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2009年2月22日 (日)

ピカソとクレーの生きた時代

2009年2月22日(日)
「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」(Bunkamura ザ・ミュージアム:渋谷)に行った。おなじみF君が招待券を調達してくれたのだ。F君何度もありがとう。

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クレー命をはじめ、愛するキュビズム、シュールレアリスム、青騎士などの作品がずらり並んだのでご機嫌だった。それだけに、展示作家はすべておなじみのメンバーだった。

逆におかしな現象が起きた。展示作品はほとんど過去に見たことがある感じ、つまり一種のデジャビューを味わったのだ。しかし今回の展示作品はノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館から貸し出されたものだ。同美術館は個人コレクションを母体として生まれ、あまり国外に作品貸し出しをしてこなかったのではないかと思う。そうすると、逆に今回の展示作品はすべて初めて目にするものばかりだったのか。過去に見たような気がしたのは、作風などにステレオタイプ的な予備知識を持っていたからだろう。

ステレオタイプ的なものをいい意味で裏切ってくれたのは、ジョージ・グロスのキュビズム風作品「無題・構成」だった。グロスのこの作品は、どちらかというとロシアの構成主義に近い感じがする。マレヴィッチの初期の作品だと言われたら信じそうだ。グロスといえばベン・シャーンみたいな線刻が魅力だが、このような全体構成で勝負した時期もあったのか。

もう一つ、一筋縄でいかなかったのはシャガールの「祝祭日」だ。登場人物の頭の上にもう一人小さな人物がくっついている、というシュールっぽい点も魅力だが、全体的にキュビズムなどを想起させる構成志向が見えて何とも心地よい。

カルロ・カッラ、モランディなど「いて欲しい」という作家がいてくれたのも嬉しい。ただカッラは良かったのだが、モランディはもっと「病んだ心象風景」的な作品を観たかった。

F君へのお礼の絵葉書は、迷いに迷ったあげくドローネーの作品を選んだ。淡いなかに芯が通った強さがあるので、F君向けだと思ったのだが、本当にその通りだったのかなあ。

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コメント

クレーとピカソも大好き!昨日NYから戻りMomaでもクレーの作品に心が和んだなりよ!そして、ミヤショウジの花房パパと出会って、ここにきたのだ!松本清張の点と線なりか?オイラの愛するダーリンは横浜の生まれだし、激音楽家だし、オイラは絵しかないし!なんだか
このブログはイイブログにょろね!

Chiezoさん、コメントありがとうございます。私もNYで花房さんに出会ってインパクトを受けました。

Chiezoさんは専門のアーティストさんのようですので、私のようなド素人とは別格でしょうね。でも楽しむという行為は平等だと思うので今後もよろしく。

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