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2010年4月25日 (日)

新曲:シューマンの主題によるカノン

「シューマンの主題による同度・完全・無限カノン」なる曲を作曲した。

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みなとみらいホールの練習室で弦楽四重奏仲間の練習があり、今回はチェロを弾く私の弟(仮名デキスギ・デ・ガンバルチーノ)を加えてチェロ2本の弦楽五重奏をやろうということになっていた。友人が用意した楽譜は有名なシューベルトのハ長調だったが、私は手土産代わりに何か1曲作って持ってゆこうと思った。この仲間の集まりでは時々そのような動機で小品を作ることがある。

ダリウス・ミョーが週1回の「六人組」の集まりに出かける際には、必ず約束の新曲を披露したそうだ。他のメンバーが作曲をサボって手ぶらで来ようがどうしようが、ミョーだけは妙に(オヤジギャグ失礼!)真面目に創作を続けたと評伝に書いてある。

私はこのミョーほどの才覚はないが、このような努力を重ねることにより、作曲が手馴れてきて品質も少しは向上するのではないか、と密かに期待しているのだ。その挙句、結果的に巨匠の足元にも及ばないかもしれないが、それはそれで結果論だから仕方がない。

今年はショパンとシューマンのメモリアルイヤーなのでシューマンの弦楽四重奏曲第1番の冒頭から主題を採った。和声は短調の主和音(ラドミ)が続く形なので、完全カノンもたやすく出来る。でもそれだけでは面白くないので、中間部でハ長調に転調し、なおかつ完全カノンを保つという制約条件を自分に課して作った。

5声あるので、短調から長調、長調から短調へ推移する際、ラドミの和音とドミソの和音をどうしても同時に鳴らさなければならない箇所が生じてくる。そこをどう処理するかがこの課題の難しい部分だった。

ラドミの和音とドミソの和音を同時に鳴らすと、「ラドミソ」という七の和音が鳴る。この和音自体は別に込み入ったものではなく、クラシック音楽だけでなくポピュラー音楽でもよく出てくる。問題はこの和音を置く環境(前後関係)の処理である。そこが困難だったが、どうにか形にした。

作曲するなら、ある程度まとまった規模の作品を作りたいが、折にふれこのような小品を作るのもまた楽しい。トレーニングを兼ねて今後も続けたい。

ロトチェンコ+ステパーノワ  ロシア構成主義のまなざし

「ロトチェンコ+ステパーノワ  ロシア構成主義のまなざし」(東京都庭園美術館)に行った。

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展覧会の名称を見て最初はロシア構成主義の全貌を探る企画だと思った。そしてタトリンやマレーヴィッチの作品に会えるかなと思っていたのだが、実際はロトチェンコとステパーノワの二人展だった。でもこの二人の作品はあまりまとまって観る機会が無く、一方タトリンとマレーヴィッチは他の展覧会で多数観ているから、結果としては有意義だった。

ロシアの前衛芸術家がイタリアの未来派の影響を受けながらも、自分たち独自の個性を主張し、未来派とは袂を分かつ動きに出たという説明があった。その辺の事情は知らなかったのでよい勉強になった。

ロトチェンコの「湯沸し用ティーポット 連作『茶器セットデザイン』」の絵葉書を購入。バウハウスに通じるものがある。シュレンマーか誰かの作品だと言われたら信じてしまうだろう。

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グレンツェン・ムジーク・アンサンブル

「グレンツェン・ムジーク・アンサンブル 第1回演奏会」(かなっくホール)に行った。

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例によって演奏評は書けないが、曲そのものについての感想を書いてみる。(プログラムの曲順通り)。

♪モーツアルト作曲 ヴァイオリン・ソナタ 第2番 変ホ長調 K.302
構築性に欠け、メロディーも美しくないのでこの曲は好みではない。達者な演奏家が音程良く美しく演奏してやっと聴ける感じだ。

♪モーツアルト作曲 ヴァイオリン・ソナタ 第4番 ホ短調 K.304
モーツアルトをあまり好まない私だが、短調の作品には例外的に好きな曲がいくつかあり、この曲もそのうちの一つだ。以前クロスカルチャー・センターというところで開催したコンサートで、1オクターブ下げてチェロで演奏したことがある。華やかな技巧は要求していないので、譜面を追うだけならなんとか弾けるのだ。しかしこの曲は、モーツアルトの短調の曲によくあるように、本質的には歌謡曲や演歌の世界に近い。そのため、音程良く・美しく奏さないとサマにならないので、私のような素人が弾くべきではなかったかと思った。そういう意味で、逆に今回のコンサートのようにプロに積極的に取り上げてもらいたい曲だ。

♪ブラームス作曲 クラリネット・ソナタ 第2番 変ホ長調 作品120-2
私が所属している音楽同人SAPA(活動休止中)のメンバーが以前のコンサートで演奏した記憶がある。第1楽章は主要主題そのものが音程の振幅が大きく、音域の広いクラリネットに合った造りをしていると思った。曲の構成など内容的にも優れているので、プログラムにこういう曲が含まれていると安心する。

♪ジャン・ヴァンハル作曲 三重奏曲 変ホ長調 作品20-5
作曲家について何も知らなかったので、当然ながら今回演奏された曲も初めて聴いた。古典派の発展途上の作品という感じだ。例えば第1楽章はソナタ形式を意図したのだと思うが、展開部が非常に短く、形式美を味わう曲ではなかった。どちらかというとバロック後期のギャラント様式の雰囲気が若干感じられた。

♪ハチャトリアン作曲 ヴァイオリン、クラリネットとピアノの為の三重奏曲 ト短調
この曲も初めて聴いた。構成感は弱かったが、イメージが四方八方に噴出するような自由奔放さがあり、作曲家の若い頃のエネルギーを感じた。

最後に音響について一言。ホールが響きすぎるせいか、全体的にピアノの音量が他楽器を圧倒していたようでバランスが悪かった。蓋を半分閉めるなどの配慮があった方が良かったのではないか。蓋を閉めると音色が損なわれるかもしれないが、じっくり聴くうえでは音量バランスが保たれているほうを優先してもらいたいと思った。

2010年4月23日 (金)

寺田由美 マリンバ&パーカッション リサイタル

「第4回 寺田由美 マリンバ&パーカッション リサイタル」(みなとみらいホール 小ホール)に行った。今回はクラシックの巨匠から気鋭の若手作曲家までの作品が並んでいた。

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♪ダリウス・ミョー作曲「打楽器と小管弦楽のための協奏曲」作品109
看板の多調ではなく、旋律に9,11の和音などを重ねていった感じの作りだった。その分、多調作品よりわかりやすく、親しみやすい作品と言えるだろう。

♪アール・ハッチ作曲「イントロダクションとタランテラ」
プログラムの解説に「当時では斬新・・・」と書かれていたが、現代では古典的に響く。最後近くでカノン風のポリフォニーが鳴って嬉しかった。マリンバで多声を奏するのは難しいと思うが、各声部が明瞭に鳴らされていたと思った。

♪櫛田胅之扶作曲「トランペットと打楽器のための『阿吽』(あうん)」より 序、戯、小唄、快
日本の五音音階をベースに、トランペットとマリンバの間で即興的なやりとりが続けられた。すべての音が譜面に書き表されていたようだが、部分的にでも完全即興を聴きたかった。

♪福田洋介作曲「ときのしずく」
旋律線と和声を渋くまとめようと努力した跡が感じられた。それは好感を持てたのだが、低俗さを避け過ぎたせいか、全体的に印象が弱かった。惜しい。

♪山里佐和子作曲「三つの朝の情景 “Three Morning Scenes”」
ミニマル・ミュージックの影響が感じられたが、典型的なミニマルというより長いオスティナートの上に他の楽器が乗っかってゆくという書法に見えた。

♪福島弘和作曲「アンネリダ タンツエーリン」
作曲者自身が「冒頭から最後まで一本調子で弾き切る」と解説していた。それを聞いて、最初はラヴェルの「ボレロ」のようなイメージを抱いた。冒頭が弱奏だったので、曲の最後に向かってただ一つのクレッシェンドがあるのかな?と思った。しかし実際は途中でいったん終始し、間をあけてから仕切り直したり、結構変化に富んでいた。

♪高橋宏樹作曲「『宝島への地図』打楽器四重奏のための」
機能和声で明瞭に旋律を鳴らしていたので通俗的な書法だった。多くの人に広く親しみを持ってもらうというミッションのもとに、このようなスタイルで書いたのではないかと思う。

♪田嶋勉作曲『鳥獣戯画 第2番』打楽器六重奏曲『満月祭』
古典的な書法に半音階的進行や全音音階などの近代的書法を一部取り入れたスタイルで書かれていた。

古今東西の作曲家の作品が一堂に会するのは興味深い。特に現在活動中の若手作曲家の作品に接する機会は貴重だ。良い刺激を得ることができた。

2010年4月20日 (火)

歌川国芳–奇と笑いの木版画

「歌川国芳 – 奇と笑いの木版画(後期)」(府中市美術館)に行った。

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人間が積み重なって大きな人の顔を形作っている「見かけは怖いがとんだいい人だ」はアルチンボルド的で以前から興味を持っていたが、再会できて良かった。猫の当て字「たこ」もなかなか面白い。

一つ残念なのは、マルセル・ブリヨンのあの名作「幻想芸術」に北斎の「こはだ小平二」の図版が載っているのに、国芳作品が採用されてないことだ。北斎を取るなら、この国芳もぜひ並べて欲しかった。

2010年4月18日 (日)

ヨコハマ大道芸

「ヨコハマ大道芸 2010 in みなとみらい21」に行った。みなとみらいホールの練習室でトリオレヴリー」の練習をした帰りに立ち寄ったのだ。

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演じていたのは「くるくるシルク+Kイスケ」のメンバー。ジャグリング主体だが、いろいろなヴァリエーションを編み出して展開していたので面白かった。

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中でも3人がぐるぐる回りながら順次ジャグリングのボールを受け渡していく技は楽しかった。また体に金属の蓋(?)みたいな物を貼り付け、ジャグリングに金属のひしゃく(?)みたいな物を使って時々それらを接触させて音を出すなど変化に富んでいた。その方法でメロディーまで出したら素晴らしいだろうが、そこまでの超絶技巧は困難だろう。

「あれ?」と思ったのは、チラシに「雨天決行」と明記されていたこと。本当に大丈夫なのか?と心配になった。しかしよく見ると、その下に「中止会場もあり」と小さい字で書かれていた。そうだよなあ。雨天で強風でも吹いたら、松明のジャグリングなんかできなくなるだろうから。

イセザキ・モールのほうも見たかったが時間が無くて行けなかった。残念。来年もやるならぜひ観に行こう。

2010年4月17日 (土)

スージーズサロン アンティック展

「スージーズサロン アンティック展」(プランタン銀座)に行った。

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お目当ては松本千鶴の植物画だ。ゲットした絵葉書の中で、これは「忘れな草」。清楚な作品だ。

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今回は松本作品の他に河内利衣の作品が印象に残った。木口木版画による絵本の原画が絵葉書になっていたが、何とも不思議な世界がそこにあった。絵本の名前は「ジーノはハーパと 風の丘へ旅立った」。

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また伊藤雅江の世界地図を描いた作品には、横浜山手西洋館など多くの建物が描き込まれていた。時々「トリオレヴリー」でサロンコンサートを行う「ブラフ18番館」、「山手111番館」も含まれていたので嬉しかった。

妻(仮名ジョアンナ)へのプレゼントに19世紀イギリスで創られた真鍮のペンダントを購入。絵柄は松本千鶴の絵葉書に描かれた忘れな草と薔薇。そして締めは東京會舘 銀座スカイラウンジ。充実した午後だった。

2010年4月12日 (月)

第69回 創元展

「第69回 創元展」(国立新美術館)に行った。

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親類が作品を出典していたので、どうしても身内びいきになってしまう。それで親類とは別途ゆっくり感想を話し合うことにして、他の作品の感想を書こう。

■純粋な抽象画
♪甲斐志誠の「黒のコンポジション」(第5室)は、四辺形の組み合わせによる抽象構成だが、渋い色調に徹する代わりに質感、光沢感で多彩な配置をみせ楽しい作品だった。今回の展覧会で最も気に入った作品だ。

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♪土佐マサ子の「記憶」(第5室)は、マチエール感と色彩の構成といった感じの抽象画で好みにかなっていた。

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♪江口菊雄の「燮」(第5室)は、惑星のような球体が丁寧に描かれ、独特の味わいがあって良かった。(あるいは純粋な抽象ではないかもしれないが)。

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■キュビズムあるいは構成感が強い作品
♪西村静美の「亀裂」(第5室)は、水着の女性二人が描かれているが、背景の抽象的構成と溶け合ってキュビズム風(キュビズムではないが)のたたずまいを見せていた。

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♪高橋きみ子の「想」(第5室)は、婦人服のディスプレイの絵と言ってしまえばそれまでだが、その色あい、構成感が実に心地よい。

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♪沼田久雪の「赤のコンチェルト」(第4室)は、楽器主体の構成でよく用いられそうなテーマだ。しかし渋い色調など個性が光り、なかなかの雰囲気を持った作品だ。

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♪吉原政四郎の「古木の囁き」(第14室)は、クレーの線描に似た感じがしたのでつい見入ってしまった。線刻によるコンポジションといった感じだ。

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♪森真一の「ラルゴ」(第28室)は、人物、立像、植物など写実的に描かれたものが巧みに構成されて印象深い。縦にすっと走る亀裂のような細い線が画面を引き締めて小気味いい。具象と抽象の両方の魅力をミックスしたような作品だ。

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♪梨本マスミの「10.卓上のノクターン」(第28室)は、シャガールの題材をセザンヌのように構成し、ラウル・デュフィーのタッチで描いたというような作品だ。実際に複数の巨匠の影響を受けて描いたのかもしれないが、模倣の域を超えて自分自身のスタイルを確立しているように思えた。

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♪斉藤健司の「落下する人」(第5室)は、一部がパピエ・コレ的だ。多数の文字が散りばめられている。個性ある作品だ。

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■具象
♪黒田保臣の「廃墟の島」(第7室)は、どうという事ない写実画なのだが、色の置き方に個性が感じられた。色だけでこんなに微妙な違いが出てくるのか。

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♪千葉実の「石仏の詩」(第17室)は、アンコールワットの石仏群を描いたものであろう。私は同地を訪れたことがあるので、懐かしかった。この作品は実物と若干異なる色彩を施し、それが雰囲気を高めていた。

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♪浜田陽一の「ROSE #4」(第21室)は、ビュッフェのような印象だが、上品で落ち着きがある。

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♪園田道雄の「ヨットハーバー」(第27室)は、たかが風景画と言うなかれ、陽光のきらびやかさの表現が素晴らしい。印象主義のようで少し違う。個性ある絵だ。

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♪石野史郎の「夏過ぎて」(第10室)は、ドライフラワーと化した向日葵と杭のコンポジションという感じだ。構成感あふれる作品だが、枯れた花のリアルな描写は迫力がある。それが心象風景的な色彩を強めている。

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■シュール
♪白石千以子の「樹」(第13室)は、樹木に心臓と思われる器官が取り付けられたようで、少々グロテスクだが目にとまった。樹皮などの表現は素晴らしい。

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♪平尾利裕の「記憶の断片」(第14室)は、シュール的なアッサンブラージュで面白い作品だ。シュール好きの私は、こういう作品に弱い。

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■独自の作品
♪谷貝文恵(やがいふみえ)の「記憶」(第1室)は、去る2007年の春に「第26回 損保ジャパン美術財団 選抜奨励展」で観た作品だ。再会できて嬉しい。

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当時ブログに書いた記事を再掲する:
谷貝文恵の「記憶」はその次に好ましく思った作品だ。渋い色で統一しているので気品があり、かつ構成感も味わうことができる。3人の女性が横に並んでいる姿が明らかだが、背景に溶け込み、抽象絵画として眺めることもできる。「私の中に在る日常的リアリズムを表現したい」と作者は言っている。自分自身の中にある日常とは、心象風景という言葉に置き換えられないだろうか。深読みしたくなる作品だ。

上記の記事で「その次に好ましく」と書いた。この作品よりもっと気に入ったのは、篠原征子の「ある風景」だったのだが、それは純粋な抽象画なのでより私の好みにかなっていたからだ。いずれにしても、谷貝文恵の作品はいつまでも印象が残る。

この展覧会は様々なタイプの作品が多数展示されているから面白い。次回もぜひ観たい。

アーティスト・ファイル 2010

「アーティスト・ファイル 2010」(国立新美術館)に行った。

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石田尚志(いしだ たかし)の作品とその展示が印象深かった。延々と続く抽象画の絵巻はそれ自体も美しく鑑賞に耐えるものだった。そしてその制作過程の画像をエンドレステープのように大画面に流すことにより、作品の違った魅力を引き出していた。一つの作品を「静」と「動」の対極に置き、「同じであるが異なる」ものとして提示したところが新鮮だった。

他の作品はコンセプチュアルな側面が勝っているものが多く、いまひとつなじみにくかった。このところ、無意識にコンセプチュアル・アートから距離を置くようになっているようだ。理由はわからない。体調か、バイオリズムみたいなものが影響しているのかもしれない。時間を置けばまた変わるかもしれないが。

そのなかで、福田尚代の文庫本に刺繍を施した作品群には個性を感じた。コンセプトの裏打ちが強そうだが、一貫性がありそうなのが良かった。またO JUNの壁面いっぱいに広がる作品群には大陸のエネルギーを感じた。

2010年4月11日 (日)

鎌倉:瑞泉寺v.s.天園ハイキングコース

「かつての少年少女探検隊」(略称KST)で鎌倉を歩いた。好天に恵まれて少し暑いぐらいだったが、昼下がりの4時間を楽しく過ごせた。起点はJR北鎌倉駅。まずは明月院通りに入る。

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そして「天園ハイキングコース」を巡った。

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最後に締めとして瑞泉寺を拝観した。

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瑞泉寺は素晴らしい寺院だ。その境内には様々な美しいものが配置されており、それらがみな個性を発揮している。「天園ハイキングコース」にも負けずに面白いものがあったので、戯れにそれらを対決させてみた。(以下「瑞泉寺」は「寺」、「天園ハイキングコース」は「天園」と略す。)

♪美しい花
さすが「花の寺」と称されるだけあって、寺には花が咲き乱れていた。

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また寺には紅白の花が緑を背景に美しい配色を形成していた。

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これに対して天園には目を奪うように美しい赤い花の光景が見られた。暖かい春の日差しがその間をぬって地上に降り注いでいた。

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また天園では凹凸のある山道のため下を向いて歩いていたのだが、桜の花びらが散乱している所があった。ふと上を見上げると、山桜であろうか、背の高い樹にまだ盛りは終ってないと言わんばかりに桜が咲いているのが見えた。

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そして、若干ハイキングコースを外れてはいたが、天園にも紅白の合戦があった。

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驚くべきことだが、天園にはこのように美しい花が随所に顔を出し、「花の寺」に負けない、いやそれ以上とも思われる魅力を発揮していたのだ。

♪花以外で個性を発揮する植物
寺には三椏(ミツマタ)の群生が見られた。和紙の原料に用いられるこの植物は、清楚な美しさがあり鑑賞にも耐えうる。

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一方、天園にはおなじみ「根性植物」が棲息していた。岩の割れ目から浸み出るわずかばかりの水分を頼りにしっかり生きているその姿はいとおしい。

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都会の優等生と田舎の野生児の対決になったが、これは両者譲らず引き分けと判定したい。

♪樹木
寺の樹は緑の中にその折れ曲がった肢体を見せていた。よく見ると赤い葉が彩りを添えて美しい。周囲の薄紫色の草花とも上品な調和が感じられる。

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一方、天園には「やぐら」(岩をくり抜いた墓の一種)にのしかかるような巨木の根が見られた。これは映画「トゥームレイダー」のロケ地として使われたアンコール・ワットの「タ・プローム」のようだ。

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芸術性では寺が勝るが、迫力の点では天園の勝ちだ。

♪やぐら
寺の石庭には大きく掘られたやぐらがあった。洗練された庭の中にあっておかしくないように、形も整えられていた。

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天園では山中のあちこちに素朴なやぐらが散在していた。中には五輪の塔のような石塔が置かれ、ささやかではあるが花も供えられていた。

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自然の地形を活かした墳墓作りと、山奥にもかかわらず献花があることなどを総合して、天園に良い評価を与えたい。

♪竹
寺の竹林は平行に延び、いっせいに天を目指して伸びてゆくようだ。洗練された美しさがそこにある。またその表皮の白さも鮮やかだ。

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一方天園の竹は角度もまちまちで、竹以外の樹木も入り混じって雑木林の感がある。野趣を感じるが、あまり好んで眺めていたくはない。

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これは圧倒的に寺の勝利であろう。

♪石碑
瑞泉寺は石碑の宝庫である。階段を上りかけた所には「夢窓国師古道場」という碑がある。夢窓疎石(むそうそせき)という禅僧で、瑞泉寺の庭園の設計をしたお坊さんらしい。

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寺門の前には「松蔭吉田先生留跡碑」がある。なぜ吉田松陰の苗字と名前がひっくり返っているのか?それは謎である。

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寺門をくぐった直後、久保田万太郎の句碑がある。「いつぬれし松の根方ぞ春しぐれ」と いう句が彫られている。石碑と、俳句の内容を綴った木製の看板と、久保田万太郎の名前を彫った黒い石碑の三点セットが心地よい一角を形成している。

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こちらは山崎方代の歌碑。「手の平に豆腐をのせていそいそといつもの角を曲りて帰る」とは何と庶民的な歌だろうか。俳句の山頭火のように放浪の歌人と称されたそうだが、なるほどと思う。またそれを受け止める瑞泉寺の懐の広さも感じられる。

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そして吉野秀雄の歌碑。「死をいとひ生をもおそれ人間のゆれ定まらぬこころ知るのみ」は、病弱だった歌人の心の叫びのようでいとおしい。

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大宅荘一の碑もあった。

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一方、天園には「鎌倉十王岩」なるものが祀られていた。

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数といい芸術性といい、石碑に関しては寺に勝ることは難しそうだ。

♪ポスト
瑞泉寺は拝観料を支払う入口から寺門に向かって上りの階段が続いているが、その中間あたりに寺の郵便受けが設置されている。郵便屋さんは手紙を届けるために何段か階段を上らないといけないので不満であろう。一方、僧侶の側から見ると郵便物を取りに階段を下りてゆかねばならず、これも一仕事となる。双方痛み分けの思想なのであろうか?

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一方、天園(実際にはハイキングコースから微妙に外れているようだが)には私の大好きな円筒形の赤いポストが佇んでいる。

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これは赤いポストが私の趣味に叶ったということで、天園連合軍の勝ち。

♪足の下
瑞泉寺の郵便受け付近で下を見ると、芸術的な石畳が鑑賞できる。秋でもないのに赤く染まった落ち葉と緑の葉とが補色関係のハーモニーを織り成し、それを石の素材感が支えている。

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一方、天園はおなじみマンホールの蓋で応戦する。鎌倉市の市紋(ササリンドウ)がきちんと表示されている。「おすい」という文字も、子供にも読めるようにという配慮のあとをうかがわせる。市民の生活を大事にする市政のあり方には好感を持つが、古都鎌倉にしては機能性を優先している感じだ。

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アート好きの私としては、これは寺に1票を投じざるを得ないだろう。

以上の「対決」はもちろん冗談であり、寺とハイキングコースのどちらが上かという決着をつけることが目的ではない。その代わりにある結論を導きだすことになった。

寺は自然と共生し自然を活かしているが、建造物や石碑などはアーティストによって創作された人工物である。芸術は人間が生み出すものであるから、たとえ自然を巧みに取り入れていたとしても、それは人工物の美しさだ。

これに対してハイキングコースで見聞したものは自然そのものが多い。人間の統制・制御によって加工・変化させられていない、生(なま)のままの自然がそこにある。時にこの純粋な自然は芸術作品よりも強烈なインパクトを人間に与えることがある。またアーティストはそれに対抗すべく、自然のオーラを作品に封じ込めようとする。これらのせめぎあいは大昔から繰り返されてきたことであろう。

今回の「探検」では、その押したり引いたりする自然と芸術の関係項を実体験したように思う。貴重な一日であった。探検隊のメンバーに感謝。

クロスカルチャー室内楽コンサート

「クロスカルチャー室内楽コンサート 2010春」(二俣川サンハート音楽ホール)にチェロで出演した。

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この演奏メンバーは、そのほとんどが同じ会社(現役あるいはOB)の音楽愛好家だ。かつて会社のある施設で年に2回づつ、10年間にわたり定期的にコンサートを開催した実績がある。その施設が改装などの事情で催事に使用できなり、しばらくの間活動を停止していた。

しかしそれではつまらないと、ここ数年、活動の場所を社外の施設(一般のコンサートホールなど)に求め、非定期ではあるが演奏活動を再開していた。今回のコンサートもその一環だ。ちなみに「クロスカルチャー」という名称は、かつてホームグラウンドとしていた施設の名前にちなんだものだ。

私はバロック音楽の3曲に参加した。
1. テレマン作曲「3声のソナタ」ニ短調
2. ルイエ作曲「トリオソナタ」ヘ長調作品1-1
3. テレマン作曲「トリオソナタ」ニ短調

いずれも通奏低音だが、♪1.はチェンバロが参加、♪2.と♪3.はチェロのみで演奏した。通奏低音はチェロ、ファゴットなどの楽器単一で受け持つ場合とチェンバロ、オルガンなどの鍵盤楽器が加わる場合の両方がある。

バッハの息子(フィリップ・エマヌエル・バッハ)はその著書で「独奏曲における、非難しようのない最も完全な伴奏は、チェロと鍵盤楽器の編成によるものである」と書いている。これは「チェンバロの加入した方が良い」という意味だろうが、「加入しない場合もある」とも解釈できる。

今回はこの両方の場合を実践したわけだが、必ずしもチェンバロが加入したほうが優れているとも限らないと思った。♪2.と♪3.においては、フルート、オーボエ、チェロという楽器編成で演奏したわけだが、全体の音量バランスが良く、また各声部が線的に明瞭に聴こえたという点ではむしろチェンバロ付きに勝っていたとも言える。

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