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2010年11月29日 (月)

「総合ミュージアム」をつくろう展

2010年11月27日(土)
「総合ミュージアム」をつくろう展(藤沢市民ギャラリー)に行った。

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地元ひいきの発想ではあるが、藤沢市は芸術家が多く住み、芸術に対する市民の愛着も強い土地柄だと思う。それなのに藤沢市には美術館が無い。コンサートホールも、市民会館があるが少々くたびれている。これはいったいなぜなのか?

私は自分なりにその原因を考え、思い当たることが多々ある。しかし原因を究明しただけでは何も始まらない。それよりもアクションをしなければ。

今回の展覧会はアーティスト有志が「藤沢市には現役で活躍しているアーティストがこんなにいるのだから、相応のミュージアムをつくろうね」というメッセージを広く投げかけ、理解を得るために企画した催しだ。私はその趣旨に賛同し、微力ながら支援したいと思ってこの展覧会を観た。

有益だったのはギャラリートークだ。出品者全員(病気などで来られなかった人を除き)が自作についての思いや考えを述べたのだ。普段展覧会に行って作品を鑑賞しても、その作者の話を聞く機会は少ない。今回のように展覧会の展示作品のほぼ全部に関し、その恩恵を得るというチャンスは貴重だった。ありがとうございます。

今回の展覧会には、私の友人や最近親しくなった画家の作品も展示されているが、具体的な記述は割愛する。別途お一人お一人に感想を伝えようと思うけど。

2010年11月24日 (水)

木版の詩(モクハンノウタ)

2010年11月24日(水)
「木版の詩(モクハンノウタ)」(ギャラリーかわまつ:神保町)に行った。

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この案内葉書の素敵なこと!恩地孝四郎の挿画本「蟲・魚・介」の版画を並べてデザインしたものだ。この美しさが磁力のように作用し、吸い込まれるようにしてギャラリーに行った。

今回のテーマである木版画をひとおおり鑑賞した後、所蔵のポスターを見せてもらった。そこで思い付いた事があるのだが、その内容はしばらく秘密にしておく。ある人をそそのかしてまとめ買いさせようという魂胆なのだが、成功するかどうかわからないから。

いずれにしても、ギャラリーかわまつさんの案内葉書はいつも素晴らしいデザインで、それを観るだけで楽しくなってしまう。制作者がよほどいいセンスを持っておられるのだろう。

2010年11月23日 (火)

草花に想いをよせて展

2010年11月23日(火)
「それぞれにとっての『草花に想いをよせて』展 ―松本千鶴個展 並びに 教室生徒合同作品展-」(岩崎ミュージアムギャラリー:横浜)に行った。

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植物画は難しい。そして松本千鶴の作品は、一見真似できそうだと思っても決して真似できない。以前 体験教室で先生の作品に似せる努力をして描いてみたが、全く歯が立たなかった。ベテランの生徒さんの中には、さすがに先生の作品に近づいたと思われるものも散見されたが、それでも同じレベルには達していない。それほど難しい世界なのだ。

ただ、先生の描き方を参考にしつつも、自分自身の個性を求めて修行に励んでいると思われる生徒さんの作品もあった。そうやって様々な個性が花開くのは素晴らしいことだと思う。そんな事を考えさせられる展覧会だった。

熊坂兌子展

2010年11月23日(火)
「熊坂兌子展」(現代彫刻美術館:目黒)に行った。

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以前より藤沢市民会館広場に設置された「PEACE」と江ノ島の「かながわ女性センター」広場に鎮座した「自由の翼」が気になっていたので、いつか熊坂兌子の作品をまとまった形で観てみたいと思っていた。今回それが実現したわけだが、期待をはるかに上回る満足度を得られた。

どのような点で満足度が高かったかというと、様々なタイプの作品が展示され、それらがみな楽しいオーラを発していたということになる。

大好きな抽象では「ハーモニー」、半抽象ものでは「立方体的母子像」が直線と曲線の楽しい組み合わせを演出していて良かった。

幻想性を求めるなら「砂漠の夢」や「巫女の居る所」などの作品が、それらに設けられた階段や方形の穴の醸し出す雰囲気により、充分に期待に応えてくれていた。

ユーモアが欲しければ「チェス好きの家」が用意されている。このように熊坂兌子の作品には多様な側面があり、それらすべてが観る人を愉しませ、充実した時間を与えてくれるものだった。

また2階の常設展示では、熊坂兌子のご伴侶であるサール・シュワルツの作品も観ることができた。アルカイック・スマイルを想わせる人の頭部と、屏風を立てたような抽象作品が並んでいた。素敵なたたずまいだった。

この美術館は彫刻に造詣の深い初代館長 渡辺泰裕氏のセンスとエネルギーによって創設され、維持発展してきたと聞いた。それがいかに素晴らしい業績であるかは、活字の情報だけでは理解しにくいと思う。実際に同美術館を訪れ、展示物を観て、関係者の話に耳を傾けてようやく実感できることだと思った。

案内をして下さった彫刻家の平山隆也さん、ありがとうございました。おかげさまで充実した時間となりました。

平本公男展 森の幻想

2010年11月21日(日)
「平本公男展 森の幻想 -素描・油彩-」(湘南画廊)に行った。

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このところ平面・立体ともに抽象作品ばかり追いかけているので、具象作品を観ると非常に新鮮に感じる。そして樹木の葉に反射した光など、具象絵画で表現された魅力をあらためて感じ取ることになる。そのような出会いは、抽象寄りに振れすぎた私の趣味の振り子を多少なりとも具象側に引き戻す作用があるらしい。

ところで、案内葉書に採用された裸婦像「想い」の実物を観て不思議な印象を受けた。このモデルは体の輪郭からして少女であろう。しかし、かすかに振り返ったその横顔を観るとその表情には、わずかではあるが妖艶さが表出されている。このギャップは何だろうか?それが平本公男の人物画の魅力を解き明かす鍵となるかもしれない。

2010年11月18日 (木)

岩崎幸之助 彫刻展

2010年11月17日(水)
「岩崎幸之助 彫刻展」(成城さくらさくギャラリー)に行った。

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大好きなアーティストだ。岩崎幸之助の彫刻のどこを好むか?それは直感的な要素を含むので、言葉で説明すると本筋から外れてしまう恐れがある。あえて述べるなら、同じく大好きな彫刻家コンスタンティン・ブランクーシのように理論的・都会的な構成と、感覚的・自然的な肌触りが同居しているからということになるかな。

これまで観てきた岩崎幸之助の作品には「水太鼓」と「太陰暦」という2つの流れがある。ブランクーシに例えれば「マイアストラ」の連作という感じだ。今回はどちらのグループにも新しい試みがあって楽しかった。

これまでの「水太鼓」は穴を掌などで叩いて音を出すタイプが主流だった。今回はそれに加え、水に浸した作品を回すと静かにゴボゴボという水音がする癒し系の作品が展示されていた。またギャラリーの入口外には、大きな円形の作品があった。これは回すと中に入れてある小さな石が転がってゴロゴロ音がするという作りになっていた。

「太陰暦」にも新しいバージョンがあった。小さな3つの作品を三角形状に並べ、その上にリング状の作品をかぶせるように置いたものだ。その置きかたをいろいろ変えることにより、異なる印象となる点がポイントだ。このリング状の部分は外観が滑らかに磨かれ、内部にはワイルドな鋭い切れ込みがいくつも見られた。戸谷成雄が木製の彫刻の内部にチェーンソーで鋭い切れ込みを入れた感じを想いだした。ただし石と木という素材の違いにより、両者の印象はかなり異なっている。

これら2つの流れ以外にも、チラシの中央(案内葉書の右側)に紹介された「太陽柱」など興味深い作品が多数観られ、充実した展覧会だった。

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2010年11月13日 (土)

藤沢市 芸術文化展

2010年11月13日(土)
「第31回 藤沢市 芸術文化展」(藤沢市民ギャラリー)に行った。

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先に画廊「gineta」で観た平松敬子のパルプと古布の作品「月の布告」と再会できて良かった。平松敬子ご本人によると、この作品は分類に苦慮するそうだ。平面作品なので、一目では絵画か版画のように見える。しかしパルプを自分で精製するあたりは工芸に近い。

全体的には、この展覧会は写真と華道が最も活気に満ちているように思えた。目をみはる優れた作品が多かったからだ

私が愉しんだ27点展

2010年11月13日(土)
「私が愉しんだ27点展」(カフェ・アダージョ:藤沢)に行った。

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「喫茶店の壁面に小品を飾ってあるだけじゃないか」と侮るなかれ。その内容が濃かったのだ。有名どころでは、アイオーや八木一夫の作品に会えたし、他にもイブラヒム恵美子
の「鳥は友」などの佳品があった。

この喫茶店には初めて行ったが、美味しくお茶してアート鑑賞ができるスポットだった。客層はその会話の内容からアーティスト本人や画商の人達だとわかった。「ギョーカイ」人のたまり場になっているのだろう。また行きたくなる場所だ。

平松敬子『月の布告』展

2010年11月13日(土)
「平松敬子『月の布告』展」(gineta:藤沢)に行った。

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いきなり飛躍で恐縮だが、平松敬子の作品を観たらブランクーシの彫刻作品を想いだした。なぜかと言うと、そこには数学的・理知的な構成と、原初的・自然的・土着的なマチエール感が共存していたからだ。

平松敬子は手をかけてパルプを自ら調製する。そのパルプで出来た和紙に古布などをコラージュしてゆく。作品によっては道端で拾った缶の蓋も貼りこんでしまう。そのように、素材はきわめて庶民的な味わいがある。

一方、それらの素材を組み合わせて得られた全体構成は、まるで計算したかのように幾何学的な秩序を見せている。これが平松敬子の作品の魅力なのだと思う。

これからも素敵な作品を産み出してくれることだろう。

くるみeeさんのコンサート

2010年11月12日(金)
くるみeeさんのコンサート「おにぎり一個の平和in平塚」(平塚市中央公民館・大ホール)に行った。

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くるみeeさんのライブは、「おにぎり1個をもらう」、「挨拶を交わす」など日常の小さな行為とそれに伴う喜びを題材にし、それらを地球の環境・世界の平和などスケールの大きなテーマへの意識付けに繋げてゆく意思が込められているようだ。

歌だけでなく、平塚郵便局の「一日局長」として活躍したり、キャラクターを描くなどの才覚も発揮している。幼い頃ローマ法王より「その澄んだ歌声を世界の平和の為に役立ててください」という言葉をかけてもらって以来、それを自分のミッションとして心得ながら実践に励んでいるようだ。

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このようなライブで作曲評論をするのは場違いだとは思うが、拙ブログの本筋から書いておきたいことがある。それはくるみeeさんの曲作りの特徴だ。演奏されたいくつかの歌の中にはプロデューサーさんが作られた曲もあった(以下「P作」と略記)。このP作とくるみeeさん自作曲(以下「自作」と略記)を比べると、P作のほうが作りが素直だった。

言い換えると、P作は旋律線、小節の構造が普通で、聴いていて違和感がなく耳にスーっと入ってくる。これは音楽を優先させているからだろう。だから歌詞が文字として有するアクセント・抑揚などは場合によっては無視され、音楽としてのアクセント・抑揚に置き換えられていた。

これに対して自作は歌詞をまず第一に優先しており、音楽は歌詞に合わせて付けられていた。この場合、特殊なリズム、一般的でないアクセントなどが生じてくるので純粋に音楽としてはスムーズに聴くことができない。音楽として聴こうとしても、時々流れが止まって「引っかかる」のだ。

逆に、歌詞の持つメッセージは強烈に伝わってくる。くるみeeさんのミッションと思われる「澄んだ歌声を世界の平和の為に役立てる」を実現するには、まさにこのスタイルが適合していると考えたい。だから私は、くるみeeさんが現在のスタイルを崩さずに今後も活躍してゆけば、そのメッセージは広く人々に伝わっていくと信じる。

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そんな事を考えながら、一緒にライブを聴いた仲間と韓国家庭料理「雪夜覓」(ソラミョッ)で食事。もちろんマッコリ付きで。

2010年11月 7日 (日)

北原照久の 超驚愕現代アート展

2010年11月7日(日)
「北原照久の 超驚愕現代アート展」(森アーツセンターギャラリー)に行った。

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展覧会チラシの副題として「もうひとつの北原コレクション」と書いてある。北原といえばブリキのおもちゃで有名だ。私は古本屋で「ブリキおもちゃ博物館」(集英社文庫)を購入して持っていた。

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今回の展覧会で最も印象深かったのは「新宿ゴールデン街」など♪山本高樹の制作した街のミニチュアだ。小さくまとめられた街の模型がとても精巧に出来ており、開いた窓から家の中で寝ている赤ん坊まで作りこまれている。また住居の壁には横尾忠則のポスターまで貼られている!これはまさにノスタルジアの小宇宙だ。

その♪横尾忠則のポスターはかなりの数が展示されていたので楽しかった。まるで山本高樹の作品とコラボレーションしているようだった。

また同じミニチュアでは♪掘哲郎のミニチュア・ハウスもなかなか味があった。特に開拓時代のアメリカの家屋は貧しいなかにもアートする意欲というものが塗りこめられているようで、作者の愛情深さを感じた。

またムットーニこと♪武藤政彦のキネストスコープ・オートマタ(自動からくり箱)も妖しい美しさで満ちている。ただし作品を実際に動かさず展示だけだった。今回は北原コレクションの全貌を俯瞰するという趣旨なので、個々のコーナーの充実度に多少難があったが、まあ仕方がないか。昨年の夏、八王子市夢美術館でムットーニの作品が動くところを観た感動は未だに消えていない。

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また、♪加山雄三、♪石坂浩二という有名俳優の作品が展示されていたので、面白い話題を持ち帰ることができた。

全体的に面白い展覧会だった。展覧会はこうでなくちゃ・・・。

2010年11月 6日 (土)

第42回 日展

2010年11月6日(土)
「第42回 日展」(国立新美術館)に行った。

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私は数十年間にわたる展覧会通いの実績をエクセルの表にまとめている。しかしその表で「日展」を検索したがヒットしないのだ。もしかして今回、私は生まれて初めて日展なるものに足を運んだのだろうか?そういえば、日展を観たという記憶が無いことに気がついた。こんなことで美術愛好家といえるだろうか?

もしかすると、私の好きな抽象や心象風景は少ないだろうという理由で敬遠してきたのかもしれない。それでも絵画、工芸は完全抽象や心象風景がちらほら展示されており、それらの作品のレベルの高さを感じて安心した。しかし彫刻の展示場に入って唖然とした。

この展示場はいったい何だ?広い部屋に裸の人の形が所狭しとぎっしり並んでいて、まことに異様な光景だった。ある人はこれを「大衆浴場」と呼んだそうだが、言い得て妙だ。完全な抽象作品はゼロ。ちょっぴりアヴァンギャルド的な作品も3,4点しか見つからなかった。

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それにしても不思議だ。日展全体が抽象作品を締め出しているなら、善し悪しはともかくとしてまだ理解できる。しかし絵画、工芸では抽象作品が含まれているのに、なぜ彫刻だけが完璧に具象オンリーなのだろう?

そのような疑問を残し、尊敬する音楽ライター・ハシビロコウさんへの絵葉書を買って帰宅した。買ったのは小河原和子の「響き」という作品。一昔前だったら、これが日本画だとは誰も思わなかったことだろう。

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2010年11月 4日 (木)

福島:赤いもの

「赤いもの」で真っ先に連想するのは大好きな郵便ポストだ。会津の街でもまずはポスト探し。でも探すまでもなくそれはあった。「会津商人司・篠田家屋敷跡」と彫られた由緒ある碑と並んで、すまして立っている。

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もう一つもすぐ見つかった。「昭和なつかし館」の入口に鎮座し、存在感を誇示している。

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この「昭和なつかし館」は看板と日除けにも赤を多用している。さらに建物の煉瓦も赤いし、道路標識の淵も赤い。赤のオンパレードで売る店だ。

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ならば探す努力なくして次も簡単に見つかるだろう。ほらあった・・・と思ったら、ポストではなく「会津・漆の芸術祭」のポスターだった。

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この「英世青春館」も魅力だったが、時間的余裕がなく入館をあきらめた。次回この街を訪ねたら入ってみたい。

芸術祭参加作品にも赤いものが多かった。漆の芸術だから赤と黒が多くなるのは必定か。この円錐状のものは辻けいの作品「あかからあかへ」。名前からして赤だらけのイメージだ。

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コンサートの「前夜祭」ではコップ酒に赤い枡というおなじみのコンビが登場だ。しかしその隣にある湯呑みは何を意味するか?

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実はこの2つを並べた写真には、大爆笑を誘ったいきさつがあるのだ。しかしこれは今回福島に行った「かつての少年少女探検隊」(略称KST)の内輪受け話なので、この記事では割愛する。とても面白い話なので残念だが。

宿泊したホテルには「止まれ」の赤い標識が、くたびれた姿をさらしていた。敷地内の事故防止のために、長年働きづめだったのだろう。そのくすんだ色が悲哀を感じさせる。

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まわりの木々は芝生は緑という補色により赤い標識を引き立てようと努力しているが、ここまで老化が進むと、もういかんともし難い。

それと対照的なのが五色沼の紅葉。この美しさを見よ!

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紅葉と言えば、会津磐梯山を見上げる「昭和村」の景色が素晴らしかった。これをもって結尾としよう。

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2010年11月 3日 (水)

福島:細くて長いもの

プロローグはスカイツリー。湾岸から東北自動車道に行こうとしたのだが、都心の渋滞で高速6号線に入り隅田川沿いに北上。浅草でアサヒビールのオブジェに対峙するスカイツリーに出会った。

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しかし、アサヒビール社屋とスカイツリーがいくぶん内側へ傾いて見えるのは何故か?真ん中のビルを含め、これら3つの建造物の中心軸を延長すると、上空の1点に収斂(しゅうれん)するような気がする。どうも最近建築物が傾いて見える病に冒されているようでならない。

会津磐梯山が見えてきた。そういえば道路だって細くて長いんだという当たり前の事を思い出した。道路脇に起立している紅白のポールもこれまた細くて長い。

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「そば楽人」という蕎麦屋で昼食。蕎麦も細くて長い。これは名物「葵そば」の「葵」大根。芯のほうまで緑色の大根を開発し、その薬味を味わいながら蕎麦を食べるというメニューだ。

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店主は絵が上手で絵手紙を描いている。この細くて長い掛軸も店長の自筆だ。

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「昭和の森」(「天鏡台」)での一コマ。朝は影が細くて長い。同じく細くて長い樹木を背にして人は何を撮っている?画面右下の小さくまとまった影はジョヴァンニ。

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宿泊したホテルに隣接しているハーブ園。そこには大木をチェーンソーで削った十二支の巨大彫刻があった。カナダ人の彫刻家グレングリーンサイド氏の労作だ。なかでも細くて長いものは?そう蛇だよね。これを1本の樹を掘り抜いて作った技術は素晴らしい。言うまでもなく素材の米マツも細くて長い。

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ホテルの前庭には記念植樹を記した細くて長い杭。この樹木はいずれお子さんの背丈を越えて細く長くそびえ立つことだろう。

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ホテルの近くにある「観音寺」には細くて長い樹木が。その表皮は紅葉で彩られ美しい。

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観音といえば、会津に向かう途中の観音様も細身で長身だ。高貴な観音様といえども栄養を摂取しなければいけない。日替わり定食も、これまた旨し。

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コンサートが開催された「末廣酒造 嘉永蔵」に展示された「漆の芸術祭」参加作品も細くて長い。井波純の「Stupa」だ。その先端は和室の天井に届く勢いだ。

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「塔のへつり」に向かう途中の踏切周辺には細くて長いものが林立している。

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「塔のへつり入口五晃苑」で食べた名物「ねぎ蕎麦」。蕎麦が細くて長ければ、葱も負けずに細くて長い。この「細長コラボレーション」が美味を演出する。

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田村道子 作品展

2010年11月3日(水)
「田村道子 作品展 -道草のアート Vol.2 ―」(Gineta:藤沢)に行った。

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ドラセナの葉を縦に細く裂き、糸のようにしたものを多数より合わせて作った抽象的コンポジションが中心だ。私の実家の庭にもドレセナの樹があり、その葉には幼い頃から親しんでいた―景観を損ねるゴミという認識で。

過去に庭ぼうきでかき集め、焚き火の材料にしたドラセナの葉は何万枚にも及ぶだろう。その中のほんのわずかだけ焼却の難を逃れさせ、アートに活用すればこのような素晴らしい作品として甦るのだ。もっともその作業に根気がいる点と、それよりまず全体構成の芸術的センスが問われるという点において私にはできないが・・・。

2010年11月 1日 (月)

福島:路面と通路

路面と言えばマンホールの蓋。マンホールの蓋と言えば林丈二。この分野の宇宙的権威者だ。私もこの教祖に感化され、新しい土地ではまず「下を向いて歩く」を励行している。

コンサートが開催された会津若松市「末廣酒造 嘉永蔵」の近くの路面に立派なマンホールの蓋があった。「市花・たちあおい」という文字と花の絵が刻印されている。

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タチアオイの花言葉は「大きな望み、野心、大志、率直、開放的、熱烈な恋、使命、伝令
気高い美、高貴」となっている。なるほど、由緒ある土地柄に相応しい花言葉だ。

帰りがけに立ち寄った観光地「大内宿」にも堂々たるマンホールの蓋があった。ピンクと紫がよく調和している。

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そして宿泊した猪苗代。猪苗代と言えば猪苗代湖、猪苗代湖と言えばシベリアから飛来する白鳥。しかし時期が1カ月ぐらい早く、白鳥の姿はほとんど見られなかった。(ほとんどというのは、田んぼに数羽の白い鳥を見たのだが、白鳥かどうか判別しかねたため。)

そのため「路上観察派」らしく足元に活路を見出そうと努力した。そうしたら、いたいた、美しい白鳥が。

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用水路の蓋(専門的にはグレーチングと呼ぶらしいが)には真っ白な白鳥の姿があり、その背後には紅葉で赤く染まった会津磐梯山がそびえている。白鳥の着水点から飛び散る飛沫は水色だ。このステレオタイプな色の使い方が、この場合は不思議とフィットしている。

宿泊したホテルの敷地の一角にある池。そこにも路上観察の獲物は潜んでいた。この木組みは何のために存在するのだろう?

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「この中を通って行きなさい」と言いたげだ。しかし左には池、右は土手。言われなくても同じ方向に行くしかない。屋根でもあるなら風雨を凌ぐという立派な目的が生まれるが、その屋根も無い。これは東京都現代美術館で観た川俣正の「通路」を想起させる代物だ。

ホテルの裏手には舗装されていない通路があった。それは草に覆われ、木から落ちた栗の実が散乱していた。「路上観察派」としては、これをクリスマスの飾りつけに見立てたくなる。

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かくして、すべての通路は福島に通じる。立ち寄った観光地「塔のへつり」の崖を切り開いた通路を見よ。これらの人物のなかに妻(仮名ジョアンナ)がいるかどうか、それは誰にもわからない。

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