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2009年7月30日 (木)

大阪:肥後橋から土佐掘通り

肥後橋の前には大同生命のビルがそびえている。下端をギュっと絞ったユニークな形だ。

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下層階を中心に見る。人や車と比較すると、その巨大さがよくわかる。

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ビルの真下まで来て上を見上げると、迫力満点だ。

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周囲に彫刻を配して歩行者を楽しませてくれるのはありがたい。これは本郷新の「太陽の母子像」。

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母子の幸せなひとときが素直な描写で語られている。これは作者が亡くなる4年前の作品だが、1世紀の4分の3を生きた作者の晩年における穏やかな境地なのだろうか。

もう1体は大きい。ブールデルの「自由」だ。

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具象はあまり好きではないが、さすがに巨匠の作品には迫力を感じる。

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肥後橋を後に土佐掘通りをしばらく歩くと、舗道に西村建三の「風の樹」が設置されている。

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見る角度によっては排気ダクトにも見えるが、面白い形をしておりランドマークになっているようだ。

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いつもの癖で下を見ると、舗道のタイルもこれまたアートなり。

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さらに進むとAD&A制作の「FINDER四角の中の空」がある。

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平行四辺形に組まれた鉄骨の間から向こう側の景色を見ると、ファインダーで景色を狭めて観るような感じになる。そういうシミレーションを通行人に促しているのか。

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その横の建物に入ると、壁面に草間喆雄の「FLIGHT」が飾られている。

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緑と紫の紙を丸めて紙ヒコーキを作り、それを7つ並べたような作品だ。単純だが、その繰り返しのリズムが心地よい。

土佐掘通りにもアートの魅力があふれていた。

2009年7月29日 (水)

大阪:御堂筋彫刻ストリート

大阪の御堂筋は「御堂筋彫刻ストリート」と呼ばれ、道路の東側・西側のほぼ1ブロックに1つづつ屋外彫刻が設置されている。ウェブの案内によるとその総数は28となっている。しかし私が行った時はそのうちの1つ(ルノワールの「ヴェールを持つヴィーナス」)が建物の工事に伴い撤去されていたので、合計は27であった。

ただ残念なことに私の好む抽象彫刻(あるいは半抽象)は少なく、多くは具象ものであった。それらの中に私の趣味に近いものを拾い上げてみた。

まずいきなり「御堂筋彫刻ストリート」のサイトでは紹介されてないはみだし作品から。齋藤智の「風姿」だ。

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微妙な曲線が折り重なった不思議な形をした柱が2本、寄り添うように立っている。この作品名は「風姿花伝」から採ったものであろうか?近代的なビルの前に置かれたモダンな抽象彫刻に、ミスマッチを恐れず日本の伝統的な名前を付けた作品だ。その姿は優美でかつ強靭だ。

半抽象ものでは、リン・チャドウィックの「少年と少女」が目にとまる。

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身体が三角形で表現されたこの作品は、具象の雰囲気を残しながら、心地よい構成感を打ち出した作品だ。

似たような感じの作品として、日高正法の「啓示」がある。

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よく見ると、下のほうを指差しているではないか。私が好きな「下を向いて歩こう」を促しているのか。すると、期待に応えて大阪城を想起させるマンホールの蓋があった。

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脱線してしまったので本題に戻そう。もっと抽象度が進んだ作品としては、巨匠ヘンリー・ムーアの「二つに分断された人体」がある。

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人体というより蛇を想わせる形だが、その構成感は見事である。

絵画に例えるなら「熱い抽象」に近いイメージを持つのがフィリップ・キングの「火の玉 No.1」だ。

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形而上的な感覚を追うなら、ジョルジオ・デ・キリコの「ヘクテルとアンドロマケ」かな。

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絵画でも有名な作品だ。

オシップ・ザッキンの「アコーディオン弾き」もある。

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光の加減であまり鮮明に写っていないのが残念だが、なかなかの作品だった。

御堂筋は綺麗な通りだと思っていたら、おそうじロボットがいたのか。

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「スターウォーズ」の映画から抜け出たような姿をしている。

御堂筋の魅力は彫刻だけではない。「オーガニック・ビル」という名所もある。

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外壁の出っ張りが植木鉢になっており、そこに多数の植物が植えられて一種独特の景観を産み出している。 隣りのビルの窓ガラスには断続的にその姿が映っていて面白い。

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店の入口のデザインもいけてる。

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パーキングの看板はポップ調だ。

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御堂筋は魅力で一杯だ。また来よう。

2009年7月28日 (火)

大阪:中之島緑道

過日になるが、おなじみF君と大阪に行った。屋外彫刻の探索が目的だ。たった一日で長い距離を歩き、多くの彫刻を観賞し、たくさんの写真を撮った。

その成果をまとめるのに手間取り、なかなか拙ブログに載せられなかった。それではもったいないので、小出しに紹介しようと思う。

まずは最も力作が揃っていると思われる「中之島緑道」から。

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この緑道は中之島の南側(土佐掘川側)にあり、屋外彫刻は淀屋橋から肥後橋の間に集中している。

淀屋橋を起点に歩く。橋の欄干が既に芸術志向である。

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まず最初は藤木康成の「陽だまりに遊ぶ」というほほえましい作品。先ほどの橋の欄干が後ろに見える。


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母親の体が若干デフォルメされ、直角に折れ曲がった形状をしている。その先に子供が乗って遊ぶ様はシーソーのようだ。

次は斉藤均の「風標」。抽象作品だ。

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若干ロシア構成主義の名残のような雰囲気がある。力強そうでいて、脆弱そうでもある。そのような矛盾をはらんだ形状が面白い。

次は石田眞利の「くもの椅子」。

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この「くも」というのは、怖い「蜘蛛」ではなく、空の「雲」であろう。雲が椅子に腰掛けている情景を描いたという感じだ。造形的に面白い作品だと思った。

次は増田正和の「一対の座」。

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堀内正和と同じ名前の作家だな。文字通り座布団が二つ並べられているような作品だ。「椅子」の次は「座布団」か。恣意的な作品配置をしているのだろうか。

次は面白い作品だ。天野裕夫の「十魚架」。

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「十字架」の「字」を「魚」に変えて作品名にしたものだ。確かに十文字を形成しているのは魚のように見える。罪を背負った魚が十字架にかけられた姿を描いたものか。

偶然だが鳩が3羽舞い降り、1羽は作品のてっぺんに、2羽はフェンスの手摺にとまった。これらの鳩が作品の背後に二等辺三角形を形成している様は宗教的ですらある。

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そして次が冨長敦也の「広場―鳩のいる風景」で、この奇妙な符合に驚く。

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中腰になって2羽の鳩に話しかけているのは子供だろうか、それとも大人であろうか?ここでは、なごやかな時間が流れている。

そしていよいよ巨匠の作家による「半分に切られた円環と筋が切られた円柱」・・・。

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なんていう作品では無くて、これは単に蛇口が壊れた水のみ場だったようだ。でもなかなか見事な造形なので、抽象彫刻だと言っても通ると思う。

そして河合隆三の「日溜(ひだまり)」。

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母が我が子を抱いて真昼の公園にのんびりする様を表現したのかもしれないが、木陰でいきなりこの作品に対峙するとちょっと怖い。大きな作品なので、そのせいかもしれないが。

次は掘義幸の「TWO RING ―空間の軌跡―」。

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これは堀内正和のブロンズの作品を黒くし、若干平べったくしたような形状だ。これは好きなタイプの作品だ。偶然であろうが銘版にも花が添えられ、作品の出来を称えているようだ。

ちなみにこの薔薇の名前は「ダーク・レディ」というそうな。

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作品の隣りに花壇があるのはアドバンテージになるなあ。

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花があるので、北田吉正の「花の天女」が続く。

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ふっくらした体で花をしっかり抱き締めている。ほのぼの系の天女だ。そしてその背後には重厚な日銀の大阪支店が。柔らかい天女と堅い銀行の外壁との見事な調和!

そしてまた一見作品のような水飲み場が鎮座し、その背後には悪魔の紋様が描かれている。さらに右からはデ・キリコ描く彫像の影が忍び寄る。ここだけ異界スポットだ。

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その隣りには星取表が。なぜこんなところにあるんだろう?

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次は「四つ目のロボット」という作品ではなく、排気ダクトと思われる。でもこれも作品みたいに見えてしまうところが、この界隈の魔力かもしれない。

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最後の作品は「雲の詩」。河原明の作品だ。

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雲に乗った人体が大空に向かって飛翔するかのような一瞬だ。高層ビルを背景に作品が映える。

肥後橋にたどり着いて「中之島緑道」の彫刻探索は終り。暑かった。

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2009年7月26日 (日)

だまし絵展

「だまし絵展」(Bunkamura ザ・ミュージアム)に行った。

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このジャンルは昔から大好きで、今回の展示作品の多くは実物あるいは図版で観たことがあった。しかし、やみくもに眼にとまる作品と作家を追い求めてきたので、その知識は系統立っていなかった。

この展覧会にように専門の学芸員が企画し、筋道立って紹介してくれる催しは自分の知識の棚卸しを行い、頭の中をきちんと交通整理することが出来るので助かる。また既知の作品が多かったとはいえ、初めて接する作品や作家もあり楽しかった。特に日本の作品は「灯台下暗し」で知らないものが多かった。

展示作品の中で一つ気になるものがあった。デ・スコット・エヴァンズの「インコへのオマージュ」である。

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ガラスが割れた箱と中に入れられたインコの剥製がリアルに描かれているという点は、今回の企画の趣旨(だまし絵)に沿っており別段どうということはない。言いたかったのは、ジョセフ・コーネルの箱の作品によく似ているという点だ。

この作品の写真を見せられて「これはコーネルの作品です」と言われたら素直に信じるだろう。それほどそっくりなのである。では、両者はつながりがあるのか?

先輩はエヴァンズで1847年に生まれ、1898年に没している。これに対してコーネルは1903年生まれ、1972年没である。つまりコーネルはエヴァンズ逝去の5年後に生まれているから、エヴァンズに直接会ったことは無い。考えられるのは、エヴァンズの作品あるいはその図版を見て「箱」のアイデアを得たということだ。

以上の仮説が正しいかどうかわからない。どなたか、本件についてご存知の方がおられたらご教示ください。

セロ弾きのゴーシュ

「セロ弾きのゴーシュ 藤沢上映会」(藤沢市民会館小ホール)に行った。

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昔懐かしい手作りアニメ映画の上映と、それに先立つチェロの演奏という企画だ。私は「序盤に(実際は音程に)隙あり」のチェロを弾くので、チェロにちなんだこの催しに友人が誘ってくれたのだ。

冒頭のチェロ独奏では「セロ弾きのゴーシュ」の物語中に出てくる「インドの虎狩り」が演奏された。宮沢賢治は作曲も手がけたが、旋律のみ、あるいは賛美歌のような簡素な作りが中心だ。一方この曲は不協和音に満ち、重音のトレモロ奏法など荒々しい作りなので、とうてい宮沢賢治本人の作曲ではないとわかった。では誰が作った曲だろうか?

そんな疑問を抱いて映画を観ていたら、最後に流される関係者紹介で、なんと間宮芳生の作曲だとわかった。問宮はこの映画の音楽を担当しているので、自らが曲作りをしたのだ。

これには創作意欲を刺激された。そうか、これは物語中に曲名だけ言及された架空の曲を具現化するという行為なのだ。面白そうだな。例えばこの「インドの虎狩り」は狩猟の情景描写というより、生意気な猫をおどかして追い払うという要素を持たせて作るという課題設定となるだろう。そのうち1曲作ってみよう。

府中:東府中の物語

京王線の東府中駅前から「府中の森芸術劇場」を目指し、「府中の森公園」を通り抜け、「生涯学習センター」にいたる道筋には物語りがある。

毒キノコは有害なるゆえ忌避され、孤独だ。
Dscf5020 消火栓(作者知らず)

森に住む少年はその瘴気に当てられ、やはり孤独である。
Dscf5023 「少年」雨宮敬子作

同じく少女も孤独であった。
Dscf5021 「少女」笹戸千津子作

すると少年のもとへ鳩が訪れる。
Dscf5012 「鳩を持つ少年」舟越保武作

少女も鳩に出会う。
Dscf5028 「鳩と少女」森田やす子作

鳥の精霊が孤独から逃れるための道標をもたらしたのであった。
Dscf4994 「道標・鴉」柳原義達作

少年と少女はモニュメントの噴水により身を清め、互いに協力して数々の障壁を乗り越え、カリュアイの街にある塔を訪れて祈りを捧げると孤独を消散させることができるというのだ。
Dscf5001 「モニュメント」

試練の旅に出発した二人は、いきなり怪物に出会う。
Dscf5002 「7月(七夕)の樹」向井良吉作

怪物をなんとか倒すと、こんどは巨大ロボットに襲われた。
Dscf5007 「球を囲う幕舎」保田春彦作

ロボットがもう1体。
Dscf5025 「雲」永廣隆次作

地雷にも注意しなければならない。
Dscf5017 「地下のデイジー」若林奮作

耳の化け物も出てきた。
Dscf5013 「木の耳」光島貴之作

最後に魔のトンネルを抜けると、
Dscf5033 「下水道完成記念碑」

そこには目指す塔があった。
Dscf4997 「カリュアイの柱」江口週作

こうして二人は結ばれた。めでたし、めでたし。
Dscf5018 「アンとミッシェル」朝倉響子作

府中:修景池と総合体育館

「郷土の森公園」の一角にある「修景池」では蓮の花が楽しめる。

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群生するとなかなか見ごたえがある。

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これらの蓮は、昔府中に住んでいた大賀博士が研究を重ねた成果だとか。

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偉い先生なので銅像の周囲に巨石のオブジェを配し、ひとつの空間を形成している。

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池のほとりには彫刻作品もある。一色邦彦の「緑光燦舞」だ。木立を背景にして作品が引き立っている。

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違うアングルからは池が背景となる。

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そして隣りの「総合体育館」脇には清水九兵衛(きよみず きゅうべい)の「MAIKAZURA」の赤が圧倒的な存在感を示している。

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清水作品は銘版まで赤い。

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そして説明プレートは緑の葉に囲まれ、心地良さそうだ。

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2009年7月23日 (木)

府中:郷土の森

「府中市郷土の森博物館」に行った。

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私が住んでいた頃は単に「郷土の森」と呼んでおり、園内の何カ所は造成中だった。今回久しぶりに訪ねたら、当時工事中だった所がほとんど完成しており、ほぼ完全な形で営業していた。

ゲートを抜けると、いきなり速水史朗の大きな作品が出迎えてくれた。

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これは「魂・蔵・祖」という三部作の「祖」であるらしい。悪霊を退散させる道祖神の役割を担わされていると説明書きにあった。

2つ目の「魂」はもっと入口近くにある。

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そして3つ目の「蔵」を探したが、見つからない。従業員の人に聞いたらその作品は屋外ではなく「博物館本館」の2階にあるという。早速行ってみたら屋上の中庭に設置されていた。しかし中庭に出られないのでガラス越しの観賞となった。

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本館の1階には望月菊麿(もちづき きくま)の「知恵の門」が置かれている。

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宇宙的な神秘を感じさせる現代的な抽象作品で面白い。

それと好対照をなすものが園内に見つかった。

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これは「路傍の仏」とでも呼ぼうか。素朴で、自然で、かつ原初的だ。人が自然を愛で、静かな祈りを捧げるための対象である。気のせいか、この仏のあるポイントから林の中に一直線に「気」の通り道が貫通しているように見える。

宗教心に相対するのは俗世間の心である。俗人はヌードに気を高ぶらせる。

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これは巨匠・佐藤忠良の「裸のリン」だ。裸婦も芸術なり。これぐらいの達人になると、作品に刻まれたサインにも独特の味がある。

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すると「こっちへ来なさい。もっと面白い物があるから」と手招きする町人らしき者あり。

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川崎平右衛門定孝という名士で、農民から幕府勘定所の要職にまで昇進したという。これはめでたいお方だ。このような偉い方が指し示されたのだから、どんなに貴重なものでござろうか。

と思ったら、何だこれは。

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ティラノサウルスの復元模型だが、府中では恐竜の化石が発見されてないという。

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それなのになぜこんな物を設置するんだ。紛らわしいではないか・・・、と苦情を言おうと思ったが、「顧客起点」で考えると、お客様である子供たちが喜びそうな物だから、まあいいかと思った。

気を取り直して坂道を上ると、そこにはさらに上に行かんとするような像あり。

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これは長崎の「平和祈念像」で有名な北村西望の「無限~夏の星空」だった。

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無限と言えば、無限の命。無限の命と言えば不死鳥。不死鳥(フェニックス)と言えばこの「フェニックス」という名の植物にゆきあたる。

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命を永らえるためには水が必要だ。水は滝となって流れ落ち、

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水車を回して人々の暮らしにも潤いを与える。

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人々は家を造りそこに住む。門扉の向こう側には人の気配が。

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郷土の森に民家あり。

2009年7月21日 (火)

府中:府中本町駅から住宅街へ

JR南武線の府中本町駅を出たところに、大好きなクラシック型ポストが立っている。

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右側には踊り子が描かれたポスター、左側にはまだあるのか公衆電話、後ろ側には禁煙マークを付けたタクシー。これらの「取り巻き」によりこの愛すべきポストは守られている。

そしてそれらの背後に緑色の屋根を設けることにより、補色関係を成立させている。緑が少し弱いと見たか、電話ボックスの脇に四角い緑色の電話マークを追加することにより、赤v.s.緑の勢力を拮抗させているところがにくい。

駅前から階段を下りた少し先にはこんな一角がある。

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これは何だ?駅前同様、電話マークを貼り付けた公衆電話がある。公園のようだが、ベンチも無ければ遊具も無い。奥のほうにはマストが直立し、旗が掲げられている。ここは何らかの儀式を執り行う場所であろうか?すぐ近くに控えている酒屋は、古代風の祭礼にお神酒を提供するために先祖代々営業を続けているのかもしれない。

立ち木に付けられた記号。これは味気ない。もっと心を癒してくれるものは無いか?と思ったら、下のほうに可憐な赤い葉が揺れていた。

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さらに南に住宅街を進むと、こんどは大きな樹に出会う。周囲の風景と比べるとその巨大さがわかる。

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これは「府中の名木百選 三千人塚のエノキ」だ。

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なるほど、樹からは生命を躍動させるオーラが発せられているのだ。急速に成長したので、周囲に積まれたブロック塀は途中で切断されているではないか。

その先にはビール工場が。では町工場が連なっているのかな?

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と思うと、その隣りには「稲穂の遠近法」が控えていた。

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モーゼを迎えたわけでもなかろうが、稲が左右に分かれて道を生み出してくれた。この神秘の道を進んでいいのだろうか?その先は魔界につながっているのではないか?怖いのでやめておこう。

府中:府中駅から大国魂神社へ

府中に行った。午後開演のみずほフィルハーモニー定期演奏会を聴くためだが、午前中早めに着いて街を散策した。実は私は同市に10年間住んだことがあり、懐かしい所を見て回りたかったのだ。

回想に浸ると同時に、おなじみF君がくれた「彫刻のあるまち ふちゅう」という案内地図を片手に屋外彫刻を観賞するのも目的だった。

スタートは京王線の府中駅。まずは北口を出たペデストリアンデッキに設置された永廣隆次の「風車’94」を観る。

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4本の支柱から伸びて曲線を描く金属板が中央で結節点を作るという美しい構成だ。下のタイルには日時計がデザインされ、作品と調和しつつ、爽やかでちょっぴり知的な空間を形成している。

銘版にも鳥のような影が忍び寄り、独特の雰囲気を醸し出している。

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これは撮影しているジョヴァンニの影だよ。自分を写し込まないようにと、いつもF君から注意されているにもかかわらずやってしまう。この辺が私の至らないところか。

地上に降りると、そこには湯村光の「大地より」が懸命にバランスを取りながら立っている。東京文化会館 小ホールのじゃばらのような反響板を縦に切り取ったような感じだ。白い肌が美しい。

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この作品は2つの柱一対でひとつの作品だ。これはその相方。

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銘版は活き活きとした草と枯れ草に囲まれてひっそりと佇(たたず)んでいる。

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これは偶然であろうが、周囲を自然物に覆われることにより、「大地」のイメージにマッチしている。

少し歩くと、市役所の大国魂神社側に志水晴児の「FOUNTAIN SCULPTURE」がある。

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祭の当日ということもあり、作品が設置された一角はロープが張られて中に入れない。そのため銘版も撮影できなかった。

少し離れてみたら、眩暈(めまい)を覚えた。作品とその周囲にある物が微妙な角度で傾いているのだ。

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どの線が鉛直なのかわからないので、不安定な気持にさせられた。これは神社から放射されるエネルギーによって異界が形成されているのだろうか?

2009年7月20日 (月)

純粋なる形象

「純粋なる形象 ディータ・ラムスの時代-機能主義デザイン再考」(府中市美術館)に行った。

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不要な変更はしないという無骨な精神がみなぎる展示だった。これでもか、と押されると圧倒されてしまう。

デザインの流れを追うために、ロシア構成主義とバウハウスも取り上げられていたが、いつもの癖でそのコーナーだけ注目してしまった。

みずほフィルハーモニー

「みずほフィルハーモニー 第16回定期演奏会」(府中の森芸術劇場)に行った。

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大好きなベートーヴェンの「エロイカ」を演奏してくれたので、それだけで満足だった。演奏も良かったので、まずはめでたし。

「エロイカ」の第1楽章は特に面白い。展開部も良いが、再現部における工夫は大したものだ。ただ単に提示部をコピーしたのとは大違いで、「第2展開部」と呼びたくなるぐらい構成に凝っている。第2楽章も秀逸で、やはり第3部が苦心して構成されていることがわかる。この曲はまた別の機会にチェロパートを弾きたいものだ。

2009年7月19日 (日)

かたちは、うつる

「ル・コルビジェと国立西洋美術館」と同時開催の「かたちは、うつる 国立西洋美術館所蔵版画展」に行った。

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会場に入っていきなりデューラーの「メランコリア」が出迎えてくれたのは嬉しかった。迷わず絵葉書を買った。

このての幻想ものの版画は大好きで、現代日本では柄澤齊(からさわひとし)命という状態だ。古今東西で同分野の秀作を並べたら、この「メランコリア」は必ずベストテンに入ることだろう。

他にも、クリンガー作「蛇」などの怪奇ものや、ピラネージの廃墟・牢獄のイメージが強い作品など幻想の定番もあり、眼を楽しませてくれた。

小品ものでは、やはりデューラーの「魔女」が精緻な中に忍び寄る幻想が感じられ、圧巻だった。

ジャック・カロも好きなのだが、今回は比較的おとなしい作品が展示されていたので物足りなかった。もう少し毒がある作品を観たかった。

ル・コルビジェと国立西洋美術館

「開館50周年記念 ル・コルビジェと国立西洋美術館」(国立西洋美術館)に妻(仮名ジョアンナ)と行った。

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2年前森美術館で開催されたル・コルビジェの大規模な展覧会が記憶に新しい。今回の展示は規模は小さいが、西洋美術館とのかかわりに焦点が絞られていたので、ピンポイントの深い味わいがあった。

例えば、サヴォア邸と西洋美術館とを対比しながら解読するためのパネルがあり、既知の内容同士を関連付けるきっかけになった。

そして実際に館内を歩きながら、その創意を体感することができ、それが今回の展覧会のポイントであったかと思う。

2009年7月12日 (日)

大橋美智子「声の記憶」(合唱バージョン)

「合唱団もりのうた 第2回演奏会」(八千代市市民会館 大ホール)に行った。

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友人の作曲家 大橋美智子さんの「ソプラノと混声合唱のための組曲『声の記憶』」を聴くのが目的だった。この作品は合唱団が詩人の石川きんえつさんと大橋さんに委嘱した作品で今回が初演だ。

この組曲はもともとソプラノとピアノのために作られた歌曲を、一部の詩作を含めてリメイクしたものだ。解説によると、最初に作られた歌曲の場合はソプラノの技量を示す要素が大きく盛り込まれていたとのこと。それを合唱曲に仕立て直すのは非常に困難だったと思われる。そのため、合唱曲だが一部ソプラノのソロを設けることにより、原曲(歌曲)の要素を残すという努力がなされたようだ。

2009年7月11日 (土)

中林忠良 銅版画展

「中林忠良 銅版画展―すべて腐らないものはない」(町田市国際版画美術館)に行った。

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あの駒井哲郎の弟子、となるともう行くしかない。そして期待通り素晴らしい作品群に出会えた。このところ柄澤齊(からさわひとし)など木口木版画に関心が移っていたが、中林の作品を観て、銅版画もいいものだなと再認識した。

駒井がクレーのように抽象的な幻想作品を展開したのに対し、中林はシュール的幻想を得意としたようだ。例えば「囚われる風景Ⅲ」などは砂漠に打ち捨てられた立方体の内部に風景が封じ込められている。

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この終末的・異界的な雰囲気は師匠の駒井とは異なる次元に達している。

「異端への傾斜Ⅰ」はそのタイトルからして異次元の驚異を示しているようだ。

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描かれているものは人物群像、靴などで一つ一つ取り上げたら何も珍しくはない。しかし異質なもの同士を組合わせてコンポジションにすると、このように奇妙な味が出てくる。

版画の奥深い世界を味わうことができて良かった。

宮崎進 – 漂白 Wandering -

「宮崎進 – 漂白 Wandering -」(多摩美術大学美術館)に行った。

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宮崎は若い頃に、芸人一座の舞台美術担当として活動していたそうだ。しかし今回の展示の中心となった「旅芸人シリーズ」は、それよりはるかに後年、シベリア抑留から帰還した後に描かれたという。意識の原点(芸人のお付き美術家)と悲哀と逆境(捕虜体験)が結びついて作品に結晶したという感じだ。

そのため作品には暗くて淋しい印象が付きまとう。しかし同時に生き抜く強さも併せ持っているように感じた。それらに混じって、「香具師」などクレーのように幻想的で不思議な明るさを持つ作品もありホッと一息ついた。

ストレートには好きになれない作家なのだが、以上の理由で時々気になることがある。作家(とその作品)の持つ芯の強さに抗えないのかもしれない。

2009年7月 5日 (日)

ムットーニ ワールド からくりシアター

「ムットーニ ワールド からくりシアター」(八王子夢美術館)の最終日に駆け込んだ。面白く、別世界に入り込む楽しさを味わった。行って良かった。

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機械仕掛けのからくり人形というと、「こけおどし」とか「子供だまし」というような先入観にとらわれやすい。しかしムットーニ(本名は武藤政彦)の作品に実際に接すると、そのような失礼な事を考えたこと自体を恥じ入ることになる。今回展示されたどの作品も眼と耳を楽しませてくれただけでなく、別世界へ誘ってくれた。

ムットーニのからくり作品は動いて音を発する。そのうち「動き」は次のように分解される。
A. 水平回転運動:人形などが水平に回る運動。
B. ドア開閉運動:ドアが空いてまた閉まる運動。
C. 上下運動:人形などが垂直に上がり、また下がる運動。
D. 左右スライド運動:引き戸を開け閉めする運動。
E. 垂直回転運動:時計の針のように垂直な面に沿う回転運動。

上記のうちB. ドア開閉運動は厳密には水平回転運動に含まれるが、作品のなかで観ると別の動きのように感じ取れるので、別の運動と呼んでみた。

殆どの作品はA.、B.、C. の動きの組み合わせで出来ていた。逆にいうと、これら3要素(B.をA.に含ませればたったの2要素)だけでこれだけ楽しい世界を構築するのだからすごいと思った。

一方、D. 左右スライド運動とE. 垂直回転運動は全展示作品のなかでは組み込まれた回数が少なかった。

D. 左右スライド運動は★「猫町」で採用されていた。この作品はD. 左右スライド運動により背景に手の込んだ仕掛けが施され、奥行と変化があり内容的に楽しさいっぱいだった。ナレーションが入るのも他作品と異なる点だった。

E. 垂直回転運動は★「ドリーム オブ アンドロイド」の回転針で見られた。あまり動きがない作品だが、どことなく異様な雰囲気が出ていた。

各作品は上記の「猫町」を筆頭に個性に溢れていた。例えば★「ワルツ オン ザ シー」は箱の中から現出した少女の人形がだんだん上へせり上がり、その身長は箱のサイズを上回っていた。一瞬、あんな小さい箱にどうやって収まっていたんだろうと不思議に思った。人形の両側にあるマイクスタンドの高さもしかり。実際はその箱の下に大きな台座があり、人形やマイクスタンドが楽々収容できるスペースがあるのだが、つい上部の箱だけに注目するので錯覚するのだ。

★「グロリア マリアが来たりて」は私好みのゴシック・ロマン仕立てで嬉しかった。雷鳴が轟く瞬間に閃光がひらめく等、効果面でも工夫があった。冒頭、重厚なパイプオルガンの響きで荘重さを表現し、中間部では一転アップビートの音楽が鳴るなど「異種の取り合わせ」がシュールっぽくて良かった。

★「摩天楼」はニューヨークらしき街のベンチに中年カップルがデートしている場面のようだ。太陽がめぐっている間は昼、夕焼けを経て夜になると月が回転を始めるなどステレオタイプの描写だった。これで終りかと思いきや、最後に摩天楼がD. 左右スライド運動により両袖に分かれ、その間から背後を見ると寺院のような建造物が出現した。単純では終らない苦心の組み立てを称えたい。

他にも様々なシーンを現出する作品が多く、楽しめた。本当に行って良かったなあ。

2009年7月 4日 (土)

紀声会コンサート

「第32回 紀声会コンサート」(みなとみらいホール 小ホール)に行った。

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全体が3部に分かれており、第1部は発表会、第2部は本格的な日本歌曲のコンサート、第3部は同じくオペラアリア中心のコンサートという構成だ。職場から駆けつけたので第1部には間に合わなかった。すみません。

第1部では大好きなレスピーギの歌曲がプログラムに載っていた。これは聴きたかったな。残念だ。

妻(仮名ジョアンナ)は第2部に出演し、二人のソプラノ歌手が歌う歌曲5曲のピアノパートを受け持った。その中には最近知り合った作曲家 木下牧子さんの歌曲3曲が含まれていた。興味深い曲だった。

また中田喜直の「悲しくなったときは」のすぐ次には、同じ詩に大中恩が作曲した「かなしくなったときは」が並べられており、聴き比べができて面白かった。

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