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2008年6月22日 (日)

ヴラマンク展

2008年6月22日(日)
「ヴラマンク展」 (損保ジャパン東郷青児美術館) に行った。

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駆け出しの佐伯祐三がヴラマンクに「このアカデミック!」と一括された話は有名だ。そして奇しくも同時並行して「佐伯祐三展」がそごう美術館で開催されていたので、両方を観てこの二人の顛末を追体験した。

実は損保ジャパン東郷青児美術館では2002年にヴラマンク、里見勝蔵、佐伯祐三の3人の作品を集めた展覧会を開催し、私も観に行っていたのだ。またヴラマンクの個展は1980年にギャルリーためなが、1997年にBunkamuraでそれぞれ観ている。

にもかかわらず、ヴラマンクの作風の変遷などに関しては、なぜか知識があいまいでよくわかっていなかったのだ。好きな画家でもあったし。なぜだろう?そして今回の展覧会では、素直に時代順に作品を並べ、そのスタイルの変遷を辿るという企画だったので、おさらいが出来てよかった。

一方、私はここしばらくの間にすっかり「キュビズム命」になってしまっていた。そのため以前好きだったタイプの作品にあまり魅力を感じなくなったという要因がからんできた。ヴラマンクは一時キュビズムの影響を受けた作品を描いていた。今回の展示のなかでも何点かあったが、なかでも「煙突のある風景」が最もキュビズムに接近していた。

しかしヴラマンクは結局キュビムズ作品は残さなかった。これはなぜだろう?キュビズム命の私からすると、とんでもない話だ。ヴラマンクが佐伯祐三にどなった「このアカデミック!」という言葉をそっくり返してやりたい・・・それぐらいに思っている。

誤解されては困るが、私はヴラマンクが達者な画家だと認めているし、実際に好きな画家だったから、これは暴言に聞こえるかもしれないが、ヴラマンクを非難して言っているのではない。そうではなく、残念だと言っているのだ。

あれほど上手に絵を描けるヴラマンクがキュビズム作品を描いたら、さぞ素晴らしいものが出来ただろう。そしてピカソ、ブラックが量産した渋くて暗いキュビズム作品に比べ、色彩が豊かなキュビズム作品を沢山残してくれたであろう。もしかしたらヴラマンクはピカソ、ブラックらに対し「明るいキュビズム」とか「色彩感のあるキュビズム」とかいうスタイルを確立し、一派を形成するまでに発展したかもしれない。こうなっていたら、キュビズムの世界もさらに広がりが出たであろう。こういうことを夢想し、残念だと言っているのである。

うーむ、今回はエキサイトしてしまったな。

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コメント

ヴラマンクは私も好きな画家で、展覧会が終わりそうで、急いで観てきました。結果、ジョヴァンニさんに一つ賛同、一つ反対となりました。賛同は、ブラマンクはアカデミックであった、ということで、技法は当時としてアカデミックでなかったでしょうが、作家としては全くアカデミックであったと思うこと。反対は、キュビズムからはヴラマンクがかなり遠いところにいたのではないか、ということです。言い換えれば、現実にあるものが描く対象であって、その描き手が自分、ブラマンクというスタンスだからです。いま自分が生きているその場所、目の前にあるもの、思い入れある家とか、そういう対象をひたすらカンバスに描き込んだように受け取れたんです。それに対してキュビズムは現実の物体とは切り離された、あるいは二次的にクリエイティヴに加工された作品と考えるからですが。すみません、なんとも表現が舌っ足らずで。

ハシビロコウさん、コメントありがとうございました。

眼の前の対象への情熱というと、佐伯を思い出しますね。ヴラマンクに怒られて成長した佐伯は、結局ヴラマンクの後を追ったみたいですね。佐伯も対象をひたすら描き込んだ感じですから。

「キュビズムから遠い」論はハシビロコウさんのご意見を全面的に信頼します。今回の記事はキュビズム命の私が感情的に書いたものですので。

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