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2008年2月 7日 (木)

武満とクセナキスの弦楽四重奏曲

2008年2月6日(水)
クァルテット・エクセルシオのコンサート「ラボ・エクセルシオ 20世紀・日本と世界Ⅰ」(第一生命ホール)に行った。音楽ライターのハシビロコウさんに誘われたのだ。武満徹とクセナキスだけで組まれたプログラムだったが、客の入りが以外と多くて驚いた。こんなマニアックな内容でよく人が集まったなあ。

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◆武満徹の作品
実は、私はこれまで武満徹をあまり好まなかった。その理由は二つあって、一つは横の流れがブツ切れだという事、もう一つは線的なからみが少なく、音の集積(以下、便宜上<和音>と呼ぶ)が続くという事だ。ただ今回の3曲を聴いて、その和音が美しく、それだけで価値があると思った。そういう意味で武満徹の作品を見直すきっかけになった。

初期の作品「ランドスケープ」(1960年作曲)はあまり面白くなかったが、その20年後に作られた「ア・ウェイ ア・ローン」(1980年作曲)は和音が変化に富み、美しく響いていた。

オーボエを加えて五重奏とした「アントゥル=タン」(1966年作曲)には不満があった。それは、せっかく武満の和音が美しいのに、オーボエの明瞭な音が邪魔して味わえなくなるからだ。武満の良さが出るためには、オーボエが鳴るところでは弦は簡単な伴奏に徹し、オーボエが沈黙するところでは得意の美しい和音を鳴らすという構成が相応しいのではないか。でも、そうするとオーボエも弦も両方とも不完全燃焼になるから、結果的にこの編成は武満に合わないと私なりに結論付けた。

◆クセナキスの作品
私はクセナキスの作品をほとんど知らず、今回演奏された2曲も初めて聴いた。意外なことに古い作品「テトラス」(1983年作曲)のほうが新しい作品「テトラ」(1990年作曲)より面白かった。名前は似ているが両者は全く違う。

「テトラス」は聴き手を意識してサービス精神を感じさせた。強弱、特殊奏法の組み合わせ、音構成への配慮などである。聴いていて飽きないし、面白かった。

それに対して「テトラ」は聴衆を寄せ付けないような冷徹さを感じさせた。より禁欲的といおうか、地味な音の堆積が続くというイメージである。これはクセナキスが意図的にそうしたのだろうか。何か作曲家のメッセージがあり、それを伴って一種のコンセプチュアル・アートになっているのかもしれないが、不勉強でわからない。

以上のように、私のなかでの武満再評価とクセナキスの初体験ができたので有意義だった。ハシビロコウさん、ありがとうございます。

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コメント

そうでしたね。とても得るものの多いコンサートでした。ただ、自分の中でなかなか整理がつかない状態でジョヴァンニさんにコメントをお返し出来ないまま時間が過ぎてしまってごめんなさい。武満とクセナキスを並べるというプログラミングは、よくよく考え抜かれたすごい発想といまさらながらに感服しています。
またジョヴァンニさんとご一緒できたら、いろいろお話ができてうれしい限りです。その日を楽しみにしています。

ハシビロコウさん、先日はお世話になりました。

同じコンサートを聴いて感想を述べ合うと、意見が同じでも違っても、それがトリガーとなって新たな発見と意欲につながりますね。またぜひご一緒したいです。

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