« マラト・シェミウノフ個展 | トップページ | 横浜西洋館:路上観察 »

2010年12月17日 (金)

高瀬省三・石橋聖肖展

2010年12月17日(金)
「高瀬省三・石橋聖肖展」(平塚市美術館)に行った。チラシはA3二つ折リで高瀬、石橋それぞれが表と裏の2ぺージで紹介されている。

本来の私の好みに合っているのは石橋聖肖(まさのり)の作品だ。チラシ表紙に採用されたのは「丘」。山の周囲を螺旋状に取り巻くように階段や道が設けられ、頂上に建造物が置かれたタイプの彫刻作品は魅力でいっぱいだ。

Photo_3

これに似たタイプの作品としては「国展」で観た菊池伸治の「彼の居場所」や東京画廊で観た杉山功の「神居・SANTUARIO」シリーズなどがある。いずれも素晴らしいが、石橋の場合は彫金ならではのずっしりした質感が好ましい。

チラシの裏の右上に紹介された「水恋」は構成美と幻想という私が最も好む二つの特質を併せ持った作品だ。桟橋を支え海底まで達している多数の支柱が並ぶことにより、心地よいリズムが生まれる。そこにはバッハの音楽のような構成感がある。それと同時に、人の気配がない桟橋に繋がれた小舟と釣り小屋が何とも言えない心象風景を形作っている。

_

チラシ裏の左上に紹介された「机上舷想」もまた好きになった作品だ。第一に名前がいい。海から帰った主人が向かうデスクの上に船が乗っている。模型にしては大きすぎ、本物にしては小さすぎる。この中途半端な大きさに眩惑されたら、もう石橋の術中に嵌ってしまっているのだろう。「舷想」は「舷窓」と「幻想」とを掛け合わせた異端児なのであろう。

他には「絵画的空間考察」や「もっと遠く、より近く」が面白いと思った。

石橋に対して、展覧会場に来るまでは高瀬省三はあまりピンと来なかった。チラシ表の「午後の魂 男」を見ても、人間の手が木の枝になり、頭には貝を抱いているという外見上の面白さ以上の内容が見えなかったのだ。

Photo_4

ところが会場で直接作品を観たら、高瀬作品から強い印象を受けた。チラシ裏の右上に紹介された「海の音」は窓枠に女性が腰掛けている姿を現しているが、会場ではその全体がすっぽりと黒い箱の中に納められていた。箱の正面の開口部から覗き込んで観たその作品は、「コーネルの箱」のような妖気を放っていた。コーネルと異なるのは、内容が実にシンプルだという点だ。シンプルさは静けさにつながる。この作品は静かな独自の世界を作っていた。

__2

チラシ裏の右の真ん中で紹介された「古代魚もしくはベンチ」は流木を利用した高瀬らしい作品だ。一見、流木にほとんど手を加えず、足を付け足した程度の加工しか施していないように見える。しかし全体のバランスや構成には鋭いセンスを感じる。

他には「海の卵」や「本」などが好ましい作品だった。石橋、高瀬ともにまたいつかまとまった形で作品を観たいと思う。有意義な展覧会だった。

« マラト・シェミウノフ個展 | トップページ | 横浜西洋館:路上観察 »

コメント

 流石に観るポイントが違いますね。ジョヴァンニさんの鑑賞記を読んで、石橋さんの作品を今一度じっくり観たくなりました。
 高瀬さんは作品を制作した一年間の闘病後に他界されたので作品数も限られており、おそらく今回展示されたもの以外にはないかもしれません。彼はかって平塚の男声合唱団で歌っていたのですが、病魔に襲われたために私が入団する前に退団してしまい、お会いすることができなかったのが残念です。

クー介さん、コメントありがとうございました。ご教示いただいたので足を運んだのですが、観に行って本当に良かったと思いました。今後もよろしくご指導ご鞭撻お願いいたします。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/163862/38119549

この記事へのトラックバック一覧です: 高瀬省三・石橋聖肖展:

« マラト・シェミウノフ個展 | トップページ | 横浜西洋館:路上観察 »

最近のトラックバック