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2009年10月12日 (月)

ベルギー幻想美術館

「ベルギー幻想美術館」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に行った。

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今回の展覧会はベルギーにおける象徴主義に、幻想の3大巨匠(アンソール、デルヴォー、マグリット)を加え、その全貌を見せようというものだ。それはベルギーにおける幻想絵画の全貌を見せるという企画だが、やや物足りなさを感じた。

一方、似た内容の展覧会「ベルギー象徴主義の巨匠展」が1997年に巡回していた(私は小田急百貨店での開催に行った)。こちらはミシェル・ドラゲ氏が展覧会を構成しており、純粋に象徴主義に焦点を当てていたので、幻想的という点では共通していても上記の3巨匠は対象から外されていた。

これは推測だが、今回の企画は象徴主義に限定すると集客に影響する恐れがあるので、昨今のデルヴォーとマグリットの人気にあやかって(一般的な)幻想絵画を加えたのではないか。それはそれでベルギーという地域性を軸に「幻想的な」絵画を集大成するという立派な企画だと思うが、やや拡散したきらいがある。

それに対してミシェル・ドラゲ氏の構成による展覧会は象徴主義に限定しており、一人の画家当たりの展示作品数も多い。私としては、こちらの方が象徴主義を深く掘り下げた感じを味わえて良かった。大好きなフェルナン・クノップフの作品も25ほどあり充実していた(今回のBunkamuraでは4作品)。

象徴主義は一つの思想を中心軸として進められた「主義」だから一貫性がある。従って、関係した画家の作品を並べてくれると、その主義の流れに沿って味わいを深めることができる。

これに対して(一般的な)幻想絵画は画家一人ひとり(あるいは個々の作品)毎に個性が異なるので、一人(一作品)と対峙して楽しむものだ。いわゆる幻想にはシュルレアリスムなどの動きもあったが、シュルレアリスムに沿った作品と言っても、本質的には一つ一つ別個のものであろう。シュルレアリスムはその印象が強烈だが、教義的な求心力は脆弱だったから。

そのため、象徴主義に「幻想」絵画をくっつけても、その分「拡散度」が増してしまい、展覧会としての密度を落としてしまうのだ。

今回はかなり辛口評を書いてしまった。真剣に企画に取り組んだ方には大変失礼をしたと思うが、上記は素直な感想だ。Bunkamuraには何回もお世話になっており、その質・量においては圧倒的なものがある。しかし今回の企画に関してはミシェル・ドラゲ氏構成のほうに軍配を上げたい。

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