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2009年5月31日 (日)

画廊の夜会

2009年5月29日(金)
「画廊の夜会」なるものがあるというので、マダン・ラルの個展を観た後、覗いてみることにした。銀座の29画廊が参加し、夜の9時まで開けているというので、F君と私はそのうち数カ所を回った。

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勤めが終った後でもゆっくり観賞できるので、私のようなサラリーマンに嬉しい企画だ。しかし訪ねる先々で気になったのは、ギョーカイ関係者の姿が目立ち、一般客が少ないということだった。

これは宣伝が足りなかったからなのか?このような催しは私たち一般の素人の目を広げさせてくれる良い機会だ。だからもっと集客したらアート愛好家の裾野が広がり、その結果としてギョーカイの繁栄にもつながるだろうと思った。

こういう企画に乗ると、普段知らない画廊が身近になるというメリットがある。今回初めて訪れた画廊もあった。一方、老舗でだいぶ昔に行った記憶があるが、しばらく遠ざかっていたところもあった。

「ギャルリーためなが」もその1つで、久しぶりに入ってみた。開催していたのは「智内兄助展」。強烈な作品群だ。ジョージア・オキーフの巨大で妖艶な花弁が和風に変身し、それが加山又造の琳派絵に舞い降りた、というたたずまいだ。

「靖山画廊」では「杉浦誠 木彫展 ~鳥の視点~」を開催していた。マッチ箱より小さい家が密集した街を上から眺めた作品があった。最初、個々の家を必要数だけ作り、それを板の上に並べて接着させたと思っていた。しかしよく見ると、大きな木材を直接彫ったように見え、作業の細かさに恐れ入った。
壁に掛けられた作品も、最初は紙あるいは紙のように薄い樹皮を折り曲げて作ったと思ったが、よく見ると薄めの板を一部彫り込んであった。目立たないところに手をかける奥ゆかしい作家なのかもしれない。

マダン・ラル作品集出版記念展

2009年5月29日(金)
「マダン・ラル作品集出版記念展」(ギャラリーせいほう:銀座)に行った。おなじみF君が行くというので閉廊ぎりぎりで駆けつけたのだ。

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粘土のあちこちに指と掌を押し付けた跡をそのまま残して焼き上げた彫刻作品が主体だ。さやえんどうなど植物を想わせる作品もあれば、猫など動物に見える作品もあったが、基本的には有機的な形態の抽象作品だ。

また何枚かのモノクロームのドローイングもあった。若干墨絵を想わせるものだったが、東洋的な抽象絵画というたたずまいだった。曲線、直線の組み合わせが中心だが、面を黒々と塗りつぶした旗のような物を置いた作品もあった。造形的なところがいかにも彫刻家のドローイング、という感じで面白かった。

作家も在廊だった。インド出身だが多摩美大に留学経験があり日本語が堪能な人だった。

2009年5月25日 (月)

茂原淳 作陶展 Ⅶ・大地

「茂原淳 作陶展 Ⅶ・大地」(クラフトショップ 俊:茅ヶ崎)に行った。

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茂原の今回のテーマは「大地」だ。

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茂原は個展のテーマを単発のものではなく、一連のコンセプトの流れの中で創案する。言い換えれば、テーマの推移に明確なストーリー性が打ち出されるのだ。

前回のテーマは「変化と永遠」であったが、これは連綿と続く波のうねりのイメージと重なり「海」という裏のテーマを内包していた。そして「海」は今回の「大地」すなわち「陸」につながる。なるほど、人類の祖先は海に生まれ、やがて生命は陸に上がってくるという壮大な流れを連想できる。

そして人類はさらに宇宙へと飛躍する。次回のテーマは「空」あるいは「天」を考えているそうだ。今回は「海」~「陸」~「空」という具合に、上方に向かって推移してゆく流れの中間に位置付けられた重要な個展だ。

ところで今回の案内葉書に紹介された作品「盛鉢・古生」の模様は地層の堆積に見立てることができる。これは今回のテーマ「大地」を連想させる。

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この縞模様は、異なる色合いを持つ別種の粘土を重ね合わせて生み出した、と作家が説明していた。従って絵付けの場合と異なり、表にも裏にも同種の模様が現れる仕組みだ

私は案内葉書に似た盛鉢「古生・小鉢L」を購入した。渋い色調の色の帯が重なる模様が美しく気に入った。

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2009年5月23日 (土)

横浜浮世絵

「横浜開港150周年記念 横浜浮世絵 ~近代日本をひらく~」(横浜高島屋ギャラリー)に行った。

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正直なところ、F君に会うまでの時間つぶしのつもりだったのだが、以外に面白かった。展示点数が多いだけでなく、感性に訴えるような作品に多数出会えた。高島屋さん、ご無礼をお許し下さいませ。

特に興味深かったのは作者不詳の古い絵地図だ。(正式には「絵図」と呼ぶのかもしれない。)迷わず絵葉書を買った。

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横浜港の、碁盤の目のように縦横に道路が走る埋立地と、それを囲む運河を描いたものだ。そして水上には異国の船が多数描きこまれていて楽しい。そして色彩も美しい。水路は水色、陸は樹木の葉が多いせいか緑、そして赤い短冊状の枠に地名が書き込まれている。埋立地のブロックは黄色と白だ。これらの色調は淡く抑制され、上品な調和を保っている。

二代目歌川広重の「亜墨利加国賑之図」(アメリカのにぎわい、という意味か)も面白い。

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何が面白いかと言うと、遠近法の使い方を誤っているからだ。右側の建物が透視図法によってだんだん小さくなってゆく。そして一番端に達したら目を左に転じてみる。すると真ん中に描かれた建物は相対的に大きすぎることがわかる。また街を歩く人々も、相対的に大きすぎたり小さすぎたりしている。

このため全体を眺めると一種の眩暈(めまい)のような感覚を味わう。見ようによっては、これは幻想絵画だ。

その他、作者が初めて見たであろう像の絵など、新鮮な驚きがそのまま伝わってくるようだった。奇異なものを表現せんがために部分的に誇張されたりしている。写実の点では正確と言えないが、それが逆に作品の魅力を増していた。

2009年5月21日 (木)

ヴェーグ2009展

「Weg2009 -ヴェーグ2009- 展」(シロタ画廊2:銀座)に行った。おなじみF君が私の趣味に合うだろうと勧めてくれたのだ。6人の新進アーティストの競演といった感じの催しで興味深かった。

◆木村由紀子の「クレスト」は自由な抽象構成だ。地味だが美しい色彩を伴い、今回の展示の中でも最も気に入った。岩盤を崩すと、その中に混成物が折り重なって美しい紋様を形成していた、というようなたたずまいである。

◆米田和秀の「星宿る地」は、同名の2つの絵画作品が並置され一対で展示されていた。左は聖母マリアを想起させる婦人が光り輝く星状の物を抱いて立っている像だ。そして右は荒野の枯れ木に烏が止まり、その手前には耕作機械のような物が打ち捨てられている図だ。

右の絵の枯れ木には、よく見ると龍や蛇が描き込まれている。枝木の皺(しわ)に同化しているのでわかりにくいが、確かに何体か認められる。つい、あっここにもいた、あそこにもいた、と異形のものを探して遊んでしまった。これは作者の企みというか、読者サービス(絵だから鑑賞者サービスか)かもしれない。

◆波田浩司は2007年の「選抜奨励展」で秀作賞を得た作家なので記憶がある。「羽の舞う日」は当時と同じ作風で、くねくね曲げられた人物が特徴だ。その人物の描き方は趣味に合わないが、動と静が一体となったような全体構成は面白い。

その他の作家も面白い作品を描いてくれた。感謝したい。そしてF君、情報ありがとう。

2009年5月17日 (日)

平和への躍動

「平和への躍動」(王子ホール)へ行った。

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ニューヨーク在住の若手作曲家スタン・グリル氏の作品ばかりを紹介するコンサートということで、「ステレオタイプの現代音楽」(主として調性が無い音楽)を予想していた。しかし予想に反して、紹介された曲はすべて調性音楽であった。若干の味付け(古典音楽には登場しない不協和音など)がなされていたが、根底には機能和声が流れていたのだ。

もちろん調性音楽だからダメだとかいいとかいう議論はナンセンスだということはわかっている。もう何十年も前にバルトークは「現在でもハ長調で音楽が書ける」と言ったが、その言葉は今日までそのまま生きている。ただ、現代の作曲家の作品と聞くと、先入観で調性が無い音楽だと勝手に予想してしまうだけなのだ。

今回紹介されたグリルの音楽は、弦楽合奏(一部弦楽四重奏)を機軸に組み立てられている。そしてそれはバロック時代に量産された合奏協奏曲に似ていた。例えば、先行する声部と追いかける声部との間の「模倣」などがその表れである。厳密なフーガではないが、冒頭の模倣で緻密なポリフォニーの雰囲気を出すやり方はバロック時代の当時盛んに行われていた。そのような感じがするのである。あるいはイギリスのコンソートミュージックにも近いものもあったように感じた。

また6拍子の曲においては、一部の声部で3拍子を鳴らしてポリリズムにする、いわゆる「ヘミオラ」が鳴っていたが、これもバロック音楽を彷彿とさせる。今回の演奏では、ヘミオラがアクセントを強く弾くことで強調されていた。

またソプラノと弦楽四重奏のために書かれた「こどもへ」の3曲目「間奏曲Ⅰ」では第1ヴァイオリンとチェロが旋律と対旋律を奏し、他の声部がなだらかな伴奏を付けていた。これはバロック音楽で高音楽器と通奏低音との「額縁形式」の関係に類似している。

ただし調性感はバロック音楽とはだいぶ異なる。三和音を軸にはしているが、七の和音・九の和音を多用し、奥行きを持たせている。そして若干「現代音楽」だということを感じさせる。

旋律はどうだろうか。基本モチーフは三和音の分散形(例えば、ド・ミ・ソ)と音階(例えば、ドレミファ)の2要素が多用されていたと思った。旋律の冒頭でまずこれらの基本要素が鳴り、徐々に展開してゆくのだ。ただし分散和音は模倣に適さない(バッハの音楽の捧げ物の主要主題があまりにも有名だが)ので、音階要素と使い分けされていたようだが。

あれっと思ったのは弦楽合奏のために書かれた「モテット」だ。三部形式だが、中間部でアメリカのカントリーミュージック的なメロディーが流れたのだ。これはアイブズの弦楽四重奏曲第1番におけるカントリーミュージックの取り入れ方に似ていた。

モテットというと宗教曲だ。作曲者グリルは「宗教曲は高尚で固い」という先入観を打破するために、あえて庶民的な要素を含有させることによって親しみやすさを増す工夫を凝たしたのであろうか。そのあたりは定かではない。

もう1つ気がついたのは「こどもへ」の最終曲「後奏曲」の終わり方だ。第2ヴァイオリンが第1ヴァイオリンよりずっと高い音域で奏していたのだ。このあたりは作曲者の頭に、常識(第1ヴァイオリンのほうが第2ヴァイオリンより高い音を弾く)に捉われない自由さがあったように思えた。

このように様々な点について考える機会を得たので、今後のために良い刺激(また作曲に励まなくちゃ、という気持を喚起させられた)となり有意義だった。

第22回プロムナード・コンサート 

「第22回プロムナード・コンサート 音楽の花束 ~初夏の海辺のそよ風の中で~」(オーシャンプロムナード湘南)に行った。

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妻(仮名ジョアンナ)が出演するので私は聴衆というより「カンケーシャ」に属している。そのプレッシャーのため得意の「選曲批評」ができない。だからプログラムは「たいへんよくできました」を前提にする。演奏評はもともと出来ないから、こちらも「良かった・良かった」となる。そうすると何も書けなくなってしまう。

しかし、あったあった。「ヴィジュアル評」だ。このコンサートでは、演奏者5人全員が前半と後半で衣装を変えて観客の目を楽しませてくれた。

コンサートシリーズの中心人物であるソプラノ歌手は見事なドレスだった。そして「ピアニストはとかく地味な衣装になりがち」ということをトークで言っていた。確かにそう言われてみるとそのように思う。歌の伴奏など、アンサンブル・ピアニストは独奏者をたてるために自然とそうなるのだろう。

マリンバ奏者の前半のドレスは桜のようなピンク色だった。これは演奏した曲「わらべうた春秋」の季節感をヴィジュアルにも表現していて良かった。また手に持つマレットの先端は緑だった。ピンクと緑のほぼ補色関係という効果の他に、緑は初夏のイメージも喚起していたのかな。

書けることがもう1つあった。「曲順評」(何じゃそれ?)だ。今回の編成は次のような種類に分かれた。
ソプラノ独奏(ピアノ伴奏付き)
ソプラノ独奏(マリンバ伴奏付き)
ソプラノ独奏(ピアノとマリンバの伴奏付き)
マリンバ独奏(ピアノ伴奏付き)
マリンバ独奏(無伴奏)
ピアノ独奏
ピアノ連弾

そしてそれらの組み合わせが1つに固まらず、プログラムの前半と後半に程よく配置され、観客を飽きさせないように配慮されていたのだ。これは当然と言ってしまえば当然のことかもしれない。

しかし異なる編成をいったり来たりすると、配置を変えなければならない。例えばマリンバ独奏の場合はマリンバを前面に出すが、ソプラノとピアノの編成でマリンバが休む場合は奥に引っ込めなければならない。このように運用面での負荷がかかるわけだが、演奏メンバーは協力し合って動きが目立たないようにさりげなく移動作業を行っていた。

曲のジャンル別配置ではどうだろうか。冒頭に親しみやすい日本の歌をメドレーで歌ったが、これは最初に観客との距離を縮める効果があるだろう。そしていきなり2曲目にマリンバ独奏が置かれていた。マリンバを間近で聴く機会は少ないので、「私たちのコンサートにはマリンバがありますよ」という点を強くアピールできたのだと思う。

その後は歌も器楽もいわゆる「クラシック音楽」中心となった。クラシックだけ並ぶと観客が飽きる恐れがあるが、休憩後のピアノ独奏では「涙そうそう」が挿入されていた。しっとりとした雰囲気が出て観客も喜んでいたようだ。そういえば最近この曲はテレビのコマーシャルで使われ、チェロで演奏されていたな。

そして最後はイタリアもの(歌曲とオペラのアリア)でまとめていた。終演に向けての盛り上がりがよく出来ていたと思う。以上を振り返ると、曲順は運営面を含めてよく練られ、かつ成功していたと思う。

素晴らしいコンサートだった。次回(第23回)も期待したい。

2009年5月12日 (火)

神戸:鷹取駅周辺

「紙の教会」(かつての?)はJR鷹取駅の近くにある。駅はモダンな造りだ。

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白い壁面にはSLの黒い顔が3つ埋め込まれ、お洒落なたたずまいになっている。それぞれの前にプランターが置かれ、草花が蒸気機関車を愛でている。

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後ろを振り返ると、こんどは機関車の動輪の如きオブジェが鎮座している。

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藤本敬八郎の「軌跡」という作品だ。この名称も鉄道の軌道を暗示している。

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「紙の教会」の前には「海運双子池公園」がある。

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この東屋的な建造物も、何となく機関車の動輪を重ね合わせたような構成になっている。

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この公園は震災からの復興事業のなかで初めて完成したものだと碑文に書いてある。そうだ、ここは復興の街だ。

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その近くには「大国公園」がある。

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実はここが復興の基準点だったのだ。

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基準点の説明。

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地蔵をイメージしたモニュメント。

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公園の樹木の表皮はそのまま抽象絵画になる。

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そして、さすが神戸だ。消火栓が道路下に埋め込まれ、その蓋が芸術的香りを放っている。

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ここにも。

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裏通りは1つ1つに素敵な名前が付けられている。これは「カリン通り」。

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「えりか通り」など、他にもいろいろあった。

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震災からの復興は大変だったと思う。そして、このような美しい街ができた。人間の力の素晴らしさをあらためて認識した。

2009年5月11日 (月)

神戸:紙の教会

カトリック鷹取教会(神戸市長田区)を訪れた。

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「紙の教会がある」という情報を頼りに、綿密な事前調査無しに行ったのだ。阪神大震災で焼失した教会を紙の建材(紙管)で仮設したと聞いていた。しかし外観から明らかなように、本施工された後だったらしい。

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仮設で使われた紙管を活かして本施工したのか、紙の建材を取り除いて建て直したのかわからない。でも確認した結果、紙建材が全く残存してないと淋しいのであえてこれ以上深く調べるのを止めた。「紙の教会」はずっとそのまま「紙の教会」であり続けて欲しいのだ。

円錐状の外壁の中には円環状の廊下に囲まれた小さな円錐状の礼拝堂がある。大好きな「入れ子」状の二重構造になっているのだ。その礼拝堂には四角い開口部があり、内部が少し見える。管状の柱が並んでいるので、もしかするとそれらが紙管なのかもしれない。

この「二重丸」構造は、コミュニティーの人々の「輪」をシンボライズしているようにも見える。またもっと単純に、震災からよく頑張って復興したと「二重丸」を付けて褒めているようにも見える。円錐、円環には不思議な魅力がある。来て良かった。

杉本博司 歴史の歴史

「杉本博司 歴史の歴史」(国立国際美術館:大阪市北区中之島)に行った。

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実は当初の関心は国立国際美術館そのものにあり、杉本の個展が開催されていることすら知らなかった。そして常設展は無く、入館するなら企画展を観るしかないと言われた時、「例の白っぽい劇場か、海の写真が延々と並んでいるのか」と、正直引いてしまった。

案の定、劇場の写真こそ無かったが、海の連作は展示されていた。率直なところ面白いとは思わなかった。

しかし他のコーナーをいろいろ観たら、結構インパクトを受け、杉本を見直すきっかけとなった。特に放電の瞬間を撮って大きく引き伸ばした白黒作品には引き付けられるものがあった。最初は微生物の顕微鏡写真かなと思ったが、放電場だった。

そのコーナーの片隅にはマルセル・デュシャンの額入り写真が下げられており、それを覆うガラスには銃で撃ったような穴が空き、ひび割れが拡がっていた。そしてその反対側には一面に鏡が貼られ、その一部にやはり弾丸跡のような穴と亀裂があった。

それら2つの割れたガラスに挟まれた空間に、大きな放電場の写真が何枚も並べられていたのだ。この配置は呪術的・儀式的なものを暗示しているようだ。

このように写真1枚1枚だけでなく、それらの作品や壁面などを総合した「空間」あるいは「場」として展示するやり方は非常に強い印象を残す。全体としてなかなかの展覧会だった。

竹内 聡フルート・リサイタル

「竹内 聡 フルート・リサイタル」(ザ・フェニックスホール:大阪市北区西天満)に行った。

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竹内 聡は会社勤めのアマチュア・フルーティストである。その竹内がリサイタルを行った。これは大したものだ。その能力と実行力に対し素直に拍手を送りたい。

このリサイタルは竹内が人生の節目において、自分の望んだ事を成し遂げたいという願望を実現させたものだ。従って「冷酷な選曲評論家(?)」である私としても、今回の竹内の選曲に関しては厳しいコメントは付けにくい。

しいて言えば6曲(およびアンコール1曲)というのは個人リサイタルとして多すぎたのではないかと思う。しかしやりたい曲を並べたらこの6曲になってしまったのだろうから、他人がとやかく言う余地はないのだろう。

私は竹内の体力の消耗を心配したのだ。コンサートの最後の段階では相当疲労が蓄積していただろう。それでもアンコールを含めて吹き切った勢いは賞賛に値する。結果的に出来てしまったのだから、竹内の勝ちである。

個人的には丹波明のソナタが面白く、かつ演奏も良かったと思う。丹波明は日本人だがフランスに行ったきり帰って来ないので日本では知名度が低い。私も知らなかった。実際に曲を聴いてみると、フランス風の香りがする上品な芸術作品だった。丹波明は俳優の丹波哲郎の実弟だと聞いてびっくり。

フルートのための室内楽は弦楽器に比べて数が少ないと思うが、このように埋もれた名曲がまだあるのか。フルートの曲というと、バッハを別格とすると、私は別宮貞雄のソナタを最も愛する。丹波明と同様、フランス近代の洒脱さと上品さを備えた傑作だから。そして丹波のソナタは別宮作品と肩を並べてもいいぐらいの出来だと思った。

最初と最後はプロのフルーティスト・吉岡美恵子とのデュエットが配置されていた。これはコンサートの組み立て上、効果的だったと思う。竹内はプロに迫るテクニックに加え、音の出し方やリズムに誠実さを滲ませており、それが好感度を高めていた。

アンコールの演奏中、背後のシャッターが上昇し、その向こうには大阪の街景色が広がり驚いた。この効果的な演出にも脱帽。

久しぶりに最初から最後まで楽しいコンサートを聴いた。

2009年5月 8日 (金)

週末は関西へ

明日(土曜日)は大阪に行き、「竹内聡フルートリサイタル」を聴く(14時からザ・フェニックスホール)。アマチュアだが、プロ並みの腕を持つ達人だ。プロのフルート奏者・吉岡美恵子もデュオで参加するというので楽しみだ。

神戸に一泊して日曜日はまた大阪に戻り、本ブログでおなじみの美術愛好家・F君と合流する。御堂筋の屋外彫刻を視察するのが主目的だ。またその周辺で路上観察を行い、面白いものを撮影するつもりだ。さあ満足いく戦果を挙げられるかどうか・・・。

2009年5月 5日 (火)

湘南ユースオーケストラ

湘南ユースオーケストラの第19回定期演奏会(鎌倉芸術館)に行った。妻(仮名ジョアンナ)のピアノのお弟子さん姉妹が出演するので応援に行ったのだ。

超厳しい「選曲評」で有名(?)なジョヴァンニだが、相手が子供達だと矛先が鈍る。でも書いてしまおう。チャイコフスキー「白鳥の湖」から16曲抜粋していたが、ドンチャンドンチャンうるさい曲が多すぎたよ。

でもこれは子供達の技量的・体力的な状態とのからみがあったのかもしれない。静かな曲は管楽器のソロ演奏技術や伴奏の音程などに課せられる重圧が大きい。緊張感もたいへんなものだ。そのあたりに配慮した選曲になっていたのかもしれない。

演奏評は「書けない・書かない」ポリシーだが、冒頭のワーグナー「ローエングリン」第1幕への前奏曲ではヴァイオリンの音程が良くて驚いた。大人のアマチュアオーケストラの中でさほど上手でないところよりずっと優れているように感じた。子供達といって軽く見てはいけないのだ。一人一人の才覚と努力もあったのだろうし、指導者の導き方が優れていたのかもしれない。

第83回 国展

第83回「国展」(国立新美術館)に行った。

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毎年楽しみにしている展覧会だ。展示点数が非常に多く、まともに観賞するなら2~3日を要する。今回はスケジュールがたてこんでいて、2,3時間で観て回らなければならなかった。それだけ観賞の深度が浅くなり、良かったはずの作品に気づかなかったかもしれない。

お目当ては彫刻家 岩崎幸之助の「水太鼓」シリーズだ。今回は巨大な円筒状の作品を引っさげて登場していた。早速穴を叩いて音を楽しむ。手のひらの形を平らにしたり丸くしたりすると音程と音色が変わるのが興味深い。

その他にも素晴らしいと思った作品が多くあった、優劣が付けられないのでコメントもしにくい。それにあまり深く観てないし・・・。残念だが今回はコメントをパスしよう。来年はもっとたっぷり時間をとって観賞したい。

コンサート「ピアノの色彩・弦の力」

横浜山手イギリス館でのサロンコンサート「ピアノの色彩・弦の力」にチェロで出演した。

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イギリス館はいつ見ても美しい。

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これまで「クワトロ半世紀」というアマチュア弦楽四重奏団として活動してきたが、メンバーの一人が仕事の関係で長期間離脱することになった。そこで「トリオ半世紀」という弦楽三重奏団に模様替えした。プロのピアニスト二人(「港のヨーコ」と「よいこ」)も応援してくれたのでピアノ四重奏曲を演奏することができた。

共演者の一人が英会話を習っており、イギリス出身の男性講師が聴きにきてくれた。開演前、一部のメンバーでプレコンサートとしてエルガーの小品を演奏したが、これはイギリス人の先生に対するサービスになったのかな?でも彼がその時間に来ていたかどうか、よく見てなかったのでわからない。

自分用だけど記録性を高めるためにプログラムを列挙しておこう。
♪(プレコンサート)エルガーの小品(演奏:「港のヨーコ」、「上様」)
<注>「上様」は第一ヴァイオリン担当の仲間のニックネーム。一番偉い(ことになっている)からだよ。

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♪ベートーヴェン作曲 弦楽三重奏曲 第1番 変ホ長調 作品3より第1楽章(演奏:トリオ半世紀)
ベートーヴェンはまず弦楽三重奏曲を4曲書いたけど、その期間は弦楽四重奏曲を手がけていない。そして弦楽四重奏曲を書き始めたら、弦楽三重奏曲は全く書いてない。これは興味深い事実だな。

♪ベートーヴェン作曲 ピアノ四重奏曲 第1番 変ホ長調 作品Wo.36(演奏:「港のヨーコ」、トリオ半世紀)
若書きだけど、なかなかどうして結構イケる内容を含んでいる。さすがベートーベンだ。

♪ドヴォルジャーク作曲 ピアノ四重奏曲 第1番 ニ長調 作品23(演奏:「よいこ」、トリオ半世紀)
これも若書きだけどチャーミングな曲だ。でも弦楽器への配慮があまりなく、演奏が難しかった。メロディーの途中でポジションを何回か移動するところがあり、

♪(アンコール)ブラームス作曲 ハンガリア舞曲 第2番 ニ短調(演奏:出演者全員・・・「港のヨーコ」、「よいこ」、トリオ半世紀)<補足>編曲は「じゅんちゃん」(今回ヴィオラ担当)

イギリス館の隣には神奈川近代文学館がある。

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鉄柵の門を守る小鳥たち。門衛としてはちょっと弱そうだが、可愛いから許す。

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樹木の表皮には楽譜が浮かび上がっている。これは今日演奏したベートーヴェンの楽譜だ・・・というのは嘘だけど。

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その裏手からはベイブリッジの遠望。樹木が額縁を形成してくれている。

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というわけでコンサートは終了。プレ打上げはイギリス館から近い♪山手十番館のビアガーデンで生ビール。打上げは中華街の、いつもの♪大新園。この悦びのために演奏してるんだ。

2009年5月 1日 (金)

金氏徹平展

「金氏徹平 溶け出す都市、空白の森」(横浜美術館)に行った。

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正直なところオブジェ群にはあまり見るべきものがなかった。面白かったのは「タワー」の動画作品だ。発想と作りがマンガ的ではあるが、観ていて楽しく飽きない。その元になったタワーのドローイングは素晴らしく、基礎力があることがうかがえた。

常設展ではギューちゃんこと篠原有司男の「具体とネオダダ」が2つの流派所属メンバーを紹介する形を採っており興味深かった。キャンバスに散りばめられた短冊状の名札には名前の一部と所属グループが記載されていた。

紹介されていたメンバーは次のとおり:
<具体>
吉原(治良)、白髪(一雄)、元永(定正)、向井(修二)
<ネオダダ>
篠原(有司男)、吉村(益信)、風倉(匠)、升沢(金平)、
以上の他に(ジョルジュ)マチウ、(アントニ)タピエ(ス)の名前もあった。

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