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2010年6月24日 (木)

観じる民藝―尾久彰三コレクション―

「観じる民藝 ―尾久彰三コレクション―」(そごう美術館:横浜)に行った。

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恥ずかしいことに私は尾久彰三を知らなかった。名前も「おぐ しょうぞう」と読んでしまう始末(正しくは「おぎゅう しんぞう」)。こんな素晴らしいコレクションを持たれた人に対してあまりにも失礼なのでトークショー聴講は遠慮することにした。

展示作品の全体的な感想を一言で表現するなら、「楽しい物を楽しみながら集めた」という感じだ。もちろん「美しい物」も多数あるし、「珍しい物」という切り口もあるかもしれない。でも「楽しさ」ということが尾久彰三コレクションの基軸になっていると思う。

そういう意味で「ジャンク物」を集めたコーナーは特に楽しかった。何の変哲もない針金3本を三角形状に並べると鍋敷になる・・・これは楽しい。ここにはコンポジションの魅力の原点があるようだ。

ライターのハシビロコウさんに送る絵葉書を探したが、いいのが見つからない。私の求める「いいもの」は、素朴の代名詞のような民藝品だ。でも絵葉書に仕立てられたのは、完成度が高い「芸術品」ばかり。これには少し不満だった。結局購入したのは室町時代に描かれたという「蓮池水禽図」の絵葉書。

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これは色も形も美しすぎる。全体的に傾いた構図が面白いが、何となく「伊藤若冲のような巨匠の初期作品」というたたずまいになっている。

展覧会に来て「美しすぎる」と不満を言うのもおかしいなあ(苦笑)。でもバラエティに富んだ展示を楽しめる展覧会だった。行って良かった。

2010年6月20日 (日)

ボストン美術館展

「ボストン美術館展」(森アーツセンターギャラリー)に行った。

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このところ音楽活動で忙しく、展覧会に行く時間がほとんど取れない状況だった。この週末も自宅で発表会に向けての秘密練習をしようと思っていた。でも妻(仮名ジョアンナ)が音楽仲間から招待券を入手してくれたので、急いで行ってきた。会期最終日だった。

私の好むキュビズムとシュールレアリスムの展示が少なく残念だったが、次の作品にめぐり合えて良かった:

♪ファン・グリス「ギターのある静物」
♪パブロ・ピカソ「女性の肖像」
♪ジョルジュ・ブラック「桃と洋梨と葡萄のある静物」

キュビズムの大御所が揃い踏みだ。特にグリスは大好きで、久しぶりに自分の好みにバッチリ合う作品と対面できたのは嬉しい。もちろん絵葉書を購入した。

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ではそれ以外に収穫が無かったのか、というと次のような作品も楽しめた:

♪ポール・シニャック「サン=カの港」

印象派をあまり好まない私だが、ポスト印象派の流れ、特に点描派は性に合っているようで、スーラとシニャックの絵画にはずっと好感を抱き続けている。印象派と異なり構成感が感じられるからだ。

♪フィンセント・ファン・ゴッホ「オーベールの家々」

ゴッホの多くの作品に見られる強烈な色彩は好きになれないが、この作品は構成感も強く、色彩の対比も楽しめるので好感度が高かった。チラシの表面に使われていたよ。(上部参照)

そんなわけで、家でゴロゴロしてピアノの練習ばかりするつもりだった父の日が、別の形で充実したのであった、の巻。

2010年6月13日 (日)

忙しくなった音楽活動

このところ本職(ウソ。本当はサラリーマン)の音楽活動がたて込んできた。忙しいので趣味(これは本当)の展覧会通いに支障が生じてきた。これは問題だ。

♪1.作曲

その1:メゾソプラノとピアノの為の歌曲
私の音楽仲間(ピアニスト。以下仮名の「よいこ」)から「友達が詩を作ったので歌にして下さい」と間接的に頼まれ、歌曲を作曲した。当初は「素人にしては良く出来ているわね。」程度の社交辞令でも言われておしまいかと思っていたのだが、これがとんだ思い違いだった。

ある日、よいこ宅に作詞者と歌手が集まり、この曲を試し演奏してくれた。そしたら歌手から「ここは歌いにくいからこう直して欲しい」とか、作詞者からは「詩の先生に相談した結果、一部歌詞を変更したい」などの要求が沢山出たそうだ。そしてよいこがそれらを譜面に赤入れして渡してくれたのだ。

プロの作曲家だったらクレームと感じ、「俺の作った曲に文句をつけるのか」と怒るかもしれない。でも私はド素人なので、自分の作った作品を真剣に受け止めてくれて、しかも建設的なアイデアまで出してくれたのだから、こんな嬉しいことはない。

でもこれからが大変だ。当初「これで終り」と思っていたところ、逆に修正作業が生じてしまったからだ。そして往々にして、手直しというものは新規作成よりやっかいな場合がある。でもまあこれも試練と考えよう。がんばるぞー!

その2:サロコンサートのアンコール曲
8月14日(土)の午後、横浜市イギリス館でサロンコンサートを予定している。シューマンのメモリアルイヤーにちなんでシューマンのピアノ三重奏曲、四重奏曲、五重奏曲を立て続けに3曲演奏するというからほとんど狂気の沙汰だ。

そして最後にピアノ五重奏の編成でアンコールを演奏する企画を立てたのだが、この作曲を高校同窓生のプロの作曲家(仮名:イケメン)に頼もうという話が持ち上がった。先日の高校の同窓会で演奏仲間がイケメンと再会したときに話しが盛り上がったのが契機だったそうだ。

私がこれを黙って見ているわけがない。直ちにイケメンに挑戦状を叩きつけた。すなわちアンコール曲の作曲で果し合いをしようと。彼はプロだから平均打率では圧倒的に優れている。しかし「居合い抜き」的な一発勝負では私にも分があると思ったのだ。それがまた「作らにゃいかん」というプレッシャーになってしまった。

その3:保土ケ谷区つながり
よく一杯飲りに行く店のネットワークで「音頭」など地域性の強い曲を作ったら、一部で受けてくれたようだ。その続編の話が今後出てくるかもしれない。その可能性は店に通う回数を変数とする函数になっているから、どうなるかわからない(笑)。

♪2.編曲

その1:校歌と応援歌
これは最近めでたく終了。先日の高校同窓会で同期の仲間と弦楽三重奏、四重奏を演奏したのだが、受けを狙って校歌と応援歌を編曲して弾いたのだ。

その2:小学校の校歌
依頼人は私の出身の中学の同窓生。きっかけは、その中学のオーケストラが、私の娘の通った小学校のために演奏をする地域イベントだ。そのため、その小学校校歌を編曲するというわけだ。

頼んでくれたのは嬉しいが、これは難しい。私の出身中学は公立にしては珍しく当時(年齢がバレるから時代はナイショ)からフルオーケストラがあったのだ。当時はモーツアルトの時代程度の編成だったが、その後サックスなどのパートが加わり、管楽器の編成はブラスバンドのようになっている。そのため私が機能を知らない楽器(サックス、ユーフォニアムなど)が多いのだ。

なじみの薄い楽器の場合、最低でも音域には配慮しなければならない。それに加え、どれほどの動きが可能なのかを見極めなければいけない。これに演奏する生徒たちの力量という要因も加わる。本来なら生徒たちの演奏を何回か聴いて必要な情報を蓄積しないと出来ないことなのだが、そこを推測を交えてやろうというのだから難しいのだ。でもがんばるぞー!

♪3.演奏

その1:発表会での独奏(と連弾?)
「よいこ」がお弟子さん達のための発表会を企画しているが、人数不足で成立するかどうか不安だと言った。そこで馬鹿な私は「僕が出ようか」と言ってしまったものだから、後に引けなくなった。

易しい曲でごまかすならいいのだが、さらに馬鹿の上塗りで難しい曲を弾くと宣言してしまったのだ。恥ずかしいから曲名は書かないけど、誰でも知ってるピアノの名曲だよ。 さらに「よいこ」との連弾も弾けという。

以前、横浜山手ブラフ18番館でのサロンコンサートでヨハン・シュトラウスの「こうもり」序曲の連弾を弾いたことがあった。私はチェロでは人前であがることはあまりないが、ピアノは緊張してしまう。その日も連弾のことで頭がいっぱいで、本来の演奏(ピアノトリオ)でのチェロ演奏にまで影響が及んでしまった。共演者の「ヴァイオリン弾き「じゅんちゃん」から「心ここにあらずだったぞ」と怒られてしまった。

はたして連弾まで弾けるのだろうか? 独奏も、ブルクミューラーあたりでお茶を濁すのって、ダメかなあ・・・。

その2:シューマン3曲出ずっぱり
先に書いたとおり、横浜市イギリス館でサロンコンサートでシューマンのピアノ三重奏曲、四重奏曲、五重奏曲の連続演奏を行うが、私はこれらの3曲すべてにチェロで出演するのだ。これは演奏技巧というより、体力的に無理なんじゃないだろうか?

異論があるかもしれないが、チェロにとっては三重奏曲が最も難しい。そこで曲順が3,4,5なら、冒頭の三重奏(難しい)で疲れ果て、あとの2曲は惰性で流してゆくという戦略がいいかと思った。最後の五重奏のピアノは妻(仮名ジョアンナ)の久しぶりの加入なので、チェロが弱い分はカバーしてくれるだろうと勝手に予測している。

その3:その他のサロンコンサート
上記イギリス館以後、9月に2回、10月に2回とたて続けにコンサートに出演する。もうこうなると体力の限界に近くなる。指がつらないといいのだが・・・。

♪4.評論(作曲、選曲、曲順、運営)

私は演奏評論は「書けない・書かない」をポリシーとしており、音楽に関して何か意見を書くなら作曲、選曲、曲順、運営に関してだ。そもそも展覧会通いに忙しく、コンサートにはあまり行かなくなっていた。しかしこのところ友人の作曲など、足を運ぶ必要のあるコンサートが増えた。

その1:大橋美智子の作品
本日さっそく出かける。友人の作曲家 大橋美智子さんの声楽作品が演奏されるのだ。でも怖くて作曲評は書けないな(笑)。

その2:オンド・マルトノ
これは勤務先関係者からの紹介。大家素子のオンド・マルトノ演奏だ。7月28日(水)東京オペラシティーリサイタルホール。「ジョヴァンニさんは現代音楽がお好きでしょう。行きませんか?」と言われたら、これは行かねば。大好きなメシアンの作品も演奏される。「未刊の音楽帖」という曲名も素敵だ。それにもともとオンド・マルトノの響きも好きだった。

というわけで、音楽活動で忙しいのであります。尊敬するライターのハシビロコウさん、最近展覧会の絵葉書を送る回数が鈍っているのはそういう理由ですので、どうかご了承くださいませ。

2010年6月 6日 (日)

南房総の日運寺

妻(仮名ジョアンナ)と日帰りで南房総に行き、日運寺を訪れた。

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ここは紫陽花(あじさい)が2万株植えられていて、隠れたアジサイの名所だそうだ。でも、あいにく来るのが早すぎて。開花は少数にとどまっていた。案の定、自治区の掲示板には1週間先の「あじさい祭」の案内が貼られていた。残念。

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ちなみに幽霊のように見えるのはジョヴァンニだよ。案内看板がガラスで保護されているので、写真に写ってしまったのだ。

こちらはもっと鮮明に写っている。

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ここは元「勝栄坊」いう真言宗のお寺だったが、日蓮聖人が立ち寄った際に住職を口説いて日蓮宗に改宗させたという。日蓮さんも強引だったんだな。このての話はヨーロッパではキリスト教を中心に事例が多数あると思うが、日本ではどうだったのだろうか。

最良のタイミングは逃したが、美しい紫陽花にめぐり合うことができた。奥の林の中から手前の広場まで、紫陽花の群が3つ並んでいる。

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遠近法に則ったこの風景はどこかで観たことがある。そう、ポール・デルヴォーの「こだま」だ。デルヴォーの作品のなかでも私が大好きな一つだ。

この寺の見所は紫陽花だけではない。樹齢約600年と推定される天然記念物の榧(かや)の木だ。根本幹廻りが2メートル半というから大木だ。しかし強風により倒れたため、このような痛々しい姿になっている。

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そして倒れた榧の木が参道を塞いでいる。この風景もどこかで観たことがある。鎌倉の鶴が岡八幡宮のイチョウのことではなく、サルヴァドール・ダリの描く松葉杖だ。

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お寺は保育園や幼稚園を併設することが多い。この日運寺については確認できなかった。でも寺のすぐ脇に小さな子供を対象とした遊び場があり、動物をあしらった遊具が配置されていた。

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この遊具の動物たちの目線を見よ。それぞれ勝手な方向を向いている。バルテュスの「街路」の登場人物たちを想起させ、背筋に冷たいものが走る。

少々怖い雰囲気になってきたので、さらに推し進めると古井戸に行き当たる。丸い井戸の水面を覆い尽くしているのは藻であろうか。

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この井戸には姫路城のお菊井戸のような柵は設けられておらず、自由に接近できる。よく見ようと近づいたら、だしぬけに緑色の青大将が飛び出し、慌てて逃げて行った。とっさの事だったので、残念ながら写真を撮ることはできなかった。

井戸には柵が無かったが、こちらにはあった。改修のため外され、そのまま記念に置かれた瓦のセットでござい。

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屋根を見上げると、気のせいかこれに比べて地味な瓦が嵌め込まれていた。「格好など付けんでよい。中味が肝心なのじゃ。」とか何とか説法するお坊さんの姿が目に浮かんでくる。

そういえばこの寺は真言宗から日蓮宗に鞍替えしたのだった。「南無妙法蓮華経」を唱えていれば仏につながるという思想だから、カッコ付けないでよいのだろう。

カッコ付けないと言えば、その極みがこの案内板。この素朴さを見よ。

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「カッコ付けんでよろし。案内図というのは何がどこにあるかわかればそれでよいのじゃぞ。」とお坊さんが諭しているようだ。

カッコ付けない・素朴といえば、この道祖神のような石柱は何だろうか。紫陽花の葉に半分身を隠しているが、ワケありそうな形状がくっきりと認識される。

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気取らない寺なのだから、こんな格好いい「仁王門」なんて無くてもよいのではないか。ここでは一対の仁王像が睨みを効かしている。

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まあいろいろなことに気付いたが、見学して面白い寺だった。次回はぜひ紫陽花の季節に足を運んでみたい。

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