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2009年3月29日 (日)

定点観測地点の変事

2009年3月29日(日)
「哲学者」と共に定点観測地点に到着した途端、凍り付いてしまった。すっかりおなじみになった一対の馬型遊具の片方が撤去されていたのだ。

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先日(3月15日)に行った時はご覧のようなたたずまいだったので、てっきり修理中だと思っていた。

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しかし実際は丸ごと撤去され、後には盛られた砂が残されただけの惨状だったのだ。これは推測するに、最初は修理するつもりだったのが木材の腐朽がひどいため安全面を考慮して撤去に方針変更したのだろう。そうならそうで、児童の安全のために仕方ないことだと思う。でも残念だ。淋しくてしょうがない。

帰りに気分転換のために美しい植え込みを撮る。

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それでも気が沈んでいたので、根性植物から元気のオーラを分けてもらう。

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これで少しは気分が良くなった。明日からまたがんばろう。

小野耕石展

2009年3月28日(土)
「Shiseido art egg賞」入選者・小野耕石の展覧会(SHISEIDO GALLERY:銀座)に行った。

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このパンフレットの拡大写真に見られるように、作品はインクの微小なドットを無数に配列させて作られている。出来上がった作品は、長方形のパネルが組み合わされて大きな長方形を形成しているだけに見える。しかし作品の周りを巡りながら観察すると、パネルの色が順次変化し、雲のような模様が見え隠れする。

床に置かれた巨大作品「古き頃、月は水面の色を変えた」はまさにその典型ともいえる。この作品を湖に見立てるなら、題名通り水面の色が変化する様を体感することができる。

制作に途方もない苦労と時間を要すると推察されるが、その成果は絶大なものだ。別の機会に、異なる光のもとでもう一度同じ作品を観てみたいものだ。

神谷浩行 写真展

2009年3月28日(土)
「神谷浩行 写真展 ~レンズを通して謳う日本の抒情詩~」(ユニグラバス銀座館)に行った。

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各地の風光明媚なスポットで撮られた作品はみな素晴らしく感動した。また展示された美しい写真の撮影には、莫大なエネルギーが費やされていることを作家から教えてもらった。

例えば森の写真では、樹木どうしが重ならないようなアングルを探した挙句、地面に這いつくばって撮影したそうだ。きっと服は泥だらけになり、筋肉が痛んだことだろう。

また零下22度という極寒のなかで、絶好のシーンが訪れるまで震えながら佇んだこともあったそうだ。美しい写真を撮るには体力と忍耐力が必要なのだな。

今後も継続して作品を観たいアーティストだ。

2009年3月25日 (水)

ジョイント・リサイタル

「治良泰子&鈴木洋子&斎藤幸恵ジョイント・リサイタル ベートーヴェンとショパンによる音楽の花束」(ルーテル市谷センター)に行った。

「ベートーヴェン弾き」の鈴木洋子がどのようにベートーヴェンを弾き、そしてどのようにショパンを弾くのかと楽しみにしていた。ベートーヴェンは得意で安定しているので、安心して聴いていたら緩徐楽章の途中で寝てしまった。すみません、それほど信頼できる演奏だったという意味です(この苦しい言い訳)。

一方ショパンについては、一音一音をくっきり奏してくれたのでムードに流されない演奏になって好感を持てた。言い換えれば、ショパンの「造形的な側面をわからせてくれた」という感じだ。

音楽仲間の鈴木洋子の演奏のみ取り上げたが、他のメンバーも立派な演奏だったことを付け加えておこう。

アーツ&クラフツ展

「生活と技術―アーツ&クラフツ展 ウィリアム・モリスから民芸まで」(東京都美術館:上野)に行った。F君から割引券ありがとう。

入口の看板を見る。

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左側の樹木は看板にぴったりと寄り添っている。そして延ばした枝は看板の中で分岐し、その一部は「ARTS & CRAFTS」という文字の果実を産み出している。

一方看板の右側奥には桜が「まだ健在よ!」と訴えるように咲いている。その桜の葉が看板に進入してデフォルメされ、やはり「ARTS & CRAFTS」という文字にからみついている。

その上を見上げると、樹木までがこの展覧会に波長を合わせたかのように姿態をつくろっている。見事だ。

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あっいけない。展覧会を観る前に「路上観察」ごっこを始めてしまった。悪い癖だ。

以下、気になった作品を備忘録を兼ねて列挙してみる。

♪モリスの「いちご泥棒」
地味だが惹かれるものがある。つられてショップで「いちご泥棒のジャム」を買ってしまった。

♪ヴォイジーの「置時計」
どうしてこれが好きなんだろう?赤、緑、青、黄という派手な色を塗り、草原、川、船、樹木などの絵が描きこまれているという点は本来私が好まない要素なのだが。気になったので絵葉書を買ってしまった。

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これはもしかしてコーネルの「箱」に似たオーラを発しているのか。それなら惚れ込む理由がわかる。そう思ったら、この作品がますますコーネルの作品に似て見えた。

♪マッキントッシュの家具「ハイバック・チェア」
これはいいなあ。何十年も前に「マッキントッシュ展」があったと思った。その時は展覧会に行けなかったけど、この背もたれが高い椅子は強く印象に残っていた。

♪マッキントッシュの絵画「酒宴」
こういう構成感あふれる絵画は大好きだ。

♪モーザーのポスター「第13回ウィーン分離派展」
これは有名で書籍の図版などで何回も見ているが、実物はシックでいいなあ。色などが以外と地味なので、ケバケバしさが無いのだ。

♪昭和時代の鉄瓶
これは純粋に造形美を称えたい。シンプルなほど美しいという好例。

♪スリップウェアの皿
これも何てことない皿なんだけど気になった。線刻が施されているようだが、すっきりしていて気持がいい。

♪河井寛次郎の「白地草花絵偏壺」と「鉄薬丸紋隅切鉢」
文句なし。同じコーナーには濱田庄司、芹沢銈介、棟方志巧など巨匠の作品がひしめき合っていたが、それらの中でも河井寛次郎は絶品だ。泥臭さと上品さ、感覚と構成の裏打ちなど相反する要素が自然に溶け合って作品に結実しているという感じだ。ちょっと例えが強引だけど、ブランクーシの土着性と洗練された都会性との融和に通づるものを感じた。

以上の他に、書籍の装丁や飾り文字を駆使した本文ページの装飾なども好ましい印象を残した。これは植物画家の松本千鶴さんの専門領域のようなので、後日教えを乞おうと思う。

2009年3月22日 (日)

VOCA展

2009年3月22日(日)
「VOCA展-新しい平面の作家たち」(上野の森美術館)に行った。「選抜奨励展」と共に毎年楽しみにしている公募展だ。

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昨年は拙ブログに「結果的には選抜奨励展ほど面白さを持ち帰れなかった」と書いてあった。そしてその感想は今年も変わらなかった。選抜奨励展の諸作品と比べ、技術的にもアイデア的にも見劣りしてしまうのだ。

その中で「府中市美術館賞」を受けた高木こずえの「Ground」はインパクトのある作品で、受賞したのもなるほどと頷ける。チラシの裏面に紹介されている。

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いつもお世話になっているF君と音楽ライターのハシビロコウさんに送るため、VOCA賞を受賞した三瀬夏之助の作品「J」の絵葉書を購入。ただし絵葉書に刷られた作品は受賞作の姉妹編だが別の作品だ。本物を観たい人は会場に足を運んで下さい。

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絵葉書を出そうにも50円切手が底をついていたので、買いに行く必要があった。日曜日でも開いている東京中央郵便局に行こうと思い、東京駅で途中下車する。迷わず丸の内南口を出たら改装工事中だった。そういえば工事中だということは知っていたのだが、うっかりしていた。そこから駅の反対側にある仮店舗まで10分以上かけて移動し、やっと切手を買えた。

疲れたしお腹が空いたので食べ物屋を物色していたらラーメンの「山頭火」を発見。悪天候なので空いていた。

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その帰り、街角で抽象彫刻に遭遇。ある医院の看板横に設置されている。お医者さんが個人で購入されたのだろうか。私好みの作品だ。

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2009年3月21日 (土)

アットホームコンサート

2009年3月21日(土)
「アットホームコンサート」(横浜山手111番館)のトリオ・レヴリーの演奏にチェロで出演した。オール・シューベルトのプログラムだ。  よく晴れて日差しが強かったので入口に樹などの影が落ちている。

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まずピアニストの「よいこ」が独奏を3曲演奏し、トリオで歌曲を4曲、最後にピアノ三重奏曲第1番を弾いた。この最後の曲がウルトラ難しい曲だったので疲れた。話題を変えよう。

この「山手111番館」を正面から見たところ。堂々としている。

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銘版を見ると日本語「山手111番館」の下に英語で「BLUFF NO. 111」と書いてある。

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あれ?これって先日サロンコンサートを行った「ブラフ18番館」に似ているな。もしかして、この辺の西洋館はみな「BLUFF」+番号で呼ばれていたのかな。

そうすると日本語への訳し方が不統一な感じがする。通称の逆に「山手18番館」や「ブラフ111番館」と呼んでもおかしくないことになる。しかしいったん日本語での呼称が定着すると、それを変えると何となくすわりが悪く感じるから不思議だ。

まあそんな議論より美しい花のほうがいいかな。グランヴィルが見たら美しい女性へ変身する様を描いて版画を制作したかもしれない。

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西洋館をくまなく調べてみると、面白いものを発見するので、ここから先は赤瀬川大先生モードにスイッチを切り替える。

プロのピアニスト「よいこ」さんと、アマチュアだが上手なヴァイオリニスト「じゅんちゃん」は「隅に置けない」存在だ。同様に、西洋館などを火災から守る消火器も「隅に置けない」。しかし部屋の真ん中に置くと邪魔になるから、結果的に隅に置かれる。隅に置くとコンセントが使いづらくなる。

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どっこい、別の隅にはちゃんと予備のコンセントが配備してあった。さすが西洋館だ。

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西洋館は室内の空気もきれいにしなければならない。別の「隅」には「炭」が置いてあった。これぞ「スミのスミ」。

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オヤジギャグで締めくくるのはあまりにも寒くて悲しいので、隅に置かれた美しい花にトリを任せよう。

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2009年3月20日 (金)

夢美エンナーレ

2009年3月20日(金)
「夢美エンナーレ」(八王子市夢美術館)に行った。おなじみF君から招待券をもらったのだ。F君いつもありがとう。

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ここは甲州街道沿いで、昔は宿場町だったのか。

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この展覧会は市民公募で集まった作品が、まず専門家によって一次選考され、次に来場者投票により大賞が決まるというプロセスになっている。なかなかユニークな仕組みだ。

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私は最近「選抜奨励展」などプロの公募展が面白くなり、毎年楽しみにしている。それに対して今回の展覧会は素人作家が多い分技術的には劣っている。でも一般市民が苦労して作り上げた作品は、それなりのオーラを放っていたようだ。

投票は来場者一人が3作品を選ぶというルールだ。私がどの作品を選んだか書いても差し支えないかと思ったが、結果発表までは差し控えることにした。プログラムに載っていた審査員・天野一夫の選評に「印象に残った」作品名が書かれていた。私の選んだ3作品は天野一夫が取り上げた作品と同じものもあれば、異なるものもあった。

常設展示コーナーでは清原啓子の木口木版画数点が展示されていたが、それらがすごかった。売店で「久生十蘭に捧ぐ」と「魔都霧譚」の絵葉書を購入。

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木口木版画といえば柄澤齊の驚異的な作品を思い出すが、清原啓子も柄澤の域に迫ろうかというハイレベルの世界を見せてくれた。

行きはバスだったが、帰りは八王子駅まで歩くことにした。ユーロードに入ると間もなくユニークな建造物が。なんとなくチャールズ・デムスの「マイ・エジプト」に雰囲気が似ている。

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下を見て歩くと、熱海で見た「保護色」タイプのマンホール蓋があった。一番右のは「中心軸外し」タイプとでも呼ぼうか。

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2009年3月15日 (日)

チラシ供養:中山岩太

アート観賞を趣味に持つと手元に展覧会のチラシが多数蓄積される。それは当然だ。一つの展覧会に行くと、そこには同時に開催されている、あるいは近日公開される展覧会のチラシが置かれているのでつい持って帰る。次の展覧会でも持って帰る。この繰り返しにより、我が家には「賞味期限切れ」の膨大なチラシが保管されるという仕組みだ。

それらの中で実際に足を運んだ展覧会のチラシは、半券などの副産物と共にバインダー形式の豪華なクリヤファイルに収められて長期間保存される。しかし行かなかった、あるいは行きたくても行けなかった展覧会のチラシは家の片隅に平積みされ、処分される日を待っている。

これではチラシが可愛そうなので、どうにかしたいと常日頃考えていた。以前も同じことを考え「行きたかったが行けなかった展覧会」という記事を書いたことがあった。この記事をきっかけに、彫刻家の岩崎幸之助氏と知り合いになれたのはまだ記憶に新しい。

それで同じことをやろうというわけだが、残された案内チラシをどうするか考えた。そこで、紙としてのチラシを処分する代わりに電子データで保存することを思い付いた。これが「チラシ供養」の真意である。

今回は「甦る中山岩太 モダニズムの光と影」(東京都写真美術館)のチラシを供養する。

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シュールな、スリリングな画像は魅力に溢れているが、残念ながら行けないまま会期が終了してしまった。この「デモンの祭典」などのオカルティックな作品をぜひじっくり味わってみたいものだ。

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今後の企画に期待しよう。

熱海:番外編「哲学者を誘う馬」

伊豆山神社境内ニ有リ、哲学者ノ定点観測地点ニ常駐スル馬ト類似スルガ故ニ、哲学者ヲ誘致センコトヲ熱望スル馬ノ図。

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今日の哲学者

2009年3月14日(土)

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2009年3月14日 (土)

熱海:番外編「こー寝る猫」

ジョセフ・コーネルの作品は宝石箱のように美しい小宇宙だ。その都会的センスは誰にも真似できない・・・と思っていたら、熱海にその天才は存在した。

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「どう寝るの?」、「こー寝るの」というオヤジギャグを発したくなるような見事な作品がここにある。題して「こー寝る猫」。

猫が発泡スチロールの箱の中で寝ている。その箱はジャコメッティの「午後4時の宮殿」の構造物のように危うい板の上に乗っている。垂直に伸びるプラスティックの管と、少し傾いた鉄パイプがその板に交差して連立一次方程式を具現している。その背景には渋い色調の石組み。そしてその表面には「根性植物」までが駆けつけて彩りを添えている。

この天才猫は眠りながらもカメラを意識して、堂々たる睡眠ポーズを取ってくれたのである。

熱海:終章「花より団子」

植物はそのサイズ(巨大さ)だけで力を示しているわけではない。美もまた力なり。伊豆山神社にある寒緋桜の美しさを見よ。

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この桜はサイズも立派だ。トラックが小さく見える。

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その伊豆山神社の奥には大島桜もある。こちらの花は清楚な白だ。

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下から見上げると幻想的な風景が広がる。

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幻想的といえば夜桜もまたいとをかし。

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ここは駐車場らしいが、どこだろう?

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なんと「銀座」である。熱海にも銀座があるのだ。

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銀座のカップルは夜桜と、海を眺めてムードを高める。

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しかし、ペアに漏れた独身者はどうするか?

国道を渡ると、そこには「石鹸大陸」が存在した。写真は撮っていない。夜桜は淋しい人類を石鹸で洗浄してくれる大陸に誘(いざな)う役割を果たしておるのか?

我々「中年探偵団」は「花より団子」である。国道を渡っても危険きわまりない石鹸大陸には踏み込まず、川沿いの小径を進む。

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その界隈には石鹸の代わりにアルコールで消毒してくれる設備が整っておるようじゃな。

この看板を「ぎょあん」や「うおあん」と読んでは興ざめなり。大人はちゃんと「ととあん」と読むべし。

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せっかく熱海まで来たのだから、酒の「肴」は文字通り「魚」といきたい。店の名前に「魚」が付いていると、それらしいとすぐわかる。

組織の名前は即ドメインに通じる。例えば「○○通信機製造㈱」という社名の会社があったとする。この会社は通信機しか製造していないと自ら自分たちの事業内容に制約を加えているわけだ。そこで後日「○○通㈱」と改称する。そうすれば、通信機を作ってもいいし、船を購入して通運業を営んでもいい。このように事業の多角化が可能となるのだ。

では「魚庵」はどうか?天変地異により熱海近海で魚介類が採れなくなったとする。そのような事態に陥った魚介類専門飲食店は、急遽カレー屋、牛丼屋、イタリアンレストランなどに鞍替えしなければならない。その際、この「魚庵」という名称はドメインを狭めている分、重荷になる、てな事あり得ないか。

熱海:トトロの別荘

植物には根性がある。では排水溝や石壁のような「保護者」がいないと「根性植物」はどうするか?自分自身で成長するしかない。

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来宮神社の「大楠」の威容を見よ。

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巨大な楠の右側に小さく見えるのは同行した「勇者」の一人。大の男がこんなに小さく見えるなんて。

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大楠は裏手に回って見てもやはり大楠だ(当たり前か)。この表皮のうねりを見よ。身をよじり、巻き戻すことによる瞬発力は無限大だ。

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大楠のうろにはトトロが何匹も入りそうだ。「トトロの別荘」として認定されないかな。

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JRの駅の目の前にこんなすごいものがあったなんて知らなかった。

熱海:かんばん方式

「温泉-宅配便」という看板を積んだ営業車を見た。さすが熱海。温泉の宅配まであるのか。

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この「移動看板」方式は効果抜群だ。このように駐車場に停めておくだけでPRできるし、実際に温泉を宅配している場合はさらに宣伝効果が高い。この方式をあみだした人は「カンブリア宮殿」に出演できるだろう。

これは一見何の変哲もない店の看板。しかしこの店を知っている人にとっては、これは聖地を意味する。

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何げなく入った魚屋。しかしその店の魚はみな新鮮だ。値段も手頃。そしておまけに店の女性が目鼻立ち整った美女だったのだ。こんないい店は独占したいから、名前を隠してしまおう。

MOA美術館の入口の看板には4つの「ダメ出し」がある。時計回りに「タバコ」、「ソフトドリンク」、「ペット」、そしてぼくらの「酒」である。

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ソフトドリンクと酒は似ているから、かぶっているとも考えられる。でもこの看板を出した美術館当局は、アルコール禁止を強調したかったのだろう。

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このように人間は看板によって管理され、行動を規制されているのだ。これを専門用語で「かんばん方式」と呼ぶ、わけないか・・・。

熱海:バス停は魔界への入口

バスの停留所標識は様々な楽しみをもたらしてくれる。例えばこの標識を見よ。

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昨今流行っている漢字読み方クイズに適した課題だ。普通は「きしたに」って読むでしょ?でも正しくは「きだに」ダニ。

人名と同じ停留所の名前もある。

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この標識を見て「デーブ」とつぶやいた人は巨人ファン。

しかし熱海のバス停はもっともっと深いものを有している。「般若院前」の標識を見よ。なんと1つの停留所標識にレンジ・黄色系と青赤系の2つの異なるデザインがある。

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「伊豆山神社前」も同じ。

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「来宮神社前」はもっと凝っている。色彩が違う(緑系と青赤系)がこれはすぐわかる。ややこしいのはその記述だ。緑系には「来の宮神社前」と「の」の文字が加わっているのだ。いったいどっちが正しいの?

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そしてさらに心騒がされるのは、ダブル標識となっている場所の特性だ。もうお気付きだろう。みな寺院・神社など神がかった神聖なる場所なのである。

これはもしかしたら、神秘なる力によりその停留所一帯がパラレルワールドになっているのかもしれない。そして2種類の標識は、それぞれの世界へ通じる開口部なのかもしれない。

ここで異界の地への巡礼は選択を迫られる。どちらの開口部へ詣でるかという二者択一だ。「オレンジ・黄色系」は菜の花が咲き乱れる天国へ、そして「青赤系」は慶応義塾大学の裏門へと通じているのかもしれない。

また単独の標識も怪しい。この停留所標識を見よ。ダブル表示になっていないのでまさか異界への開口部だとは誰も思わない。

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しかしその名称「仲道入口」を見た瞬間、その真の恐ろしさを味わうことになる。なんと読んで字の如く、これこそ魔界への開口部なのだ。熱海へ来たら神隠しに遭遇しないよう、充分注意して戴きたい。

熱海:案内図のMAZE

案内図は何のために作られるのだろうか?今回の熱海行軍の出発点となった桃山坂には大きな案内図が掲げられている。

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左下には降りたばかりの熱海駅と、そのすぐ近くにある「現在地」が示されている。上のほうには、これから向かうMOA美術館などが描かれている。案内図は目的地に観光客を案内するために設けられているらしい。

しかし案内図は持ち運べない。案内図を離れると、そこから先は記憶に頼るしかない。確かに私は案内図の写真を撮ったが、デジカメでは画像を再生しても画像が小さいからよく見えない。だからこういう案内は紙に印刷されたものがあればよく、大きな案内図はあまり必要だとは思わない。

さらに今後は各種ナビが普及してくるだろうから、このような大きな案内図の存在意義は次第に薄れてくるのではないか。

一方、本来の目的(観光客を目的地に案内する)の他に、他のミッションを担わされた案内図もあるのではないかと思った。例えば伊豆山神社の奥に設置されたハイキングコースの案内図を見よ。

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ここには確かに案内があり、情報がある。でもそれ以外に何か感じないだろうか。下のほうには若いカップルが楽しそうにハイキングしているイラストが描かれている。右上には清原元輔の短歌が紹介されている。

目的地に正確に行き着く目的だけが重要なら、このイラストも短歌も必要ないはずだ。ここには「熱海は楽しいよ」というメッセージが隠されているのではないだろうか。あるいは左上に描かれたケーブルカーのイラストにより、ケーブルカーに乗りたいという欲求を刺激して観光客にお金を落としてもらう深慮遠謀があるのかもしれない。

バス停にはこういう案内図があった。

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「湯~遊~バス」なる楽しいものがあるらしい。しかしここで疑問が生じた。この案内図は伊豆山神社の停留所に掲げられていたものだ。その停留所ではじめてこの案内図を見た人は、はじめて「湯~遊~バス」の存在を知るわけだ。これって何だかおかしくないかね?

「湯~遊~バス」というのは一種の周遊バスのようなものだろう。そうなら伊豆山神社のような途中の停留所から乗ると料金的に割高になってしまう。だってその人は既に伊豆山神社まで到達してしまっているんだから。こういうサービスは、やはり基点(例えば熱海駅とか)から乗車してはじめて「お得感」が出るはずである。

案内図の中には、上記のような「総合案内タイプ」の逆に「単一目的タイプ」も存在する。MOA美術館への方向を示したこの案内図(というか案内板)を見よ。

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「MOA美術館」という名称と一つの矢印だけで構成されているこのシンプルさ。これで私たちはどちらの方向に歩けば目的地にたどり着くかわかるのである。石垣にさりげなく取り付けられたこの清楚な案内板は、排水溝に取り付く「根性植物」のようにいとおしい。

ではこれはどうか?来宮神社の前に乱立する案内図(案内板)の群像である。

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左上には大きな交通案内図が、「俺様の地位を脅かすものなぞ何もないぞ」とばかりに鎮座している。駐車場を探すドライバーは目線を右斜め下にずらしてはじめて「来宮神社P駐車場入口」という案内板を目にする。右へ行こうと思ったら「工事中」ときたもんだ。

こうなると、案内図はMAZE(迷宮)と化してしまう。

2009年3月13日 (金)

熱海:根性植物の詩(うた)

コンクリート打ちっぱなしの塀に埋め込まれた排水溝から滴り落ちるわずかばかりの水。その水を頼りに必死に生きる植物。その姿はいじらしいと同時に「掃き溜めに鶴」のように美しい。このような「根性植物」には憐憫とも愛情とも分類しにくい独特の情感をそそられる。

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茎と葉だけだった「根性植物」は、やがて待望の花を咲かせる。相変わらず過酷な環境ではあるが、この草花はそんな境遇を全く感じさせない。むしろある種の華やかさまで醸し出している。

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「根性植物」は排水溝の周囲にだけ棲息するのではない。伊豆山神社の石垣に集結した「根性植物」は、パウル・クレーの描く「パルナッソス」の点描のような輝きを放っている。その小さな一つ一つの葉から発せられる光は神聖なる場の電磁波を帯びているかのようだ。

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「根性植物」は、また塀や壁を好む。自分達の生きるべき方向を与えてくれるからであろうか。

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塀や壁を伝って成長する「根性植物」は、通常は下から上へと伸びてゆく。しかし中には上から下へと向かう天邪鬼(あまのじゃく)もいる。つるは細いほどシャープな造形を生み出すので好ましい。

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「根性植物」が石垣と創りあげたこの造形美を見よ。まさに自然物と人工物とのコラボレーションだ。

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私たちは「根性植物」の「しなやかな強さの中の美しさ」により、時には勇気をもらい、時には癒されるのである。

2009年3月11日 (水)

熱海:下を向いて歩こう

路上には面白いものがいっぱいある。ついつい下を向いて歩いてしまう。

緑の丸い蓋の下にはガス管が通っているのだ。

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「水取器」も緑。なぜガスと同じ色なんだろう?

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「止水弁」は水色だぞ。水色は水の象徴。それなのに「水を止める弁」は水色。これって矛盾でねーの?

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熱海行軍はMOA美術館からいったん熱海駅に引き返し、次は隣りの来宮駅まで歩くことにした。すると路上には美しいものが・・・。

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さすが熱海。温泉をゆきわたらせる管の上にはこんな粋な蓋が。ちゃんと温泉マークが付けられている。しかも舗道に敷き詰められた煉瓦の保護色になっている。「俺様は蓋である」などと威張りちらすことなく、周囲に溶け込んでひっそりと佇んでいる。これぞ奥ゆかしい熱海の文化。

すると「我輩は猫である」と自己主張する者が現る。

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猫ちゃんダメだよ目立っちゃ。あの温泉の蓋の控えめな性格を見習いなさい。

熱海:黄色い消火栓

熱海駅を出発して間もなく見た消火栓は赤かった。

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しかし赤い消火栓は全行程でその1つだけ。そこから先にある消火栓は、なぜかみな黄色だったのだ。

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また山村暮鳥の「風景」を思い出してしまった。

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 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 いちめんのなのはな
 かすかなるむぎぶえ
 いちめんのなのはな

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この9×9の四辺形がなぜか黄色で塗りつぶされているように見えてくるから不思議だ。これを真似すると、

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 そこらじゅうのしょうかせん
 そこらじゅうのしょうかせん
 そこらじゅうのしょうかせん
 そこらじゅうのしょうかせん
 そこらじゅうのしょうかせん
 そこらじゅうのしょうかせん
 そこらじゅうのしょうかせん
 かすかなるおおかじのおと
 そこらじゅうのしょうかせん

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この11×9の四辺形も黄色に見えるであろうか?見えないだろうなあ。

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熱海は狭い道を車が疾走するので、あまり消火栓ばかり見ていると危険な目に遭う。ここには横断歩道があるのか?しかしその印は緑色の怪物が覆いかぶさってよく見えない。

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「事故よ起きろ、起きろ」と呪っているかのようだ。黄色い消火栓は事故防止のための黄信号も兼ねているのか?

熱海:序奏

会社同期入社のメンバーで熱海・来宮を散策した。歩いて、歩いて、歩きまわり、終ってみたら歩数計は3万歩をカウントしていた。

熱海駅下車後、起点となったのは「桃山坂」。MOA美術館や初島などが簡潔明瞭に紹介されている。

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最初この「1,000m」という意味がわからなかった。その上に書いてある「桃山ガード~熱海中学校」の間が1キロあるという意味なのか。このように言葉を並べられると本来の意味から外れ、あさっての方向にいってしまう恐れがあるなあ。

出発前に一服する同行の勇者たち。3人の視線が異なる方向に向けられているのに注目せよ。

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左手前に見える赤っぽい石が案内板。その前に放置自転車、右端には鯉の泳ぐ池、奥には何やら説教じみた箇条書き。そしてガードの向こうには今降りた熱海駅が見える。この一角は小宇宙を形成しているのだ。

MOA美術館を目指していざ出発、と足を踏み出したらいきなりクラシックな郵便ポスト。歩きだしてすぐ足を止め、先を急ぐ仲間の迷惑を顧みずにパチリ。

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これは「丸型1号」と呼ばれるらしい。1970年代で現在の箱型に代替わりしたそうだが、昔のほうが良かったなあ。

クトゥルー神話に登場する狂えるアラブ人が見たという伝説のアイレムは砂漠の円柱都市だ。人間は円柱を好む。いや人間そのものが円柱形をしているではないか。

その近くには消火栓と消火ホース。何の変哲もないカップルだ。

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しかし先を進むと、この赤い消火栓が逆にレア物に見えるという異界が待っていたのだ。こうしてわが熱海行軍は波乱の幕開けとなったのである。

2009年3月 9日 (月)

MOA美術館

2009年3月8日(日)
MOA美術館(熱海市)に行った。会社同期入社のメンバーで熱海を日帰り散策したのだが、そのメインイベントの一つとして立ち寄ったのだ。この散策に関しては一大「叙事詩」(?)を書く予定なのだが、それは別の記事にまわそう。

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この半券が「うちのウリは尾形光琳の紅白梅図屏風ですよ」と高らかに宣言しているようだ。確かに本物の迫力はすごい。作品の前でしばし佇んだ。

その他にも「お宝」が沢山展示されているのだが、私は教養が無いので残念ながらそれらの価値がわからない。

面白かったのは、造形的な興味を満たしてくれる作品だった。例えば錫杖(しゃくじょう)というのだろうか、僧侶が持つ杖の先端に取り付けられる物だが、その造形的な美しさには惹かれるものがあった。

あるいは織部(おりべ)だと思うが、陶芸における自由奔放な形づくりが面白いと感じた。絵付けの自由度も高そうで、作者は製作のなかに喜びを見出したであろうと推測する。

次回行くなら知識教養を深めてからにしよう。ちょっと行くのが早すぎた。

コー・ガブリエル・カメダ日本公演

2009年3月7日(土)
「コー・ガブリエル・カメダ日本公演 ヴァィオリン協奏曲の夕べ」(東京オペラシティコンサートホール・タケミツメモリアル)に行った。

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高校同級生でドイツ在住の指揮者・増田宏昭が指揮するので、クラスメート数人と一緒に応援に駆けつけたのだ。

演奏した「ジャパン・クラシカ」は、指揮者・増田宏昭に賛同したプロアマ混成のメンバーで構成されたオーケストラだ。とはいえ演奏はなかなかのレベルだったと思う。最近のアマチュアはレベルが格段に向上しているから、プロに近い力量を持った人が大勢いるのだろう。

3曲のプログラムだったが、中では最後のブラームス作曲ヴァイオリン協奏曲が最も良い出来だったと思う。いや実際は2曲演奏したアンコールの出来が一番だったのだが・・・。

難波田龍起・難波田史男展

2009年3月7日(土)
「難波田龍起・難波田史男 東京オペラシティコレクションより」(東京オペラシティアートギャラリー)に行った。「都市へ仕掛ける建築 デーィナー&ディーナーへの試み」のおまけで入場できるのだが、実は私にとってこちらが本命だった。難波田親子の作品はどちらも大好きだから。

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父親の◆難波田龍起の展示作品の中では、展示番号T-20「青の詩」の詩情あふれる抽象作品が圧倒的な存在感を示していた。T-21「コンポジション」も好ましい。どちらも1960年代前半の制作だ。これに対しておよそ10年経過したT-26「街A」も素晴らしい半抽象作品なのだが、線刻が丸みを帯びてきた分、鋭い印象が薄れていたように感じられた。やはり難波田(父)は60年代の作品がいいなあ。

一方、次男の◆難波田史男のほうは漫画のような筆致だが、これまた魅力に満ちた作品群を残してくれた。今回の展示のなかでは、展示番号F-50「ある日の幻想」が好きな作品だ。この作品は他の展覧会でもよく展示される名作のようだ。他にはF-52「無題」、F-44「窓」あたりが好ましい作品だ。フェリー事故で父親より先に旅立ってしまったのは誠に残念だ。長生きしていたらどんなに素晴らしい作品群を残してくれたことだろう。

都市へ仕掛ける建築

2009年3月7日(土)
「都市へ仕掛ける建築 デーィナー&ディーナーへの試み」(東京オペラシティアートギャラリー:初台)に行った。

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正直なところ建築の専門でない私にとってはあまり面白くなかった。設計図面を見て完成イメージを想起できるような専門能力を持った人たち向けという感じがした。

その中で印象深かったのは◆「フンボルト大学自然史博物館」の再建だ。「忠実な形態再現でありながら異なる素材を与えることで、戦争遺産という事実を消し去ることなく、この歴史的建造物オリジナルの全体像を再び取り戻そうとする。」というカタログ解説がその意義のすべてを表現している。

また◆「ノヴァルティス本社屋」はカラフルな四辺形のガラスが配列・構成されて楽しい。「全体として教会の大きなステンドグラスのようにも見える」、「外部からの訪問者も引き寄せるような場所にする」という解説文のとおりだと思った。人を誘致する魅力を外観に与えるというミッションはあらためて唱えられるとなるほどと思うが、普段は気づいていないのかもしれない。

選抜奨励展

2008年3月7日(土)
「第28回損保ジャパン美術財団 選抜奨励展」(損保ジャパン東郷青児美術館:新宿)に行った。

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毎年楽しみにしているシリーズで、今回も期待を裏切らない内容で楽しかった。全体として昨年より迫力が増していたようだった。

<抽象作品>
毎年選抜される作品は具象が主流なのだが、若干抽象作品も選ばれている。私はもともと抽象好みなので、どうしてもそちら(抽象)に票を投じたくなる。

最も好ましく感じたのは、◆烏頭尾寧朗(うとお やすお)の「時の忘もの−青春の日々-」だ。曲線の構成に添えられた青、緑、黄などの淡い色彩が知的で味わいのある空間を構成している。作者自身が「大自然への畏敬の念」、「現代人が失った、いや忘れてしまった、感性を取り戻したい」という思いを述べられているが、そういうテーマを除いてただ単に抽象構成として十二分に味わえる傑作だと思う。

◆坂巻登水(さかまき とみ)の「宙(そら)から」(受賞作品は「宙からⅡ」)も好ましい作品だ。味わい深い曲線と直線、渋い色調で柔らかい画面に仕上がっているが、そこから発せられるオーラは強烈だ。

◆服部誠(はっとり まこと)の「UF-71」はそのユニークさに惹かれた。金属部品の集合体が崩壊するようなイメージだが、その構成感がたまらない。薄い緑と薄い青という一見合わなそうな色を対峙させ、調和させているのは見事だと思った。

<幻想・心象風景>
印象深かったのは、◆株田昌彦(かぶた まさひこ)の「Round about」だ。像とコンビナートのようなものを合体させた超自然の風景だ。このての作品は一歩間違えると幼稚っぽさが出てしまう。しかしこの作家の場合は、描写力の確かさで安心して見ていられる佳作に仕上げたと思う。

◆成田玄治(なりた げんじ)の「風の歌」は風を表す曲線構成の向こう側に浮き出る建造物の構成感が感じられ、爽やかで楽しい空間を生み出している。けばけばしさがなく、奥ゆかしい半抽象作品で好感を持った。

◆横須賀幸正(よこすか ゆきまさ)の「わだつみの・・・・」は現実と空想の世界を行ったり来たりする眩暈(めまい)のような感覚を味わえる作品だ。描き込まれているオウムガイそのものは超自然物ではないが、ガラス球の中に封じ込まれても活き活きと泳いでいる様が非現実的で、それをさりげなく見せているところが味わい深い。

<その他の具象>
「えっこれが水彩?」と驚いたのは、◆白井洋子(しらい ようこ)の「毀(こわ)れゆく刻(こく)」だ。置時計、楽器、ワイングラス、パンなどの静物が描かれている。グラスの1つが棚から落下する模様がリアルで、トロンプ・ルイユ(だまし絵)の様相を呈している。そして全体の感じが重厚で、まるで油彩なのだ。昨今、西洋画と日本画の境界線が曖昧になっているが、油彩と水彩のボーダーラインも取り払われつつあるのか。

「写真かな?」と思ってよく見たら油彩だったのが、◆長内さゆみ(おさない さゆみ)の「秋の水辺」だ。塗り方などはそんなに緻密ではないように見えたが、少し離れて見ると写真のようにリアルに感じられる。それだけが芸術ではないかもしれないが、このような描写する力に対しては素直に賛美を送りたい。

<その他のコメント>
◆グェン・ディン・ダンの「The Exit(出口)」の作品解説文に誤りがありますよ。「左端にはショパン、モーツアルト、グリーグの楽譜がある」と書いてありますが、モーツアルトの楽譜は描かれていません。グリーグが1冊で、あとの3冊はすべてショパンです。すみません、音楽のことになるとつい突っ込んでしまって。以上のコメントは、この作家と作品の価値をおとしめるものではありません。念のため。

2009年3月 4日 (水)

斎藤祥子のマリンバ独奏

2009年3月3日(火)
「保土ヶ谷愛拶劇団 旗揚げ2周年記念公演」(岩間市民プラザ)に行った。

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実はお目当ては幕間のマリンバ演奏だった。クラスメートのM君と共に最近ファンになった斎藤祥子がソロを演奏するというので、これは必聴というわけだ。「バイバイ・ブラジル」に始まり、リムスキー・コルサコフの「熊蜂は飛ぶ」、ディズニーの「星に願いを」、ピアソラの「リベルタンゴ」と現代曲が演奏された。また曲と曲の合間にはマリンバについてのトークもあり楽しめた。

マリンバの演奏には慣れていないので毎回が新鮮だ。例えば「星に願いを」では両手に2本づつマレットを持ち4声部を鳴らすのだが、そのうち1声部だけ音階でベースラインを作るような箇所があった。そういう場合、指の加減で2本のマレットの間隔をだんだん広げていくわけだが、そういう細かい処理をどうやっているのかというのが興味深かった。

また現代曲は3+4の7拍子だったように聴こえた。さすがに打楽器専門家は変拍子をものともせず軽々と演奏していたが、私がもし同じ事をやったらリズムがガタガタだっただろうなと思った。

マリンバがお目当てだったとはいえ、イベントの内容は結構充実していて楽しめた。特にプロの劇作家や保土ヶ谷区長など官民+アーティストがそれぞれの立場で発言するパネルディスカッションは「挨拶」をテーマとしてなかなか面白かった。

2009年3月 2日 (月)

まつだ桜まつり

2009年3月1日(日)
「まつだ桜まつり」(神奈川県足柄上郡松田町)に行った。

御殿場線の「松田」駅で下車。のびやかな駅前には朝市が立つ。

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シャトルバスで山を登る。こう見るとバスもなかなか凛々しい。

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さすがに早咲き桜の地だ。上を見ると桜の屋根。

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下には菜の花のじゅうたん。

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これ何だっけ?造形的で素晴らしい。

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ハーブガーデンもある。看板は英語で洒落てみました。

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この少女像には銘版が無い。誰の作品だろう?後ろにそびえたつのは「ハーブの館」。

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「箒を持つ少年像」が対抗して存在感を訴えている。

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古めかしい郵便ポストもあったりして。これは古いもの好きマニアには必須のアイテム。

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「西平畑公園ご案内」という案内図を見た。「ふるさと鉄道」というのがある。乗ってみたいなあ。

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切符売り場に行くと、あいにく本日のチケットは完売。残念だ。あれっ?おかしいな。ここには「お山のポッポ鉄道」って書いてあるぞ。このあたりのアバウトさが気に入った。

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鉄道に乗れなくて残念だったが、写真だけは写す。

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鉄道に沿って歩き、「あぐりパーク(嵯峨山)苑」を目指す。

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「あと2分」、「もう少しです がんばってください!」という親切な看板が出ている。

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斜面には「いちめんのなのはな」。この語句を連呼する山村暮鳥の「風景」という詩を想い出した。

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この景色は素晴らしい。「ストレス解消」もできるというもんだ。

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帰路につくと、富士山でもないのになぜか「四合目」の道標。

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坂道を下りきってから「お気をつけてお帰り下さい」の看板。あのね、危ないのはもっと手前の坂道なんだけど・・・。

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駅に着いた。電車に乗る前に「松美酉」という酒蔵へ行き地酒「松みどり」を仕入れる。

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藤沢に移動し、居酒屋で打上げ。お腹が空いたのでしっかり食べて飲む。うーん充実だ。

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100年前のピアノ サロンコンサート

2009年2月28日(土)
「100年前のピアノ サロンコンサート ~シューベルトによるピアノと弦楽器の室内楽~」(横浜山手ブラフ18番館)にチェロで出演した。オール・シューベルトのプログラムだ。

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今回はピアノ三重奏曲第1番変ロ長調に取り組んだ。これが大変な難曲なのだ。サロンコンサートの和やかな雰囲気の中で、必死の形相で弾くのは似合わないが、選曲した以上最善を尽くすしかなかった。

このコンサートでは通常、ヴァイオリンのじゅんちゃんが司会進行と曲目解説を担当している。しかし今回は私が大好きなシューベルトの歌曲(編曲)を演奏するので、彼が私に代わりに曲の解説を話せという。そこで不慣れなしゃべりを担当した。まあ曲を愛する分、熱意が込もるから、それを彼は期待したのだろう。

終演後、元町のチャーミングセールに向かう途中、偶然に中国人アーティストの周豪さんに出会った。何年か前に版画を購入して以来、顔なじみになっていたのだ。彼の最近の墨絵は素晴らしい。また個展に行くのが楽しみだ。

ヴィータ・マンスリーコンサート

2009年2月27日(金)
「早春の、ヴァイオリン/リコーダーとバロック・アンサンブルの夕べ」(関戸公民館ヴィータホール)に行った。以前から一緒に演奏していた仲間が出演し、今回私は多忙で降り番だった。

ポイントは、ずばりチェンバロを間近で聴けること。演奏仲間の友人がチェンバロ製作者に特注したチェンバロを所有しており、それを借りてお披露目をするのだ。

このコンサートは、関戸公民館市民協働事業として企画された「ヴィータ・マンスリーコンサート」シリーズの一環として開催された。現代社会では人間同士のコミュニケーションが希薄になってきている。このような状況下での市民協働事業は、コミュニティーの活性化につながり、人と人とのコミュニケーションを密にしてゆくので大変好ましい企画だと思う。今後も続けて欲しい。

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