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2009年8月31日 (月)

材木座には赤が似合う

鎌倉の材木座で行われた「Sunset Live」に向かう途中、付近を散策した。すると、材木座界隈は赤がキーワードならぬキーカラーであることが判明した。

まずは夏の海岸に近くても静寂を保ち続けられそうな「千手院」。古都鎌倉の歴史の積み重ねを感じさせる朱色の渋さ。

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この渋さが松尾芭蕉のわび・さびを呼び込んだのであろうか、芭蕉の句碑があった。その案内板の枠も何となく赤っぽく見える。

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狐が守る小さな社があった。こちらの赤は鮮やかだ。補色関係にある緑の葉に加え、屋根を補強した金属と、背後のトタン板の青が不思議とよく似合っている。この不思議な調和の幻想。

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由緒ある鎌倉といえども、人の営みがある限りゴミの処理が必要だ。ところが、さすが幕府の力、極彩色に塗られたペットボトルが整然と並んでいる。そのチャームポイントはもちろんキーカラーの赤。

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庶民の生活に欠かせないのが水。水を供給する器具もまた魅惑的な赤を誇っている。この昭和初期にタイムスリップしたような井戸のたたずまいを見よ。

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人類はやはり赤を好む生物なのであろうか。石垣を赤く染める人あり。

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そしてライブで赤い夕日を拝めば、この赤の特集を成功裏に締めくくることが出来たはずだった。しかし台風の接近によりそれは叶わず。画竜点睛を欠いたようだが、ここは気に入ったのでまた来よう。その時には夕日を撮るぞ。

難波田史男の絵?

愛犬「哲学者」との散歩は様々なアートとの出会いをもたらしてくれる。まずはこの4つの写真を観て欲しい。

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これは難波田史男の作品だよ、と言ったら信じる人がいるだろう。種を明かすと、これは「哲学者」と行ったT公園のコンクリートのテーブルの表面なんだよ。

自然にできたひび割れなのか、あるいは子供のイタズラ書きなのだろうか?微妙なところがあるけど、この線刻は見事だ。

「哲学者」のおかげで多種多様なアートの領域に遊ぶことができ、世界が広がった感じがする。愛犬よ、ありがとうよ。

2009年8月30日 (日)

Sunset Live

「Sunset Live」と称するライブに行った。

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クリエイター集団ROOTと産業能率大学アーティスト・プロモーション生徒の共催で鎌倉の材木座にある海の家で行われたコンサートだ。

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印象に残ったのはベニヤ板に海の砂を敷き、タップダンサーがその上に乗って砂を引きずったり叩いたりして効果音を出したことだ。海の家でのライブに海の砂を使ってアートを引き起こしたのだから、これは「インスタレーション」と呼びたくなる。(美術愛好家的な発想で恐縮だが)。

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もう一つ感心したのは、出演アーティストたちがよく協調し合ってコラボを成功させていた点だ。既成のユニットだけでなく、今回が初対面というメンバーが混成していたにもかかわらず、これほどしっくり溶け合っていたのは素晴らしい。また自分自身のアピールだけでなく、他メンバーをよく盛り立てていたのは立派だと思った。

台風が接近し気温が急降下して夏にしては肌寒い天候だったが、ライブの間はそれを感じなかった。出演アーティストの熱気と気持の暖かさで会場が包まれたためだろう。その分帰路は寒かったが、これはいたしかたあるまい。

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出演者は五十音順(敬称略)で、伊藤夏子(タップダンス)、梅原新(ギター)、KYOU(キーボード)、久保田涼子(ヴォーカル)、平方元(ヴォーカル、キーボード)、平松悟(ハーモニカ)、そして二胡の奏者(すみません、お名前を確認しないで帰ってしまいました)。

なお上記は本来のメンバーとゲストメンバーとの区別はしていません。全員素晴らしい演奏でした。受付などのスタッフをされた方々も感じが良く、居心地がいいライブになりました。これも大きいと思います。

2009年8月26日 (水)

音楽の現在

「サントリー音楽財団創設40周年記念 サマーフェスティバル2009」の一環としての「音楽の現在」(サントリーホール 大ホール)に行った。室内楽を一緒に楽しんでいる仲間の「港のヨーコ」さんと「上様」のお二人のご厚意によりチケットをまわしてもらったのだ。ありがとうございました。

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★サルヴァトーレ・シャリーノ作曲「リコーダーとオーケストラのための4つのアダージョ」
独奏リコーダーの扱いがどうもしっくりこなかった。尺八のような吹き方をしており、音の流れも数値的分析を許さない東洋的な感じで奏していた。それならリコーダーでなく、最初から尺八など東洋の楽器を用い、「ノヴェンバー・ステップス」のように和・洋のせめぎあいを表現した方がすっきりしたと思ったのだ。

独奏者はアルトとソプラノのリコーダーを持ち替えていた。ソプラノはともかくアルト・リコーダーの音は低くて小さいので、いくら弱奏してくれていてもオーケストラの音量には消されがちであった。このあたりも再考の余地があるのではないか。あるいはオーケストラではなく室内管弦楽の編成に縮小したほうがいい響きが得られるのでは?

★オーガスタ・リード・トーマス作曲「ヴァイオリン協奏曲《楽園の曲芸師》」
簡素なモチーフをいろいろ組合わせていく感じがした。それならベートーヴェンばりの主題労作に近いという事になってしまうが、あまり面白くなかった。その理由として、素材があまりにも単純であるという点がまずあげられる。それから素材の組み合わせ方が奥ゆかしいというか、少しづつ音を重ねたりぶつけたりする程度に留まっていた点だ。

少し面白かったのは、独奏ヴァイオリンと他の高音楽器とで掛留を生じさせた箇所だ。独奏ヴァイオリンの動きは見ていればわかるが、掛留の「相方」がわからない。例えば相手はリピエーノのヴァイオリンかな?と思ってヴァイオリン群を見ると休みだったり・・・という具合である。どうやら相棒はフルートだったらしい。フルートの高音はヴァイオリンに似た響きがすることがあるので、それを聴き間違えたのだろう。

また曲の後半で、それまで無調に近い響きが続いていた中で、低音楽器を主体に突如三和音のカデンツが鳴り始めて目が覚めた。2,3音目で独奏ヴァイオリンが非和声音を奏でてすぐ無調的な響きに戻ったが、一瞬何が起きたのかと思った。これは作曲者が仕組んだ目覚ましだったのだろうか?

★ルーク・ベッドフォード作曲「オーケストラのための《花輪》」
一言でいうと「ミニマル・ミュージック」だ。それもドミナントの和音が延々と続くので飽きてしまう。時折、非和声音が鳴るのだが、それとてドミナントの7,9,11などの和音の構成音と聞こえてしまう感じだ。(第11音は主音だ!)

また、各パートでは分奏があった。例えばチェロパートは、ソロと他メンバが分かれて弾くなどである。しかし音型は単純なものが多く、その組み合わせもさほど複雑ではなかったので、分奏の意義が感じられなかった。単純な構成を見かけ上複雑にしているように思えてならない。

★ペーター・エトベシュ作曲「2台ピアノとオーケストラのための協奏曲」
バルトークのような「古典的な現代曲」で聴きやすかった。そのため4曲の中では最も楽しめたが、そう言うと他の3人の作曲家から文句がきそうだ。つまり「そんなものでいいなら私たちだって書ける」というような・・・。

ここで「現代でもハ長調で音楽が書ける」というバルトークの言葉を思い出した。これは終りのない課題かもしれない。

以上、辛口評論を書いてしまった。作曲のことになると自分のことを棚に上げて、ついアラ探しをしたくなる。これはあまり健全ではないので今後自粛しよう。

なお楽器の演奏については、私は専門的なことはわからないので、みんな良かったという感想にとどめておきたい。特にパーカッションが上手なような感じがした。速いパッセージを独奏ヴァイオリンにぴったり寄り添って奏していたから。

メキシコ20世紀絵画展

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)へ行った。

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私の趣味に合っていたのは日本人画家 ★村田簣史雄の情緒ある抽象(「無題(抽象)」という名の作品2点)だった。クレーのような温かみと柔らかい構成感が心地よい。社会性を帯びない芸術を排除する傾向があるメキシコにおいて、このような抽象作家がよく受け入れられたものだと感心した。

★ルフィーノ・タマヨは、なんと33年前に東京国立近代美術館で開催された個展に足を運んでおり、カタログも購入していた。同じくクレーのような幻想性を伴う抒情絵画で大好きな画家だ。あいにく今回展示された3作品は私好みではなかったが、タマヨ作品との久々の再会を楽しんだ。

気になった画家は、★ガブリエル・フェルナンデス・レデスマだ。展示された5作品のうち、特に「工場のある風景」、「船のある静物画」が複数の消失点を持つキリコ風の歪んだ遠近法で幻想味が出ていた。

★カルロス・オロスコ・ロメロの「夢」は文字通りのシュールだ。ギョロっとした眼を持つ人間の頭部は、何となくレメディオス・バロやレオノーラ・キャリントンに通ずるものがありそうだ。シュールにも地域性があるということなのだろうか。

★ロベルト・モンテネグロの「静物」と「自画像」も良かった。ゲイという理由で一流になれなかったというが、才能あふれる感じだ。

そして本来私の好みではないのだが、いま話題のフリーダ・カーロ、その夫のディエゴ・リベラ、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ダビッド・アルファロ・シケイロスなど壁画を中心とした活躍を見せるアーティストたちのエネルギーというものが感じられた。

2009年8月23日 (日)

小林かいちの世界

「謎のデザイナー 小林かいちの世界」(ニューオータニ美術館)の最終日に駆け込んだ。

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小林かいちが活動したのは大正から昭和初期だが、当時の木版技術でこんなに繊細な表現が出来るとは驚いた。もちろんデザインそのものも素晴らしいと思った。

かいちの作品は、当時目新しかったトランプなどの素材を取り込み、その時代の最先端のモダニズムであったと想像できる。そして80年ほど経過した現在、彼の作品群はトランプという題材自体が新鮮でなかったり、登場する女性の服装が時代にそぐわない、等のハンディを背負うことになる。

ところが、そのようなマイナス要素を引き算しても、依然としてかいちの作品は光を放っており、現存作家の作品と比べても遜色ない。ということは、デザインの根幹がよほどしっかりしているのだろう。

例えばチラシの右中に紹介されている作品(トランプを背景に、テーブルに腰を下ろしている和服姿の女性像)などは、女性の着ているのが和服だということなど認識する暇もなく美しいと見とれてしまう。かいちの作品はそういう力を持っているのだ。

2009年8月16日 (日)

ミュージカル「八月の青い空」

ミュージカル「八月の青い空」(鎌倉芸術館 小ホール)に行った。

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入団に性別・年齢を問わない「鎌倉アクターズワークショップ」の第一回公演という事で、最初は素人劇だから大したことがないだろうと思っていた。しかし実際の公演を観たら(大人ならともかく)子供達の演技と踊り、台詞まわしが素晴らしく、感動ものだった。失礼をお詫びいたします。

タップダンサーの振付だからだと思うが、ダンスを踊る場面以外でも効果的にステップが踏まれていたようだ。それにより、全体のリズムとテンポが生まれて歯切れ良い感じがした。

天使と話すという超自然の現象が、日常の場面から遊離せず自然に味わえたのは台本と演技の力によるものだろうか。全く違和感を感じずに観ていた。

全体的に娯楽としても楽しく、また親としていろいろ考えさせられる内容を含んでいたと思う。出演者や関係者の皆様、お疲れ様でした。

2009年8月15日 (土)

石空間展6 ‘09夏

「石空間展6 ‘09夏」(日本橋高島屋 美術画廊)に行った。

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岩崎幸之助の作品については、これまで「水太鼓」の諸作品を味わってきたが、今回は水を使わない「石太鼓」に出会った。御影石に細い線刻が走り、叩いて音を出さなくても、見ているだけで楽しい作品だった。

また今回は「太陰暦」シリーズの作品も初めて観た。「太陰暦No.7」はイサム・ノグチの「黒い太陽」に形が似ているが、ノグチ作品に比べて幾何学的な構成感が強く、それでいて荒削りな側面も見せて私の趣味に合っていた。

他には、柴山京子の「ねじれる果実」等で特徴をみせる有機的な形、石井尚志の「CUBE-09」等に見られる直線主体のリズムがある構成、菊地伸治の物語がありそうな「塔について」の楽しさ、芝田典子の「こもれび」等で味わえる光と影のうつろい、原透の「時間軸-14-」等で使用されている赤石の色彩の美しさなどが強く印象に残った。

ここで書かなかった作家の作品も決して見劣りしたというわけではありませんので、ご了承ください。

Maquette展#2

「Maquette展#2」(GALERIE SOL:銀座)に行った。

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お目当ては岩崎幸之助の「太鼓」シリーズだ。これまで大きな作品ばかりに接してきたので、今回は小サイズの作品がどんなものか楽しみにしていた。

サイズが小さくなると、調度品のような味わいが増してくる。形の美しさと共に、いとおしさとでも言おうか、そのような感じがした。

他の作家の作品もみな個性的で、比べて見ると面白かった。おおかた抽象作品だったのも私の趣味に合っていた。SOLさん、夜7時まで開けて戴き、助かりました。ありがとうございます。

鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人

「鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人」(東京オペラシティーアートギャラリー)に行った。

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これら4枚のチラシは「シラ-谷の者 野の者」という4枚の襖絵対応づけられており、このように横一列に並べると全体図が完成するという趣向だ。チラシ制作にも費用がかかるので大変だなと余計な事を考えてしまった。

この展覧会は地球の表面から内部へ向かい、地球の中心に達するまでの地底旅行というコンセプトが一本通されていた。またナイフなどのモチーフを繰り返し用いることにより、作品同士の内的連関性を強めていた。音楽に例えると「循環形式」に近いだろう。

既存の自作品をまとめあげるという点に関しては、文学になぞらえると、作家が既存の短編をいくつか繋ぎ合わせ、中・長編小説に仕立て上げるのに似ている。例えばレイ・ブラッドベリの「何かが道をやってくる」は「黒いカーニバル」などの短編集に収録された短編をいくつか並べて再構築したものだ。

しかし鴻池はそのような並列方式をさらに進め、個々の展示作の個性を保ちつつ、それらを作家自身が創作した一大叙事詩の中にプロットして示していた。言い換えると、展覧会体が一種のコンセプチュアル・アートになっており、個々の展示作品と共に二重構造を形成していたともいえる。

以前、「大竹伸朗・全景」という展覧会を観た。そこでは初期の作品から最新作までがおおよそ時間軸に沿って並べられ、無理矢理にコンセプトの統一は図られていなかった。そのため鑑賞者は作家の歩んできた道を追体験し、その中で各自それぞれが独自の印象を抱き、作家の全体像を自由に思い描くに任されていた。

今回の展示方法はその対極にあるような気がした。鑑賞者の自由度を考えると「大竹伸朗・全景」のように素朴に作品を並べるほうが良さそうだ。一方、鴻池のように作家が作曲家・兼指揮者のように部分・全体の重層的構造を作り、それらすべてを統治しているのを見るのもまた一興か。

最後に撮影自由のオブジェを楽しんだ。

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富士山麓:かつての隠れ里?忍野八海

「かつての少年少女探検隊」の最後の目的地は、「かつての隠里?」天然記念物・忍野八海(おしのはっかい)だ。

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石碑は由緒ある土地に相応しいたたずまいなのだが、その背後にある即物的な看板がいただけない。これではせっかくの天然記念物も興ざめではないか。

そしてこの一帯に入るために、まずはこの土産物屋「ひのでや」さんの洗礼を受ける必要がある。なぜならこの土産物屋は私たちバスツアー客のために駐車場を提供して下さっているからである。

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忍野八海に足を踏み入れると、まず目につくのがこの巨大なワインの貯蔵容器だ。ラベルの汚れも気にせず、無造作に玄関先に置いてあるのがいい。

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次に現れるのが水車小屋だ。この何ともいえない素朴な味わいがたまらない。

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そして「八海」の名前通り豊かな水を象徴するかのように池が現れ、鯉が楽しげに泳いでいる。

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ここは「日本名水百選池」だ。

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水をめぐる風景。

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こちらも水をめぐる風景。

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そしてまた水車小屋が。

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軒下には沢山のとうもろこしが吊り下げられている。

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「かつての少年少女探検隊」のメンバーの中に「かつてのカメラ小僧、そして今だにカメラ小僧」さんがいる。奥様はピアニストで、コンサートの際はこのコンビネーションは最大限の効果を発揮する。

その「昔も今もカメラ小僧」さんは、この忍野八海に毎年来ているそうだ。何をしに通っているかというと、富士山の写真を撮るからだとか。今回はバスツアーにつきあって戴いて申し訳ないと思った。

そうか、ここは富士山を観る絶景ポイントだったのだ。そして富士山のある方に目を転じたら、何とそこには伝説の不死鳥が!

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と一瞬思ったのだが、よく見るとこれは富士山が雲の取り巻かれ、雲が切れて地肌が見えている部分が鳥の形に見えただけだった。火の鳥はそうは簡単には姿を見せてくれないのだ。

少し時間が経過したら、曇天のため完全ではないが、富士山がその偉大な姿を見せてくれた。

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こうして「かつての少年少女探検隊」の日帰りセミナーいやバスツアーは収束を迎えたのであった。

富士山麓:氷穴で学ぶ英語

暑い。「かつての少年少女探検隊」は涼を取りたくなってきた。うまい具合に次の目的地は天然記念物の「鳴沢氷穴」。

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この観光地では看板に注目。「鳴沢氷穴」に対して「NARUSAWA ICE CAVE ENTRANCE」と英語で書いてあるが、この「ENTRANCE」が 気になった。というのは、次の看板を見たからだ。

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こんどは「鳴沢氷穴入口」に対して「ICE CAVE ENTRANCE」となっている。日本語では「氷穴」と「氷穴入口」を書き分けているのに、英語ではどちらにも「ENTRANCE」を付けているのだ。まあ大した問題ではないからいいか。同行の「かつての少年少女」メンバーの中にはアメリカ本土に何年も居住経験のある夫婦がいるので、あまり英語で知ったかぶりして間違えたりしたら笑われそうだ。

隊列を組んで洞窟(氷穴)に入ってゆく観光客。

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なんだか地獄への行進みたいで気味悪いな。あっいけない、雰囲気を悪くしてしまった。反省。

洞窟(氷穴)内のただ今の温度は零度。寒そうだ。

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緊急時への備えであろうか、頭上にはマイクが。

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頭上にはマイクだけでなく、低い天井の岩があるので次のような看板がある。

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上も下も気をつけなさい、と親切だ。この「Watch Your Head」に違和感があったが、調べてみたら誤りではなさそうだ。イギリス英語に近いからかもしれない。

すると滑りやすいので注意という看板が。

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ううむ、この英語は変でござるな。アメリカ帰りの「教授」もそうだと言っておられたから、やはり少々変なのでござろう。

この看板は面白い。絵解きの楽しさがある。

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洞窟内部は本当に寒い。なるほど、氷穴と呼ぶだけあって大きな氷の塊がある。

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その氷の塊の脇をすり抜けるように通ってゆく人々。

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洞窟の内部の暗闇でやみくもにシャッターを押すとこういう風景が撮れる。ちょっと怖い。

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するともっと怖いものがあった。この鉄格子の向こう側には何が潜んでいるのか?

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ここには魔物を封印しているのか?この社はそのために置かれているのか?

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というわけで、涼を得た「かつての少年少女探検隊」は最後の目的地に向かった。信号に添えられた富士山が愛らしい。

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富士山麓:ユリ園で知った己の無知

「かつての少年少女探検隊」の次なる探索地は100万株の百合が自慢の「ふじてんリゾート・リリーパーク」だ。

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まずは清楚な白いユリを楽しもう。背後に少しくたびれたピンクのユリが見えるが、それは無視しよう。

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ピンクのユリを観るならこっちの方が美しい。

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黄色いユリもある。こちらは背後にピンクと白の両方のユリを従えている。よほど偉い花なのだろう。

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あっ、蝶がいた。

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「かつての少年少女探検隊」としては、「現在の少年少女」に生物学の教育を施す絶好のチャンスだ。「花にはね、虫媒花といって蝶々などの昆虫が媒介して子孫を増やす種類が多いんだよ」などという説明をすることになるだろうか。

するとユリの大群の中にぽつんと紫陽花が咲いていた。

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これは「現在の少年少女」から質問が飛んできそうだ。「どうしてここにあじさいがさいてるの?まわりはぜんぶゆりなのに?」と聞かれたらどう答えたら良いだろうか。

「あのね、これは風媒花といってね、花粉が風に乗って飛んできたんだよ」と答えるのか。スパイがパラシュートで敵のただ中に舞い降りる場面を想像した。でも紫陽花って本当に風媒花だろうか?わからないまま放置するのはすっきりしないが、仕方ない。そのうちわかるだろう。これじゃあ「現在の少年少女」に教える資格がないな。

どちらだかわからない事を象徴するかのように、紛らわしい標識があった。

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これはまだいい。次の2つの標識を見たら、いったいどうすればいいのか?

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「ここから先は立入禁止」と書いてあるのに、その横には「順路」という標識が出ている。アイザック・アシモフが書いたロボットを題材としたSFに、この種のパラドックスを扱った作品がある。進んでいいのか、いけないのか。こういう矛盾した指令を受けたロボットが右往左往する話なのだが、私がちょうどそのような窮地に陥ってしまったわけだ。

なんとかこのパラドックス地獄を抜け出し、探検隊を乗せるバスに戻ろうとしたら、強敵カミキリムシが立ちはだかっていた。これは怖い。咬まれたら本当に痛いそうだ。ここはおとなしく退散。

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「かつての少年少女探検隊」は次なる目的地を目指して進む。

2009年8月14日 (金)

富士山麓:御殿場ビールにありつくまで

腹が減っては戦ができぬ、というわけで「かつての少年少女探検隊」が次に向かったのは「時の栖(すみか)」、御殿場高原ビールの中心だ。

「かつてのアーティスト志望少年」であり、かつ「現在はゲージツカ」(芸術家とは異なる)なる私は食事前の時間を利用して「ゲージツ写真」のターゲットを求めて付近を散策。まず見つけたのはロベルト・フリオ・ベッシンなる彫刻家が制作した「オオタカ」。なかなか凛々しい顔をしている。

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次は私の大好きな「外壁植物」と、その下で清涼感を出している滝。

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そして滝壺の近くには金色の蛙が。ここを訪れる観光客に金運を授けているのだろうか。

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そして「なぜここにこんな風景が」と驚く渓流の眺め。

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極めつけは「千三百地蔵・ありがた山」。

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手前左に置かれたピラミッド状の塔に近づいてみると、その表面にも無数のお地蔵さんが・・・。

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積み岩の基部に目をやると、そこには彩色されたお地蔵さんが6体。一番右のお地蔵さんは首が欠落している。何かあったのか?

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聞いた話だが、オックスフォードの辞書は意図的に間違えた箇所があるとか。これは、神は人間が完璧な仕事をすることを嫌うという西洋の宗教感からきているそうだが、同様の思想に基づくものなのだろうか?

「ありがた山」の入口の全景がこれだ。

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2基の意味ありげなピラミッドの間に「開口部」があり奥へと通路が続いている。この通路は怪しげなオーラを発し、侵入者を躊躇させている。慈悲深そうなお地蔵さんも、これだけ数が揃うと不気味な妖怪に転じてしまう。

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尻尾を巻いて先ほどの「渓流」に逃げ帰る。

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しかしそこには「目玉」の妖怪が立ちふさがっていた。さあどうする、「かつてのアーティスト志望少年」!

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すると、目指すバイキングレストラン「麦畑」はこちらという看板が。助かった!

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レストランに到着したらもう大丈夫。

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ひたすら食べ、5種類のビールを飲んでご満悦。

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富士山麓:中井PAでの理科離れ防止策

私たち「かつての少年少女探検隊」(仮称)8名は、「少年少女が心身共に健康となるためには、今私たちに何が出来るかという重大かつ困難な課題に取り組むためのきっかけを作るために企画立案された富士山麓(さんろく)地域に身を置いて頭を冷やしながら熟考する場を提供してもらう、かつての少年少女のためのバスによる移動セミナー」(仮称)に参加した。

これを普通の言葉に翻訳すると「おじさん・おばさん8人が日帰りバス旅行に行った」という短く簡潔な表現になる。しかし、それでは夢も何もなくなるではないか。私たちには人格も夢も希望もあるのだ。それを忘れてはならない。

まず到着したのは東名の「中井パーキングエリア(P.A.)」。台風による決壊の直前である。運が良かった、と言うと不謹慎になるのでやめる。

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ここには「ドライミスト」なるものがある。

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「かつての少年少女探検隊」には「かつての理科少年」というメンバーがいる。名前が長いので、ニックネームの「博士」と呼ぶようにしよう。博士は、あいにくこの日「学会」なるものに出席するためこの「移動セミナー」には来られなかった。残念だ。

その学会では、子供達の「理科離れ」をいかに食い止めるか、というテーマも取り上げるらしい。そしてそのテーマは偉い先生方が集まる学会でなくても、私たち「かつての」軍団でも充分に検討する素養と能力があるのだ。

そして話を「ドライミスト」に戻す。これは一対の大砲のような筒から霧を噴出す装置だ。そうだ、これを理科離れ防止に役立てよう。

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ある日、平和な地球を「怪獣ネップー」が襲ってきました。この怪獣は口から熱風を吹き出し、あたりを灼熱地獄にしてしまうのです。しかし地球軍は秘密兵器「ミスト砲」を発射。「怪獣ネップー」の放つ熱を見事に食い止めました。

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とか何とか言って子供達を喜ばせ、いつの間にか理科教育をしているという筋書はどうだろうか?最初から「気化熱を奪う」などの難しい表現をせず、まずはゲーム感覚で子供達の気を引き、その隙に巧みに勉強させてしまうというわけだ。

この理科話はこれだけでは終らない。「ミスト砲」から発射された霧状の水滴は上昇気流に乗って上へ運ばれる。

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この気流に鳥が乗り、いとも簡単に空を飛ぶ。よく見るとパーキングエリアの看板が鳥の形をしているでしょ?そしてその風は樹木をそよがし、さらに上昇して雲となる。この重層化した空間がこの1枚の写真に凝縮されている。

このような話に喜んだ子供達は理科が好きになり、日本の科学技術を発展させ、天馬午太郎のような天才科学者を輩出させ、夭折した天馬飛雄君にそっくりなロボットを誕生させるに至るのだ!

というような夢を抱き、「かつての少年少女探検隊」は行く。

2009年8月 5日 (水)

江ノ島花火

「江ノ島花火大会」に行った。

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私はほとんど「地元民」なので、自宅から花火観賞スポットまで徒歩で行くことができる、ピアノトリオを組んでいるピアニストの「よいこ」さん、仕事仲間で私同様に昔は若者(笑)だった二人の男性、そのうちの一人のつれ合いに妻(仮名ジョアンナ)私とを加え、合計6人で出かけた。

型落ちのデジカメに加え、撮影が下手なことにかけては天下一品(笑)の私が撮っても素晴らしい写真は生まれてこない。でも雰囲気だけ見て欲しい。

花火には様々なタイプがある。種子のように小さく可憐なものもいいが、

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色とりどりの大玉は華やかで、やはり見ごたえがあるなあ。

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炎のように燃え上がる情念派もある。

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緑の光を水面に映すのはロマン派と名付けたい。

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無数の白い筋が伸び落ちるところは素晴らしい。

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極彩色の毛糸玉が重なり合う様を描いた作品。

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これは赤い「花と葉巻」という絵画作品か?

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しかし最も芸術的に思えたのは、このモノクロームの花火だ。一瞬、凍りついたような静けさが漂う。

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来年も楽しみだ。

2009年8月 3日 (月)

大阪:フェニックスタワー

過日になるが「竹内 聡 フルート・リサイタル」を聴きに行った。結果は「コンサート:聴く側」に記事を書いたので省くが、大阪北区にある演奏会場がすごかった。

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「ニッセイ同和損害保険 ザ・フェニックス・タワー・アンド・ホール」という立派な名前が付いているが、名前負けしていない。まずは次の写真を見て欲しい。

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ね、すごいでしょ?空に向かってそびえ立つ雄姿、初夏の日差しを浴びて光る窓、安定のなかにも躍動がある形・・・。素晴らしい建築物だ。

装飾も過度にならず、地味になり過ぎず、上品さを醸し出している。

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ホールの名前が書かれたL字型の構造物だが、ちょっと見るとその端が建物にくっついているように見える。でもそうなると遠近法が狂っているようで、錯覚を利用したエッシャーばりの面白さがある。

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ホールは低層階にある。それでもホワイエから見る外の景色は素晴らしい。もっと上の階にいるかのような錯覚に陥る。

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そしてそこにはアートも添えられている。リチャード・マクドナルドの作品らしい。作品名は「ダンス・ザ・ドリーム」だと思うが自信がない。間違えだったらごめんなさい。

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そしてその下にはコンサートの打上げに相応しい設備が・・・。何から何まで揃っていて完璧なビルだ。

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2009年8月 2日 (日)

大阪:国立国際美術館界隈

F君と「杉本博司 歴史の歴史」(国立国際美術館:大阪)を観たときの記事は既に書いたが、美術館周辺の探索については保留したまま時間が経過してしまった。

土佐掘通りから筑前橋を渡ると、いきなり蔦のからまる昭和の遺物が目にとまる。

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背後に「大阪市立科学館」を従え、堂々としている。壁面に「北條建築構造研究所」と「北條薬局」の看板が掛かっている。

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「北條建築構造研究所」を調べてみたら、近郊ではあるが異なる場所に社屋があった。するとここは旧社屋なのかもしれない。「北條薬局」についてはわからなかった。

建物の前面にまわってみると、やはり「北條薬局」の看板がある。蔦は隣りの建物にまで侵入し、繁殖を狙っている。

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その背後には三菱重工の<重厚>なビルが・・・。あまり駄洒落を続けると真面目なF君から<銃口>を突きつけられそうだから止めて次を急ごう。

「蔦屋敷」の向こう側には目指す国立国際美術館があった。

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建物よりも巨大なオブジェにまず目がいく。鳥が羽を広げたような形状だ。

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そしてその前には我が清水久兵衛(きよみず きゅうべえ)の「ECHO」二部作がある。U字型と、

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I字型だ。

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いつもながらその赤の存在感は飛びぬけている。そしてまた巨大な管を折ったり、曲げたり、切断したりして得られるヴァリエーションの豊富さも楽しい。

さらに久兵衛作品のいいところは、銘版にも味わいがあることだ。この手書き調の「ECHO」も文字を見よ。

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美術館にも入ったが、それは「杉本博司 歴史の歴史」の記事で紹介したので省く。

美術館と並んで「大阪市立科学館」もある。先ほどの「蔦屋敷」ごしに見えた建物だ。

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その前にはピラミッド状の構造物がある。水が斜めの面を滑り落ち、涼しい空間を作っている。

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近づくと結構大きい。

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後ろ側に回り込んで観ても面白い。表面に草木が映りこみ、日本画のようなたたずまいになっている。左下に見える路面の赤と、植物の緑がこの構造物を挟んで補色関係を主張している。

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その横手には教会が。

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「大阪北教会」という名称か。

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美術館のほうに戻りかけ、先ほどの鳥の羽のような巨大オブジェを反対側から見る。

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背景が違うと表情も異なって見えるなあ。ビル群に囲まれて窮屈そうだ。

美術館が一つぽつんとあるのではなく、このように周囲に「つわもの」が配備されていると、訪れる際の楽しみも倍加する。今後も屋外彫刻などが増えることを期待したい。

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