« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月23日 (日)

周豪 新作展

2008年3月21日(金)
「周豪 新作展 ― モノタイプ・墨絵」(ギャラリーかわまつ:神保町)に行った。作家の版画を購入した縁で、個展の案内をもらっているのだ。

Photo_3

今回は墨絵が中心だ。縦横に引かれた墨の黒くて細い線が、現代的なシャープな美しさを感じさせる。その中のいくつかの作品は、岩絵の具を薄く塗った上に墨の線を引き、淡く柔らかい面と鋭い直線との対比が鮮やかだ。

東洋の作家が作った作品らしく、余白の美というものを有している。同じ東洋人同志なので、その感覚を共有できて嬉しい。作家本人も今回の個展には満足そうだった。

2008年3月20日 (木)

佐藤和彦 作品特集

「佐藤和彦 作品特集」(三越本店:日本橋)に行った。

Photo_3

作家が近所に在住し、「各務鉱三展」では展示作品の洗浄を担当されたので知り合った。作品はみな私好みのデザインで楽しかった。パンフレットの裏に紹介された作品を眺めると「あれもこれも全部いい」と言いたくなるぐらいだ。

Photo_4

作家が影響を受けたと言う芸術家はクレー、ミロ、ベン・ニコルソンで、これまた私の好きなアーティストばかりではないか。作品が好ましいわけだ。

こういう直線主体の抽象的な文様を陶芸作品に施す作家はあまりいないと作家が言っていた。それなら希少価値でなおいい。既に名が売れて作品の値段が高いのが残念だ。

シュルレアリスムと写真

2008年3月20日(木)
今日も展覧会のハシゴをしてしまった。「シュルレアリスムと写真」と「佐藤和彦作品特集」だ。ハシゴのおかげで、「春の行きたい展覧会」4展を最速クリヤーしてしまった。

Photo

「シュルレアリスムと写真」(東京都写真美術館:恵比寿)は、一度こういう展覧会を観てみたいと思っていた通りの企画で嬉しかった。


もう少し展示点数が多いと良かったのだが、まああまり過大な要求はやめよう。今回の成果は2つある。

1
つはアンドレ・ブルトン著「ナジャ」に挿図として使われた噴水の写真のオリジナルを観たことだ。ジャック-アンドレ・ボワファールの撮影だ。「ナジャ」の本文では、ナジャが噴水の描く曲線を彼女とブルトンの二人の思考になぞらえる一節がある。こうして写真を観て小説を思い出し、また写真を観ることによる相互作用で味わいが倍加する。こんな楽しいことはない。

もう1つはカール・ブロッスフェルトの植物の写真をじっくり観ることができた点だ。

Photo_2

これらの作品は植物をありのままの姿を(大写しではあるが)写しただけにすぎない。それが幻想絵画顔負けの不思議なムードを醸し出している。自然の中に潜む驚異を抽出して見せてくれた功績は大きいと思う。

また日本のシューレアリストの奮闘も感じられて良かった。山本悍右は2001年の夏に東京ステーションギャラリーで開催された個展を観て面白い作品が多いアーティストだと思っていた。今回の展覧会を契機に、他の作家についても、さらに深く作品の味わいを掘り下げてゆきたい。

2008年3月17日 (月)

オペラ「流刑地にて」

2008年3月14日(金)
展覧会のハシゴの後、コンサートに行った。
カフカ原作、フィリップ・グラス作曲オペラ「流刑地にて」(新国立劇場・小劇場)だ。

オペラ嫌いのジョヴァンニがなぜオペラを聴きに行ったかというと、「関係者」から紹介があったからだ。不条理な内容で、現代曲で、編成も弦楽四重奏+ダブルベースというから、イタリアオペラとは全く別の物で、私でも楽しめるだろうと思った。

カフカは
有名な「変身」や「城」は読んだことがあったが「流刑地にて」は未読だった。そのため事前に原作を読んでおいた。カフカのほとんど全作品が不条理に満ちていることは知っていたから、「流刑地にて」の異様な雰囲気にはさほど違和感をおぼえなかった。

コンサートの前に、前提知識がない状態で全体をイメージしてみた。一種の思考実験だ。


♪流刑地は島だろう。すると海の波が寄せては引き、寄せては引き・・・と蕪村の俳句みたいに単調な波音が聞こえる環境ではないか。すると器楽アンサンブルはこの単調な波音をBGM的に流しているのかな。それならグラスのミニマルがちょうどいいな。登場する配役はシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」のようなシュプレッヘン・ザンゲンで歌うのではないか。それならカフカの異様な感じが出そうだし・・・。

こんな感じだ。そしていざ蓋を開けてみたら、この推測は全く間違っていた。

フィリップ・グラスに関しては、何十年も前にクロノス・カルテットの演奏を収録した市販のカセットテープ持っていた。その中にグラスの「Company」が含まれていたが、どんな曲か忘れていたので、これを機会に聴き直してみた。すると全くの調性音楽なので、少し驚いた。もっと無調の曲をイメージしていたのだが。

そういう経緯で、演奏が始まっても「これは調性音楽だ」と頭ではわかっていた。でも体が無調を聴く体勢になっていたので、いきなり調性音楽が鳴って「不意打ち」を食らった。そして一種の眩暈(めまい)のような感じで、調性音楽がクラシック音楽ではなく歌謡曲のように聴こえてしまった。(しばらく経つと慣れてきたが。)

台本の解釈・使い方は入念に工夫されていると思った。例えば、悲しい場面で短調ではなく逆に長調が鳴るとか、荒っぽい内容の台詞を逆に滑らかなエスプレッシヴォで歌うとか、などだ。

またミニマルといっても、最初から最後まで同じことを繰り返すわけではなく、長調/短調、速い/遅い、普通のリズム/シンコペーション、強/弱、アルコ/ピチカートなどの要素があった。それらの順列組み合わせによる多くの部分で構成されていたので、結構変化に富んだ感じだった。「ミニマル=単調」というステレオタイプ的な発想は改めたほうが良さそうだ。

プレトークで「三和音中心」という解説があった。確かに三和音がほとんどのようだったが、中盤以降になると係留で半音のさわりがあったり(七、九の和音かな)、遠隔調に飛んだりと、結構工夫が凝らされていた。

舞台については、最初から最後まで、物語の中心である「処刑機械」を見せず、言葉の説明でイメージを構成させるという手法だったが、これは見事に成功したと思う。誰でもこの「機械」には興味を持つだろうから、それを逆手に取ったわけだ。

なお事前に読んだ原作と今回の台本を比べてみたら、かなり原作に忠実に書かれたものだとわかった。逆に言うと、カフカが後日舞台化されることを想定して書いたとすら思える。

また舞台中央の「振り子」は不条理な劇全体のありようを暗示し、充分な効果を挙げていたと思う。振り子は時々動き、時々静止していたが、その割り振りがうまかったと思う。

字幕スーパーは台詞だけでなく、時々演奏者と楽器の映像を見せていたが、あれは良かった。不思議と劇を盛り上げる効果があった。またメガホンを持った役者が時々穴から奈落に落ちるというのも、月並みですが面白かった。そして奈落から声が聞こえてくるのも、音の立体感を感じさせた。

クァルテット・エクセルシオの演奏はクセナキスと武満の作品で聴いたことがあり、何となく達者だなあという印象を持っていた。そして今回、わかりやすい調性音楽であらためて聴き、やはり達者だなあと思った。特に後半に出てくる速いパッセージ、例えば五連符のアルペッジォなどは、あの高速の流れの中でよくはまったな、と思った。

なお作曲者がアメリカ人なので仕方ないとは思うが、歌が英語というのは違和感があった。発音はドイツ訛りのように発していたようだが、それはせめてカフカに敬意を表するという意図的なものだったのだろうか?

2008年3月16日 (日)

池田満寿夫-知られざる全貌展

2008年3月14日(金)
この日の展覧会ハシゴの最後は「池田満寿夫-知られざる全貌展」(東京オペラシティアートギャラリー)だ。

Photo_2

昔から池田満寿夫に関しては、「手放しで好きにはなれないが、センスの良さなど敬服するところが多々ある」という印象を持っていた。アクが強いので、「これはヤダなあ」と思う作品もずいぶんある。しかし、多種多様なジャンルにわたる作品の一つ一つに個性が宿り、光っていることについては認めざるを得ない。池田満寿夫はそんな存在なのだ。

こういう高名な作家については、既に多くのことが語られ、知られているからここであえて記すこともないだろう。私が自分にとって新しい発見だったことだけ書こう。

1.陶芸に素晴らしいセンスを持っていたこと
  
特に「壁」シリーズは素材感といい色彩といい、
  
素晴らしい出来だと思う。
  
また般若心経を掘り込んだ陶板も興味深かった。 

2.雑誌の紙に版画を刷るということ
  ド
イツの古雑誌に使われた紙が良質なので

  11枚はがして版画を刷り込んだ作品は
  
雑誌の文字と重なりあって味が出ていた。
  
(「ムーンフェイス」シリーズ)  

選抜奨励展

2008年3月14日(金)
展覧会梯子の2番目は「選抜奨励展」(損保ジャパン東郷青児美術館)だ。

Photo

今回の収穫は私の言葉で恐縮だが「既存のなかの新機軸」だ。技法・スタイルなどは既存のものと変わらないように見えるが、新奇性に富み新鮮な印象を残す作品だ。それぞれの作品の特質を抽出し、それを「しりとり方式」で記述してみることにした。

♪征矢富夫(そや とむお)の「Fox Face」はその代表的な例だ。

_fox_face

一見キュビズムの絵画に見える。住宅地の風景がいくつかの断片に刻まれ、大きさを伸縮させたり角度をずらしたりしながら再構築されている。そう説明してしまえばそれだけの事で新奇性は無い。しかし何か新鮮な感覚を持っている。文学に例えると「読後感が爽やか」といった感じだ。好きだなあこの作品。

既存のなかの新機軸と言えば、♪石村純(いしむらじゅん)の「異国にて」も同様だ。

_

抑制された色調をまとい、半ば抽象化された音楽家たちの構成にリズム感がある。これはピカソの「三人の楽士」に着想とキュビズム的表現が似ている。しかし新しい個性というオーラを発散させている作品だ。

♪流麻二果(ながれまにか)の作品は20069月「POLA新鋭展」で観て以来だ。今回は「花冷え」が推薦されていた。

__2

流麻二果は何となく気になっていた作家だが、今回の「推薦理由」を大好きな佐野ぬいが書いていたので、いよいよ無視できない存在になった。確かに画面の上半分を占める青い四角は「佐野ぬいの青」に共通するものがある。今後の活躍が楽しみだ。

佐野ぬいの青と言えば、♪大洞定治(おおほら さだはる)の「鯉想1」は流の作品の隣に展示されていた。

_1

実は私は大洞作品のほうがより「佐野ぬいの青」に近いという印象を受けたのだ。流の色の強さと比べ、大洞の色は淡い。そのなかにほのかな詩情を漂わせている。素晴らしい抽象画だ。

青と言えば、♪村田一天(むらた いってん)の「覚醒のとき・2」もまた「青」の絵だ。

_2

これは一見SF小説の挿絵風だ。SF風仕立てというのは危険な行きかただと思う。ある種の偏見を持って眺めると、芸術作品としての品格を損なう可能性があるからだ。しかしこの作品は、そのような心配をしなくても独自の品位を保ち、魅力ある絵に仕上がっていると思う。その源は色彩の美しさとほぼ左右対称のリズム感あるれる構成感なのだろうか。

SF
的と言えば、♪青山正敏(あおやま まさとし)の「コスモエナジースコープ07Ⅱ」は立体の中で最も気に入った作品だ。

_07

図版コピーでは見えないが、台座に太陽系のような星の円軌道が描かれており、それを含めて宇宙の神秘というものを感じさせる。彩色も抑えられているが、全体的に楽しい感じが出ている。

宇宙と言えば、♪西嶋好美(にしじまよしみ)の「LUNATIC 2007 -WET MOON-」は文字通り宇宙を舞台としたSF的作品だ。

_lunatic_2007_wet_moonj_2

地球温暖化などの狂った現象に対する想いをカンバスにぶつけたような作品で、これも一つ間違えると品格を云々されかねない。メッセージ性の強い作品は、その社会性が強ければ強いほど、純粋芸術としての資質を疑われかねないからだ。しかし西嶋の作品もまたそんな心配を全く感じさせない力を有しているようだ。それは何か?シュアな描写と確固たる構成なのだろうか。

メッセージ性と言えば、♪小野郁代(おの いくよ)の「夕涼みの空模様」もエコ問題に一石と投じている。

Yuusuzumi

象の姿が重なりあい、空には鯉が泳いでいる。現実的にはあり得ない空間だが、不思議な暖かさと落ち着きがある。淡い色調とけばけばしさの無い描写によるものだろうか。主義主張をまくしたてるのではなく、穏やかな像と魚の姿を見せて、静かに語りかけるという筆致だ。「柔よく剛を制す」という感じの動物画だ。

動物と言えば、♪齋藤将(さいとう しょう)の「座標軸風景Ⅰ」も素晴らしい作品だ。

__3

画面に描かれているものは、灯台、2頭の鯨、折れた船の櫂(かい)、木材なのか島なのかわからない物体などだ。みな海につながっている。これらが空間に浮遊している。鯨の表情は穏やかだ。作者の言葉のなかにはメッセージ性は感じられない。ただ単に頭に浮かんだイメージを絵に定着させただけらしい。作品を描いた動機は何であれ、その表現力が素晴らしいと思った。

海へのつながりと言うと、♪本庄栄一(ほんじょう えいいち)の「潮:航海回想譜」も印象的な作品だった。

__4

並んだ船に重ねて描かれた茶色の物体は何かとよく見たら、女性のヌード(というか石膏像というか)だった。縦横に引かれた線刻により画面からキュビズム的な知的構成が浮かんでくるようで心地よい。色合いも渋くて好感が持てる。

渋い色の代表は、♪太田穣(おおた ゆたか)の「N40度を漂うものたち」だ。

_n40

これは木の板を並べ、そこに彩色などを施した作品だ。内容うんぬんより、全体の構成、マチエールの感じ、渋い色調などの味わいが何とも素晴らしい。

マチエールといえば、♪堤一彦(つつみ かずひこ)の「雲になる樹」は大理石の素材感を大事にした作品だ。

__5

形状は派手ではないが、アルプのようなゆったりした曲線で温かみを感じる。その中に地味ではあるが、堅固な構成感も潜んでいそうだ。

以上の作品群を観て、先に上野で観た「VOCA 2008展」と本展を比べると、野球に例えて次のようにすみわけできそうな気がした。

VOCA展:ホームランか三振かという感じ。当たれば新奇性がありパワフルな作品と出会うことができる。外れると行っても何も面白くないという結果になる。
■選抜奨励展:平均打率が高い選手が揃っている。技法・スタイルは少々時代遅れの場合が多いが、毎回必ず数点は満足いく作品があり、大いに楽しめる。
来年以降もこの「両輪」を楽しんでゆきたいな。

2008年3月15日 (土)

VOCA 2008展

2008年3月14日(金)
今日は久々の大梯子(おおはしご)をしてしまった。展覧会4つを回った後コンサートで締めたのだ。最も最初に行った展覧会は私が「関係者」の「各務鉱三展」だから実質上は展覧会3つにコンサート1つだ。いずれにしても体力を消耗し、今思うと無茶したなあと反省している。

まずは初めて足を運んだ「VOVA 2008展」(上野の森美術館)。

Voca

次に行く「選抜奨励展」同様、新作発表の楽しさに浸りたかったのだ。結果的には「選抜奨励展」ほど面白さを持ち帰れなかったが、それは今回のラインナップがたまたま私の好みに合わなかっただけだろうと推測している。

「無審査」というのがこの展覧会の値打ちではないかと思う。それにより、もしかしたら埋もれてしまったかもしれない逸材にスポットライトが当てられる可能性が高いからだ。40歳以下の若手限定というのも、これからのアートの世界を広げるうえで納得いく設定だ。

印象に残ったのは川上幸之介の「Combined pumping station and dry cooling tower: Resort 3」だ。(チラシ裏面から画像を拝借)

Voca_2

VOCA
奨励賞受賞作品で、審査員の評価とたまたま私の好みとが合致したらしい。左右2つの平面作品だが、左がル・コルビジェの家屋、右がクリストのパラソル群みたいに見えた。たぶん偶然なんだろうけど。最近よく使われる「ミクストメディア」となっているが、写真をベースに絵の具などで彩色を施したのだろうか。そのように見えた。超自然ではないのだが、何となく不思議なたたずまいに魅力を感じた作品だ。

もう一つ印象深かったのが森迫暁夫の「モリノコ」。

イラスト・漫画で使われるような、様々な形状・色彩のものが巨大なカンバス全体にまんべんなく散りばめられている。よくあるパターンとも言えるが、理屈抜きに楽しい。例えば、嫌な事があってうなだれて地下道を駅に向かって歩いていたとしよう。その時、壁面いっぱいにこのような作品が展示されていたら、たちどころに気分が良くなってしまうだろう。そのような作品だ。

また森本絵利のアクリルと半透明フィルムを用いた3作品「御影石」、「森」、「カリフラワー」も良かった。

形は単純、色彩は控えめで単調で、作品自体は「主張しない」タイプだ。もし家の壁に飾っておいたら、その時々の光線の具合によって色調が微妙に変化し、毎日観ても飽きないだろうと思う。淡い色付けにより上品さを感じる。

今回は好みのタイプの作品とはめぐり合えなかった。でも次回、その次と継続して観に来るうちに、いい出会いがあると信じて上野から新宿に移動した。

2008年3月12日 (水)

コレクションの新地平

つい昨日「春に行きたい展覧会」を書いたばかりだが、そのリストに無い展覧会に行った。

_

「コレクションの新地平」(ブリジストン美術館)で、おなじみF君から招待券をもらったのだ。実はこの展覧会はマイナスイメージが先立っていた。それは今回の展示作品は最近の企画展で観たばかりのものが多いからだ。

私は200410月の「ザオ・ウーキー展」と200610月の「プリズム:オーストラリア現代美術展」を観たのだが、これらの2つの展覧会で観た作品が今回多く展示されていたので「ああ、あれもこれも観たな」ということになったのだ。

良かった点は、新しい時代の作品、しかも佳作を多分野にわたり多数観ることが出来た点だ。こういう機会はそう多くない。そしてそこに新しい発見がある。

その一つは白髪一雄の「観音普陀落浄土」という迫力ある作品だ。白髪は「具体」での「作品」で泥まみれになった姿しか記憶に無かったのだが、今回異なる一面を知った。

__2

青・白の絵の具を階段状にググっと押し付けるようにして描いた線は、刷毛の跡が生々しく、作者の身体の動きをそのまま感じ取れるような作品だ。荒々しいが、逆に不思議なバランス感覚により秩序を感じさせる面もあり面白い。

もう一つは常設展のピカソの「生木と枯木のある風景」をあらためて観なおした結果・・・。

__3

この絵は何となく変だ。セザンヌ風の四角い建物が並んでいると思えば、まるでトルソーのような生木が2本置かれている。その対比は静と動、冷たさと暖かさ、無生物と生物、抽象と具象・・・と何通りにでも表現できそうだ。この作品はシュールに分類したくなる。

そして帰りぎわにいつ観ても美しいフジタの「ドルドーニュの家」が待っていてくれた。癒されるなあ。

春に行きたい展覧会

春になり展覧会にお出かけしたくなった。行きたいところを備忘録として記しておこう。(終了日の早い順)

♪「池田満寿夫 知られざる全貌」
  オペラシティアートギャラリー ~3/23
♪★「選抜奨励展」
   損保ジャパン東郷青児美術館 ~3/30
♪「VOCA展」
  上野の森美術館~3/30
♪「シュルレアリスムと写真」
  東京都写真美術館 ~5/6

上記のなかで★「選抜奨励展」は最も楽しみにしている展覧会だ。毎回どんな作家がどんな作品を引っさげて勝負しに来るかワクワクする。そして展示作品の中に必ず複数の好みのものがあるのも嬉しい。

***

ついでに行く予定のコンサートを書いておこう。ジョヴァンニはあまりコンサートに行かないから、展覧会リストの「グリコのおまけ」という感じだ。

♪フィリップ・グラス作曲オペラ「流刑地にて」
  新国立劇場・小劇場

ジョヴァンニはオペラが嫌いだが、この編成(声楽に弦楽五重奏)で現代曲だから、既存のオペラとは違って面白いだろうと期待した。カフカ原作というのも期待感をあおる。ただ、フィリップ・グラスといえばミニマルミュージックの旗出で、私の好む手法ではない。(グラスがミニマル以外の手法で書くとは思えない。)音楽ライターのハシビロコウさんもミニマルはお好みではないそうだ。しかし逆に、ミニマルという手法がこのような作品にどういう効果を及ぼすか見定めてみたいという興味が沸いてきた。課題ができたので、さあどんなものが聴けるのかと楽しみだ。


 

2008年3月11日 (火)

初夏の音楽活動予定

6月中旬から7月初頭にかけて音楽活動が過密スケジュールになってしまった。★印が自分にとって重要な予定だ。

6
11日(水)昼下がりより(14:00頃開演)
 横浜市イギリス館にてヴァイオリンとピアノのリサイタル
 妻がピアノで出演。
 相方はもとロッテルダム交響楽団のヴァイオリニスト。

6
20日(金)夜(18:30開演)
 ラゾーナ川崎プラザソルにて室内楽愛好家によるコンサート
 ジョヴァンニはブラームス作曲ピアノ四重奏曲第1番ほかに出演。

7
6日(日)昼下がりより(14:00頃開演)
 横浜市イギリス館にてサロンコンサート
 ★ジョヴァンニ作曲 弦楽四重奏のための「ノオト」初演
 ★コダーイ作曲 弦楽四重奏曲第1
 その他ベートーヴェン作曲ピアノ三重奏曲ハ短調など

★ジョヴァンニの新作をぜひ聴いてやってください。実はこれは旧作の編曲なのだ。オーケストラ伴奏のバリトンの歌曲(室生犀星詩)で、作曲コンクールに出しが落選した曲だ。でも捨てるにしのびなく、何とか音にしたかったので、今回強引に弦楽四重奏に編曲したわけ。オリジナルでは管楽器の特色を意識した箇所が多いが、それを弦楽器で表現するのは難しい。でも一度でいいから演奏してみたかったから実現しそうで嬉しい。

★コダーイの弦楽四重奏曲第1番は、ほとんど演奏の機会に恵まれない埋もれた名曲だ。不思議なのは解説書に「名曲」として紹介されるのは第2番ばかりなのだ。しかしこれは私の意見だが、どう考えてもこの1番のほうが名曲の資質を備えているように思える。全楽器がのびのびと歌うし、フランス近代の技術を学んだ後なので作曲技法的に面白さがある。ハンガリーの民謡を取り入れているが土俗的にならず、むしろ上品な感じがする。ただ一つ演奏が難しいというのが難点なのだが・・・。

あまりにも演奏の機会が少ないので本邦初演かと思いたくなるほどだが、それは無理かな。私の持っているCD(演奏はコダーイ弦楽四重奏団)が1972年川口市民会館での録音だが、たぶんライブだろう。録音だけならスタジオなどでやるだろうから。それにしてもコダーイ弦楽四重奏団がよく30数年も前に日本でこんなマイナーな曲を演奏してくれたものだ。コダーイの名前を冠しているから普通の場合より確率は高かっただろうが、それにしても驚きだ。

2008年3月 6日 (木)

リスクヘッジ機能す

予定どおりリスクヘッジが機能し、昨晩はたっぷりアルコール消毒ができた。うれしいな。合否の結果はご想像にお任せします。

次は6月に簿記2級受験だ。また同じリスクヘッジを施して飲もうっと。

そして11月には1級・・・でも超難しいし、受験料が高いな。落ちるのがわかっていて高いお金を払うのもバカらしいよね。

あっいいことがある。仲間と「落ちたら受験料分に見合う残念会、合格したら同額でみんなにおごる」という賭けをするのだ。これなら99%間違えなく勝つし、受験料も取り戻せる。やはり私は天才だな。

2008年3月 4日 (火)

完全無欠なるリスクヘッジ?

先日受けた簿記の試験結果が明日発表される。

 ♪合格したら、友人が「お祝い会」をしてくれる。
 ♪不合格なら、友人が「残念会」をしてくれる。

どちらに転んでも飲める。
これぞ完全無欠なるリスクヘッジなり???

上村松篁展

2008年3月4日(火)「上村松篁展」(そごう美術館:横浜)に行った。おなじみF君がチラシを送ってくれたので、行くと勉強になるかなと思ったのだ。また有名な上村松園の長男がどんな画家に成長したのかという興味もあった。行ってみたら、親子二代で文化勲章をもらうに相応しい実力者だとわかった。

_

今回の展覧会では10点ほど気に入った作品に出会えた。それらを年譜にプロットしてみよう。★印は今回の展示中いいと思った作品の制作年と作品名。★の数は私の気に入った度合い。(★が多いほど気に入ったもの)。印無しは年譜より重要事項抜粋。

1902 誕生
1921 帝展初入選
1926 ★「金鶏・銀鶏(きんけい・ぎんけい)」
1948 「創造美術」(現在の創画会)結成
1948 ★「樹陰(じゅいん)」
1950 ★★★「八仙花」
1952 ★「蓮」
1956 ★「草原八月」
1960 ★「鸚哥(いんこ)」
1962 ★「錦鶏鳥(きんけいちょう)」
1965 ★★「鴛鴦(おしどり)」
1978 ★「花(雪月花の三題のうち)」
1984 文化勲章を受ける(親子二代)
1988 ★「水温む(ぬるむ)」
2001 逝去

最も気に入った「八仙花」は絵葉書を購入。

__2

花や葉の色が上品で幻想的な雰囲気を醸し出している。私は元来、構成感あふれる抽象作品を好むが、この作品はその対極にある。写実だし、構成感も薄い。それなのに不思議と引き付けられるものがある。過去の日記に書いた「タイプでないが好き」に属する。

次に良いと思った「鴛鴦(おしどり)」も絵葉書を買った。

__3

展示作品の脇に「鴛鴦のリズミカルな配置」という説明書きがあった。私もこの作品から一種のリズムを感じ取った。抑制された色彩も心地よい。 その他の作品も上品な中に、時には大胆な表現もあり、時には幻想的な風景もあり、多様性を見せていた。

時事川柳 ロシア政権

時事俳句を作ろうと思ったが、季語を入れられなかったので時事川柳にした。

     仲良しが取りかえっこする高い椅子

あるいは

     北国で取りかえっこする赤い椅子

あるいは

     北国は椅子取りゲームがすぐ終わる

だんだんダサくなる雰囲気があるので止めた。

2008年3月 3日 (月)

7年前の哲学者

「こだま」に登場した愛犬「哲学者」または「衒学者」(本名ペロ)の7年前の写真があった。
Photo
いまは熟女(11歳)だが、この写真の当時(4歳)は貴婦人といったところか。可愛いのだが、どこか気取った感じがある。ソファーに横たわっていったい何を考えてるんだろう?フェルマーの定理か、ワンワン交響曲の作曲か・・・。いや、単に「えさをいつくれるかなあ」か。

2008年3月 2日 (日)

「こだま」

2008年3月2日(日)
「こだま」という私の好きなポール・デルヴォーの作品がある。3人の同じ顔をした裸婦が等差数列のように等間隔に並んだ絵だ。愛犬の散歩で近所の公園に行った際、この絵を真似してゲージツ写真を撮ってみた。

Dscf1114

モデルが人間なら言葉で説明することが可能だが、犬はそうはいかない。無理矢理、私の望むスポットに連れてゆき、私の望むポーズを取らせてみた。うーむ、ちょっと違うんだがなあ・・。

奇妙な夢 オフィス編

2008年3月2日(日)
また変な夢を見た。

最近は中断しているはずなのだが、会社施設でコンサートがある(らしい)のでチェロを持って出社。遅刻など殆どしたことがないはずなのだが、就業時刻を過ぎて事務所に到着。デスクは最近流行りの一枚板(自席が固定されていない)のはずなのだが、一人づつ別々のデスクと椅子。いつも最低10名ぐらいは事務所にいるはずなのだが、人影が無い。いかにもホラー映画が始まりそうな場面だ。

自分の席を探してうろうろしていると、背後から髪の長い女性が接近。出たー!(と思うでしょ?)でも残念ながら夢の展開は全く違って、美人の役員秘書だった。「ジョヴァンニさんがチェロを持って思案にくれながら歩く姿が素敵だ」と。この一言に有頂天になっていたら、「タイムカード押したかどうか等、くだらない事を一生懸命考えていたのね」と続く。ヨイショされた後、いきなりズシンと落とされた感じでガックリくる。でも怖い展開ではなくてまあ良かったか。頭の中で考えていることが何故わかったんだろう、というような疑問を抱かないのが夢の特徴だ。

すると、先ほどまで誰もいなかったはずなのに、いつの間か隣の部署の部長がいて「ジョヴァンニさんは○○部の○○さんを知ってるか?」と聞いてきた。○○氏は私と入社同期なのでよく知っている。用件は何かと聞こうと思ったら、もう姿が無い。普通だったら怖いはずだが全然怖くない。消えたことを不自然とも思わない。このあたりが夢の不思議なところだな。

やっと自分の席の場所を見つけた。荷物を置くために、まずチェロを床に置く。通路なので人の邪魔にならないように、縦に置いたり横に置いたりしてみた。しかし、なぜかどんな置き方をしても邪魔になるのだ。こういうもどかしさが最近の夢の特徴だ。ストレスが溜まるなあ。そう思っていたら目が覚めた。飼い犬のペロ(メスなのに何故か男性名詞)が吠えたからだ。

夢の中では、あちこち場面が飛ぶことが多い。しかし今回の夢は会社に固定されていた。珍しいな。自分自身が地縛霊になったみたいだ。別に先週仕事上で強いストレスがあったわけではないし。ストレスなら、簿記試験の発表間近で合否を気にしている、という方がありそうなんだが・・・。

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

最近のトラックバック