岩崎幸之助展
2007年11月11日(日)
「岩崎幸之助展 -石彫・『水太鼓』シリーズを中心に-」(ギャラリー52:飯田橋)に行った。面白かったし、いろいろ学ぶことがあり、貴重な時間になった。
そもそも彫刻家の岩崎氏とはネットのお陰で知り合った。以前拙ブログに「行きたかったが行けなかった展覧会」と称する記事を書いたら、岩崎氏が次回はぜひ、とコメントを書き込んでくれたのだ。その後「楽芸会」(ハスキーズ・ギャラリー:茅ヶ崎)で初めて岩崎氏の作品に接し、すっかりファンになってしまった。
茅ヶ崎で観た作品は石臼型が中心だった。今回は石臼型をはじめ、他にも様々な形状の作品がギャラリーいっぱいに配置されて楽しかった。その一つ一つが個性を持ち、なおかつ花器・楽器という複数の機能を有する優れ物だ。
単にオブジェとして置いて眺めていても楽しい作品があるし・・・
こんなように花器としても使える作品もある。
そして展示された作品のほとんどが楽器としても機能するのだから楽しい。今日はタイミングよく音楽家高橋洋之氏によるコンサート開催日だったのでラッキーだった。
コンサートではこのように岩崎氏の作品を楽器に転用していた。石臼型の作品を叩いて演奏しているのは音楽家の高橋氏。
この作品はトーテムポールを横倒ししたようであり、また焼き鳥の串のようにも見える。それぞれの部位を中心軸に沿って回すと、中に入れた水をかき混ぜてボコボコと音が出る仕掛けになっている。この作品も楽器として使われた。
演奏した音楽家 高橋洋之氏の経歴はユニークだ。美大在学中から音楽に目覚め、インスタレーション等の活動を続けている。また言葉が不自由な場合のコミュニケーション手段として音(音楽)を導入するなど、福祉面でも活躍している。
高橋氏の行ったインスタレーションの例として、高所でシンセサイザーを鳴らし、下では火が燃えさかっているというシーンを聞いた。そのとき発したただ一つのシンセの音に、パフォーマーの高橋氏自身が感動したという。
この話には重要な示唆があった。私は以前から音楽芸術というものは「音の構成」で成立していると信じていた。例えばバッハのフーガのように。だから一つの音が鳴っているだけでは音楽とは呼べないと考えていたのだ。しかし高橋氏の話を聞いて、この考えは必ずしも正しいとは言えないと思い始めた。
そういえば高橋氏はそのただ一つの音の「クォリティー」と言っていた。出された音の質が高くなければ芸術的な感動は生まないであろう。そのクオリティーを高めるためにアーティストがいるわけだ。だから「音のクオリティー」をいかにして高めるかを考え、試行錯誤し、価値のある形にもってゆく努力が、すなわちアーティストの仕事なのだろう。
こんな素晴らしい個展はあまりない。次回もぜひ観て聴きたい。岩崎さん、高橋さん、ありがとうございました。
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コメント
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ジョバンニさん
先日はお忙しい中、演奏会の日程に合わせてご来廊頂き誠にありがとうございました。
とても丁寧に作品や演奏会をご鑑賞頂き、感謝しております。
>だから「音のクオリティー」をいかにして高めるかを考え、試行錯誤し、価値のある形にもってゆく努力が、すなわちアーティストの仕事なのだろう。
仰る通りだと思います。彫刻家にとっては、その「音」は「形」にあたります。そして、「価値のある空間」作りのために、様々な試行錯誤をしています。
今回、彫刻に音の要素を大きく持たせたことで、私の彫刻空間が「環境」や「コミュニケーション」というような、人間性のある空間に変貌したように思います。
投稿: 岩崎幸之助 | 2007年11月20日 (火) 04時28分
岩崎さんコメントありがとうございました。
岩崎さんの作品は抽象彫刻ですが、冷徹ではなく「人間性のある空間」を醸成しているのですね。またそれは音の導入によって促進される・・・まさにコラボレーションの醍醐味ですね。今後も継続して作品を拝見したいと思います。
投稿: ジョヴァンニ・スキアリ | 2007年11月20日 (火) 08時32分