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2008年6月22日 (日)

アール・ブリュット/交差する魂展

2008年6月22日(日)
「アール・ブリュット/交差する魂展」 (松下電工汐留ミュージアム) を観た。いろいろな意味でインパクトを受け、かつ考えさせられた展覧会だった。

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小幡正雄のダンボールに色鉛筆で描いた作品には泣かされた。作者が体験できなかった人生上のイベント「結婚式」のテーマを執拗に追い求めて描いていたからである。「賀正」という題名の、家族で正月を祝う場面を描いた作品もあった。人間が社会の中で「ごく普通に生きる幸せ」というものを実感した。普段意識しないで毎日を送っているのだが、こういうトリガーを示された時に、それは明瞭に姿を現すのだ。

戸来貴規の「日記」は、その造形的な美しさに感動した。今回の展覧会で最も優れた作品だと感じた。だがここでふと考えた。他の作者の作品と比べて、戸来作品が優れていると見えるのは、既存の価値観に基づいているのではないかと。アウトサイダーアートを観賞するとは、健常者が築き上げた伝統や価値観とは異質のもので、そのインパクトを認識することだろう。そうならば、既存の価値観に照らして「良い」と思うのは、この場合は相応しくない観賞態度だと反省した。ただ、そんな理屈を抜きにすれば、戸来作品は素直に素晴らしいと思う。

辻勇二の「心でのぞいた僕の町」を見て、これは私が子供の頃に思い描いた映像に近いと感じた。整然と並べられた建物、鉄道、樹木。そして所狭しと動き回る車、人。今すぐにこういうペン画を描ききたいという衝動にかられた。辻勇二はそのようなノスタルジアを人々と共有する心を持っているのだろう。題名も「心でのぞいた・・・」とあるように。

ネック・チャンドの「王国」はフェルディナン・シュヴァルの「理想宮」を想起させた。偏執狂的に素材を集め、それらを集積して建物を造るという行為がそっくりだ。両者が異なるのはそのスケールだ。シュヴァルの造形が一つの建物にとどまるのに対し、チャンドの場合は不毛の原野に「街」を現出させたという点が大きく異なる。その執念はどこから来るのか・・・。

今回はアウトサイダーアートを観賞する意義を体感できた。普通と少し違うものから、普通の背後に隠された真実が見えてくるというのは正しかった。多くの人が観て、そして考えて欲しい展覧会だ。

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コメント

実はアール・ブリュットには少しばかりヤラレテます。無防備にアウトサイダー・アートに触れると大ケガします。そもそも人は何故アートするのか?とか。汐留で展覧会やっていること知りませんでした。行ってみます。負傷覚悟で。情報ありがとう。

茂原さんコメントありがとうございました。私も「大ケガ」に類似したインパクトを受けました。でも総合的にみて、この手負いは自分のためになったと信じています。

ジョヴァンニさんの記事に触発されて、観にいってきました。表現せずにはいられない衝動が生み出した作品の数々に、職業的な芸術家にはなしえない強烈な「業(ごう)」のようなものを感じました。

テツさん、お久しぶりです。

「業(ごう)」という言葉一つで私が言いたかったことを表現して戴いたようです。さすがテツさんですね。

この展覧会を観ていろいろ混乱しましたが、私のためになる混乱だと信じます。

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