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2009年11月 8日 (日)

遺跡をめぐるアート

「ニュータウンピクニック 遺跡をめぐるアート:アート展」(大塚・歳勝土遺跡公園、都筑民家園、横浜市歴史博物館)に行った。おなじみ F君の誘いに乗ったのだ。

Photo

最終日だったので「アート展」を鑑賞するだけにとどまり、次に列挙する面白そうな企画を楽しむチャンスを逸したのは残念だった。
アートフェスタ:アーティスト手作りグッズの販売
アートツアー:作家のガイドによる展示会場めぐり
ワークショップ:参加型のイベント
パフォーマンス:「タイムスリップオーケストラ」など
プレイイベント:お月見ライブなど
オモヤカフェ:古民家の喫茶コーナー

会場は博物館、遺跡、古民家の3カ所に分かれていた。全体をあえて一言でくくるなら、「インスタレーション」という概念が適用されそうな企画だ。アーティストが遺跡などの「場」に身を置いて、そこで醸成されるものを形にするというわけだ。

横浜市営地下鉄の「センター北」駅をあとにする。

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最初の会場は◆エリアA:歴史博物館。

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玄関を入ってまず出迎えてくれるのは、♪フランシス眞吾の「Bound for Eternity (red)」。「永遠への境界線」とでも訳せるかな。

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ここは歴史博物館だが、人間の営みは歴史の基盤のうえに永遠に続くということを、この横に長く延びる作品によって思い起こさせるのであろうか。美しい水彩画だ。

インスタレーションの場合は言葉による「情報」によって結びつきを与えている場合が多いが、♪久村卓の「都築歴史博物館」という作品はその好例である。

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博物館の屋上に、建物に組み込むように積み上げられた木箱。これらは博物館の倉庫に眠っていたものを持ち出し、人目につく場所に再構築したものだ。そのような説明がなければ、単なる箱の山で終ってしまうだろう。この「コンセプト」に支えられ、かろうじて生きながらえている作品の危うい立場がインスタレーションの魅力となっているのかもしれない。

次の会場◆エリアC:歳勝土遺跡公園に移動する。

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ある「場」に「物」という夾雑物が混じり込む。その介入の仕方にはいろいろある。興味深いのは、その「場」と「物」との間の距離感だ。

距離がゼロだと「物」が完全に「場」に溶け込んでいることになる。大自然や建造物などの「場」の持つ本来の美しさを損なうことなく調和している状態だ。これは美しいだろうが、面白さというか、せっかくのインスタレーションの意味が薄くなってしまう。

♪鬼頭明雅の「Days in The Trees」の場合は距離ゼロではないが、その場にある樹木という自然物を「場」とし、これに巨石という、やはり自然物である「物」を組み込むことによりインスタレーションを構成している。

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同じ自然物同士の組み合わせなので違和感が少ない。ということは、「場」と「物」の距離が小さいということになる。調和感が高いと言い換えることもできるだろう。そしてそこに「Days ・・・」という「コンセプト」が添えられる。この言葉を読んで、もう一度「作品」(「場」と「物」による構成物)を眺めることにより、樹木のなかを流れる日々を思い描くという時間が生まれる。

一方、「場」と「物」の間の距離が大きいと異質な夾雑物(「物」)に対して「場」が反発する。調和の美も崩れ、一種のストレスが生じてくる。その代償として、そこに新鮮な刺激が生じ、面白さや独特の感動が生み出される。

場所を◆同じくエリアC:民家園前竹林に移す。

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♪藤井志帆の「Part of Life ― 記憶のかけら」を観てみよう。

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竹林という美しい「場」になにやら事件性を匂わす「物」が設置されている。これら2つの作品のどちらも、日常生活のある場面から人が忽然と消滅した事件を暗示している。そのような生々しい「負の刺激」から眼を背けようとして、周囲を見るとそこには美しい竹林という「癒しの風景」があり眼を休ませてくれる。この「負の刺激」v.s.「癒しの風景」という対立構図がこのインスタレーションの成り立ちそのものだ。

次の会場は◆エリアB:大塚遺跡(竪穴住居)

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「場」と形状・機能の面において近しい側面を持ちながら、明らかに異質な「物」を配置したインスタレーションがあった。♪今井紀彰の「私の巣」である。この美しい傘のコンポジションを見よ。

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これは今井作品の内側に入り込んで撮った写真だ。外観は次のようなものだ。

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多くの傘の集合体が半球型に組み合わされ、遺跡の住居のようなたたずまいを見ている。周囲に遺跡群を見比べてみよう。

通常、傘は一人の人間が1本だけ用いて風雨から身を守る。ここではたくさんの傘が使われ、住居のようなものを構成している。その中に入れば1本の傘同様、風雨をしのぶことができる。しかしそれだけではなく、その中で寝起きし、食事を取り、生活に必要な物を作り、ゲームに興じることもできる。

1本の傘が風雨を防ぐという「単一目的」であるのに対し、この傘でできた住居は「マルチ目的」にかなっている。それに加え、観て美しいという付随効果もある。ここから、人々が生活することとは・・・と思いをめぐらせることができる。

こちらのコーナーでは彫刻作品の解体作業が行われていた。♪齋藤敏寿の「archetype 79911」だ。

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鉄の骨組みに陶器のかけらが貼り付けられているような作品だ。通常、陶芸作品は一つ一つが独立した作品として造られる。この作品の場合は、さらに鉄骨というフレームワークに組み込まれる形で陶器が再構成されている。

これだけでも面白いが、撤去しないでこのまま残し、風雨にさらされたらどうだろうか。一部、脆弱な部分はそぎ落とされ、強靭な部分だけが残されるのか。また長い年月のうちには苔もむすかもしれない。骨組みが鉄ではなく、木などの自然物だったら長期間経過した後に骨組みが朽ち果て、貼り付けられた陶器のいくつかが残存するだろう。そのような状態を後年観るというのもなかなかオツなものだと思うのだが・・・。

遺跡でのインスタレーションという点で、最も素直な作品は♪金井聡和の「遠くから来るもの」かもしれない。

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遺跡の周囲を飛行機がブンブン飛び回り、同時に亀がノソノソと歩き回るなど、「場」に対して「物」を率直にぶつけた素朴なインスタレーションである。この古墳が作られてからどれほどの時間が経っただろうか?その間、飛行機なら古墳を何周できただろうか?亀は?そのような悠久の時間経過を思いめぐらせる場がここにある。

インスタレーションは竪穴式住居跡の内部にも入り込む。♪奥野美果はワークショップを通じて「地中博物館@竪穴住居」という作品を提示した。

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色ガラスの破片。たったそれだけの素材だが、それらがそっと置かれただけで独特の雰囲気が生まれる。「場」の持つ磁力を有効活用した例だろう。

次は◆エリアD:都築民家園。

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インスタレーションは古民家にも施された。

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これは作品ではないようだが、車輪と赤いポスター、植物のからまりが調和し、なかなか素敵なたたずまいを見せていた。

♪大塩沙永の「reaction and space_1」は普通の版画に見え、古民家とのかかわりあいが直接は伝わってこなかった。

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でも無理に意味をこじつける必要はないのかもしれない。たいへん美しい作品だったから。

♪岡本敦生の「FOREST hole 1,2,3」は御影石の彫刻だという。

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先日、知人の彫刻家・岩崎幸之助さんから御影石は大理石よりずっと固くて彫りにくいと聞いた。これらの作品は作るのが大変だっただろうな。解説を読むと「芯はただの空洞の連続体」と書いてある。実体をイメージしたものが実は「虚」(空洞)であるというのは面白いと思った。

今回はインスタレーションの様々な様相を味わうことができて楽しかった。F君いつもありがとう。

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コメント

ジョヴァンニさま
去年は来てくださってありがとうございました。今年はこんな感じでした。
http://tsuzukiartproject.sblo.jp/
またよろしくおねがいします。

今井さん、コメントありがとうございました。今年は行く機会を逃して残念です。

今回の「ひみつ基地を作る」は「20世紀少年」ブームとの共鳴があり、タイミング良い企画でしたね。来年もあるならぜひまた観たいです。

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