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2011年3月31日 (木)

哲学者が捜し当てた不老のパワースポット?

愛犬「哲学者」の散歩コースの途中にある定点観測地点―そこにはかつて愛犬の「竹馬の友」ならぬ「木馬の友」が2体いた。これは3年前のその頃撮った写真だ。

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それから1年後、「木馬の友」のうち1体が重症を負い治療を受けた。

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そして傷が悪化し、とうとう昇天してしまった。がっくり頭を垂れる哲学者。

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そして現在、残った1体も寿命を終え、哲学者だけが一人淋しく残された。もう学問を語り合える仲間はいない。ジョヴァンニは音楽の話はわかるが、哲学音痴なので相手にしてくれない。

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この一連の定点観測写真をあらためてよく見ると、哲学者はその期間、全く歳をとってないことに気が付いた。これは何ゆえの現象であろうか。この地点が最近話題沸騰の「パワースポット」なのであろうか?

2011年3月27日 (日)

彫刻家エル・アナツイのアフリカ

2011年3月27日(日)
「彫刻家エル・アナツイのアフリカ」(神奈川県立近代美術館・葉山)に行った。辻晉堂展と同じく最終日だった。

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アルコール飲料の瓶の蓋を無数に繋ぎ合わせて作られた巨大なタペスリーは圧巻だった。日常生活で何げなく使い、捨てている物を構成することによって、こんなに美しい芸術作品が生まれるのかと感心した。

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一つ一つの要素が同じ形と大きさをしていて、それらを集積して作品を作り出す手法は音楽に例えるとミニマル・ミュージックのようだ。しかし視覚芸術の場合は一目見た瞬間に全体像が認識できるが、音楽の場合は時間が経過しないとその組み立て方がわからない。当たり前の相違だが、このような手法は音楽より視覚芸術のほうが適合しやすいのではないかと思った。

その他の作品で私の好みに合っていたのは「川」、「流れ」などの抽象作品だ。これらは切り込みを付けたり彩色されたりした細長い木片を木琴の鍵盤のように並べたものだ。構成感と共に音楽的リズムも感じさせる作品が多く楽しかった。

葉山館は遠かったが行って良かった。今回見逃したら、いつ観るチャンスが訪れるかわからないから。今日は自分が出演するはずだったコンサートが中止された。それは大変残念なことだったが、そのおかげでこのように素晴らしい展覧会を観ることができたのでよしとしよう。

辻晉堂展

2011年3月27日(日)
「生誕100年 彫刻家 辻晉堂展」(神奈川県立近代美術館・鎌倉)に行った。最終日ギリギリだった。

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愛着を覚えたのは寒山拾得の伝承にちなんだ作品だ。大きな陶彫「寒山」と「拾得」は対峙するように置かれていた。さっそく絵葉書を購入。そのうち「寒山」は鬼才音楽ライターのハシビロコウさんに送った。

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それらの2作品の近くに、こんどは寒山と拾得を合体させた「寒拾」という鉄の作品があった。これはまた一段と重厚で渋い味わいがあった。

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その他にも陶彫の「顔(寒拾)」、リトグラフの「寒山拾得」などの作品があり、辻晉堂がこのテーマに愛着を持っていたことがわかって嬉しかった。

ユーモラスな作品も多く展示されていた。なかでも面白かったものを列挙してみよう:
♪潰れた空き缶をそのまま大きくしたような作品「潰罐形象」
♪茶碗に高く盛られたご飯を塔に見立てた「オマンマの塔」
♪招き猫の真似をそのまま作品名にした「マネキネコノマネ」

具象から出発して抽象、そして「反彫刻的彫刻」に至る辻の創造の過程がよくわかる展覧会だった。同行した妻(仮名ジョアンナ)も楽しそうだった。

山下菊二コラージュ展

2011年3月27日(日)
神奈川県立近代美術館3館をハシゴした。まずは鎌倉別館の「山下菊二コラージュ展」。戦争や狭山事件に題材を求めたメッセージ性の強い作品は強烈だ。

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展覧会の印象とその刻々の変化は次のようなものだ:
1.第一印象として、まずは作品の見事さに強い印象を受ける。
2.しかしよく観ると悲惨な事件に関する内容を取り扱っているので気分が暗くなり、嫌な印象が拡大する。
3.そんなマイナス面を感じても、作品そのものの造形的魅力があまりにも大きいため、結果的には作品を素晴らしいと認めざるを得なくなる。

別の言い方をすれば、山下菊二の社会的テーマを扱った作品は好きかと聞かれたら「嫌いです」と答えるが、その存在には一目も二目も置くという感じだ。

2011年3月24日 (木)

絵葉書の世界:赤いヴァイオリン

これは10年前の展覧会で購入したラウル・デュフィーの「赤いヴァイオリン」の絵葉書。音楽ライターの鬼才ハシビロコウさんに送った。

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こんな感じの曲を作曲したことはあるが
  この曲を作曲したわけでもない
こんな感じの曲をチェロで弾いたことはあるが
  この曲を弾いたわけでもない
こんな感じの曲を昔コンサートで聴いたことはあるが
  最近聴いたわけではない
このヴァイオリンより大きいチェロを弾いたことはあるが
  私はヴァイオリンは弾けない
茶色のヴァイオリンは見たことがあるが
  本物の赤いヴァイオリンは見たことがない

でも、この絵を観たら楽しい感じがした
  今、絵葉書を観ても楽しい
どうして楽しいんだろう

赤いヴァイオリンがあってもいいじゃないか
楽しければ

2011年3月23日 (水)

実施にこぎつけたのに、結果的に中止となったコンサート

今週末、東京都内の某所で予定していたコンサートが二転三転して、結局中止となった。

せっかく地震の呪縛から逃れて実施のメドがたったのに中止となった理由は、冠婚葬祭の関係でコンサートに優先することが起きたからだ。先日相方と即興ユニット「トマソンズ」を結成し、永山での最初のコンサートが中止となった。そこで今度こそデビューするぞと思っていた矢先のことなので、誠に残念だが仕方がない。

今後震災への対応が進んだ段階で、ぜひ「トマソンズ」のお披露目をしたいと思う。相方と私がそれぞれ描いたイラストを並べてユニットの「イコン」まで用意していたので、それも機会をみて披露したいと思う。乞うご期待。

2011年3月21日 (月)

中止するかもしれなかったが、やはり実施することにしたコンサート

来週末3月27日(日)の昼下がり、東京都内の某所で「内輪コンサート」を予定している。地震、計画停電、交通混乱、放射能などの逆風が吹き荒れている中、演奏者仲間からは中止すべきという声も多く出ていた。

しかし世の中では「あしおとがきこえる?おどるなつこ」など、イベントが中止されても急遽別のイベントを立ち上げて実施するなどの「元気」がまだ残っている。私たちも負けてはいられない。そこで、数々の制約がありながらイベントを実施することにした。これから1週間の様子をみて、出演できないメンバーも出る可能性は否めないが、仕方がない。

ただこのコンサートは主催者というか世話役の仲間が「内輪」というトーンを打ち出している関係上、演奏者以外はごく近しい人達だけ来場して戴くことになった。そのため、ここでは時間・会場などの具体的なPRは差し控えておくことにした。

会場のステンドグラス。これだけ見てどこだかわかる方は相当なマニアです。

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プログラム後半では、相方と共にチェロとピアノで即興演奏を行う予定だ。「世界一バイエルとブルクミューラーが似合う男」の私が弾くピアノなど真顔で聴ける人はいないだろうなあ。また即興に関しては、ピアニストKYOUさんのような巨匠を知ってしまった立場で何が出来るのかと言われそうだ。でもまあ内輪コンサートなので許して戴きたい。

ジョヴァンニの下手な即興演奏を聴いて優越感を持ちたいという方がおられたら、メール下さい。私のメルアドを知っておられる方々なら仲間も「内輪」と認定してくれるでしょう。来場者を制限するなど「なんと傲慢な」という感じですが、そういう意図ではなく「内輪」制限のためですので、どうかご容赦ください。

2011年3月20日 (日)

中止でも中止しない不屈のイベント

2011年3月19日(土)
「チャリティーパフォーマンス “あしおとがきこえる?踊るなつこ”」(イトーヨーカドー大船店)に行った。

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地震の影響で多くの催し物がキャンセルになっている。この日も鎌倉芸術館での音楽祭が中止となり、出演予定だった「踊るなつこ」(伊藤夏子)が急遽アレンジしたイベントだ。

タップダンサーの伊藤夏子と鈴乃の母娘は相変わらず息の合ったステージを楽しませてくれた。今回、伊藤鈴乃は歌も披露してくれた。

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また「サファリパーク・デュオ」なる兄弟の演奏も素晴らしかった。お父さんはドラムスの達人。そのDNAを継承しているのだろう。

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来場者を交えてタップダンスの体験もあった。

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「踊るなつこ」のステージは鑑賞する人に明るさと活力を与えてくれる。震災でへこみがちな心を癒し、前向きな気持ちに変えてくれるようだ。

2011年3月17日 (木)

個人としての被災地支援の形

被災地を支援したいが、個人として具体的に何をどうやれば良いかという事は非常に難しい。

例えば、インスタント食品を50個買って被災地に送ろうと思ったとする。でも公的な支援により、そういう物は既に何万食も送られている。交通事情により、本当の被災地まで届かないという状況があるようだが、いずれにしても個人としては何も出来ないも同然であろう。では個人として、いったい何ができるのだろうか?

結局私は(小額ながら)義援金を送ることにした。しかし公募されている義援金には次の不安が付きまとう:
1.集められたお金は本当に被災地支援に使われるのか?誰か悪意を持った人間がくすねたりしないか?
2.全額が善意を持って処理されたとしても、本当に困っている人を助けるために有効に活用されるだろうか?

そこで私は個人的に親しく、信頼しているある人に送金することにした。その人は自分の事務所を避難民の受け入れ先として使おうとしている。本当は毛布などの実物が効果的なのであろうが、それは難しい。せめてお金で支援できれば、と思ったのである。この話は、その人と面識があり、その人を尊敬する他の人たちにも広める予定だ。

このブログを通じて不特定多数の人に呼びかけた方が金額的には多く集まるかもしれない。でも残念ながら、それはできない。信頼性の問題から、私とその人の両方をよく知っている人に限定してお願いをしてゆくつもりだ。

私は、たまたま偶然、被災地で人のために尽くしている人を知っていたので、このようなアクションができた。そういうつてが無い場合はどうしたら良いか、残念ながらアイデアは無い。ただ、このメッセージが何らかの参考になり、被災地を助けようというきっかけ作りになってくれれば有難いと思う。

2011年3月14日 (月)

出演したかったけど、できなかったコンサート

永山公民館・ベルブ永山で「サロンライトコンサート」が企画され、私も出演する予定だった。しかし天変地異の猛威はそこにも訪れ、中止となってしまった。主催者にとっては、中止というのは苦渋の決断であったと思うが、いたしかたない。地域住民の方々の安全が第一であろう。

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今回のコンサートは、相方と結成したばかりの即興ユニット「トマソンズ」の初舞台であった。それだけに、中止は大変残念だった。次回(もともと第2回、実質上初回)に向けて準備を怠らないようにしよう。

2011年3月13日 (日)

行きたかったけど行けなかった音楽会:東雲打楽器二重奏

3月11日に「第一回 東雲打楽器二重奏コンサート」という音楽会が上野の奏楽堂で予定されていた。

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私は演奏者のファンなので行くはずだった。しかしその当日、大地震という予期せぬ天変地異により電車が動かず、上野まで行くことが阻まれた。実施されたらとても悔しい思いをしただろうが、結果的にそのコンサートは中止となった。

人々の安全を考えたら、中止というのは止むを得なかっただろう。残念ではあるが、そのような状態のなかでの最善策であったと思う。それより後日、気持を新たに「仕切り直し」をぜひ実現させてもらいたい。

今回はユニット結成後、初の晴れ舞台になるはずだった。それを地震に阻止されたわけだが、このまま引き下がるのはあまりに悲しい。支援者も多いユニットなのだから、ぜひリベンジして欲しい。地震に負けないで下さい!

行きたかったけど行けなかった展覧会:楽芸会

先日、茅ヶ崎・ハスキーズギャラリーで「第7回 楽芸会 -茅ヶ崎 美術と音楽の出会い~融合―」が開催された。彫刻家の岩崎幸之助をはじめとするアーティスト(画家、陶芸家、写真家、彫刻家、染色デザイナー)の作品展示に音楽家がコラボするクロスオーバーな催しだ。

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前回行って大変楽しめたので今回もぜひ行こうと思っていた。しかし抜けられない用事が出来て、残念ながら見送ってしまった。

同ギャラリーでは、私も高校の同級生の有志を募り似たようなコラボを企画・実施したことがあった。そしてバラエティー度では負けていなかった。しかし私達がプロアマ混成部隊であるのに対し「楽芸会」はプロ集団なのでクォリティー的には遥かに上をいっている。だからこそ、レベルの高いものを見聞きして自分達の糧としたかったのだ。次回はぜひ足を運びたい。

2011年3月10日 (木)

史音の会

2011年3月5日(土)
「史音の会」(レスプリフランセ:鵠沼)に行った。藤原歌劇団のオペラ歌手・右近史江先生の門下生の発表会だ。史音は「ふみね」と読む。これは史江先生を囲んで音を発するという意味だと思う。私はチェロでほんの2曲ばかりチョイ出の伴奏を弾いた。

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では専門(?)の「曲順評論」に入ろう。前回(昨年1月)の史音の会では「前半が歌曲、後半がオペラアリア」という内容主体の構成になっていた。このやり方の意欲的なところは、初心者とベテランを均等配置した点だ。つまり前半にも後半にも、初心者とベテランが共存するという形なのだ。

これに対して今回は第1部が初心者、第2部が上級者ならびにゲストという構成になっていた。世間一般では、今回のような配列のほうが多数派であろう。特におけいこ発表会ではこの構成が定番だ。今回はその定番配置に戻したわけだ。

構成の可否を論じるのは難しい。それぞれ一長一短があるからだ。発表会という性格上、観客は関係者に限定されるから、初級者の演奏にも寛大で、愛情をもって聴いてくれるだろう 。そういう観点からだと前回のような構成も悪くないと思う。初級者もヤル気が増すであろう。

しかし、後半に優れた演奏者を置き、最後に向かって盛り上げてゆくと、カンケーシャといえどもやはり楽しいだろう。そういう理由で、今回の定番配置は無難な線に思える。

結論は出せないが、このように毎回プログラム構成に手を入れ、変化をもたせるのは素晴らしい試みだと思う。右近先生、今回もお疲れ様でした。

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拙ブログは演奏評論を目的としないので、ゲストの演奏について具体的なことは書かなかったが、伊豆原孝(バリトン)、小川智子(ヴァイオリン)、鈴木沙南惠(ホルン)、土門洋(ヴィオラ)、林紀子(ソプラノ)<五十音順・敬称略>はみな素晴らしい演奏だった。

妻(仮名ジョアンナ)は全曲のピアノ伴奏を担当した。お疲れ様。また最後に一言、レスプリフランセは素晴らしい店だ。雰囲気もいいし、響きも悪くない。

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2011年3月 3日 (木)

風物詩:ハワイ オアフ島一周・自然物

人工物の猛攻を迎え撃つ自然物たち。

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風物詩:ハワイ オアフ島一周・人工物 

自分は自然物より美しいと自負している人工物たち。

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今日の英語:阿吽(あうん)

久しぶりにこのテーマで記事を書いてみたくなった。きっかけは最近読んだ日本語の文献だ。

日本語原文: 阿吽(あうん)の呼吸で達成する
その英訳: Accomplish through implicit communication

この一節は、ビジネスを進める際、日本人は明確な言葉を交わさなくても互いに通じ合って事を成し遂げることができる、という事を欧米人に説明する目的で書かれたものだ。

上記の英訳はよく出来ていると思うし、それに対して私の下手な英語でとやかく言うことはできない。ただ私が懸念するのは、この英語を日本の実情について全く知らない外国人が読んで意味がわかるだろうか?という点である。まあでもこの文献は、日本についてある程度の知識を持つ欧米人を対象にしているから、実際には問題が起きないだろう。

それより気になるのは「implicit」という単語の持つイメージだ。「阿吽」という日本語を英語に訳すと「implicit」となり、それをまた日本語に訳し戻すと「黙示的」となる。すると直ちに連想するのが「黙示録」だ。デューラーの版画が眼に浮かんでくる。このように「訳し戻し」をすると興味深いことがいろいろ出てきて面白い。

「阿吽」というと、比較的軽い日常的コミュニケーションの雰囲気があるが、「黙示的」というと突然宗教的になり固くかつ重くなる。欧米人は上記の英語を読んでどのようなイメージを抱くのであろうか?考えてみると奥が深くて不思議だ。

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