引き出しなのだが、それを開ける際にちょっとドキドキ感がある。びっくり箱になっているかもしれないし、奇想天外な物が入っているかもしれない。

しかし引き出しの中にあったのは、そのような奇をてらった物ではなく、ごく普通の物であった。そのため意外性には欠けるが、逆に安堵感が強まり癒し効果があると思った。これからギャラリーを訪れる人のために具体的には書くのを控えておく。

また箱の中に動物が描かれた作品もあった。黒地に象さんが玉乗りをしている絵はなかなか魅力があり、黒地の効果について考えさせられた。

その日某所で飲み会があり、あまり時間をかけて観られなかったのが残念だが、二人の若手アーティストの創造のオーラは感じ取ったと思う。

2011年8月22日 (月)

河田涼子 ソプラノ・リサイタル

2011年8月21日(日)
「河田涼子 ソプラノ・リサイタル ~イタリア在住10年を記念して~」(藤沢リラホール)に行った。

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妻(仮名ジョアンナ)も出演したのでコメントは書かないが、私にとっても「懐メロ」が響いたことを記しておこう。

それは2曲目に歌われたヴィヴァルディ作曲・歌劇「ポントスのアルシルダ王妃」第1幕最後・第15場のアリア「私はジャスミンの花」である。なぜこのアリアが懐メロかというと、学生時代バロック音楽のクラブで演奏したヴィヴァルディの協奏曲ニ長調でこのメロディが流用されていたからだ。独奏楽器はヴァイオリンとリコーダだったと記憶している。

一人の作曲家が自作のメロディを使い回しすることは特に珍しいことではない。そしてそれがあまり目立たないことも多い。しかしこの「私はジャスミンの花」はメロディーの結尾にシンコペーションがあり、その特徴ゆえ耳に残りやすい。しかもこのアリアでは主要旋律を何度も繰り返して歌うのでなおさらである。

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楽曲構成のうえではマスカーニ作曲「月」の和声が特徴的だった。次はこう来るだろうという先読みが外されてしまう。20世紀(1913年)に作られた曲なのでその程度は当然かもしれない。

同じマスカーニでも先に歌われた「花占い」はごく普通の調性音楽に聴こえた。「月」に先立つこと30年近く、1884年の作品なので納得。このように世紀をまたいで活動した作曲家の作品はその作風の変化が大きいようであり、とても興味深い。

2011年8月21日 (日)

美術アーカイブ:1978年(11)デュフィ展

「生誕100年記念 デュフィ展 フランスの叙情 色彩の音楽」(西武美術館)を振り返る。

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私は一般的には軽妙洒脱と評される芸術家や作品をあまり好まない。音楽ではプーランク、フランセなどがこのタイプに該当する。絵画ではロートレック、ビュッフェなどである。しかしデュフィに関しては、軽妙洒脱ではあるが惹かれるものがありその魅力から逃れることは難しい。

例えば「赤いヴァイオリン」は、いかにも定番という感じで本来なら敬遠するタイプの作品なのだが、大好きだ。淡いピンクの背景に赤と黒の単純明確な対比。これだけでこのような見事な作品が出来上がるのはすごい。

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そして「青いモーツアルト」。この絵葉書は米国某所から婚約時代のジョアンナ(仮名)に送ったものだ。マティスの色彩構成を想起させるものがある。

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「オーケストラ」という作品もある。洒脱な線刻と最小限の上品な色彩が効いている。そして余白の使い方は東洋美術に通じるものがある。

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なお残念なことに上記の3つの作品はどれもこの展覧会には出展されていなかった。これらは後日入手した絵葉書である。ただ当時は、私の好むこれら3作品が無くても、デュフィというアーティストの魅力を充分認識したように記憶している。

2011年8月16日 (火)

美術アーカイブ:1978年(10)マリノ・マリーニ展

マリノ・マリーニ(1901年生まれ)は日本でのこの展覧会が開催された1978年にはまだ存命だった。しかしその2年後に逝去したので、「マリノ・マリーニ展」はまさに最後のチャンスが実現した展覧会だったのだ。

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マリノ・マリーニの彫刻の魅力は、半券に採用された「騎手」(1956~57)のように半ば抽象化された馬と人物が構成された作品だ。図録の表紙には同じ作品名を持つ「騎手」(1952)が使われている。

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踏ん張った馬の四足は作品全体に安定感を与え、その上にアクロバティックな姿勢を取った騎手が乗っている。この静と動のバランス感覚が興味深い。

マリノ・マリーニは、多くの彫刻家がそうであるように、絵画作品も多数描いている。例えば「射撃」はドローネーのオルフィスム的でもあり、また丸い頭と曲線主体の胴体はオスカー・シュレンマーのバレエを彷彿とさせる。

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また「習作:叫び」は習作とはいえ、バランスいい構成感を示している。やはり彫刻家の描く絵は構成とバランスで一味違うなと思わせる作品だ。

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そして「青い馬に乗る少年」はその構成感とバランス感覚に加え、味のあるタッチが魅力である。

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これは素描においてもマリノ・マリーニが傑出している証拠でもある。「二人の男と馬」を見よ。ペン画でこれほどの魅力を生み出すアーティストはそう多くないと思う。

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この展覧会は長く記憶に残るものであった。

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2011年8月15日 (月)

茂原 淳・陶芸教室で作った皿

片瀬山のアトリエ・ラ・ヴィで6月に開かれた陶芸家・茂原 淳の陶芸教室では参加者一人当たり2枚づつ皿の制作に取り組んだ。粘土を手びねりで整形し、好みに応じて木の葉などで模様を付けたりして半完成品まで作るのである。茂原 淳は出来上がった皿を持ち帰り、窯で焼き、焼きあがった皿をまた運んできてくれるというシステムだ。

そして昨日、アトリエ・ラ・ヴィで完成品とご対面した。皿の形が歪んでいたり、仕上げが雑であることが見えたり、下手を証明するポイントには事欠かない(苦笑)。でもまあ楽しんだから良かった。

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嬉しかったのは、皿の裏側に彫りこんだ楽譜の溝に茂原 淳が金箔(あるいはそのようなもの?)を埋め込んでくれたため、楽しい模様ができたことだ。

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2011年8月14日 (日)

美術アーカイブ:1978年(9)マナブ間部展

「マナブ間部展 -ブラジルの巨星=その熱い抒情―」(鎌倉近代美術館《現・神奈川県立近代美術館 鎌倉》)は、土方定一率いる同美術館が近・現代アートの牽引車であった時代を象徴する企画だったと思う。

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マナブ間部の作品を観るにあたっては余計な知識は必要ない。ただ作品の前に立って絵と向き合えばいい。その感動はほとんど畏怖に近い。例えば半券(上の写真)に採用された「望郷Ⅱ」や、図録の表紙に採用された「コロンブスの夢」(下の写真)は画像でも魅力あるが、実物はとてつもない迫力を持って観る人に迫ってくる。

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マナブ間部は10歳のときにブラジルに移住した。「望郷」「コロンブス」といった題材や、焼けるような赤はブラジル移民画家の特質が出ているかもしれない。しかし先にも書いたように、そのような解釈・分析はマナブ間部に関しては必要ないし、むしろ邪魔であろう。

マナブ間部は、他の画家同様、自分自身の個性を求めて様々なスタイルに挑戦した。例えば日常生活に題材を求めた「コーヒー収穫」は、私の大好きなキュビズムの影響が見られる。

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「絶望の果てに」はタイトルはともかくとして、純粋の「熱い抽象画」として鑑賞できる。

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当日は画家本人がはるばる来日していたので、図録にサインをしてもらった。紙片で隠してある部分はジョヴァンニの本名なのでお許しを。

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湘美会展

2011年8月13日(土)
「湘美会展」(藤沢市民ギャラリー)に行った。

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出展者には友人・知人が多い展覧会なので、感想を書くといろいろ差しさわりがあるからこの記事の中では書かない。今後書くいくつかの記事の中に、小出しにこの展覧会の感想を散りばめて目立たないようにしよう(笑)。

2011年8月 9日 (火)

美術アーカイブ:1978年(8)ワイエス展

加藤一展に続いて三越の健闘を称えよう。「アメリカの心の故郷を描く アンドリュー・ワイエス展」(三越本店 7階 三越美術館)という重要な展覧会のことだ。

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この展覧会の秀逸な点は最終的な作品と習作を並置し、制作の過程を追体験できることだ。そしてそれにより、絵画に関し様々な考えに導かれたのであった。

■当時の(そして現在に至る)思い:余白の美
例えば「3月15日」という作品を観る。現実そっくりのリアリズムが見事だ。

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この習作を観る。周囲に塗り残しがある。

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私はこの習作のほうが完成した作品より味わいが深く作品として良いのではないかと思った。そして西洋と東洋の違いに気がついた。西洋では、塗り残しがあったら作品として未完成だと考えるのであろう。それに対して東洋では「余白の美」という概念があるから、塗り残しは作品の不備にはならないという考えがあるのだろう。

こうして考えると、ワイエスの絵に東洋に通じるセンスが多少感じられるとしても、やはり西洋人なんだなあと思うのである。

■現在の思い:突き抜ければ具象・抽象も関係ない
代表作の一つである「決闘」を観る。

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これには幾つかの習作があるが、そのうちの人物を含む1点を観る。完成版ではこの人物が消去され、立てかけられた釣竿により釣り人を暗示している。

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先日観た磯江 毅の展覧会で私は突き抜けると具象・抽象という区別をしなくなる、というような感想を書いた。そしてこのワイエスの作品を(図録で)久しぶりに観て、まさに同じような感想を抱いた。

この「決闘」はどう見ても具象画にしか見えない。しかし作品から受ける印象は抽象画を鑑賞している時と似たものがある。そのあたりの微妙な感覚がキーポイントになりそうなのである。

磯江 毅の記事で書いた例えを用いると、この「決闘」は次のような「説明」ができる:

「画面中央に大きな長方形状の図形が鎮座している。よく見るとこの長方形は幾つかの長方形、三角形などの図形の集合体であることがわかる。またそれぞれの小さな図形は微妙に色彩が異なっており、変化が付けられている。この大きな長方形を斜めに分断するかのように直線が引かれている・・・」という具合である。

磯江 毅にせよワイエスにせよ、このように完成度の高い作品は、もはや具象だ抽象だという事にとらわれない境地に達している。もともと具象、抽象という用語は批評家などが考案したもので画家たちが最初から「よしこれから具象を描こう」と宣言するものではないはずである。しかし美術書などの知識により、どうもその辺りが本末転倒になっている気がしてならない。私自身のことである。

2011年8月 8日 (月)

こくぶ ともみ作品展

2011年8月7日(日)
こくぶ ともみ作品展 (art truth:横浜) に行った。

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淡い綺麗な色彩を施された絵がとてもかわいい。画廊の店主に聞いたら、作家本人も作品同様かわいい女性とのことだ。

私のような 高年齢頭脳硬質体力減退前世紀的趣味文化生活習慣保持者(一言でいうとオジサン)は、このような可愛らしい絵を観てもストレートに「好きだ」とは言えない。気恥ずかしさがあるからだ。

だが、こくぶ ともみの作品は淡くフラジャイルな雰囲気があるけれども、その背後に堅固な構成への配慮がなされているようにも見える。

例えば案内はがきに採用された絵を観ると、多くの花弁がつむじ風に煽られて空へ舞い上がっていく図のように見える。ところが眼を凝らして見ると上の青っぽい箇所と、その下のうす紫っぽい箇所が別の層を成しているようにも見えてくる。そしてその下の逆三角形状の部分を一つの層と考えると、この作品は3つの層がつかず離れずの関係でやんわり繋がっている構図なのかなあ、と思った。

こんなややこしい事を考えるのは、高年齢頭脳硬質・・・の証拠なのだろうか。絵はもっと素直に観ないといけないか。

西洋館のミニ・コンサート

2011年8月7日(日)
「西洋館のミニ・コンサート」(横浜市イギリス館)なるものに参加した。

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これは、実際はピアニスト「よいこ」のお弟子さん達のおけいこ発表会だが、ゲストの演奏を含めると多彩な内容で、コンサートとして聴いても面白いのではないかと思った。

お弟子さん達のピアノソロおよび連弾。ここまでは定番だが、お弟子さんのピアノにヴァイオリン(じゅんちゃん)とチェロ(ジョヴァンニ)が加わったピアノ三重奏というのもあった。普段はピアノの練習曲と発表用の曲を練習しているお弟子さん達にとって、室内楽の演奏は良い経験になったと思う。

ゲストの出演もこの企画に幅を持たせていた。
♪歌曲(團伊久磨、中田喜直、高木東六)
♪リコーダー独奏(テレマンのソナタ)
♪ヴァイオリン独奏(クライスラー、ブラームスの技巧的な演奏)
♪ピアノ連弾+チェロ(アレンスキー)
♪ピアノ独奏(リストの「巡礼の年」より)

そして私はさらに最近相方と結成したユニット「トマソンズ」で即興演奏を披露した。
♪相方(阪本テツ):バスクラリネット、カーブド・ソプラノサックス持ち換え
♪ジョヴァンニ:チェロ、ピアノ持ち換え(ピアノをどうやって持つ?うーむ。)

打上げではよく飲んだ:
♪一次会:大新園(ビールと紹興酒)
♪二次会:アテネ(松ヤニのワインで乾杯)
♪三次会:ミントンハウス(ジン系カクテルにウィスキーの水割り)
これでも二日酔いにならなかった。良い酒を飲んだからだろう。

2011年8月 5日 (金)

美術アーカイブ:1978年(7)加藤一展

「加藤一展」(日本橋三越本店 7階特設会場)の記録を残す。

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チラシに採用された「アレグロ・ファンタスティック」は1978年作。この展覧会の為に描いたのだろうか。当時の最新作だ。空気が高速で流れてゆくような抽象が心地よい。「流れるような」筆致は、加藤一がプロの自転車競技選手だったからであろう。

こんなに素晴らしい抽象画を描く加藤一が日本であまり知られていないのはなぜだろうか。それはやはり彼がフランスに永く住んだからだろう。レオノール・フジタぐらいの巨匠になると別格だが、加藤一のように才能があり作品も見事でも日本を離れる時間が長いと知名度が落ちる。これは宿命かもしれない。

私も最近「美術アーカイブ」の記事を書き始めて、ようやく加藤一の存在を思い出した。申し訳ないと思いつつ・・・。

藤島武二・岡田三郎助展 女性美の競演

2011年8月5日(金)
「藤島武二・岡田三郎助展 女性美の競演」(そごう美術館:横浜)に行った。

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正直なところ、この展覧会に行った動機はチラシにも採用された藤島武二の「婦人と朝顔」に会いたかったに他ならない。整った知性的な顔立ちだが、同時にほのかな色香も漂う、そんな理想的な女性像だ。何度観てもいいから、音楽ライター・ハシビロコウさんに送る絵葉書をアップしよう。

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今回の展覧会のように二人の作家の作品を並べて展示すると、両者を比較してみたいという欲求が呼び覚まされる。そして好みがどちらかに傾いた場合は、その作家を擁護したくなるのが不思議だ。

率直に言うと、チラシの下に紹介されている「あやめの衣」を観てわかるように、肌のキメ細かさやうなじのあたりの色気などに関しては岡田三郎助のほうが一歩先んじているように思える。岡田は若い頃から晩年まで描き方があまりブレないで進んでいったように見える。

これに対して藤島武二は西洋絵画の様々なスタイルを試みたりして、自分自身のスタイル確立に悩み、試行錯誤を繰り返したような感じがする。それだけで比較すると、岡田作品のほうが安心して観ていられるという結論になる。

しかし私が惚れ込んだ「婦人と朝顔」は藤島の作品であった。こうなると私としては、岡田の描き方の素晴らしさを実感していながらも、藤島の肩を持ちたくなってしまう。このあたりが人間の弱いというか、不思議なところである。

そして結局、惚れた弱みで藤島に軍配をあげてしまう自分が滑稽に見えてくる。それでも「婦人と朝顔」はいいなあ。ついでに半券もアップしてしまおう。

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林 裕子展 風にそよぐ紙布

2011年8月4日(木)
「林 裕子展 風にそよぐ紙布(かみぬの)」(巷房・2(地下))に行った。「周豪展」の隣での開催だった。

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案内はがきに採用された作品は細い布を糸で編んだオブジェのように見える。しかしそれらの細いものは、何と新聞の広告ページを短冊状に刻んだものであった。

単なる新聞紙がこんなに美しく変身するとは思わなかった。作家のアイデアと豊かな感性の勝利であろう。展示されたどの作品もサブタイトル「風にそよぐ紙布」にぴったりだった。

1カ所で「周豪展」と併せて2つも楽しい展覧会を観たので、お得感があり良かった。「巷房」ってなかなかやるんだなあ。古めかしい建物で、ミシミシ音をたてながら階段を上り下りするあの雰囲気が若いアーティストを引き寄せるのだろうか。

周豪展

2011年8月4日(木)
「周豪展」(巷房 階段下)に行った。

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作家の周豪さんと初めて出会ったのは2005年。地元(鵠沼海岸)のギャラリー茘(れい)での個展だった。そこで私は版画を一つ購入している。
その後2008年ギャラリーかわまつ(水道橋)、同年 山手ギャラリー(横浜)での展覧会を経て、2010年に再び巷房での個展に行き、ペーパーオブジェを購入した。

周豪さんの作品の魅力は何だろう?余白を活かした東洋的たたずまいの背後に感じられる構成感かな。でも周豪さんの作品に関しては、そういう理屈ではなく直感的に好きだ。

今回は背を丸めてでないと入れない階段下という狭い空間での展示だった。そこにじゃばらのような屏風絵が置かれている。周豪さんは自作のその形状をバネに例えて、凝縮されたバネがビョーンと伸びるときのエネルギー、というような事を言っていた。面白い例えだ。そしてこの周豪さんの作品が「巷房・階段下」という特異な場所に最もふさわしい作品のように思えてきた。

周豪さん、これからも応援するからね。

2011年8月 3日 (水)

美術アーカイブ:1978年(6)ガウディ展

1978年は自分の好み(キュビズムなど)を集中的に観ると同時に、他のジャンルにも視野を広げようという意思があったと思われる。「現代芸術・建築・デザインの源流! ガウディ展」(草月美術館)に行ったのもその表れではないか。

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ギャラリーで開催される建築の展覧会は、作品の実物を展示するわけにはいかないので、自ずから写真パネル、模型、図面が中心となる。私は建築の図面は読めない。だから私みたいな素人にとっては、図面が展示されていても単なる模様にしか見えないから鑑賞が浅くなる。まあ仕方がないか。

この展覧会で特筆すべきは、50点にのぼる建築の写真を篠山紀信が撮影したことだ。そのため写真パネルといえども、それなりの迫力を備えて鑑賞に耐えうるものであった。

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さらに付随的な催しとして講義や映画の上映があったが、これがまたすごかった。
♪映画制作・撮影・ナレーション:粟津 潔
♪映画音楽:高橋悠治
♪講義;黒川紀章、東野芳明、岡本太郎、中山公男・・・

上記のメンバーをみると、当時は「ゲンダイアート」に熱気がみなぎる良き時代だったんだなあ。このような一種の「時代的興奮」というものが現代の日本に不足しているように思えてならない。

2011年8月 2日 (火)

美術アーカイブ:1978年(5)北 久美子作品展

北 久美子作品展(東京セントラル絵画館)は(当時は)マイナーな展覧会だったと思うが、なぜ訪れたのかは記憶にない。

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私の好むのは抽象、キュビズム、シュールなどだが、(当時の)北 久美子の作品は心象風景の味わいが濃かったように思う。上の案内はがきに採用された「無音の風景」はタイトルからしてまさに心象風景だ。潜在的に心象風景の絵画を観たいと思っていたので、自然と足が向いたのかもしれない。

この案内はがきには北 久美子の(当時の)思いが紹介されている:
「・・・音のない静止した世界を澄み切った空、鳥、花などに託して心の楽園として描き出している・・・」

そして近年になっても、北 久美子の楽園志向は変わってないようだ。それは孔雀や青い空が描かれた「風の回帰線」などの近作を観るとわかる。作風は1978年当時より明るく、より「楽園的」になっているように見える。ネットで見ることができるので、興味ある方はご覧になってみて下さい。

美術アーカイブ:1978年(4)パウル・クレー展

美術アーカイブの1978年は最初の3つの記事がみな波乱含みで少々後味が悪くなってしまった。これではいけないので、気分を一新したくなった。そんな時頼れるのは、そうパウル・クレー命である。

「パウル・クレー展」(フジテレビギャラリー)は数多く観たクレー展のなかでは小規模だったが、主催者の意気込みと努力が窺われる展覧会であった。

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注目すべきは図録である。冒頭に載せられた「詩集『創作信条』への寄稿」は、クレーの他フランツ・マルクなどの画家だけでなく、なんと作曲家(画家でもあった)アーノルド・シェーンベルクも寄稿している代物である。

図録にはもう一つ「動きのある素描 パウル・クレーの素描スタイルに対するコメント」(ヘニング・ポック)というわくわくするようなテーマの論説が載せられている。どちらも北 彰の翻訳だ。北 彰はパウル・ツェラーンを中心とするドイツ抒情詩の専門家なので、このような内容にはうってつけの翻訳者であったのだと思う。

展示作品の中で「6つの平面による循環の主題」という作品がある。

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私はこのような作品がクレー好きかどうかの判別に使えると思った。この作品が好きならクレー好き、「これ何?」という反応なら否というわけである。

クレーの線刻はいいなあ・・・。

美術アーカイブ:1978年(3)アンドレ・マルローと永遠の日本

佐伯祐三展と同じように、「特別展 アンドレ・マルローと永遠の日本」(出光美術館)も展覧会開催当時と最近とで受け止め方が変化している。

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当時の印象は「わあ、すごい」であった。古今東西の格調高い美術品が展覧会場に所狭しと並べられていたからだ。

その後マルローの「略奪行為」を知り、マルローに対する気持が複雑化した。彼の思想と行いを賞賛して良いのかどうか、についてである。これは大英博物館とも類似する問題であり、根が深いと思う。

結局私の気持は整理されないままになっている。展覧会の感想は観た直後に書かないといけないな。時間が経過すると、いろいろ雑念が入り込んで変形してしまうから。でもなあ、当時はブログは存在しなかったしなあ・・・。

美術アーカイブ:1978年(2)佐伯祐三展

「没後50年記念 佐伯祐三展」(東京国立近代美術館)に行って佐伯の作品を初めて観た。

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私の母(故人)は西洋絵画の中ではルオーを最も敬愛していたが、同時にデュフィー、ユトリロも好んでいた。その影響で私も子供の頃はユトリロが好きになった。ところがこの展覧会を観て、そのあまりの素晴らしさにユトリロを愛好する気持がどこかへ飛んで行ってしまった。また後日、荻須高徳の作品を観た時も、これは佐伯の相手ではないなと思った。

そして最近になって、佐伯の妻・米子の加筆修正という裏話を知った。それどころか、米子がゼロから制作した作品もあるという話も耳にした。すると、佐伯米子はユトリロ、荻須高徳、佐伯祐三の3人を凌ぐ力量の持ち主だったのであろうか?

この事で私の佐伯神話は崩壊してしまった。しかし気を取り直し、佐伯祐三のサインで世に出されたものは佐伯祐三の作品として信じて良いのではないかと思うようになった。また米子修正版は原作よりアカデミズム寄りの描き方になったようだ。という事は、祐三は型にはまらない破天荒な作品を描いたのか。それは興味深い。

音楽の世界でも似たような事がある。例えば大バッハの作とされるフルートとオブリガート・チェンバロのソナタにも贋作の疑いがかけられたものがあるように。そんな場合、精緻をきわめた検証によって贋作とされたのなら、たぶんそれは贋作なのだろうが、それだけバッハが偉かった証拠という解釈もある。

気持ちを少しでもすっきりさせるには、佐伯の場合、祐三と米子を一人の画家と考えればよいのかもしれない。漫画界でも藤子不二雄の例がある。

以上のように、あれこれ考えをめぐらすのは、それだけ私が佐伯作品が大好きだからだ。事実を曲げるのは良くないが、作品が素晴らしいと思って観ている鑑賞者が疑心暗鬼になるのも良くない。鑑賞する側には罪がないのであるから、平明な心で佐伯作品を鑑賞させてもらいたい。ただそれだけだ。

2011年8月 1日 (月)

世界一長い金魚すくい

2011年7月31日(日)
「世界一長い金魚すくい」なるものをご存知だろうか?

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私の地元(藤沢市)で開催されたイベントだ。なるほど確かに長い。

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イベントは親子連れで賑わっていた。

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ゲットした金魚が窒息しないように「酸素入れます」コーナーもある。

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あまりにも長いので中間地点には「きんぎょ橋」なる横断橋が仮設された。平行して2つの階段があり、一方通行になっているところが芸が細かい。

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「まちなかアート」でも観た屋外彫刻も、イベントの最中では祭の喧騒に埋もれがちだ。

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海豚(いるか)に乗っている人魚も「あー暑い」と反り返っている。

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オヤジバンドがイベントを盛り上げていた。背後の壁に描かれた赤い浴衣の女の子はちょっとこのバンドの雰囲気に合わないけど・・・。

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混雑で足の踏み場もないほどだったが、路上観察のスペースは確保できた。ありがたや・・・。

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楽しいイベントだった。

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