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2008年8月31日 (日)

右近史江おしゃべりコンサート

2008年8月31日(日)
ソプラノ歌手・右近史江の「おしゃべりコンサート」(リリスホール:本郷台)に行った。川村晶子と妻(仮名ジョアンナ)がピアノで共演し、さらに中村梓のマリンバが加わった。珍しい楽器が入るとコンサートの幅が広がった感じがする。私は冒頭に演奏した北原白秋作詞、團伊久磨作曲「六つの子供の歌」を最も楽しんだ。

会場は大入り満員。私の席の近くの人はほとんどの曲の演奏後に「素晴らしい」とか「いい曲ね」などの感想を話していた。大成功でよかったですね。

旧東急東横線の高架下壁画

2008年8月30日(土)
旧東急東横線の高架下壁画が9月から取り壊されると聞いて、あわてて
見に行った。ストリートアートの聖地と呼ばれたところで、桜木町から高島町駅間の1kmほどの区間だ。

この撤去に関しては、だいぶ前におなじみF君から聞かされていた。しかし耳にするのが早すぎたせいか、事の重大さを認識せずに月日が経ってしまったのだ。そして828日の新聞記事を見て、この素晴らしいアート群が消されてしまうまで幾日もないことを再認識し、慌てふためいた。

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それから二日経過した今日(8/30)、弦楽四重奏の練習でみなとみらいに来ていたので、作品との最後のご面会に詣でることにしたのだ。チェロを抱え、しかも小雨に打たれて難儀したが、面白くて一往復もしてしまった。

新聞の記事は、あるバス停付近の壁に描かれた作品の写真を掲載していたが、私も同じ作品をカメラに収めた。呪術的・幻想的な絵なので面白かった。記事と同じ作品を撮ることに少々とまどいを感じたが、夢中だったのでそんな事は頭に無かった。

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後で考え直してみると、これは旅行に行ってガイドブックに載っている名所旧跡を同じ角度から写真に撮るようなものだ。これは私が重んじている主体性に欠ける行為だ。でもまあいいか。本当に面白い絵だと自分でも思ったから。

何かを感じ取り、得るものがあった作品がいくつかあったので、これから小出しに紹介してゆきたい。今回は、備忘録としてこの1つの例だけにとどめておきたい。

2008年8月30日 (土)

曼荼羅りえ個展

2008年8月29日(金)
曼荼羅りえ個展(
GALLERY AB-OVO:下北沢)に行った。

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下北沢北口から徒歩5分。道路脇の階段を下りてゆくと、両側はいつの間にかスペイン風の白壁と化し、異国情緒あふれる中庭的空間が現出する。その真ん中一本、存在感を誇示するように立っている樹木には、多数の白色電球から成るイルミネーションが付けられている。よく見ると電球は人魂のような形をしているが、どことなくユーモラスな感じだ。入口からギャラリーに入るとその中も白壁で覆われ、現世からの離脱をさらに強くイメージ付ける。

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曼荼羅りえは世界中を旅して集めた紙、布切れなどをコラージュ作品に仕立て上げるアーティストだ。使われている素材には、金や赤など派手な色調のものが結構多い。しかし曼荼羅りえの手にかかると、それらが不思議と調和し合い、きらびやかでありながら地味で渋いという相反する特質の両方を一度に兼ね備えた作品が生まれる。何とも不可思議だ。これは金属を使わない錬金術に違いない。

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コンポジションは西洋的(総合的キュビズム的)だが、素材ひとつひとつは東洋の香りを放つ。そのため、出来上がった作品も西洋・東洋両方の特質を有する。和洋折衷ではなく、もっと積極的な意味での混合体だ。

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オープニングの今日は、笛、ギター、ヴォーカルが生み出す音楽に乗って、舞踏家のパントマイム的な踊りが披露された。曼荼羅りえの今回の展示作品中、舞踏家が最も気にいった作品の前でこのイベントは行われた。音は白壁にほどよく反響し、豊かな響きとなり、このリッチな空間を満たしていった。

こんな贅沢な時間を過ごすことができ、大満足です。

音楽の現在

2008年8月28日(木)
「サントリー音楽財団 サマーフェスティバル2008」の「音楽の現在」2夜のうち、室内楽のコンサート(サントリーホール・ブルーローズ(小ホール))に行った。

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名前も知らなかった現代の作曲家5人の作品が演奏されたが、手法的には奇をてらったものは少なく、「30年前の現代音楽」を聴いているようだった。思えば、作曲技法はコンセプチュアルな側面を含め、2~30年前に出尽くした感がある。

今回の作品も、プリペアード・ピアノ、ミニマルなど楽器法を含め、それ自体には新味がない手法の組み合わせで出来ていた。もっとも、新しい技法を提示するのが良いという価値感は意味がないとは思う。これはバルトークの「現代でもハ長調で音楽が書ける」という言葉を示すまでもないことだ。


ただ、聴衆というのは我がままな生き物で、現代曲というと何か新しい技法が紹介されるのではないかという期待感を持ってしまうものらしい。そういう私自身も、気持ちがそう動きがちだということは隠せないが。

こう考えると、プロの作曲家は大変だなあと思った。旧来の手法で結構いいものを作る力量を持っているのに、聴衆に妥協し、新しいものを生み出そうという努力も必要とされるからだ。

私は今回の5曲の中では、カルステン・へニッヒが17人の弦楽器奏者のために書いた「流れは河口を恐れる」(2002)が楽しめた。弦楽器を本来の奏法中心に鳴らし、心地よく、面白い響きが得られたからだ。

聴衆が拍手喝采したのはプログラムに「賛否両論が分かれるタイプの音楽」と評されていたフランチェスコ・フィリディの「フラメンコのフィナーレを伴う作曲家の肖像」だ。これは楽器を本来の奏法からかけ離れた扱いをした作品である。例えばピアニストは鍵盤を普通の奏法で弾くことはほとんどなく、鍵盤の上を撫でるようにして「シュー」という音を出したりする。

私はこのような楽器の扱い方は好まない。ピアノなどの楽器は本来、楽音を出すために製造され、今回演奏したピアニストはピアノで楽音を出すために研鑽を積んできたからだ。本来奏法を排除するなら、演奏者はすべてパーカッショニストにすればいい。そのほうが演奏の密度が上がるだろう。現に、今回のコンサートでもパーカッショニストとピアニストが並んでそのような奏法を行ったら、微差ではあるがパーカッショニストのほうが切れ味鋭い音を出し、演奏する姿もリズミカルな点で他の奏者より優れていたからである。

では、こういう曲はどういう意図で作られるのだろうか。それはコンセプチュアル・アートの世界だと思う。私は平面・立体・文学において、赤瀬川源平が好きだ。あの「トマソン」は素晴らしく、ついつい真似してしまう。このような戯れを好きか嫌いかはその人の好みだから仕方がない。「トマソン」を見て「何てくだらない」と思っても、それはそれで否定されるべきではないだろう。

この考えを今回の作品に当てはめてみれば、結局こういう作品のコンセプチュアルな側面が好きか嫌いかの違いで賛否が分かれるのではないか。私はそう思う。そして私は、音楽においては、逆に「嫌い派」に育ってしまったから、こういう作品を好まないにすぎない。

音楽におけるコンセプチュアルな側面のありように関しては、現代曲だけでなく、古典の作品にも考えてみる必要がある。例えばハイドンがソナタ形式で遊んだように。この件については、別の機会にでも記事を書いてみたい。

良山泊を終えて

藤野では良い山に泊まった。まさに良山泊(りょうざんぱく)だ。私たちをこの忘れられない体験に誘(いざな)ってくれたのは、良山界と俗世界との結節点・藤野駅である。

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この藤野駅の看板を見よ。外側にはアクリル板に描かれた「藤野駅」という文字。そして内側にはバックライトで補強された同じ文字が存在を強調している。一つより二つのほうが頼もしいし、また味わいも増すからであろうか。



思えばこの「一対」という便利な構成技法は、滞在した「繭や」の入口を守護する凧と仮面をはじめ、天文学的な数の類例が、あらゆるジャンルに点在している。文学におけるほんの一例を挙げれば、「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。」(三好達治)という衝撃的な作品が記憶に新しい。

そして、この一対の駅名表示板はもう一つの重要な構成技法をも纏(まと)っている。それは「入れ子」だ。澁澤龍彦は「胡桃(くるみ)の中の世界」でその魅力を集大成してくれた。このように、藤野では駅看板でさえアートの尖兵としての役割を担わされているのだ。

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看板といえば、駅前にはスクールバスの発着を示す表示板が設置されている。この文字板にはメッセージが込められているのがおわかりだろうか?藤野という地名に並んでエレベータの会社名が明記されているが、それがあやしい。

藤野駅にはエレベータが無く、向こう側のプラットフォームに渡るには階段を上り下りしなければならない。年長者にはつらいところだ。では、この看板は駅にエレベータを設置して欲しいという村民の願望が込められているのだろうか?

いや別の解釈もある。このようにエレベータが無く、その有難みが体感できる場所だからこそ、利用者の起点で物事を発想することができる。だからそこにエレベータの会社があり、人々に愛されるエレベータ造りに注力できると考えられたのかもしれない。

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駅前にはもう一つ重要な看板がある。それは駅付近の案内図だ。この図を見てまず不可思議な思いにさせられるのは、相模湖の位置だ。あれっ、おかしいな。高尾を出た列車は相模湖駅、藤野駅という順番に停車する。この図は上が北だから相模湖は右側にありそうなものだが、左側にある。それなら藤野駅のほうが相模湖駅より湖に近いではないか。

このミステリーは広域の地形図を見ればたちどころに解ける。相模湖は東西に長く広がっており、両駅の南方に横たわっているのだ。なあんだ。でもこれは知らない人に話すと結構イケるネタだと思うがどうだろうか。

私の考えはひねくれているだろうか?そうかもしれない。しかし、私としては「ひねくれ思考」も結構面白いじゃん(神奈川弁)と感じて戴きたいのだ。例えば駅前の樹木をとくと見て戴きたい。

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これはひねくれた木だ。地面近くではボーイスカウトが習得する縄結びのようにからまり合っている。そういえば私はイタリアンレストランでワインのお供にカラマリを賞味するのが大好きだ。あの烏賊(いか)がからまったような姿は真の食欲をそそる。

樹木に話を戻すと、この木は下方では二本の樹が生えており、それがからまり成長して、途中で一本にマージしているのだ。レグルスだったか、「別れても末には逢わんとぞ思ふ」という言葉があったな。

これは何だろうか?

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この美しい作品は藤野在住のアーティストの手になるものに相違ない。と言いたいところだが事実は少々異なる。これは藤野の山に存在するであろう磁場に引き寄せられて集まってくる登山家の作品だ。しかも手ではなく、足で描いたものだ。

「良山泊」の二日間は雨天だった。藤野の山を楽しんだ登山家はキャラバンシューズに藤野の泥を記念に付着させて駅に戻ってくる。折りしも雨が降っており、靴に付いた泥はバス待合場のコンクリートの通路上に着床したというわけだ。藤野は雨も泥もアート化する浄化装置のようなものなのか。

そして駅前の家並みが面白い。

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向こう三軒隣が「新 新」の如く並んでいる。その形式はメヌエットかスケルツォのようだ。真ん中に鎮座するトリオに該当する旧家は、都会の駅前では考えられない古風なたたずまいだ。

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そしてその右上には丸窓が!そう、「繭や」の入口で強烈な存在感を示したあの丸窓がここにもあるのだ!円形が象徴するシュールな世界は、ここ駅前から山中の「繭や」まで見えない磁力線で繋がっているのだ。

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駅前広場から坂を下ったところには、誠にユニークな「シーゲル堂」がある。楽器を鳴らし、歌をうたい、踊る楽しさを描いた看板が楽しい。しかし今日は休みなのかシャッターが下ろされていた。そこに向かってシャッターを切る理不尽さ!

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そして遠くの山肌に目を転じると、そこにはラブレターが。藤野最大の野外アートだ。いやもっと大きい作品がある。それはアートの村・藤野全体だ。私たちが滞在したのは、この山をも包含してしまう巨大なアートの心が凝縮したアート村だったのだ。別れはいつも辛い。でも、ここには磁場がある。その磁力により、私たちの邂逅は約束されているのだ。

2008年8月27日 (水)

古民家を見んか!

本電子日記(ぶろぐ)の記帳標題(たいとる)は「旧家で休暇」、「旧民家で休眠」、「廃屋で杯置く」と記すことも可能である。山村・藤野で知る人ぞ知る元養蚕農家。そこに棲息する藝術家かっぷるは「繭や」といふ、ろまんちっくな名を与へた。

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開口部(げんかん)に嵌め込まれた円形の窓。遠く亜米利加(あめりか)の新英吉利(にゅういんぐらんど)には、工藝愛好恐怖小説家(らぶくらふと)描く西洋館が幾年もの間風雨に晒され、同類なる円形窓は異界に通ずる開口部として機能すると記されて要る。この「繭や」の円形窓もその妖異なる世界への導きをするものなのであらふか。

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我が国(じぱんぐ)にはかつて「二笑邸」なる不可思議な住居が建造されていた。その開口部は「繭や」のそれとは形状を異にするものなれど、そこから発散される生命体発生燐光(おーら)は誰しも同質のものと感じざるを得ないであらふ。

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開口部の下方には荷車牽引車輪(くるま)が二つほど並べられて居る。これは魔除けの効力を持たせた物なのだらふか。古来輪廻の象徴である車輪が一対になることにより、通常世界と異界との接点がここにある事実を暗示しているかもしれない。

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蛮勇を奮って開口部(げんかん)を潜り抜け、左の壁面に目をやる。そこには巨大な眼を見開いた赤い怪物が鎮座し、いきなり度肝を抜かれる。これは我が国(じぱんぐ)の凧と呼ばれる飛行具である。その横には、白黒(ものくろーむ)の凧が、これまた鎮座しておられる。

凧の下には数々の使用目的不明雑多調度品(おぶじぇ)が並べられておる。南蛮式動力発生源(えれきてる)を用いて動かすのであらふ微風発生機械(せんぷうき)、熱式衣類皺延具(あいろん)、鉄製緑茶保存器(きゅうす)などが犇(ひし)めき合って居る。

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ふと後ろ(開口部を入り右手)を振り返ると、赤い怪物と一対になるかのやふに怖ろしい表情の人口頭部(かめん)と目を合わせ、慌てふためいてしまふ。この人口頭部(かめん)は第三の眼を具有しておるからして、やはり怪物の仲間なのであらふ。ただ首に付けたる装身具が美しく、恐怖はやがて美を愛でる気持に変容してゆく。

思へば人類はこの一対の怪物に開口部を守護させる傾向が見られる。例へば神社は一対の狛犬により邪悪なるものから守られておる。この「繭や」では、凧と仮面が守護神として開口部を固め、妖異なるものの進入を喰い止めているのであらふ。

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仮面の右に目を移す。つまり、開口部(げんかん)から進入後、振り返ることになる。すると円形窓を裏側から見ることが出来、その色彩が外部のそれとは全く異なることに驚く。そして円形窓の裏側を覆うやふにして小さき壺が二つほど置かれて居る。その下には多くの室内使用履物(すりっぱ)の堆積があり、その中の「白きもの」は悲痛な表情を浮かべている。外来者に使用してもらへなかった恨みなのであらふか。

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先に進まふとすると、前方に置かれた椅子の上に深皿があり、その中に幾多の人形(ひとがた)が犇(ひしめ)いて居る。その人形(ひとがた)達から発する生命体発生燐光(おーら)が上方に行き、一塊(ひとかたまり)となって光の玉が形成されて居る。古き時代より人類はこれを「人魂」と呼んだであらふが、怖れるに及ばない。この光の玉は外来者を歓迎し、守護する念の集合体なのであるから。

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外来者は、ここで上を見上げる。そこには行動的絵画制作(あくしょんぺいんてぃんぐ)で描かれたやふな絵の具の滴りが五筋見へる。天井に染みたこの文様はいかなる方法にて描かれたのであらふか。伊太利亜偉大藝術家(みけらんじぇろ)はてんぺら画により天井に驚異なる絵画を残した。「繭や」の住人は、その上をゆく技法を編み出し、天井画に結実させたのであらふか。

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外来者はさらに奥の間へと進む。そこには、「繭や」の静けさを象徴するかのやふな美しい灯りが点(とも)されて居る。淡い緑色の室内灯用覆(らんぷしぇーど)と、紐(ひも)で下げられた赤い手鞠(てまり)の色彩的対立と調和が、この住人の藝術的感性(せんす)を感じさせるものである。

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天井に下げられた球形の灯が淡い光を投げかけてくる。日系亜米利加人藝術家(いさむのぐち)制作の和風調度品的照明器具のやふである。この球形の灯は、開口部の円形窓、車輪などと呼応し、宇宙的球形を求める修行僧の拝む対象にされているのか。

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その想ひは、内部探検を終へて開口部の外へ出た時にさらに強まる。この鯉が泳ぐ円形の壺を見よ。まさに「繭や」が円状のものを宇宙的調和の象徴(しんぼる)としていることが氷解するであらふ。ああ、何といふ感動であらふか。

2008年8月26日 (火)

反省回文

前回の記事で書いた箸置きの材質はヒノキではなく屋久杉でした。猿より上手に反省したうえで、その心意気を回文にしたためました。

     やくすぎそこそぎすくや
    (屋久杉、そこ削ぎ梳くや!)

屋久杉を加工して箸置きやぐいのみを制作している達人の仕事ぶりを表現したものです。これで許してもらえるかなあ・・・。

2008年8月25日 (月)

藤野・山いい!・に百薬の長

山村ゲリラを終え、古民家「繭や」に戻ったら次は言わずと知れたアルコール消毒。まずは食前の運動から。

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綺麗に並んだオブジェたちから、相性のいい箸置きを手に取る。ヒノキ製のものは香りが素晴らしい。

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おつまみのきゅうりが盛られた皿。うー、早くビール飲みたい!

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ずらり並んだアルコール軍団。缶は軽井沢土産の高原ビール。差し入れの「湘南」という酒も見える。あっ、純米大吟醸だって!ワインもあるでよ。

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紹興酒もあった。

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グラスはどれを使おうか。

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ピアニストの家主が自ら作ったぐいのみもあった。マルチな能力だなあ。

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これは中華街で買った山椒をすりこぎで細かく砕いているところ。香りが尋常じゃない。後でカレーなどにふりかけたらもう大変。これ無しではいられない。すっかり山椒中毒になってしまった。取り合いで「山椒魚戦争」になりそう。あっ全然違うか。

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売ってるのはこの店だよ。

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あまり楽しそうなので、虫も「仲間に入れて」と言いたげ。こうして藤野の夜はふけてゆくのであった。

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山村とゲリラ

■山村とゲリラ
滞在した元養蚕(ようさん)農家にはコアラ号とピアノ号の2台の車がある。私たちはコアラ号を選んで乗り込み、藤野の山村にゲリラのように分け入って行った。

途中に無人の野菜売り場があった。

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ここにも。

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見事な野菜が廉価で売られている。

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ふと見ると、面白い張り紙があった。

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みんなで野菜を買う。

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藤野の山は深い。民家が全然見えない。

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と思ったら、ある所にはある。

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蔵もある。

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その向かい側には十一面観世音様がおられるらしい。

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なるほど立派な石灯籠が。

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その隣にもあったが、横の標識が興ざめだ。

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気を取り直して階段を上ると、美しいくもの巣がお出迎え。五線譜を丸めたみたいだ。

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上を見ると木々のざわめきが聞こえてくる。

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近くの墓地には、砂利が綺麗に敷き詰められていた。

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隣りの砂利は色とりどりでもっと綺麗だ。

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ふと空を見ると、な、なんとUFOが!山の旅は未知との遭遇で締めくくられた。

Ufo

2008年8月24日 (日)

アートの村・藤野で強化合宿

2008年8月24日(日)
音楽仲間(注1)がアートの村(注2)藤野に結集し、強化合宿(注3)を行った。

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注1:音楽以外のジャンルの達人も混じっていますが、代表して音楽仲間と表現しました。
注2:アートの村というのはジョヴァンニの造語です。
注3:何をどれくらい強化したのか?という質問には回答できかねます。

時間がないので、とりあえず以上のことを記しておこう。強化合宿は大きな成果を挙げたのだが、内容的には内輪しか理解できない(あるいは受けない)ものが多いのでブログに書く題材の取捨選択が難しい。しばらく熟考することにしよう。

アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス

「アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス」(損保ジャパン東郷青児美術館)に行った。

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チラシに取り上げられた「ラヴァルダンの城の前、丸いフルーツ皿に乗った果物と花々」に代表されるように、ボーシャンというと遠近法を無視して描く巨大な果物をまず想い出す。実際その通りなのだが、今回それとは異なる魅力を発見した。「バラ色の花瓶の花」という作品がその証だ。

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ここに描かれた花々は何とも奇妙だ。静的なのだがざわざわした動きを感じ、上品なのに熱帯のジャングルで遭遇しそうな原色ぎらぎらの派手な花をうっすら連想させる。このように二つの相反する要素を両性具有のように併せ持っているのだ。こんな不可思議な花の絵は初めてだ。これはボーシャンの技術というより先天的な感受性がその基盤にあるとしか思えない。

一方、モーゼスおばあさんもにも、手前より後ろの人物のほうが大きく描かれたりして遠近法に逆行する作品が多い。そういう点では両者は共通項があるといえよう。のんびりした牧歌的な感じも相通じるものがある。なるほど、両アーティストの作品をまとめて紹介する意義はそういうところにあったのか。

二人の作品を観ていると、何か暖かいものに包まれている感じがする。敬服するかどうかは別として、愛すべき二人の芸術家だ。

2008年8月17日 (日)

伊豆の夏

愛犬(哲学者)を連れて伊豆に行った。時間がないのでここまでとりあえず書いておこう。

2008年8月10日 (日)

軽井沢の夏

ル・コルビジェのお弟子さんの息子さんの別荘(中軽井沢)に居候させてもらった。家の中は犬2匹、猫2匹、合計4匹がひしめき合い、付近を散歩すると、空中で1回転してから上に伸びる樹木(根性の木)など自然のオブジェが満ち溢れ、まさにここは異空間。

時間がないのでこれだけ書いて、備忘録としてエントリーしておこう。詳細はいつ書けるかな。

2008年8月 5日 (火)

江ノ島花火大会

2008江ノ島花火大会を観た。

正攻法の片瀬江ノ島を避け、江ノ電の鵠沼駅から川沿いに出た。缶ビール片手に1時間ほどの花火を楽しめて良かった。

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この写真を「夜の海で撮ったクラゲです」と言ったら引っかかる人がいるかな。中にはこんな変わった形の作品もあり、変化に富んで面白かった。

音楽、美術などに比べると、花火の製作は作曲に相当するのがアイデア提供と設計、演奏に相当するのが実際の製作か。そこには高度な技術が潜んでいると思う。でも花火アーティストの名前は知られていない。もっと前面に出て知名度が向上したらいいのにと思う。

花火大会のプログラムの中に新人コンテストなどのコーナーを設けて後進の育成を促したらどうだろうか。そうでもしないと、優秀な製作者がどんどん減ってゆくような気がする。

2008年8月 1日 (金)

東京湾納涼船

2008年7月31日(木)
以前所属していた関係会社の仲間10人で「東京湾納涼船」に乗った。

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レインボーブリッジをくぐるのは結構感動ものだな。

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羽田空港に近づくと飛行機を下から見上げるのが楽しかった。この写真は船の明かりが強くてそっちばっかり見えるけど、上のほうにはちゃんと飛行機が写ってるんだよ。

飲み放題だったので結構飲んだ。そして下船後は二次会・・・。うーむ、ちと調子に乗りすぎたな。

時事俳句:火星に水発見

   水無月に潤ひ与へる不死鳥(ふぇにっくす)

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