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2011年5月31日 (火)

黄金町探検隊

2011年5月30日(月)
「黄金町探検隊」ナルモノガ組織サレ出動ト相成ッタ。探検隊ハ横濱ヨリ岡蒸気ニ乗リテ暫シ揺ラレ、「黄金町」ナル停車場ヘ着ク也。

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此ノ地ニハ「精力倍増肉料理屋」(ほるもん焼キ)ナル食事兼飲酒大衆社交場ガ多ク、ソノ一軒ノ暖簾ヲバクグリ狭キ店内ニ潜入セリ。

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各々好ムモノヲ食シ且ツ呑ベバ其ノ地ハ極楽トナレリ。

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多量ノ肉類ヲ食ラヒ、多量ノ飲料ヲバ呑ミ干セバ一行ハ巨大虎(おおとら)ト化シ、再ビ岡蒸気ニ乗リテ帰途ニツク也。

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或ル紳士ハ大胆ニモ隣ノ容姿端麗婦人ニ凭レカカッテオッタヨウデゴザルガ、肘鉄ヲバ食ラハナカッタデゴザラフカ?其ノ紳士ハ更ニ驚クベク「ぴいす」ナル指芸ヲバ示シタリ。コレハイカナル意味ヲ持ツ印デゴザラフカ?

此ノ探検隊を嘲笑ウ事ナカレ。隊員ニハ、独逸國歌劇団指揮者、高音男声声楽家(てのーる歌手)、植物画伯、殿様(かいしゃしゃちょう)ナドノ兵(つわもの)ガ揃ヒ踏ミシテオル也。

美術アーカイブ:1977年(6)その他

♪ベン・ニコルソン展(フジテレビ・ギャラリー)
大好きなアーティストでこの展覧会の図録を購入したのだが、小さくて薄いためどこかに紛れて見つからない。チラシ、半券、絵葉書も残っていない。展覧会で得たものは大事に保管する私としては珍しく何も残っていない。
と思ったらプライスリストが出てきた。これは支障があるかもしれないので画像はアップしないでおく。いずれにしてもどれも非常に高額であった。工具のスパナを描いた水彩画があり、とても素敵だったのだが金額的に手が出なかった。

♪ベン・シャーン、ベン・ニコルソンの版画(ブリジストン美術館)
ベン・シャーンは、社会派としてのテーマは好きになれないが、純粋に造形として観たら大変味のある線構成である。そういう意味では大好きな画家だ。ベン・ニコルソンはもともと好きな画家だったので、この二人展は楽しかった。
しかしこの展覧会も図録、チラシ、半券、絵葉書が見つからない。一体この2つの展覧会で何が起きたのだろう。
そして地味な紙にタイプ打ちされた解説が出てきた。作家の簡単な紹介と一部の展示作品の説明だ。これは内容的に真面目に書かれているが、際立って面白いことは無いのでアップは差し控える。

♪藤田嗣治展(?)
やはりこの年は何かあって記録などが散逸している。展覧会に行った記憶があるのだが、証跡が見つからない。この展覧会については記録が見つかった時点でまた書いてみたい。

♪ヴュイヤール展(西武美術館)

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「魅惑の色彩」とか「世紀末のアンティミスト(親密派)」というサブタイトルが付けられている。美しい作品が多かったが、構成感が中途半端なので私の最も好むタイプには入らなかった。

♪ピカソ展(東京都美術館)

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「20世紀の巨人 その愛と芸術のすべて」という勝ち誇ったようなサブタイトルが付けられている。ピカソについては、私はキュビズム時代の作品しか好きになれなかったので、このようにピカソの様式の変遷を辿る展覧会はキュビズム以外の作品がかえって邪魔になった。

♪ムンク版画展(西武美術館)

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当時興味はあったらしいのだが、あまり感動した記憶がない。

♪ANTHONY GREEN展(西村画廊)
アンソニー・グリーンの展覧会を観たのはこれが2度目である。消失点が複数ある独特の遠近法が面白いと思ったが、その程度の興味に留まった。

♪北村西望展(日本橋高島屋)
「平和と自由を刻む巨匠」というサブタイトルが付けられている。しかしあまり強い印象を受けなかった。

♪エルミタージュ美術館展(国立西洋美術館)

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「ソ連の誇るヨーロッパ名画の宝庫」というサブタイトルが付けられている。しかし私はこのような有名美術館の所蔵作品展をあまり好まない。この展覧会に関してもはっきりした記憶がない。

♪江戸の泥絵展(神奈川県立近代美術館)
「渡辺紳一郎氏コレクション」というサブタイトルが付けられている。記憶なし。

1977年、私自身に何かが起きて展覧会の記録が疎かになったのは残念だ。たぶん仕事が忙しいとか、そのような理由だったのだろう。

2011年5月29日 (日)

美術アーカイブ:1977年(5)素朴な画家たち展

「ナイーフ 素朴な画家たち展」(東京国立近代美術館)は、今思うと先駆的な展覧会であった。

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この分野で最も著名なのはアンリ・ルソーであろう。もちろん「熱帯(密林の猿たち)」他数点が展示されていた。

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ここからが本題。カミーユ・ボンボワというと、この「両腕を上げた裸婦」のようにふくよかな女性ばかり描いていたというイメージが強い。

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しかしこの展覧会ではボンボワの「ヴァンセンヌの森」という美しい作品も同時に展示されていた。ボンボワの多様性を知ることができる。

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そして坂崎乙郎が「幻想芸術の世界」(講談社現代新書)で1節を設けて紹介した狂女セラフィーヌの作品を観ることができたのも収穫であった。これは「花とぶどう」。多数並んだ小さな花が目玉のようにこちらを見ているようで怖ろしい。

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一方アメリカのグランマ・モーゼスは、日本では最近紹介されたような雰囲気があるが、この展覧会で「枯木」という作品が既にお披露目されていた。

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このように、この展覧会は日本において何年も後に脚光を浴びた作家・作品を、先取りしたような形で紹介していたのである。学芸員の方々の先進性に敬意を表したい。

美術アーカイブ:1977年(4)ピラネージ版画展

「ピラネージ版画展」(神奈川県立近代美術館:鎌倉)は素晴らしかった。

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高価だったが、2.5センチもの厚さの図録を迷わず購入した。ピラネージといえば牢獄を連想する。図録の表紙に採用された版画も「牢獄 Ⅴ」。最低階には放し飼いにされたライオンが描かれ、恐怖感をあおっている。

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しかしピラネージの版画の魅力は牢獄だけではない。この幻想的な光景を観よ!これは「ローマとアゲル・ロマーヌスの墓所記念物の廃墟」。一点透視と空気遠近法の両方を駆使してこのようなインパクトのある風景を描き出している。

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建物の内部・外部だけでは飽き足らなかったらしく、ピラネージは航空写真ばりの空から見た都市を描いている。これは「カンプス・マルティウスの大地形図」。当時は飛行機が無かったはずだが、どうやって描いたんだろう?

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科学技術への貢献もしたらしい。これは「アックワ・ジューリア城の水槽と水源の図示」。このように土木工事のための断面図でさえ、芸術作品としての一面を持ち合わせている。ただ眺めるだけでも充分美しい。

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そしてこれは「ウィトルーウィウスの万力類」。工具をこのように並べるとリズム感・構成感が生じて興味深い図柄になる。この版画を観て土木関係の仕事にあこがれた若者もいたのではないか。

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並べると美しいのは貝も同じ。これは「さまざまな貝殻の写生」。これは楽しい。

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このようにピラネージの版画は個性に満ち溢れている。巨匠は何をやってもサマになる。

美術アーカイブ:1977年(3)マリオ・アバティ版画展

「マリオ・アバティ版画展」(横浜市民ギャラリー)に行った。「メゾチントの抒情詩人」という副題が添えられている。

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この展覧会は三越本店にも巡回し、そちらにも足を運んだ。両者のチラシ、半券には「パヴァーヌのために」という作品が採用されていた。

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マリオ・アバティの作品に対する第一印象は、美しく好感も持てるが芸術としては少々軽いのではないか、という批判的なものであった。これは「長谷川潔展」の記事でも書いたが、丁寧に仕上げられたカラーメゾチントがあまりに小奇麗にまとまっているためだと思う。

しかし音楽とキュビズムの両方を愛する私の心を揺さ振る作品に出会ってしまった。これは「赤いヴァイオリンと青いヴァイオリン」。うーむ、素晴らしい。

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メゾチントは彩色されたものも良いが、モノクロームの作品のほうが深い味わいが出るのではないか。例えば「ドーリア様式」を観よ。幾何学的なタッチを加えた魅力ある作品ではないか。

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そして白黒の世界でキュビズムを演じたのが「ヴェニスのテーブル」。これはやはり芸術だ。

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いま図録を開いてみると、確かに軽っぽい側面を持った作品も混ざっているが、浜口陽三、長谷川潔の二人の日本人メゾチント人作家と比べてみても、優れている・劣っているという比較は難しい。観る人の趣味によっても評価は異なるであろう。私としては圧倒的に浜口陽三を支持するが・・・。

美術アーカイブ:1977年(2)エルンスト展

「エルンスト展」(西武美術館)を観て、シュルレアリスムへの愛好度はキュビズムと同じぐらいに高まった。

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同じシュールでも画家によってタイプが異なるのが嬉しい。ダリはダブルイメージ、キリコは誇張された不思議な遠近法、デルヴォーは夢の中のストップモーション、マグリットはユーモアと機智などが面白さのポイントだ。

ではマックス・エルンストの場合はどうだろうか?私はモノトーンの版画「百頭女」などにおける「見立て」によって原初的な好奇心・恐怖心を蘇らせる手法がたまらない。これは「受胎告知」。

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もちろん「都市の全景」など彩色された絵が放つ不可思議さも味わいがある。

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一方エルンストには「詩人の笑い」に込められたようなユーモアも散見されるので、シュールの各アーティストの特質を一言で言い表すのは難しい。

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このようにエルンストの作品には多面的な要素があり、それがエルンストの魅力となっていると思う。

2011年5月28日 (土)

美術アーカイブ:1977年(1)ミュンヘン近代美術展

「ミュンヘン近代美術展」(東京都美術館)は「カンディンスキーと栄光の青騎士たち」というサブタイトルが示すように青騎士に特化した展覧会であり、当時としては画期的な企画だったと思う。

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この「青騎士」という名がまだ日本で耳慣れなかったこともあり、そのキーワードでは集客ができないと当時の関係者は考えたのであろう。だから(不本意だったかもしれないが)サブタイトルに降格させたのだと推測する。

それに対して、2006年にニューオータニ美術館で開催された「青騎士の画家たち」は展覧会の名称に直接「青騎士」という言葉を用いている。「青騎士」が市民権を得ていた証拠だと思う。2つの展覧会の間には30年近い年月が経過しているのだが、その間に「青騎士」というキーワードを掲げた展覧会はほとんど開催されていないのが不思議だ。

「ミュンヘン近代美術展」は絵葉書も充実していた。年刊誌「青騎士」の表紙を飾ったカンディンスキーの木版画はいつ観ても吸い寄せられる。抽象絵画のカリスマに内在する磁場のようなものであろうか。

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「青騎士」にはキュビズムのテイストもある。フランツ・マルクの「牝牛のいる絵Ⅰ」を観よ。

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キュビズムより若干オルフィスムに近いのはアウグスト・マッケの「橋の上の散歩」だ。広い意味でキュビズムに分類してもよいのかもしれないが。

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幻想絵画を求めるなら、フランツ・フォン・シュトゥックの「罪」がある。うーむ、これは罪そのものに見えるなあ。

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ご本尊カンディンスキーは「コンポジション7のための習作(画稿2)」が展示されていた。さすがご本尊、習作でも大きな展覧会に出展されてしまう。

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この展覧会は私にとって最初の、そしてずっと記憶に残る「青騎士」の展覧会であった。

川端 実 展

2011年5月28日(土)
「生誕100年 川端 実 展  東京・――・ニューヨーク」(横須賀美術館)に行った。

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私はこの画家を知らなかった。日頃より抽象絵画を好むと言っていながら、このような素晴らしい抽象画家について知識が無かったのは恥ずかしい限りだ。

私のような素人は、こうして自分にとって新しいアーティストを「発見」し、それを拡大解釈して「発掘」したという妄想を抱くことがあるのではないか。それに対して専門家は勉学と美術界をウォッチすることにより、網羅的な知識を得ているからこれに類した「発見」、「発掘」は少ないと思う。

ある意味(負け惜しみなのだが)素人のほうが発見・発掘が多いぶん、専門家より楽しみの度合いが強いかもしれない。

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チラシに採用された「祭り」は西洋的な「熱い抽象」と東洋的な「余白の美」の両方のセンスが混ざった感じがした。そしてそれゆえに好感を持てた。やはり私は日本人なんだなあと思った。

半券に使われたのは「ガラス工場」。

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ガラス工芸に縁のある私は、この絵を観てガラス工場を見学した時の思い出と重ね合わせてみた。暑い作業場での汚れた仕事の様子が抽象的表現に昇華され、綺麗で美しく見えている。芸術とは何かというところまで意識が飛んでゆきそうだ。

そして音楽ライター・ハシビロコウさんに送る絵葉書は「リズム・茶」。

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音楽関係者は音楽のイメージを内包した作品を喜んでくれるだろうと勝手に思い込んだ。

往きも帰りも通る若林奮の「VALLEYS」が雨に濡れて美しい光を放っている。

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草陰にひっそりと置かれた銘版そのものがアートのようだ。

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この作品と銘版を観るのは、横須賀美術館を訪れる際の楽しみのひとつである。

2011年5月26日 (木)

石塚哲也 版画展 一期の夢

2011年5月26日(木)
「石塚哲也 版画展 一期の夢」(art truth:横浜)に行った。

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「災害や原発事故で失われるモノの一つ」というサブタイトルにみられるように、石塚哲也は東日本大震災を強く意識してこの個展に臨んだのだろう。案内葉書に採用された作品は、人々に元気を取り戻してもらいたいという思いからなのか、明るく華やかなイメージがある。

他にはコンピュータ・グラフィックス(以下CG)に手作業による修正を施した作品が展示されていた。石塚哲也本人の解説によると、CGは大変手間がかかるそうだ。最初から最後まですべて手作業のほうがずっと楽なのに、あえてCGと手仕事の「一人コラボ」を試みたのはなぜだろうか?そこに一つの個性が生まれてくるという期待からか。作者の強い意志が伝わってくるようだった。

2011年5月24日 (火)

美術アーカイブ:1976年(7)その他

1976年に行ったその他の展覧会の記録から:

♪ドイツ・リアリズム展(東京国立近代美術館)

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あまり好きなジャンルではないが、幻想画家シュピース・ヴァルターの「別れ」には鮮烈な印象を受けた。

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♪コートダジュール 南仏美術館めぐり展(銀座三越)
全体的にありふれた展示内容だったのだが、幻想画家 ギュスターヴ=アドルフ・モサの「飽食のシレーヌ」を半券に採用したとは、当時としては勇気が必要だったのではないか。

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名作とはいえ、美しい顔で人間を誘惑して食らうという怪物の絵だ。しかも老舗の三越。採用にあたっては、かんかんがくがくの議論があったと推測する。

♪ピエール・ルシュール展(日動サロン)
これは図録の表紙に使われた「人物と窓」。

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このような渋い展覧会に、あの当時なぜ行ったのか不明。

♪ホログラフィの幻想展(西部美術館)

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有名画家の展覧会と対極の企画として芸術・非芸術の境界線上にあるジャンルを積極的に取り上げた西武美術館の企画力を賛美したい。

♪ロダン展(西武美術館)

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勤務先の女性と一緒に行った。両方の掌を合わせただけなのに「カテドラル」と名付けられた作品が最も印象に残った。

♪シャガール展(東京国立近代美術館)

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若いカップルで大変混んでいた。当時のちょっと洒落たデートコースだったのかもしれない。(私は一人で行った。)

♪世界巨匠版画展 ドラクロアからクレーまで(小田急グランドギャラリー)

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「クレー」というキーワードに惹かれて行ったのかもしれない。

その他、この年に行った展覧会を列挙する。

♪ドガ展(西武美術館)

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♪ヴァン・ゴッホ展(国立西洋美術館)

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♪バルビゾン派の巨匠たち ミレー コロー クールベ展(伊勢丹アートホール)

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♪岡本太郎 TARO展(日本橋高島屋)

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♪古代エジプトから現代まで 全米美術館収集 世界名作展(国立西洋美術館)

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美術アーカイブ:1976年(6)パウル・クレーとその友だち展

パウル・クレーの展覧会は数回観ているが、それぞれの企画が個性豊かで面白い。この「パウル・クレーとその友だち展」(神奈川県立近代美術館)は、読んで字の如くクレーとその仲間たちの作品を集めて展示したものだが、クレーの影響が色濃い作品もあれば独自の路線を歩んでいる作品もある。そのように、求心的でありかつ拡散的というのが美術展の興味を広げてくれるように思う。

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クレーの周辺ですぐ思いつくのはヴァシーリー・カンディンスキー、フランツ・マルク、ガブリエレ・ミュンターで、これらの作家の作品は勿論展示されていた。

オスカー・シュレンマーもバウハウスの盟友で円をつないだような太めの人間像を思い出すが、この展覧会では一味違った作品を観ることができた。題して「パウル・クレーに捧げる」。カリグラフィーの構成感がたまらない。

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私は存在を知らなかったのだが、オットー・ネーベルの作品はクレーとそっくりである。この「城郭のある街の眺め」なんかクレーが描いたと言っても通るだろう。

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そして我が愛するライオネル・ファイニンガー。これは「海の風景、ペパーミントの港」。もっとも私がファイニンガーの作品を熱愛するようになったのは、もっと後のことだったのだが・・・。

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今、当時の図録を読み返してみて、やっぱりクレーはいいなあと再認識した。このウン十年間、クレーへの思慕は全く変わっていない。このようなアーティストがいてくれたおかげで私の人生はずいぶん豊かになったと思う。

2011年5月23日 (月)

美術アーカイブ:1976年(5)ルフィーノ・タマヨ展

タマヨは私の大好きな画家の一人だ。「メキシコの情熱と哀愁 ルフィーノ・タマヨ展」(東京国立近代美術館)はこれまで観た展覧会の中で十指に入るぐらい価値あるものだった。

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タマヨの絵は様々な側面を見せる。例えば「踊り子」はメキシコ古来の土着の様相を呈している。

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それに対して「裸婦」は都会的・幻想的で、一見パウル・クレーの幻想画のようなたたずまいである。構成感も見事だ。

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確か「日曜美術館」だったと記憶しているが、メキシコ在住のヴァイオリニスト黒沼ユリ子がゲスト出演して「日本人がタマヨが好きで・・・」と言っておられた。その通り、タマヨの絵は日本人の美意識と感性に訴えるものがある。

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タマヨに「メキシコのクレー」というニックネームを付けたいなあ。

美術アーカイブ:1976年(4)エッシャー展

西武美術館の躍進はまだまだ続く。次はエッシャーだ。

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今でこそエッシャーはメジャーの画家としてその不思議空間が人々に愛されているが、当時はまだよく知られていなかった。この展覧会は、その後のブームに火をつけた価値あるイベントの一つと言えよう。

日本におけるエッシャーの紹介については、神奈川県立近代美術館での「現代オランダ版画展」、「少年マガジン」の表紙などの流れがある。これに関しては、野地秩嘉著「エッシャーに魅せられた男たち」(光文社・智恵の森文庫)に詳しく書かれている。

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またエッシャーの奇妙な世界を空想の街に現出させた物語としては、荒巻義雄著「エッシャー宇宙の殺人」(中公文庫)がある。主人公の男性がモテ過ぎるという欠点(?)が見られるが、エッシャーの版画を具現化したらどうなるか、というテーマに取り組んだ意欲的な小説だと思う。

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このようにエッシャーの影響は各方面に拡散していった。

美術アーカイブ:1976年(3)カンディンスキー展

展覧会のアーカイブに関しては「1976年(2)キュービズム展」の記事以来1カ月ほどご無沙汰となってしまった。その間、自分が子供の頃に描いた絵の回想だとか、音楽活動の振り返りなどに寄り道をしていた。

この頃は西武美術館には大変お世話になった。当時としては内容が充実していたこの展覧会により私のカンディンスキー愛好はいっそう深まった。

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この展覧会の図録には、カンディンスキーの妻ニーナの小文が載せられており、それがまた嬉しかった。その中でニーナはカンディンスキーがモネの「乾草」を観て「画家とは、もっと大胆になり、音楽家と同じように自由に構図が出来ないものか」という考えにとりつかれ、それが彼の抽象絵画の始まりであると書いていた。

カンディンスキーが抽象絵画を思い付いたエピソードとしては、横に置いた自分の具象画を観た話が有名だ。ではカンディンスキーの抽象のはじまりは、いったいどちらが正しいのだろうか?

そんな余韻を残した展覧会であった。

2011年5月22日 (日)

AY-O & ギマランイス 版画 二人展

2011年5月22日(日)
「明るく 元気になろう!! AY-O & ギマランイス 版画 二人展」(湘南西脇画廊:鵠沼)に行った。画廊主によると、当初別の企画を進めていたが、東日本大震災から立ち直るきっかけを作るため明るく楽しい内容に切り替えたそうだ。

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AY-O(靉嘔)は知っていたが、ギマランイスという作家は全く知らなかった。ポルトガル生まれのアーティストとのことだ。

展示室にはオブジェとしても楽しめる洒落た椅子があった。これは木工の工芸家が制作したと思ったが、実は大工さんが余技で作ったそうだ。同じ大工さんが作ったテーブルや花瓶台などもあり、企画展と併せて楽しんだ。

東日本大震災チャリティー展

2011年5月22日(日)
「東日本大震災チャリティー展」(黒崎俊雄美術館:鎌倉)に行った。

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黒崎俊雄美術館は鎌倉山の閑静な住宅地にある。自然に恵まれ、また気取らない入口がいい。

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この展覧会には有名どころでは秋山庄太郎、震災関係では5人の岩手出身のアーティストが参加している。

私が買い求めたのは、山内若菜の「赤い屋根」と、

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「入生田(いりうだ)風景」。

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どちらも気に入った。帰宅して妻(仮名ジョアンナ)に見せたら「まあ素敵!」と喜んでくれた。よかった。

クサナギシンペイ

2011年5月17日(火)
「クサナギシンペイ」(東京オペラシティ アートギャラリー)を観た。ホンマタカシの展覧会および「李 禹煥(リー・ウファン)と韓国の作家たち」との同時開催である。オペラシティではメインの展覧会に加え、2つのサブ展覧会も楽しめるのでお得感がある。

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幾何学的抽象と熱い抽象の中間ぐらいのないようで好感が持てた。直線の交差による構成感が心地よい。

クサナギの作品は題名が面白い。試しに題名だけを列挙してみよう。詩のようなものが現れる。これは美術評論家のワシオ・トシヒコが「現代画家へのメッセージ50人」(MADO美術文庫)で野見山暁治について行った方法を真似たものだ。悔しいがジョヴァンニの創案ではない。

存在するのとは別の方法で存在すること
世界と世界の間の裂け目
認めなければならない
Feeling and feelings
幽霊になりたい
過去はいらない
そこに立ってる
みはるかす視線
Memory lame 1
Memory lame 2
Memory lame 3
Memory lame 4
Memory lame 5
僕の静けさ
ふりかえる
くりかえす
Now here
Nowhere
とば口
予感
差延
盟友
ベガ
リラ

注:lame:ラメ(金襴)

2011年5月20日 (金)

李 禹煥と韓国の作家たち

2011年5月17日(火)
「李 禹煥(リー・ウファン)と韓国の作家たち」(東京オペラシティ アートギャラリー)を観た。ホンマタカシの展覧会と同時開催だった。

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李 禹煥の絵画は、ただ線が並んでいるだけの抽象画が多い。しかしそれらの線は刷毛でスゥーっと引いた跡が認められ、それがゆえに温かみがある。

手仕事という人間的な側面と、抽象という非人間的な側面がせめぎあいながらも、不思議に調和しているのが李 禹煥ならではの特質だ。

李 禹煥の作品の前では、その作品について考えても面白いが、心を無にしてただひたすら「観る」のが「正しい」鑑賞方法なのかもしれない。正しい鑑賞方法というものが存在すれば、の話だが・・・。

音楽アーカイブ:大学~バロック音楽

バロック音楽の同好会ではチェロで通奏低音を弾く機会が多かったが、これが楽しかった。高音の旋律楽器が奏するメロディーに対し、複旋律で同等に渡り合ったり、対旋律で相手を引き立てつつ自分も音の動きを楽しめたからである。古典派以降の音楽ではなかなかこの楽しみ方ができない。

問題は、この同好会では「ゲンダイオンガク」にアレルギーを持つメンバーが多く、一部の友人を除くとひたすらバロック音楽ばかり取り組んでいたことだ。だから通奏低音の演奏は楽しかったが、現代曲から遠ざかるのが残念だった。吉村弘と即興したり、「現代音楽を楽しむ会」を聴きに行ったりしたのはその穴埋めだったと思う。

古い音楽ではバッハの「フーガの技法」を至高の芸術と思った私は、チェルニー校訂のピアノ独奏版の楽譜を3冊買い、1冊は自分用で、残りの2冊を同好会の友人に渡した。この曲の素晴らしさを共有したかったからである。自分では第19曲(あの未完のフーガ)を練習し、ある程度は弾けるようになった。

このように、大学時代はバロック音楽と現代音楽という両極を愛好した。それに対し、それらの間の時代に作られた音楽(ベートーヴェンやロマン派など)は、つまらないので忌避していた。ただしベートーヴェン晩年の弦楽四重奏曲とシューベルトの歌曲は例外である。もっともシューベルトの歌曲は「歌」としては接していなかったようだが・・・。

音楽アーカイブ:大学~岩竹徹

作曲家になりたいという夢を持ったまま、中途半端に大学に進学し、バロック音楽の同好会に入ったとき岩竹徹に出会った。

彼は私よりはるかに先んじいて、自作の弦楽四重奏曲をピアノで聴かせてくれた。その曲は何かのコンクールに応募したものだと聞いた。あいにく受賞には至らなかったらしいが、それは結果論で、なかなか素晴らしい曲だ。十二音技法で作られたのではないが、十二の音が自由に飛び跳ね、調性感を残した無調というようなたたずまいだった。

ある時彼は音で立体図形を表現できないかと考えていた。多数の弦楽器で少しずつずらしながらグリッサンドを奏し、円錐の形を浮き上がらせようというのである。真っ直ぐで短い木の枝をすこしずつずらしながら組んでいき、鳥の巣のような形を編み上げたゴールズワージーのアート作品を想起させる。

ところが後日彼が英語の論文のコピーを携え、がっかりした様子で「先を越された」と言った。どうやら同じ事を考え、論文に発表した人がいたらしい。作曲家のペンデレツキだったかもしれない(記憶は曖昧)。論文をちらっと見たが、英語で読めなかったし、出てくる数式も難しそうだった。

そうこうするうち、彼はとうとう東京文化会館で自作を発表する場を作ってしまった。オーケストラ曲の指揮は彼自身が行った。

近く彼に再会し、音楽談義に花を咲かせたい。そしてこの記事に書いた中で曖昧な部分を確かめたいと思っている。

音楽アーカイブ:大学~現代音楽を楽しむ会

「現代音楽を楽しむ会」というのは、今は無き青山タワーホールで開催された現代音楽のコンサートシリーズだが、なんと無料で公開されていた。現代音楽を啓蒙するという目的のために無料にしたのだろうけど、必要なお金はどこから出たのだろうか?

このコンサートシリーズで特に楽しめたのは「室内楽‘70」というトリオのユニットだ。植木三郎のヴァイオリン、野口龍のフルートに若杉弘のピアノというメンバーで、当時の作曲家の新作を次から次へと初演・再演してくれた。この活動のお陰で、同時代の音楽に対する見聞が広まったので感謝したい。

特に印象に残ったのは三善晃の「オマージュ」。(その後「オマージュⅡ」が続いた)。いい意味で軽さがあり、内容も充実していてとても素敵な曲だった。

時には別の演奏メンバーで、既に古典になったシェーンベルクの弦楽四重奏曲第1番の演奏もあった。珍しさは無いが、名作はやはりそれなりのオーラを放っていて良かった。

音楽アーカイブ:大学~吉村弘との即興演奏

大学時代は様々な方法で当時の「現代音楽」を楽しんだが、故・吉村弘氏との即興演奏は忘れられない思い出となった。

環境音楽家 吉村弘氏(「雲のおじさん」という異名あり)と知り合い、氏の主宰する「現代音楽」のコンサートに出演させてもらうというチャンスを得たのだ。それは「麗会」と名付けられたグループのコンサートシリーズで、吉村氏のリコーダーと私のチェロで即興の二重奏を演奏した。

この「麗会」というのは、毎月定例で開催されるという意味の「例会」と、「麗しい会」を合体させた造語である。電子音楽家など様々なタイプのアーティストがそれぞれのジャンルで作品を発表した。

別の機会には、吉村氏作曲の図形楽譜によるヴァイオリンとチェロの二重奏を弾かせて戴いた。これは弦楽器にマイクを取り付けて音を採取し、リアルタイムで流し、実際の演奏音と交わらせるという仕掛けだった。

吉村弘が60代の半ばで旅立ってしまったのは誠に残念だ。

2011年5月19日 (木)

大矢素子 オンド・マルトノ

2011年5月17日(火)
「大矢素子 オンド・マルトノ」(東京オペラシティ リサイタルホール)に行った。

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注目したのはトリスタン・ミュライユ作曲 2台のオンド・マルトノのための<マッハ2,5>だ。プログラムの解説が内容を良く表しているので引用する:

和音の構成音を『超高速』で入れ替えて打鍵することにより『擬似ポリフォニー』を作り出している。

まさにその通りだと思った。バッハの無伴奏ヴァイオリンの曲などで同様の効果を狙った部分を想起させる。それがこの曲の特徴であり、魅力である。私はオンド・マルトノのために作曲をしようとは考えていないが、広い意味で創作のヒントになった。

2011年5月18日 (水)

ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー

2011年5月17日(火)
「ホンマタカシ ニュー・ドキュメンタリー」(東京オペラシティ アートギャラリー)に行った。

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印象深かったのは、ずばり「Together: Wildlife Corridors in Los Angeles」だ。話の舞台は宮崎駿の映画「平成狸合戦ポンポコ」で造成された多摩地区に酷似している。

♪かつてマウンテンライオンなどの野生動物が自由に暮らす土地があった。
♪それを人間が開発し、エリアのど真ん中に巨大ハイウェイを通らせた。
♪それまでエリア全体を駆け巡って餌を得ていたマウンテンライオンたちは、そのハイウェイにより生活圏が分断された。
♪困ったマウンテンライオンは、ハイウェイの下に穿たれたトンネルをくぐって、2つに分離させられた(かつての)自分たちの領土を行き来し、なんとか必要な食料を得た。
♪それに気付いた人間達は、トンネルを通る小道の舗装を剥がし、野生動物が親しめるように配慮した。(そんな事するなら最初からハイウェイなんか造るな、とマウンテンライオンに怒られそうだが・・・)

ホンマタカシの作品は、このように自然破壊などのテーマに食い込み、社会派の作品となっている。それがいい意味で人間の奢りに警鐘を鳴らしているようだった。

田口行弘展

2011年5月17日(火)
「田口行弘展」(森美術館 ギャラリー1)を観た。

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いやあ面白かった。ビデオ作品では何枚もの木の板が飛び跳ね、まるで生きているかのようだった。制作過程の写真も展示されており、手作りの感触が伝わってきた。

アイデアとしては月並みで素朴だが、愚直にそのアイデアを具現化し、突き進めた先に楽しい結果が待っていたという感じだ。

このような作品を観るのに知識・教養は要らない。ただ観て笑って楽しい時間を過ごせばいいのだ。「ゲンダイアート」でとかく忘れがちになるこの大事なことを、田口行弘は思い出させてくれた。

フレンチ・ウィンドウ展

2011年5月17日(火)
「フレンチ・ウィンドウ展」(森美術館)に行った。

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「デュシャン賞にみるフランス現代美術の最前線」という副題がこの展覧会の主旨と内容を言い表している。そういう意味で期待して行ったのだが、あまり面白くなかった。一言でいうと、アイデアの新奇性を追い求める作品が多く、軽い印象を受けたからだ。

確かに斬新なアイデアや背後にあるしっかりしたコンセプトに支えられている作品が多かったのだが、入念にこしらえた「手仕事が見える」作品が少なかった。

音楽ではバルトークが「現代でもハ長調で音楽が書ける」と言った。それを美術に適用してみると、「現代でもシュアな技術に裏打ちされ、真摯に作られた作品は美しい」というような感じになるかな。もっと「重さ」が欲しかったなあ。

平行して紹介された田口行弘の作品のほうがずっと面白かった。

アンフォルメルとは何か?

2011年5月17日(火)
「アンフォルメルとは何か?」(ブリジストン美術館)に行った。「長谷川潔展」とこの展覧会はどちらもおなじみF君から招待券をもらっていたのだ。F君、感謝します。

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実は私は幾何学的(冷たい)抽象を好み、その逆(熱い抽象)はさほど好きではない。だから熱い抽象に属するアンフォルメルは、ここしばらく避けて来たのだ。今回F君の勧めなので行ってみたところ、好みのタイプではない中にも新たな発見があった。さすがF君、私の勉強不足の点を見抜いている。

今回紹介されたアンフォルメルとその周辺の作家の何人かは、過去にそれぞれの個展で別々に接してきた。
♪デビュッフェ:1978年(フジテレビギャラリー)
♪サム・フランシス:2000年(出光美術館)
♪菅井汲:2000年(東京都現代美術館)
♪ザオ・ウーキー:2004年(ブリジストン美術館)
♪堂本尚郎:2005年(世田谷美術館)

また個展を観ていない作家のほとんども、流派、所属美術館などの企画展で何らかしらの作品を観ていた。そのため今回は特に目新しいということは無かったが、アンフォルメルの切り口で全体を俯瞰するのには役立った。

今回の収穫は、ジャン・フォートリエの作品の実物を観る意義を再認識したことだ。フォートリエの作品は図版などで観てもあまり感動が沸き起こらない。それに対して今回のように直接作品に接すると、その厚塗りが極めて重要な要素だということに目が開かされた。そしてそれは一見平板に見える作品に奥行きを与え、深みを与えていたのだ。

なるほど確かに思い当たることがある。いったん熱い抽象を好まなくなると、その種の展覧会に足を運ばなくなる。すると図版は見ても実物は観なくなる。そのうち年月が経過して、印象がどんどん薄れてゆく、という次第である。

今回のように、自分の好みではなくても、時には棚卸しのような感じで実物に接し直しておくのも有意義かなと思った。F君、そのような方向に導いてくれてありがとう。

銅版画家 長谷川潔展

2011年5月17日(火)「生誕120年記念 長谷川潔展」(横浜美術館)に行った。久しぶりに妻(仮名ジョアンナ)と一緒の展覧会鑑賞だった。

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実は5年前(2006年)に同じく横浜美術館で長谷川潔の展覧会があり、私はそれにも足を運んでいたのだ。

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同じ美術館で同じ作家の展覧会を行うとなると、両者の棲み分けが気になるところである。私が受けた印象では、前回の展覧会ではチラシに見られる通り、漆黒のバックに対象が浮き上がる本格的なメゾチント作品が中心だったようだ。 そして今回は、やはりチラシに暗示されるように、メゾチント一辺倒ではなく、初期から試行してきた様々な技法の対比と発展に重点を置いたように見えた。

今回良かったのは同じ対象を異なる技法(例えばドライポイントとエッチングなど)で制作した作品を並置することにより、両者の味わいの違いがよくわかったことだ。そして妻と一緒に観て回った際、それぞれの作品でどちらの技法がしっくりくるかという点について意見交換できたのも有意義だった。

自分と妻がそれぞれ受けた印象が合致していた作品もあるし、異なった作品もあった。そしてその理由を考えることにより、鑑賞の仕方ということが掘り下げられていくのが収穫だった。

一つ大事なことがある。実は前回の展覧会では長谷川潔の作品にさほど強いインパクトを受けなかったのだ。だが今回、この人はすごい作家だなあと再認識することになった。 その理由を考えてみた。

前回は、いきなり「完成された」メゾチント作品を多く鑑賞したので、それが当たり前となり、技術の高さなどの側面が全く見えなかったと思う。それに対して今回は初期作品からの経過を様々な技法の違いを織り交ぜてじっくり観察したので、「最終形」のメゾチントに至る過程を理解し、メゾチントの背後にある技術的裏づけをきちんとわかったうえで観たからだと思う。

さらに考えたことがある。「完璧な」メゾチントもいいが、どことなくよそよそしく感じる。それに対してエッチングなどの旧来の技法で余白を残した作品のほうが何となく味わい深い感じもする。これはなぜかという事である。

すると、西洋的・東洋的の対峙ということを思い付いた。「隅々まで完成された」メゾチントはすこぶる西洋的である。それに対して「余白を残し若干未完成の部分がある」エッチングなどの作品は東洋的である。私は日本人だからそちらを好んだのだろうか。では長谷川潔はどちらなのか?

私は長谷川潔はもともと日本人ではあるが、メゾチント作品に到達した頃は、もはや東洋人ではなく西洋人になっていたのではないかと思った。フランス在住が長いし、フランス人の奥さんと結婚しているし。だから「細かいところまで人工的に制御した西洋風作品」を作るアーティストになっていたのだと、そういうわけである。

一方、別の解釈もある。長谷川潔は最後まで日本人の資質を持っていた。しかしフランスに住んでおり、奥さんもフランス人なので、西洋的趣味を意識的に優先させたのではないか、という考えである。

以上のどちらが正しいかわからないが、双方の間を揺れ動くような感じだったのかもしれない。またそれが長谷川潔の個性ということになったのかもしれない。

2011年5月16日 (月)

音楽アーカイブ:高校3年~憧れの仮称・上野の森大学

高校3年は受験、そして進路を決める大事な時期である。作曲家にあこがれた私は仮称「国立上野の森大学」(笑)に行きたかった。しかしこのピアノの下手さ加減では作曲科は絶対受からないと太鼓判を押された(苦笑)。その代わり楽理科なら受かるという評価をもらった。試験の実技ではバッハのインベンションが弾ければよいとのことで、当時の私なら一応弾けた。筆記試験のほうは、まあ出来るだろうと思っていた。

では楽理科を目指せば良かったではないか、という考えもある。しかし仮に名門「国立上野の森大学」に入学できても、卒業してからどうするのか?作曲だけして裕福になれる人はほんの一握りだけ。他の人は食うのに困って、音楽教師や各種バイトをつないで生活するしかないだろう。画家の有元利夫のように「上野の森大学」を目一杯活用できれば良いかもしれないが・・・。生活力に自信が無かった私は、そんなわけで音楽への進路を断念した。

ちなみに美術部にいた私のマドンナは美術専攻で「国立上野の森大学」に入学した。これで彼女はますます「高嶺の花」となったのである。

音楽アーカイブ:高校2年~「フーガの技法」との出会い

高校2年に進級するといろいろな意味で変化が起きた。最も重要なのはバッハの「フーガの技法」との出会いであろう。楽譜店「アカデミア・ミュージック」に行って演奏する曲を物色していた時、偶然小型スコアを見つけ、その場で凍り付いてしまったのだ。その譜面の美しいこと!財布は豊かではなかったが、迷いなく買い求めた。

すぐにでも演奏したかったが、パート譜が無い。そこで小型スコアから一生懸命パート譜を起こした。パート譜作成には時間がかかるので、最初に譜面を起こした第1曲をしばらの間弾いていた記憶がある。この曲を知ってしまい、もうこれで古今東西の最高峰に到達してしまったと思った。シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」に出会うまでは・・・。

高校では「文化祭」が行われる。弦楽合奏のクラブも演奏を行ったが、部長になった私が独裁的にこのバッハ「フーガの技法」とフォーレ「弦楽四重奏曲」というマニアックな2曲を選曲してしまった。そのため、私たちのコーナーには最初お客が沢山いたが、途中で大半の人がつまらなそうに出て行ってしまった。まったくこれは独善の世界である。

そしてピアノのおけいこ発表会。幼稚園から始めたにもかかわらず上達が遅いため、選んだのはベートーヴェンの「悲愴ソナタ」。私は受験のため高校2年でピアノのレッスンをやめたので、これが私の生涯最高の技巧レベルとなった。それから後は下降線である。現在私が「世界で最もブルクミューラーが似合う男」というのはこのような背景による。

音楽アーカイブ:高校1年~弦楽合奏と幻の弦楽四重奏団

高校に入学した。クラブ活動をどうするかと考え、まず訪れたのは美術部だった。音楽が好きでピアノとチェロを弾いていたとはいえ、私にとって面白かったのは美術のほうだったから。またもう一つ大事な理由があった。それは同学年のカワイイ女生徒が美術部に入ったからだ。よくある話だと思う。

ところがあこがれの美術部の部室に行ったら、飾ってある部員の作品があまりにも見事なで尻込みし、逃げ帰ってしまった。その時じっとこらえて入部したら、私の趣味や恋愛・結婚などが異なる筋道に沿っていったかもしれない。それは誰にもわからない。

というわけで、結局高校でも音楽のクラブに入った。音楽といっても合唱、ブラスバンド、弦楽合奏などのクラブに分かれている。中学でチェロを始めた私は、自然な流れとして弦楽合奏のクラブに入部した。入部当時はヴィヴァルディの合奏協奏曲とかバッハのヴァイオリン協奏曲などを演奏していた。

そんなある日、クラブの3年・2年の先輩3人から声をかけられ、学年を超えて「TISS弦楽四重奏団」を結成した。TISSというのは4人の頭文字をつないだものである。中学でベートーヴェンの弦楽四重奏曲にあこがれた私は夢のような気持だった。

しかしこのTISS弦楽四重奏団は、結局公式の場では1回も演奏せずに消滅した。それどころか、TISSのメンバーが集まって弾いたのは部室で1度練習をしただけだったのだ!その後、弦楽四重奏を弾いたことがあったが、メンバーを固定してコンサート形式で演奏までするようになったのは「半世紀弦楽四重奏団」結成を待たねばならなかった。

プロムナード コンサート

2011年5月15日(日)
第26回 プロムナード コンサート「音楽の花束~初夏の海辺のそよ風の中で~」(オーシャンプロムナード湘南)で裏方を担当した。

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妻(仮名ジョアンナ)と仲間が出演しただけでなく、私自身も裏方だったので、残念ながら内容についての感想は何も書けない。まあ「良かった、良かった」と言ってお茶を濁しておこう。

こういうコンサートが終ると、お楽しみ(打上げ)がある。その場では演奏者の次のコンサートが話題になる。そのようにして、楽しみの連鎖が途切れることなく連なってゆく。来月はマリンバの中村梓がチェロとのデュオでコンサートを行うので期待したい。以下はチラシに書かれた情報です:

♪「チェロとピアノによるティータイムコンサート」
2011年6月11日(土)14:00開演(13:30開場)
ギャラリー&スペース 弥平
〒222-0021 横浜市港北区篠原北1-5-5
最寄駅:東急東横線 菊名駅より徒歩6分
Tel/Fax 045-431-8187
全席自由
チケット¥1,500(お菓子&コーヒー or 紅茶付き)
出演:榊原糸野(チェロ)、中村 梓(マリンバ)
曲目:
エンターテイナー(ジョプリン)
ハンガリー舞曲(ブラームス)
アヴェ マリア(グノー)
夏メドレー 他
問合せ先 0463-57-2368 (中村)

2011年5月15日 (日)

サロンライトコンサート

2011年5月14日(土)
「サロンライトコンサート」(永山公民館・談話コーナー)に出演した。

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このコンサートは当初3月19日に予定されていたのだが、震災の影響で中止となってしまった。今回そのリベンジというわけだ。

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自分にとって重要だったのは、相方と組んだ即興ユニット「トマソンズ」の初舞台だったことだ。

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このネーミングは「路上観察」のファンならすぐわかると思うが、馴染みの無い人にとっては「何だそれ?」になると思う。ご存知ない方は「赤瀬川源平」、「路上観察」、「トマソン」などのキーワードで検索してみてください。一言でいうと「無用のもの」という意味です。

相方はソプラノサックスを吹き、私は最初チェロで途中からピアノへ移った。この相方とは以前、数人の即興集団のなかで共演したことがあったら、二人でユニットを組んだのはこれが初めてだった。そのため不慣れな点があり、100%うまくいったわけではないが、まあ今後のために大きな布石を打ったことで満足したい。

その他はバロック音楽やピアソラなどの曲を演奏した。凄腕のピアニスト、達人のフルーティスト、そしてフルートとオーボエを交互に吹くマルチプレイヤーなど役者が揃っていた。

節電で会場にはクーラーが効いておらず蒸し暑かった。そのため「紅鯉魚」での打上げで飲んだビールの美味しかったこと!

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さらにその後、相方ともう1軒ハシゴ。その一杯飲み屋でなんとヴァイオリン製作者に出会った。チェロを持っていたので話しかけられたのだ。クレモナで材料になる木を求め、持ち帰って楽器を作るのだとか。こんな事もあるんだなあ。

2011年5月14日 (土)

音楽アーカイブ:中学3年~ベートーヴェンの弦楽四重奏曲

中学3年の時、父親がベートーヴェン弦楽四重奏曲全集のレコードを買ってきた。これを聴いて衝撃を受け、しばらくの間夢中で聴いていた。そしてベートーヴェンの晩年の弦楽四重奏曲は古今東西の楽曲中、最高の芸術だと思った。バッハの「フーガの技法」に出会うまでは・・・。

当時の私はベートーヴェンの弦楽四重奏曲を仲間と演奏できたらどんなに楽しいだろうなあと思っていた。それが現在実現しているわけだが、せっかく実現したのに、今はベートーヴェンの作品(一部を除き)に嫌気がさしているのであまり嬉しくない。人間というか。自分のワガママさ加減に呆れるばかりである。

音楽アーカイブ:中学2年~第1希望ではなかったチェロ

私の中学は公立(市立)だが当時としては珍しくオーケストラがあった。しかもチェロやダブルベースといった大型の楽器がゴロゴロあるという贅沢さであった。そして私の1歳上の従兄がヴァイオリンを弾いていた。2年生になった時、その従兄がオーケストラに誘ってくれた。陸上にも未練があったが、結果的にオーケストラのクラブに転部した。

当初私は携帯に便利な楽器をやりたいと思っていた。例えばフルートとかクラリネットなどである。しかしそれらは人気があり入り込む余地が無いという。それではどの楽器ならやらせてもらえるかと聞いたらチェロだという。それで私は(第1希望ではなかったが)チェロを始めることになった。結果的にはこの選択は大正解だったのだが、当時はそう思わなかった。

チェロはクラブの先輩に習ったが、なかなか思うように弾けなかった。ただピアノをやっていたので、譜面はすぐ読めた。チェロはへ音記号が主体だが、これはピアノの左手と同じだからである。

演奏したのはロッシーニの「セヴィリアの理髪師」序曲とか、ヨハン・シュトラウスのワルツなどであったが、曲はあまり面白いとは思わなかった。縦笛二重奏のシューベルトのほうがずっと楽しかった。

2011年5月13日 (金)

音楽アーカイブ:中学1年~縦笛二重奏でシューベルト

私は小学生の頃から走るのが速かったので、中学に入ったらクラブ活動は陸上部を選んだ。好きになってきた音楽は、縦笛の上手な友達をつかまえて二重奏を吹いていた。もちろんシューベルトである。

両親にねだってシューベルトの三大歌曲集の楽譜を買ってもらい、その中から縦笛二重奏で吹けそうな曲を選んでいたのだ。「美しき水車屋の娘」の第4曲「小川への感謝」を好んで吹いていたことを覚えている。

ピアノのレッスンは続けていたが、相変わらずのんびりとやっていたので大して上達はしていなかった。

2011年5月11日 (水)

音楽アーカイブ:小学校高学年~冬の旅

小学校高学年の頃、父親が買ってきたシューベルト「冬の旅」のレコードを好んで聴いていた。そのレコードには楽譜が付いており、私は愛する「ホルゲル」でピアノ伴奏譜を毎晩のように弾いていた。小学生の技術だから難しい曲は弾けない。第1番「おやすみ」など、ゆっくりしてピアノがあまり動かない曲に限定されていた。

私は「冬の旅」とその作曲者シューベルトが、いわゆるクラシック音楽の中でも最高なのではないかと勝手に思っていた。しかしその考え方が異常で、恐らく世界中でこのような育ち方をした人間は私一人ではないかと思うぐらいである。

それはなぜかと言うと、私はシューベルトの歌に魅せられていたのではなく、歌とピアノの織り成すポリフォニーの世界に浸っていたのだ。例えば第4番「かじかみ」(当時は弾けないので聴くだけ)は歌がメロディー、ピアノの左手がそれを支えるバス、あるいは時にオブリガートとなって構成されている。

(後年気がついたのだが、右手の三連符は時に変化して第3の声部を鳴らすこともある。すると3声のからみが生まれるわけだ)。

いずれにしても、これはバッハのポリフォニーの世界である。ポリフォニーの味わいを、バッハではなく先にシューベルトに見出してしまったというわけだ。これは異常としか言いようがない。

私はピアノのレッスンではなかなか上達せず、バッハのインベンションは中学になってやっと始めたらしい。もしインベンションを小学校で手がけていたら、シューベルトでポリフォニーの世界に入るという異常性を回避できたであろう。

ポリフォニーとの出会いは私の音楽に対する探究心に火をつけてしまった。そのため、それ以降私の関心は絵から音楽にシフトしてゆくのであった。

美術アーカイブ:小学6年生

小学6年生では絵の技術は横ばい気味である。修学旅行で日光に行った際に撮影した写真から描いた陽明門の絵は、5年生で描いた「101匹わんちゃん大行進」よりむしろ劣るかもしれない(苦笑)。

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いずれにせよ、6年生になっても様々なシーンで絵を描いた。例えば植物画だ。これらは鉛筆画をベースに軽く水彩を施したもので、父親から教わった方法だ。

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それが発展して静物画になる。これは低学年に戻り、クレヨン画である。ただし構図の考えが芽生えてきたようだ。

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そして細密画。当時は根気があったようだ。

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これも。今の私だったら、途中で面倒になり投げ出してしまうだろう。

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美術アーカイブ:小学5年生

小学5年生になって鉛筆画がまた上達した。ディズニーの「101匹わんちゃん大行進」の絵本を模写した絵が何枚か残っていたが、現在の私より上手だ。

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当時は見た通りに描くのが絵だと思っていた。また模写の場合、どれだけ同じように描けるかということが大事だと考えていた。

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そしてこれらの模写が同級生より上手だったからという理由で、自分には絵の才能があると信じていた。(それが大間違えだとわかったのはだいぶ後になってからだ)。

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そして将来インテリア・デザイナーになりたいと思っていたのもこの頃だ。

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だが、それと同時に私の生活に音楽も入り込んできた。詳しくは「音楽過去帖:小学校高学年」の記事で書くが、楽器の絵を描き始めたのもこの頃である。

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海外旅行はしたことがなかったが、あこがれていたのだろう。社会科の宿題で描いた世界地図は正確性より訪ねたいという自分の気持を反映している。

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旅客機の絵を描いたのも海外に行ってみたいという心を投影したものであろう。

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このように、小学5年生は私にとって進路を決める重要な転換期であったようだ。

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2011年5月10日 (火)

美術アーカイブ:小学4年生

小学4年生では、クレヨンで描いた絵が1枚しか保存されていなかった。絵の裏側に「箱根にドライブに行った」という説明書きがあったので、これは箱根の山道であろう。ライトを点灯させているところを見ると、夜までドライブしていたのか?我が家には車が無かったから、これは親戚の人の自家用車であろう。

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4年生になったら鉛筆画に目覚めたらしく、急に絵がうまくなった。しかし字は涙が出るほど下手だ。これは「自由帳」の最初のページで、「しゅくだい 1.きゅうべつしけんののこったもの・・・」などというメモが書き込まれている。絵は未来の特急列車の想像画だったかと思う。

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この飛行物体はサンダーバードか何かの影響だと思う。「SLN=5」とは何の記号であろうか?

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似た飛行物体が、こんどは「S=1970 NO.1」という記号を付けて描かれた。

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これは月面かどこかで作業をしているロボットであろう。月の石をかき集めているように見える。

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4年生ともなると理科の勉強も進む。これは「ボウフラの観察記録」。左下に「たいへんよくできました」というハンコをもらっているから、良く出来たのかもしれない。それとも先生が生徒全員に同じ評価をしたのか、それは誰にもわからない。

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美術アーカイブ:小学3年生

小学3年生は2年生のやり方を継承しただけで、あまり進歩が見られない。しいて言えば絵をより丁寧に描き、輪郭線や彩色がはっきりしてきたことが違いであろうか。しかし逆に考えると、より縮み志向になり自由奔放さが損なわれたようでならない。

まずは学校生活の絵。これは鉄棒で逆上がりをしているところであろう。鉄棒の支柱はこんなに赤かったであろうか?まあそういう細かい点は目をつぶろう。

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これは何の絵だろう?右端の子が持っているのは竹箒らしい。そして真ん中の子が持っているのは芝刈り機に見える。上端にあ赤いものは焼却炉のようだ。そしてその左側に2,3本立っているのは樹木の幹のように見える。

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ここはどこだろうか?校庭の隅にこんな緑の豊かな場所があったかな?それともこれは林間学校の一コマかな?謎に満ちた絵だ。

帰宅すると愛犬が出迎えてくれた、という絵に見える。しかし当時我が家では犬を飼っていなかったので、この白い犬は隣りで飼われていた犬であろう。私になついていた記憶があるから。それにしても、犬と私の大きさの比率がいい加減だな。子供の描く絵はこんなレベルだ。

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そしてこれは家の絵。でもこの豪邸は我が家ではなさそうだ。では、どこの家だろう?わからない。この時代はまだ透視図法を使えなかったらしく、消失点がいくつもある(苦笑)ようなキリコのような絵になってしまった。

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3年生になると宇宙旅行にあこがれて想像画を描くようになる。これは月面に降り立ったロケットと飛行士たちの絵であろう。なぜなら画面奥に地球が見えるから。地球がこんなに大きく見える場所は月面以外に無い。日本列島も認識できるが、比率的に大きすぎるな。実際の日本の領土があんなに広かったらいいのに・・・。

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3年生では貼り絵も作った。これは「僕です」という感じだな。

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これはクリスマスの飾りを意識して作った貼り絵だ。興味深いのは右上に貼った「だっこちゃん」。当時大流行したグッズだ。この作品は世相を反映したという理由で高く評価して欲しいな。

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2011年5月 9日 (月)

さとう しのぶ 銅版画展

2011年5月8日(日)
「さとう しのぶ 銅版画展」(創造ギャラリー茘(れい):鵠沼)に行った。

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さとうしのぶ の版画は、温かい抽象という印象だ。シンプルな造形の組み合わせの中に、子供と大人が心を通わせるような世界が感じ取れるのは不思議だ。このような「癒し系」の作風は、今後もずっと変わらないでいて欲しいと勝手だが思ってしまった。

折りしも震災が記憶に新しいこの時期、さとうしのぶ の作品は多くの人々を包み込んで希望を与えてくれそうに思う。

2011年5月 8日 (日)

国展:絵画

2011年5月1日(日)
絵画は展示点数が大変多く、すべてを丁寧に観ることは時間的に叶わない。そのため自分の好みに合った作品を重点的に観ることになる。

♪石丸康生の「大津島から」は6つに切り離された長方形のキャンバスに描かれた抽象画だ。特に奇をてらうような表現は無いが、インパクトがある作品だ。

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♪戸狩うたの「作品62-1」も同じようにキャンバスが切り離されているが、一つ一つの形状はバラバラで、それらの組み合わせによる自由な構成となっている。描かれた抽象画も見事だし、全体構成も面白い。

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♪中山智介の「中天」は巨大で迫力ある抽象画だ。

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♪可世木博親の「風と土と」は写真で観ても本当の素晴らしさが読み取れないと思う。マチエール面を含めた素敵なコンポジションなのだ。

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♪土橋佳子の「ほおずき」は、私の好きなタイプの作品だ。具象ではあるが、抽象的な感覚と構成感がたまらない。色彩の感じも良い。

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♪亀井広明の「集積回路①」はよくあるアイデアだとは思うが、描き方が丁寧な分、インパクトが大きいと思った。

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♪植月正紀の「森の詩」は、ただ単に「森の樹木が描かれている」と言ってしまえばそれまでだが、妖異なオーラを感じさせる。シュールというか、心象風景の絵である。

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国展:版画

2011年5月1日(日)
連休中はイベントが目白押しで記事執筆に追われ、彫刻部門だけ手がけた国展の他の部門の感想が宙に浮いていた。やっと再開できるようになったので、次は版画に移ろう。

素晴らしい作品ばかり並んでいるので、どれがいい等という選別ができない。たまたま偶然印象が強かった作品について感想を述べるのがやっとだ。

■音楽を想起させる作品
♪津田恵子の「CRISS CROSS」は最も気にいった作品の一つだ。音楽的な構成とリズムが心地よいし、題材もピアノや鍵盤をイメージしているようだ。作品名の「Criss cross」という言葉は知らなかったが、ジャズなどの音楽用語だと思う。絵葉書を購入して音楽ライターのハシビロコウさんに送った。

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♪好富要の「Port Ⅱ」も音楽的イメージが湧き出そうで楽しい。「Port」(港)という作品名からして長方形の列は港町のビル群、手前は港に停泊する船舶であろう。丸いのは月かな。具象でも抽象でも、どちらの見方をしても鑑賞者を受け入れてくれそうな作品だ。

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♪栗山薫の「理性と愛―A」は「会友賞」を受賞した作品だ。題名から推し量ると音楽的構成感を追及した作品ではなさそうなのだが、私はそのように感じ取った。そして画面の下のほうに並んだ人々が遠くから見るとピアノの鍵盤に見え、二人のピアニストが連弾をしているように見立ててしまった。

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このような鑑賞の仕方はたぶん作者の意図と異なるとは思うのだが、良く出来た作品というものはどのような観かたをしても心地よく観ることができるのだと思う。そういう意味で作品の価値を認めているので、素人の私のアプローチが間違っていたとしても大目にみて下さい。

♪松木恵子の「舞」も好感度が高い抽象作品だった。大きな円環と小さな正方形が織り成すハーモニーという感じだ。

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■ミロのような楽しい抽象
♪斉藤郷子の「Little place」は作者の言葉「想いが ふわふわと漂って落ち着く場所へ・・・」の通り優しく包んでくれるような作品だ。しかし銅版画ってこんなに柔らかい表現が出来たんだっけ?

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♪續山茂樹の「虹の住処 11-2」はとても楽しいコンポジションだ。光がガラスに反射して見づらい写真になってしまったが、どのような作品かわかって戴けると思う。こういう作品が架かっている部屋には幸福が訪れることだろう。

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♪加藤 宏の「郊外」は版画部奨励賞を獲得した作品だ。寒色中心で少々渋いが、そこがまた魅力なのだと思う。コンポジションの面でも魅力あふれる作品だと思う。

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♪池内満子の「鳥の唄」は鳥をデフォルメしていって抽象化にたどり着いたのか、あるいは空を飛ぶ鳥が下界を見下ろした地図みたいな景色を表現したものか、どちらかわからない。でも、どちらであったとしても作品の素晴らしさには影響がないと思う。色彩と形の調和が取れたコンポジションだと思う。

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■渋い抽象
♪岡村和可子の「記憶のむこう」は少々暗い感じがするが、シックで洒落た抽象だ。落ち着きがあるので安心して観ていられる。

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♪鈴木修一の「impression 10-11」も暗い感じだが、面白い形を組合せているので楽しい。ジョヴァンニの影が入り込んでいて失礼!

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■ユーモアに富んだ作品
♪青木鐵夫の「道 Ⅱ」は街路の両側の景色が二人の人物とダブルイメージになっているユーモア溢れる作品だ。構成感もあり、好ましい作品である。

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■その他目についた作品
♪松江喜代寿の「北辺春秋’11 津軽の夜祭あおもり」は「ねぶた」のイメージがストレートに伝わってきて、力強い美しさがあった。

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♪三田宏行の「不垢不浄」は般若心経の言葉だ。「美しいも汚いも人が決めること」というような意味だと思う。作品を観ると、ただひたすら美しいので作品名の意味が理解しかねた。いずれにしても楽しい作品だ。

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♪いわたきよしの「輪廻万華鏡」は4×4の升目に異なるイメージが嵌め込まれ、全体として万華鏡を観ているようなキラキラした印象を残す。結構派手な色彩を用いている割には、全体としては落ち着いた作品に仕上がっているのは作者のセンスの良さかもしれない。

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♪波岸康幸の「子どものいる風景 その2」は不思議なたたずまいだ。シュールのようでもあり、そうでないようでもあり、捉えにくい。逆にそれが個性なのかもしれない。何となく気になった作品だ。

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吉川正道展

2011年5月7日(土)
「吉川正道展」(茅ヶ崎市美術館)に行った。

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「陶思考 Part Ⅱ -わが思い、わが心の茅ヶ崎―」というサブタイトルが示すように茅ヶ崎出身のアーティストだ。茂原 淳の個展会場から近くなのでハシゴした次第。

同美術館は「高砂緑地」の中にある。

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緑地に入ると茶室「松籟庵」があり、その庭園には吉川正道の球体の作品が出迎えてくれた。今回の展覧会は美術館の内部だけでなく、敷地内でも開催されているのだ。

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坂を上ってゆくと美術館とともに次の球体の作品が見える。

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横から観て、

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そして正面から観る。時間の経過と空間の移動が加味され、鑑賞のあり方を重層化している。

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会場に入ると、コンペに勝ち抜き中部国際空港に設置された作品と同等の作品も展示されていた。つい2日前、蒲郡からのクルーズで同空港に立ち寄ったばかりだったので、そのシンクロ性に感じ入った。

個人的には「盤」という作品シリーズが気に入った。楕円形のお盆のような形状で、会場では壁に垂直に架けられていたので見やすかった。楕円の中を十文字に仕切る2本の直線に、長方形などの模様が2つ3つ施され、全体としてほのぼのとした印象がある。クレーの絵画か、猪熊源一郎の「顔」シリーズのようなたたずまいだ。

また40分にも及ぶビデオを観たが、制作から搬入・据付にいたる過程を追う一種のドキュメンタリー・タッチで面白かった。芸術性を追求する行為だけでなく、作品を運ぶトラック、空港まで移動するシャトルバスなど、日常・現実的な側面も併せて見ることにより、アーティストの生き様がよく表現されていたと思う。

屋外展示やビデオを含め、全体の企画・構成がよく出来た展覧会だったと思った。

茂原 淳 作陶展「雫」

2011年5月7日(土)
茂原 淳 作陶展「雫」(クラフトショップ俊:茅ヶ崎)の初日に行った。

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私は茂原 淳の個展のすべてに足を運び、毎回少なくとも1点作品を購入している。今回は第12回目だが、連続出席記録は簡単に達成したものの、連続購入記録を阻む障壁にぶつかった。つい先日、阪神の金本の連続試合出場記録が途切れたニュースが頭をよぎった。

その障壁とは、「アート過去帖:幼稚園」の記事にも書いたが、我が家の収納スペースが圧迫されたためこれ以上かさばる物は増やせないという事情による。そして妻(仮名ジョアンナ)から「購入禁止令」が発布されてしまったのだ。

しかし私としては「連続個展出場記録」の更新を望んでおり、どうしようかと悩んだ。そして考えた末、小さい物ならいいだろうという戦術を思い付いた(笑)。そして購入したのが「ルーペ」。

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年齢を重ねてゆくうちに、細かい字が読めなくなってきているので、実利的でもあるのだ。

ところで、これは別の記事を書くが、茅ヶ崎では同時平行して同じく陶芸作家・吉川正道の個展が開催されていたのでそちらにも行った。そこで「雫」という作品に出会ったのだが、これは今回の茂原淳個展のテーマではないか。そのシンクロ性が興味深かった。

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茂原淳の「雫」シリーズは全体が雫の形状をしているのが特徴だが、その尖った部分は注ぎ口として活用される。

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このように茂原作品は、★個展のコンセプトや芸術性を目指した形状と、実用品としての機能がうまく調和しているように思った。

茂原淳とその応援団で行った打上げの場所は、知る人ぞ知る茅ヶ崎の「和食おか田」。日本で一、二を争う料亭で板前として腕をふるった料理人が独立して開いた店だ。店内には茂原淳の花器も鎮座している。

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さらに応援団の一部は藤沢の居酒屋で二次会。浦霞で酔いが加速し、視界に霞がかかってきて解散。よき一日なり。

2011年5月 6日 (金)

蒲郡:屋外彫刻を海に求めて

2011年5月5日(木・祝日)

愛知県の蒲郡に行った。三河湾と伊勢湾の間をクルーズするのが主目的だったのだが、F君の命令(屋外彫刻の調査)のプレッシャーが重くのしかかっていた。しかし静岡県でも愛知県でも、訪ねた先では屋外彫刻にめぐり合うチャンスが極端に少なかった。

しかもこの日は、ほとんどの時間海の上に出るので、屋外彫刻に出会うこと自体が困難であった。我が愛するホラー作家L.P.ラヴクラフトには「未知なるカダスを夢に求めて」という作品がある。この日は「あるはずもない屋外彫刻を海に求めて」とでも言えようか。

そんな思いを抱いて港に来たら、とんでもない物に歓迎された。何だこれは?いきなり屋外彫刻に出会えたのか?巨大な人影が宙を舞っている。

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しかしこれはリゾート地を訪れる子供達を楽しませるための巨大風船だったのだ。人間の形をして、その姿を自在に変化させている。

そうこうするうち、クルーザーは蒲郡を出発した。ああこれで帰港するまでは屋外彫刻を観ることはないのか、と半ばあきらめかかったその時、奇跡が起こった。こ、これは何だ?先ほどの風船に続いて、海面にも人を模(かたど)った彫刻のような物が・・・。

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これはクルーザーが起こしている波に過ぎないのだけれども、その形が人物に似ているので異様な感じがする。屋外彫刻を祈念する思いが、このような妖異なる物を産み落としたのであろうか?

すると連続して奇跡が起こった。高い城壁に取り付けられた梯子状の物体。これはドナルド・ジャッドの「箱」を「梯子」に置き換えたような作品かな?題して「ジョヴァンニ・スキアリの梯子」なんちゃって。

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これは、もうお見通しだと思うけど写真を90度傾けただけだよ。場所は中部国際空港セントレア。この巨大な物体は着陸する飛行機を誘導するための設備だ。クルーザーをその近くに停泊させ、下から着陸態勢に入った飛行機を見上げるという面白い経験をした。

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次に日間賀(ひまか)島に寄航した。名前のとおり暇そうな島だが、この「ぞろぞろ出て来る」という彫刻(?)作品は結構忙しそうだ。

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そして旅人を時間旅行に誘うこの看板!彫刻だけでない。この島には平面作品も勢いを持って鑑賞者を魅惑している。

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この島は街路風景がそのまま作品となっている。島独特のこの坂道を見よ。人を不安に陥れる禍禍(まがまが)しいオーラを感じ取れないだろうか?

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赤江 瀑というホラー作家に「海贄考」(うみにえこう)という作品がある。拙ブログは文学作品紹介を目的とはしていないので、その内容紹介は割愛するが、要するにそこに描かれた漁村の風景のイメージがぴったり重なるのだ。

「海贄考」では坂道を下りながら海に出ようとするシーンがある。写真のように道の両側には家並みがびっしりで、いくら行っても海に出られないという閉塞感が描かれているが、そのことだ。(創元推理文庫「日本怪奇小説傑作集 3」に収録されているので、興味ある方はぜひ読んでみて下さい)。

勿論、林丈二大先生ご専門のマンホールの蓋も健在だ。この島の特産は蛸と河豚(ふぐ)。その河豚をデザイン化した紋様だが、なかなかイケている。

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船着場の丸い蓋はもっと年季が入っている。錆もまた魅力なり。千利休もワビ・サビを奨励したではないか???

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すると、ついに目指すものを発見。この「屋外彫刻」を観よ。

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石で作られたヒヨコたち。それだけならどうって事ないが、4匹のヒヨコが並んで木の枝に留っている。普通の鳥でもヒナには難しい芸当だが、これはヒヨコ、つまり親鳥はにわとりであることに注目されたし。

F君、この記事を屋外彫刻の調査レポートとして認めてくれるかな?

浜名湖畔の屋外彫刻

2011年5月4日(水)
浜名湖へ行った。今回の旅行に際しては、おなじみF君から屋外彫刻の調査という宿題が出されていた。しかし、なかなかめぼしい作品が見つからない。というより事態はさらに悪く、そもそも屋外彫刻そのものが少なかったのだ。そんな状況のなか、浜名湖畔で屋外彫刻を見つけた。

まずは李 禹煥(リ・ウーファン)とジョヴァンニの共同制作による「座れる関係項」・・・と言ったら信じるだろうか?

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これは真っ赤な嘘で、実際はただの腰掛け。信じた人がいたらごめんね。

F君に怒られないように、もっとマジメにやろう。これは静岡県浜北市で活動中の金属作家♪長尾英久が制作した「『幸せの星』のアーチ」。

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銘版には「訪れるすべての人に幸せを!妖精の抱いている「幸せの星」にそっと触れてみてください。幸運の光りのもとで・・・」というメッセージが添えられている。横から見るとまた違った味わいがある。

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もう1つは長野県飯田市在住の石の彫刻家♪森藤繁治が制作した「はるか」。

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「未来につなごう 美しき湖 浜名」というサブタイトルが付されている。その形態は抽象化された鳥であろう。

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頭のところを流線型にせず、あえて立方体状に作ったあたりに作者の造形に対するこだわりが表れているような気がする。

なお浜名湖畔には、浜松市の「都市景観賞」受賞の銘版もあった。

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収穫が少なかったな。明日は愛知県に移動するんだけど、F君が期待したのは静岡県よりむしろ愛知県のほうだ。しかし、獲物はさらに少なかった。怖くて記事が書きにくい。F君、調査レポートが貧弱でも怒らないでね・・・。

サロンコンサート ベートーヴェンの弦楽四重奏曲

2011年5月3日(火・祝日)

「サロンコンサート ベートーヴェンの弦楽四重奏曲」(横浜市イギリス館)の演奏に参加した。

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今回は、昨年以来ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲演奏しようという遠大なテーマで開始した活動の一環だ。「ボージョレ・ヌーボーのような初めての作品と熟成した晩年の大作の詰め合わせをどうぞ」という気取ったサブタイトルと、演奏の腕前のバランスに少々難があるが、まあ許して戴きたい(苦笑)。

「ボージョレ・ヌーボーのような初めての作品」とは♪弦楽四重奏曲 第3番 ニ長調 作品18の3を意味する。「第3番」と呼ばれているが、実はこの作品は初めて書かれたので実質上第1番なのである。

これに対して「熟成した晩年の大作」は♪弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 作品127のことであり、晩年のベートーヴェンが行き着いた「後期弦楽四重奏曲」の枯淡の境地の扉を開ける曲だ。

演奏グループは「クワトロ・ロッソ」。このグループ名において記念すべき初めての演奏だ。前回演奏までは「半世紀弦楽四重奏団」あるいは「クワトロ半世紀」と自称していたのだが、今回から改称した。そして「ロッソ」(赤)にちなんで全員赤いシャツで統一し、プログラムや譜面隠し台紙まで赤に統一するというこだわりを実践してみた。なぜ「ロッソ」か、という細かい事はあまり追求しないで戴きたい(苦笑)。

これでベートーヴェンの弦楽四重奏曲全17曲(「大フーガ」を含む)のうち累計4曲こなしたことになる。まだ4分の1を消化したに過ぎず、今後の道のりが長いのだが、最後の1曲まで弾ききることができるであろうか?

2011年5月 3日 (火)

国展:彫刻

第85回「国展」(国立新美術館)に行った。

毎年楽しみにしている展覧会だが、展示点数が膨大なので時間が足りないのが難点というか嬉しい悲鳴だ。絵画、彫刻などのジャンルで展示会場が分かれているが、どのような順番で観るか、どこで中断して休憩するか、などという点も満足度に影響を与える。

今回は彫刻から先に観ることにした。この展覧会に来るきっかけを作ってくれた岩崎幸之助の作品「太陰暦」にまず一礼。アンモナイトのような有機的形状と、数学的・幾何学的な構成が融合している。大好きなブランクーシを彷彿とさせる世界だ。

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屋外展示場に出ると、松川善光の「永久機関」が目についた。古代の科学者が真剣に追い求め、遂に成し遂げることが出来なかったこのテーマを、現代のアーティストが取り上げ芸術作品として甦らせてくれた。すっきりとしたところが好感を持てる。

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菊地伸治の「箱舟とバベルの末裔」はおなじみになった作品シリーズだ。階段がどのように続いているのかと、つい作品の周りをまわって観てしまう。幻想的構造物は大好きなテーマだし、作品も期待に応えてくれていると思う。

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きくちまことの「遥かな宙から」も面白い。大小の円が夜空の星に見える。また直方体状の作品全体が宇宙から飛来した隕石のようにも見える。そんなダブルイメージを感じさせるのがこの作品の魅力だ。

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屋内に戻る。石谷孝二の「湖月」はユニークな作品だ。簡素なたたずまいだが、深い幻想的な味わいがある。

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原透の「時間軸のためのランドスケープモデル」は添えられた人形との比較から巨大な作品の試作モデルであると思う。以前作家と話す機会があったが、このような作品を公共の場に設置する際は、人通り、日照など様々な制約条件を克服しなければならないと聞いた。彫刻家も苦労が多いんだなあ。

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美術アーカイブ:小学2年生

2年生になると描く対象が広がり、実際に目にしたものでなくても描く場合がある。例えば、私は生まれてサーカスを観たことが一度もない。するとこの絵は想像画ということになる。メガホンを持つピエロに比べ、ぞうさんが小さすぎるところが子供の絵らしい。

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そしてジョヴァンニ少年は大売出しで賑わう街の絵で遠近法を披露する・・・というのは嘘で、この絵が透視図法を使ったように見えるのは偶然である。

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純粋抽象も忘れていない。でもこの絵は幼稚園時代に描いた抽象画に比べ、力量が落ちているように見えてならない。

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絵は社会科の学習にも役立てられる。これは「手紙の届くまで」を図解したものだ。結構よく描けていると思うのだが、飛行機がバイクより遥かに小さいあたりが気になって仕方がない。

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2年生で最高の出来だと思うのがこの写実画。ベランダのてすりが逆遠近法になっているように見えるが、まあ大目に見て欲しい。

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2011年5月 2日 (月)

美術アーカイブ:小学1年生

小学校に入学したら、お絵かきも春夏秋冬にわたり系統だって行うようになった。というのは後からこじつけた理屈だが、各季節の代表的な「作品」を並べてみよう。

春はピッカピカの1年生が登校だ。(でも生徒たちは傘を持っている。実際にはこれは梅雨どきの絵ではないか?と思ったが、春夏秋冬を網羅したいので、まあ許して戴きたい。)

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夏は運動会。子供達の躍動感がよく描けている・・・と思いたかったが、何だこの下手な絵は!

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秋は月見。しかし絵の巧拙はともかく、小学生の私は結構渋い趣味をしていたんだな。

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冬は雪合戦。これも涙が出そうに低レベルの絵だが、1年の終りを締める関係上、ここに登場してもらわないと困る。

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ところで小学校ではお絵かきの他に「絵日記」なるものも続けていた。その中に資料的価値(私にとって)があるページがあった。文中「ピアノ」という言葉が読める。

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ということは、私が小学1年生の時には既に我が家にピアノがあったのか。私は小学3年生の時にピアノが来たという記憶があるのだが、この絵日記を読んでその記憶が誤っていたことを発見した。

そしてもう一つのページでは、スケールの大きい表現が見つかった。イチゴがあり、ツバメは東に、スズメは西に飛んで行ったというくだりだ。

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これって植物と動物を他のものに置き換えたら、与謝野蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」と同じ構造をしているではないか!

美術アーカイブ:幼稚園

このところ「過去帖」の記事を多くアップしているが、これにはわけがある。最近とある事情により我が家に大量の荷物が運び込まれ、書棚や食器棚はもちろん、収納スペースも占拠され、さらには床や廊下にまで侵略されているのだ。

この悲惨な状態から脱却するためには、裕福なら倉庫を借りるなどの手段があるだろうが、私には無理だ。その結果、唯一可能な方法は物を捨ててスペースを生み出すしかない。

そこで大量に積んである昔の紙類を整理しようと思い付いた。処分する対象でまず狙ったのは展覧会のチラシや半券などだ。そのような経緯で生まれたのが「アート過去帖」だったのだ。

そして処分対象は子供時代に描いた絵にも及ぶ。なかには愛着があって手元にずっと残したい「作品」もあるが、大半は捨てても構わないものばかりだ。そこでめぼしいものを撮影し、面白いものは記事で紹介することにした。

その第1回として幼稚園時代の絵を取り上げてみた。まずは「普通の絵」。自分自身と思われる男の子が凧を揚げている絵だ。泣きたくなるぐらい下手な絵だが、凧が太陽より上まで揚がっているところに注目されたし。

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次は列車の絵。これは面白い。線が造形的である。(そうでもないか)

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次はすごいぞ。これはクレーの「まだ手探りしている天使」に似ているぞ。(似てないかなあ)

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そして抽象画2題。ジョヴァンニは幼稚園の頃から純粋抽象を目指していたのでアル、の巻。

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絵葉書の世界:日米同時撮影というコラボ

この2枚の写真は展覧会のためにニューヨークと神奈川県藤沢市の2カ所で同時に撮影されたものだ。地球の反対側に居住する二人のアーティストが時間というものにこだわったコラボレーションといえよう。

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作家はニューヨーク側が竹田あけみ、日本側が鍋島正世。展覧会の母体は「ISE文化基金」で展覧会は「フロント・プロジェクト・スペース」と総称される。その企画の一つとしてこの日米同時撮影の展覧会が開催されたものだ。2006年に始まり現在まで継続されているという。

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これは河原温が行った毎日絵葉書を送り続けるというコンセプチュアル・アートに発想が似ている。異なるところは、河原温が個人プレーであるのに対し、このプロジェクトはアーティスト2人のコラボであるという点だ。

個性が異なる二人のアーティストが撮影した写真の邂逅は、時にシュルレアリスムの「手術台の上のミシンとこうもり傘出会い」に似た新鮮な驚きを引き起こすことが考えられる。

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鍋島も展覧会の案内に「ほぼ同時に撮られたということのみで通じ合う2枚の写真は、時として、驚くべき、思いがけないものをみせてくれています。」と書いている。

これら2枚の写真では、左(ニューヨーク)の歩道の縁の直線が、右(日本)の手すりに繋がっている。ニューヨークの街角を歩いていて、ある境界線を超えた途端に日本に瞬間移動してしまう、といった幻想が沸き起こる。また両者では視点の高さが異なるから、境界線を中心に空間がねじれた感覚に襲われる。このような観かたは鑑賞者一人一人で異なるから、他の人の感想を聞くのも楽しいと思う。

2011年5月 1日 (日)

父娘による声楽コンサート

「父娘による声楽コンサート」(レスプリ・フランセ:鵠沼)に行った。

テノール歌手が高校の同級生と娘さん、ピアノ伴奏が妻(仮名ジョアンナ)という演奏メンバーだったので私は高密度の「カンケーシャ」であった。そのため演奏、曲順などについての感想は何も書けない。

最も印象が強かったのは娘さんが歌ったベッリーニのアリアだ。彼女の歌声はハイ・ツェー(ハ長調で高いドの音)まで届いていた。

以前私は「鉄腕アトム」の主題歌をアレンジして「♪ソ、ラを超えて、ラララ、シまで出ちゃう・・・」という替え歌を作ったことがあった。私はソプラノの音域のことを知らなかったので、このシの音が出るだけですごいと思っていたのだ。しかし今回の曲はその上のドまで要求する曲だった。

打上げは藤沢の「海(か)ぶね」。演奏者を褒め、苦労をねぎらった一同は、ビールと日本酒で勢いづき、「クラシック音楽とは」など漠としたテーマで熱く語り合った。

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