« 建築の記憶 | トップページ | 春・プリマヴェーラ・コンチェルト »

2008年4月14日 (月)

朝日陶芸展

2008年4月14日(月)
「朝日陶芸展」(そごう美術館:横浜)に行った。



__2



これは面白い展覧会だった。新人陶芸家の登竜門として発展し、今回第45回目を迎えた公募展だ。絵画の分野では「選抜奨励展」を毎回楽しみにしているが、その立体版という感じだ。


会場に散らばった90もの作品は、形、構成、色、素材感がみな異なり強烈な個性を発散させていた。それぞれがみな面白く、楽しい作品ばかりだった。これらの作品の中から優秀な作品が選ばれたわけだが、審査員はさぞ苦労しただろう。


グランプリの「Plaza “」(森山寛二郎作:チラシに掲載)は満場一致に近い形ですんなり決まったようだが、他の賞の選定は難航したと想像できる。

良かったと思ったことは、審査員が、本音で議論し合ったように見えたことだ。審査員一人一人のコメントが掲示されていたが、その中には反駁し合う内容も多々見られた。これはきれいに収めるというつまらない志向ではなく、とことん言いたいことを言って決めようという真剣さの表れだと思う。


審査員の評価と私の好みとを比べてみると、優劣のつけ方が全く異なる。これは絵画の場合とはだいぶ様子が違う。なぜかと考えてみたが、陶芸の場合はその制作過程や素材の扱いなど専門的な要素が大きいからではないか。だから私のような素人が面白いと感じるものが必ずしも専門家の選ぶ優秀作品と一致しないのだろうと思った。


例えば林大作の「POP OF RUINS」は作者が「平面と装飾と立体を組合わせておもしろい物を作りたかった」とメッセージを書いているが、私もとても面白いと感じた。しかし審査員は見向きもしていない。(もっとも入賞はしているから、それなりの評価は受けているはずだが)。


逆に私があまり惹かれなかった西澤伊智朗の「カンブリアの系譜」は何人かの審査員が賞賛を送っていた。作者の実力が劣るなどと決して思っていない。どう考えたらいいかと思っていたら、審査員の一人小川待子が「まず心ひかれた作品だったが、貝というあまりに具象的なかたちが、せっかくの発想の魅力を半減している」というメッセージを書いておられ、「我が意を得たり」だった。


この展覧会は今後毎回行きたい。楽しみがまた一つ増えた。

« 建築の記憶 | トップページ | 春・プリマヴェーラ・コンチェルト »

コメント

初めまして。長野の西澤と申します。以前貴ブログにて取り上げていただきありがとうございました。
このたび初個展を茨城県つくば美術館で行うことになりました。
よろしかったら多少変わってきたところもありますのでご高覧いただいて御批評いただければと思います。
 カンブリアのカンブリアたる理由
8月10日(火)~8月15日
8月14日(土) 2時より 外舘和子×西澤伊智朗
               ギャラリートーク

コメントありがとうございます。

「あまり惹かれなかった」という感想で大変失礼しました。プロ(審査員)が見抜いた美点を素人(自分)は理解できなかったというギャップを、このような言葉で表現してしまいました。

出会いは大切にしたいので、展覧会にはぜひ行こうと思います。今のところ最終日しか可能性がありません。トークを拝聴するチャンスが無く残念です。

ブログ楽しみに見させていただいております。お盆でお忙しいと存じますが、よろしかったら御高覧下さい。最終日8月15日は、午後3時頃から搬出になります。首都圏には知り合いもあまりいませんので、来ていただけたら嬉しいです。イメージが広がる造形、大きな課題をいただきました。色々試していますが模索中です。私にとって小川待子さんも憧れの陶芸家で、いつかまた講評いただけるのを楽しみにしていましたが朝日陶芸展も休止と言うことで時代の流れを感じます。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/163862/20231930

この記事へのトラックバック一覧です: 朝日陶芸展:

« 建築の記憶 | トップページ | 春・プリマヴェーラ・コンチェルト »

最近のトラックバック