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2009年1月27日 (火)

解決:マリンバの持続低音

先に書いた「寺田由美パーカッションアンサンブル」の記事で低音が持続するマリンバの不思議に言及したが、演奏者の一人に質問する機会を得てその謎が解けた。

低音中心に作られた種類のマリンバは鍵盤が大きく振動の幅が大きいから音が持続するとのことだ。弦楽器に例えると、ヴァイオリンの細い弦よりコントラバスの太い弦のほうがビヨーンと大きく膨らんで振動するのに似ているという説明だった。また共鳴管のような構造物も付随しているので、持続効果がさらに拡大されるらしい。

一緒にコンサートを聴いてこの疑問を抱いた友人のM君、わかりましたか?マリンバが気に入ったようだね。またコンサートに行こうね。

今週土曜日は「みずほフィルハーモニー」の本番でマーラーの5番を弾くんだけど、練習よりマリンバの音に夢中になってしまった。当面の目的が迫っている時期に、関係ないことが気になって時間とエネルギーを投入してしまうというのは悪い癖だ。でもこれが直せないんだよね。

2009年1月18日 (日)

チャロー・インディア(インド現代美術の新時代)

2009年1月16日(金)
「チャロー・インディア インド美術の新時代」(森美術館)に行った。

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私は元来コンセプチュアルなアートを好まなかった。これは私の分類だが、コンセプチュアルな芸術には2つの流れがあると思う。一つは赤瀬川源平大先生の「トマソン」を中心とする何でもない物に理屈という付加価値を施すタイプ。便宜上これをトマソンに敬意を表してTタイプとしておこう。もう1つは思想、宗教、社会などのメッセージを込めたタイプだ。これをメッセージの頭文字を取ってMタイプとしておこう。そして今回の展覧会では、ほとんど全ての展示作品がコンセプチュアルで、かつMタイプの様相を呈していた。

雑然とした街角に列をなす人力タクシーを撮ったパノラマ写真があった。これは経済と社会のありようをストレートに表明する作品だ。一方、先住民の写真を並べた作品もあった。これは多民族がひしめきあうインドにおける問題を暗示する。他の作品もこんな具合だ。

これは現代日本とは大きく違う点だ。日本では、純粋抽象からコンセプチュアルのTタイプ、Mタイプまで多種多様なジャンルがひしめきあっている。今回の展覧会の傾向が、そのままインド現代美術の諸相を示しているかどうかは不明だが、これだけ顕著の特徴があるという事は、ある程度の信憑性を与えてくれるだろう。つまり、インド現代美術は多分にコンセプチュアルであり、特にMタイプ(メッセージ性が強い)の作品が多いという結論である。

では、このようなメッセージ性が勝っているアートをどう感じたかであるが、私は好きにはなれなかったが強いインパクトを受けたことは認める。そして作品に込められたメッセージがたとえ私に届かなかったとしても、作品そのものが発するオーラというか、雰囲気というか、それを受けただけでも何か感動らしきものをおぼえたのだ。こういう点は、アートとは何かという根源的な問題まで遡って考えさせられる。その意味で、この展覧会から得るものは多かった。

寺田由美 パーカッションアンサンブル

2009年1月14日(水)
寺田由美 パーカッションアンサンブル「ドライブ」の「ニューイヤーコンサート2009」(みなとみらいホール・小ホール)に行った。

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最近は展覧会通いが優先でコンサートにほとんど行かなくなった。家族・親戚や友人が出演する場合を除き、進んでお金を払って行こうと思うコンサートは作曲家の新作発表など現代曲に限られている。 今回はそれらに当てはまらないもので、例外中の例外だ。

足を運ぼうと思ったトリガーは(いかにもオジサン的で恥ずかしいが)4人の美しい演奏者を見たかったのだ。チラシを見たらわかるでしょ?では共演の男性2人はどうでもいいかというと、いやそういうわけでも・・・この話は苦しくなるので止めよう。

実際に演奏を聴いてみたら、いろいろ収穫があった。ああよかった。これで、単に美女を拝んで帰ったわけでなく、価値を持ち帰ることができたのだ。

収穫の一つは、♪<持続する低音>が聴こえたことだ。誠に恥ずかしいが、私はマリンバの機能・性能などを知らず、どのマリンバも切れ切れの音しか鳴らせないと思っていたのだ。しかし随所でズーンと伸びる低音を聴いたのだ。

一緒に行った会社社長のМ君もなぜ音が伸びるのかと不思議がっていた。彼は技術者で、マリンバの形態を見ただけでその構造と機能をある程度読み取ることができると言っていた。その彼も、この持続低音に関してはお手上げの様子だった。いったいどのような仕組みでこの持続低音が出るのだろうか?調べてみたい。

もう一つの収穫は、♪<マリンバ・アンサンブルへの編曲>に関してだ。この6人のグループの素晴らしいところだと思ったのは、演奏した9曲中、半分近い4曲をメンバーが編曲していることだ。(天明さおりと土井吉弘がそれぞれ2曲づつ編曲を担当していた。)その結果、このグループは単に既存の曲を取り上げて演奏しているのではなく、編曲という創作行為を伴って芸術活動を進めているわけだ。

マリンバ・アンサンブルにおける編曲のポイントはどういうところにあるのかと考えようとしてみたが、マリンバそのものをよく知らないので明快な答えを出せなかった。例えば先に書いた「持続する低音」の上に鋭い高音を乗せ、バランスを取りながら構成してゆくというような感じで成り立たせているのだろう。具体的にもっと深いところを知りたい。

実は以前私は妻に頼まれて、声楽曲の伴奏パートをピアノとマリンバ用に編曲したことがあったのだ。そしてそれは小さなコンサートで一応音になった。しかしもともとマリンバについて深い知識がなかったので、自分でもいい出来だとは思っていない。演奏して下さったマリンバ奏者と妻には悪いが、実力が及ばなかったので容赦してもらいたい。その編曲作業の前に今回のようなコンサートを聴いていたら、若干出来が違ったかなと思う。

また最後に演奏されたダリウス・ミョーの「スカラムーシュ」は妻が2台ピアノで演奏したことがあり、今回マリンバ編曲で全く違う響きを聴いて新鮮な印象を持った。

3つ目の収穫は、♪<演奏者の動き>に関してだ。プログラムの1曲目、ヨハン・シュトラウスの「常動曲」では文字通りメロディーが休まず鳴っているわけだが、演奏者は一つのフレーズ毎に隣りの楽器に移るというローテーションを披露していた。客席から見ると、6人がくるくる回って鬼ごっこをしているようだ。

また打鍵楽器特有のトレモロ奏法など、他の楽器と異なる身体の動きが豊かで、それだけでも視覚的効果があるようだ。

これらを総合すると、パーカッションのアンサンブルは他の編成、例えば私がやっている弦楽四重奏などと比較して、この「見てくれ効果」を伴っている分だけ観客を楽しませる要素が多いことになる。羨ましいと思うと同時に、きびきびした動作でもって演奏しないと面白さが半減してしまうだろうなとも思った。

リーダーの寺田由美のベテランの味、編曲も担当した天明さおりの知的な演奏、同じく編曲も担当した土屋吉弘(高校の後輩だった)のトーク、もう一人の男性 東桂樹の達者なドラムス、堅実な演奏の内田真裕子、可憐な感じの斎藤祥子というように、メンバーはみな個性豊かだったと思う。ゲストのクラリネット奏者 坂本和彦氏は温厚な人柄を感じさせるものがあった。今後も聴きたいグループだ。

2009年1月12日 (月)

元永定正展

「元永定正展 いろ いきてる!」(損保ジャパン東郷青児美術館)に行った。

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昨年2月に日本橋三越で開催された「両洋の眼」展で
元永定正の「しろいせんといろながれ」に接した。その際、「楽しい抽象構成だ。こういう作品は理屈抜にまず観て楽しみたい。そうすれば幸せになれるのだ。」という感想を拙ブログに書いた。その印象は今回も全く変わらなかった。

幼児向け絵本「いろ いきている」では絵の具のドリッピングだけで絵本を成立させるという離れ業をやったとか。構成への配慮など、いろいろ工夫したのだろうが、その背後には元永の天性の才能があるのだと信じている。

会場には子供連れの人もいた。こういう展覧会は大人と子供が一緒に観るといいかもしれない。子供の素直な眼を通した感想に、大人が忘れ去っている大事なことを想起させられるかもしれないから。

Domani・明日展

2009年1月12日(月)
「未来を担う美術家たち Domani・明日展」(国立新美術館)に行った。

Domani

最近私は「選抜奨励展」のように未だ無名の若手アーティストの公募展が面白く、この展覧会もその種のものだと思っていた。しかしチラシで大々的にPRされているように、既に高名の舟越桂も参加していたから、若干路線が異なるのかと考えた。既に評価が定まったか、あるいはその直前あたりに位置するアーティストたちの展覧会という感じなのか。

素直な観かたからすると、山本昌の構成感あふれる「音をたつ」、駒形克哉の金ピカだが渋い「スコラ宇宙の回転」、中井貞次の清楚な「桂林の月」、石井勢津子の神秘的なホログラム作品などが眼に心地よかった。もちろん「巨匠」舟越桂の彫刻作品も印象深いものがあった。

ヒグマ春夫のビデオ作品は2つ放映されていたが、文字が乱舞するタイプのほうが良かった。構成感とリズムを楽しめた。しかしもう一方の街角の風景に波や回転球体(地球?)を重ね合わせた作品は、それなりに面白かったが何か物足りなかった。異質なものの出会いというシュール路線でいくのか、エコなどのメッセージ発信でいくのか、方向性がはっきり見えなかったからだと思う。

開発好明の「レシート日記」はもっと中味を見せて欲しかった。描き続けた一連のノートの表紙だけを並べられても、河原温の二番煎じに見えてしまうのだ。このてのコンセプチュアル・アートは、残念ながら「早い者勝ち」的な要素が強いと思う。

田中信太郎の3つの彫刻は、一直線上に並べて設置されていた。これは呪術的なものを連想させ、場の雰囲気を作っていたように思う。

全体を振り返ると、昨年観たよりは全体的にインパクトがあったように感じた。今後も継続して見守りたい。

2009年1月10日 (土)

定点観測初め

愛犬「哲学者」と散歩し、今年初の「定点観測」を行った。

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一見いとも簡単にシャッターを切ったように見えるかもしれない。しかしこの「哲学者」は結構いたずらに頭が回るようなのだ。私が彼女(哲学者は女性なのです)と背景のお馬さんの遊具2つを写そうとすると、微妙に位置を変えたりして撮影の邪魔をする。何度か試みてやっと成功したのがこの一枚だ。だから構成などに気を配る余裕がなかった。(というのはダサい写真の言い訳か・・・)。

2009年1月 6日 (火)

2008年音楽活動総括

2008年の音楽活動を振り返ってみたが、ここ2年間は展覧会通いとブログに熱中していたのであまり豊富な実績は作れなかった。

◆作曲
作曲したのはたったの4曲。しかしそのうち1曲「メンデルスゾーンと共に新年を」はメンデルスゾーンの名曲を土台としたパロディーなので、どちらかというと編曲だ。

では残りの3曲はというと、これまた月島で室内楽の集まりがあった際、「機会音楽」として速筆で書いた「月島三部作」だから本格的な作品とは呼べない。ただし作曲を志す者としての意地というか、それぞれの作品にちょっぴりづつではあるが、創意工夫を凝らした点がある。

「つきしまにつきました」の題名は言葉遊びになっている。これだけでは寂しいので、音名とアルファベットの対照表を作り、1つ1つの文字を音に当てはめるという遊びを組み込んだ曲にした。当日、会場に集まるメンバーを想定し、フルート、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、2つのチェロとピアノのための変則七重奏曲だ。ずばりこれは「機会音楽」に属する。

「風雅な月島」の「風雅」は「フーガ」の駄洒落で、得意のフーガ形式で作った。おふざけの要素とバッハのような厳格な構成の両方の要素を混成させた作品にした。編成は弦楽三重奏。

「月島酔景」は酒に酔って千鳥足で歩くサラリーマンの動作を表現した弦楽四重奏のための作品。グリッサンドでふらふらした感じを出した。これはちょび受けだったかな。

◆編曲
なんと実績ゼロだった。上記の「メンデルスゾーンと共に新年を」を編曲に分類すれば1曲実績が生まれるが、この作品は創意工夫した部分が沢山あり、自分としては創作(作曲)に分類したい気持が強い。そのため編曲は実績ゼロに甘んじることにした。

◆演奏
即興演奏は東京都現代美術館で1回、ZAIM(横浜)で2回の合計3回行った。即興演奏というものは、作曲ほどではないにせよ創作する意義が大きい。まだまだ即興慣れしていないので3回の自己評価はすべて「もっとがんばりましょう」だが、今後に向けての布石として位置付けている。

既存の曲の演奏はサロンコンサートなどで何回か行った。練習に最も苦労したのはトリオレヴリーのメンバーで演奏したドヴォルジャークの「ピアノ三重奏曲第3番へ短調」だ。重厚で演奏も難しい。よくやったと思う。「たいへんよくできました」とは言えないが、努力は認めてもらいたい。

2009年1月 3日 (土)

2008年アート探訪総括

2008年の展覧会通いを振り返って総括してみた。

◆好きなアーティスト
今年は何と言っても★「ライオネル・ファイニンガー展」(横須賀美術館)に尽きる。昔、近代美術の書籍に掲載された図版を見て、これこそ私の求めてきた絵だと惚れ込んだ。しかし個展が開催される気配は全くない。ファイニンガーの作品をまとまって観る機会は日本では永久にないのかなあ、と半ばあきらめかかっていたのだ。そんな時にひょっこり開催されたのだから、この驚きと嬉しさは格別だった。長年待ち続け、いいだろうなと期待して行き、そしてその通り良かったという展覧会はあまりない。★「没後80年 佐伯祐三展」(そごう美術館)。佐伯ファンの方には説明の余地なし。★「澁澤龍彦 生誕80年回顧展」(県立神奈川近代文学館)。これも澁澤ファンの方には説明の余地なし。★「難波田史男展」(世田谷美術館)は多数の展示で史男の世界を堪能できた。

◆興味深いテーマ
★「バウハウス・デッサウ展」(東京芸術大学美術館)ではオスカー・シュレンマーの作品をじっくり見ることができて良かった。★「青春の ロシア・アヴァンギャルド」(Bunkamura ザ・ミュージアム)は展示内容的には期待外れだったが、テーマ設定の努力は買うことができる。★「アール・ブリュット/交差する魂」(松下電工汐留ミュージアム)はインパクトが強すぎて傷を負うと友人から忠告されていた。実際その通りになったが、観ておいて良かったと思う。

◆新人発掘タイプ
昔は敬遠していたが最近は面白くてしょうがないタイプの展覧会は「新人発掘タイプ」だ。★「選抜奨励展」(損保ジャパン東郷青児美術館)は文句なしの面白さだった。毎年楽しみにしている展覧会だ。★「VOCA展」(上野の森美術館)は初めて行ったが、「選抜奨励展」ほどのインパクトは得られなかった。★「朝日陶芸展」(そごう美術館)は期待以上に面白かった。★「国展」(国立新美術館)は展示点数の多さに圧倒された。次回行くときはまる一日つぶす覚悟で臨もう。しかし今年の★「横浜トリエンナーレ」(横浜各会場)は前回ほどのオーラが感じられなかった。★「BankART Life Ⅱ」(横浜各会場)もしかり。新人発掘というより新進気鋭の作家の競演というべき★「両洋の眼展」(日本橋三越)は「旧人」の出展も多いが刺激に富んだ面白い展覧会だった。

◆鉄道密着型アート
一方、今年は「鉄道密着型アート」を楽しんだ年でもあった。★「駅2008」(鶴見線沿線5駅)は特殊な企画だった。5駅それぞれにアサインされた気鋭のアーティストのレベルは決して低くなかったと思うのだが、駅の放射する魔力がそれを上回って凄かった。そのため作品が色あせて見えてしまったのだ。また展覧会ではないが、取り壊し寸前だった★「旧東横線架線跡壁画」も強い印象を残してくれた。行っておいて本当に良かったなあ。

◆たかが技術、されど技術
作家や作品が好きだ嫌いだという次元を越え、あまりにも達者なので、その技術だけで感銘を受けた展覧会があった。★「速水御舟 新たなる魅力」(平塚市美術館)、★「人間国宝 濱田庄司展」(川崎市民ミュージアム)が両雄という感じか。それに★「アンドリュー・ワイエス 創造への道程」(Bunkamuraザ・ミュージアム)を加えようか。

◆女流画家
以前から好きだった★池口史子に関しては、「池口史子展 静寂の次」(渋谷区松涛美術館)で作風の変遷を再確認することができた。美しい色彩が好きな★田村能里子については、「田村能里子展」(日本橋高島屋)で期待通りの作品群を楽しんだ。★曼荼羅りえは「展曼荼羅りえ展」(GALLERY AB-OVO)で若い感覚の色彩世界を繰り広げた。

◆親しいアーティスト
友人・知人のアーティストの場合はえこひいきの側面が強まってしまうが、それを割り引いても素晴らしい作品を見せてくれた。
<絵画>
祖父のクリスタルガラス作品展の企画から運営まで通してお世話になった画家★平本公男は「平本公男展 森の幻想~彷徨う秋」(湘南画廊)で輝きのある風景画を発表した。植物画家★松本千鶴は「松本千鶴植物画展」「ハスキーズ・ギャラリー:茅ヶ崎)で健在ぶりを見せてくれた。★神崎憲子は「21美術協会 神奈川支部展」で存在感を示した。上海出身のアーティスト★周豪は「周豪展」(ギャラリーかわまつ)および「周豪、白木ゆり、中村桂子展:その気流」(山手ギャラリー)で相変わらずセンスの良い空間を創造していた。
<彫刻>
前出の「国展」では、親しくなった彫刻家の★岩崎幸之助の「水太鼓」を叩いて楽しんだ。★サクサベウシオは「サクサベウシオ展」(ZAIM)で「浮石」の魅力を教えてくれた。
<陶芸>
祖父のクリスタルガラス作品展で作品を洗浄して戴いた★佐藤和彦は「佐藤和彦 作品特集」(三越本店)と「佐藤和彦 作陶展」(クラフトショップ俊:茅ヶ崎)の2回の展覧会を通じてすっかりファンになってしまった。★茂原淳は今年「茂原淳作陶展Ⅵ・変化と永遠」(クラフトショップ俊:前出)と「茂原淳作陶展Ⅲ 花器<調和>」(彩香:桜新町)の2つの個展を開いた。追番(ⅣとⅢ)は異なるギャラリーでそれぞれ通算して付けている。

以上、昨年のアート観賞を振り返ってみた。この他に、既に高名の★山口薫、★池田満寿夫、★岡鹿之助とか、アヴァンギャルドのアーティスト★川俣正、★中西夏之などの展覧会も楽しんだが、全てを列挙しても焦点がぼけるので名前だけに留めておきたい。

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