« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

2007年9月29日 (土)

俳句の音表現

2007年9月29日(土)

Photo_4

古本屋で中村草田男の俳句集を買った。文庫本だが、なんと表紙カバーの装画が宇佐美圭司の絵なのだ。いかしてるね。



草田男は音楽が好きだったらしく、俳句作品の中にも作曲家や楽器が登場する。例えば

 炎天やベートーヴェン曲飛沫(しぶき)挙げて

などだ。そこであることを思い付いた。ジョヴァンニのことだからまた何かたくらんでいるんだろう、と考えた方はいい読み筋をしています。将棋を指せばすぐ名人になれるでしょう。でも真面目な内容なんだよ。そのヘヴィームーン(重い月)いや思い付きは、俳句の中の音表現を集めて分析できないかということだ。

そこで句集の中から音表現がある作品を拾い上げる作業を始めた。ひまだねえ、と言わないでね。通勤電車に揺られながらやったんだから。そしたら、次のようなパターンを見つけた。

<パターンA>音が出ていることを具体的に明確に示す場合。これは最も素朴な表現だと思う。次の例は「鳴る」という動詞で音を明確化している。


 夕桜あの家この家に琴鳴りて

<パターンB>次は、はっきり書いてないが、音が出ているのがわかる場合。少し高級になるかな。たとえば次の例は「冬濤(ふゆなみ)」という名詞が風に乗って岩に当たり砕け散る波の音を示している。

 冬濤や砕けし波の綾載せて

<パターンC>次はもっと高級だ。風鈴など、明らかに音が鳴るものの名詞を書かず、音が鳴ることを示す動詞も書かないで音を暗示する場合だ。実は良い例がまだ見つかっていない。次の句は候補になるかもしれないが、秋の風が音を全く発しないと言われても反論できない。

 眼の前を江の奥へ行く秋の風

まあ根気よく調査を続ければ見つかるだろう。そして抽出した例をさらに掘り下げて分析してみれば、また新たな発見があるかもしれない。楽しみだ。

2007年9月27日 (木)

バイオの国際会議で演奏

2007年9月26日(水) TIME24ビルにて

社団法人 バイオ産業情報化コンソーシアム(JBIC)主催の国際会議のために4人の仲間とアトラクションの演奏を行った。その前日、コンソーシアム参加者が諸外国から続々成田に到着し、ホテルチェックインした後「前夜祭」と称する飲み会があった。実は私はその会合にも参加していたのだ。場所は新橋の「肴や 登貴」。

Photo

Dscf0400

その「前夜祭」で聞いた話を総合すると、このコンソーシアムは、バイオの技術情報を一国が独占せず、データベースに置いてみんなで共有しよう、そのためにはデータ規格を統一しよう・・・というようなことを推進しているらしい。するとある事が見えてくる。もともとバイオ技術に強い国(わざとどこだとは書かないが)はこのような情報共有に消極的だ。そりゃーそうだよね。先端情報を沢山持っている自分達としては、後進の国に情報を搾取される感じがするだろうから。

Dscf0398

案の定、参加国はバイオの先端国とは言えないところが多かった。フィンランド、ノルウェーなど北欧の人がいたな。はるばるアイスランドからも一人来ていた。インドの人もいたし、もちろん日本人もいた。あとイギリス人もいたぞ。 ほとんどは英語が第2外国語だから、話していて違和感がなかったのは良かった。ただしイギリス人とアイスランド人は別だった。アイスランドの人は、実はアメリカのボストン出身なんだって。どうりで英語が本場だと思った。

Dscf0399

というわけで翌日、コンソーシアム会場となった青海のTIME24ビルに乗り込んだ。アトラクション演奏を行うのはレセプション会場(レストラン「ラ・メール」)。国際会議が終わり一息ついた夕刻に演奏開始だ。会場には科学ジャーナリストの瀧澤美奈子氏の姿もあった。全部で4曲演奏したが、私はチェロという楽器の性格上、出ずっぱりだった。

Dscf1455b

曲目は次のとおり:

モーツアルト フルート四重奏曲 第1番ニ長調 K.285
ハイドン ロンドントリオ 第1番 ハ長調
モーツアルト フルート四重奏曲 第番イ長調より第1楽章 変奏曲
テレマン 協奏曲ホ短調より 第4楽章

P9260606 

アンコールと言われたのだが曲を用意していなかった。どうしようかと思ったが、最後のテレマンが景気いい曲で受けていたから、もう一度演奏した。出来はまあまあといったところかな。その後はもちろん立食に参加した。

Dscf1438b

Tanto_citta

Dscf0402

レセプション会場が流れ解散になった後、「楽士」だけでイタリアンに打上げに行った。ビールと紅白ワインで演奏の疲れを癒したつもりだったが、飲みすぎて逆効果だった。もっともこれはいつものことだけどね(苦笑)。

Dscf0405

2007年9月24日 (月)

木下牧子 歌曲コンサート

2007年9月24日(月・祝)
藤沢リラホールにて

Photo_5

「日本の詩(うた)木下牧子 歌曲コンサート」に行った。妻のピアノで林紀子(ソプラノ)、清水良一(バリトン)が歌曲を歌うコンサートなのだが、演奏曲目すべて木下牧子作曲という「作曲家の個展」と呼びたくなる催しだった。

Photo_6

実は木下牧子については全く知らなかったのだが、今回演奏された歌曲「涅槃」(萩原朔太郎詩)を聴いて、その音構成の素晴らしさに驚いた。そしてその曲は木下が芸大3年生の時に作ったと聞いて二度びっくりした。何という才能であろうか。

今回のコンサートでは8つのステージで25曲が演奏されたが、私にとってはこの「涅槃」の出来が最高だと思った。作曲のみならず演奏もこれまた他の曲より優れていたように思えた。その理由についていろいろ考えてみたが、ここで深入りしても長くなるので別の機会にまわすことにする。

また「へびとりのうた」(東 君平詩)は内容がブラックユーモア調で喝采を浴びていた。蛇専門のハンターに向かって「あなたに何をしたと言うんですか。咬んだこともないし、締め付けたこともない。それともアダムとイブをそそのかしたことをまだ怒っているのですか?」と蛇が愚痴る。これに対して「おまえは私のカナリヤと猫と馬と妻を飲んだ。」と蛇ハンターが答える。この後オチがくる。「それまでは許す。しかしお前は私の大切なブランデーを飲んだ。これだけは許せない。」と最後に蛇ハンターが叫んで大爆笑を誘うという仕掛けだ。会場に受けてたなあ。

林紀子はいつもの通り安定しているので、安心して聴いていられた。清水良一は音程が良く達者な感じを受けた。

横浜公園の即興演奏集団

2007年9月22日(土)

真夏の暑さの中、カーフリーデーの催しで賑わう横浜公園へ行った。ブログで知り合ったテツさんが出演するので聴くためだ。他の出演者の名前等の情報がわからずどうしようかと思っているうちに、ご本人がブログ「中年とオブジェ」に記事を書かれた。必要な情報はすべて網羅されていたと思う。アヒルの着ぐるみのサックス奏者、舞踏家も交えたフリージャズだ。

Dscf0380_2

演奏は一人ひとりが個性ある即興演奏を披露し、なおかつアンサンブル全体としての秩序を感じさせる構成で素晴らしかった。即興の自由度と共にルールも決めて全体の流れを作っているのだろうけど、どんな決め事なのだろうか。主宰格の人のトランペット・サックスのソロが冒頭と最後に置かれ、その間全体アンサンブルの間に順次各楽器のソロが散りばめられていた。その順番を決めてるのかな。また中心となるキーぐらいは設定しているのだろうか。自由度と規則のあんばいには興味が尽きない。

こういうのを「フリージャズ」と呼ぶらしい。でもこれはジャズに限定しているようで、もっと広い概念で呼びたい気がする。代替案は難しいけど、「クリエイト・アンサンブル」とか「インプロヴィゼーショナル・アンサンブル」とか・・・。なぜこんな事を書いたかというと、いわゆる「クラシック音楽」の中の「現代音楽」の中の「即興演奏」との間で、もはや境界線がなさそうに思ったからだ。

友人のヴァイオリン弾きなどが参加したら面白いかなとも思ったが、屋外という場や他楽器との音響・音量バランスからしてそれは難しいだろうな。私のチェロなどもっとダメだろうな。そういう「演奏環境」である程度種別が出てくるかもしれない。「屋外インプロヴィゼーショナル・アンサンブル」と呼べば、演奏スタイル、楽器・・・などの相違を乗り越えた場の表現ができるかと思う。こういうジャンル分けなら硬直化しないで柔軟性を持つと思うけど、どうかな。そうすれば対語として「室内インプロヴィゼーショナル・アンサンブル」という概念もできて、こんどは私たちが登場できそうだ。

テツさんのお陰で楽しいひとときを持つことができただけでなく、上記のような考えをめぐらすきっかけも得ることができてよかった。

2007年9月22日 (土)

鈴木英人展

2007年9月22日(土)

横浜赤レンガ倉庫1号館スペースB、Cにて

Photo_5

「鈴木英人展」を観た。昔FM専用誌の表紙を飾った版画作品が中心だ。そういえばお世話になったな、という懐かしい作品が並んでいた。

ちょっと見た限りではビュッフェの版画のようにマンネリ化しているように思った。しかし細部を見てその仕上げの丁寧さに驚いた。同じスタイルを続けているのでマンネリ化に見えるが、制作に手を抜かない真摯さというものが感じられた。だからこそ長命を保っているのだろう。敬服した。

クラフトマンズヨコハマ展

2007年9月22日(土)

横浜赤レンガ倉庫1号館スペースAにて

Photo_3

13回クラフトマンズヨコハマ会員展「それぞれのかたちⅡ」を観た。いま現在生き、生活し、考え、造っているアーティストの作品を観るのは楽しい。特に印象に残ったのは吉田雅子の作品だ。

Photo_4

クルミとウリハダカエデの樹皮を縫い合わせて構成したオブジェは、計算された構成と自然物が持つ肌触りが見事に調和しているようだ。階段だんすを小型にしたような形状はまことに愛らしい。他にもアケビの弦で編んだ照明具も楽しい作品だった。次回の展示があるならぜひまた観たい。

2007年9月20日 (木)

ル・コルビジェ展

2007年9月19日(水)
森美術館にて


Photo

「ル・コルビジェ展」に行った。大好きなアーティストなので何があっても行くつもりだったが。それがなんと友人(ル・コルビジェのお弟子さんのご子息夫婦)から招待券を2枚ももらってしまい、妻と一緒に行くことができた。ところが長い開期(5月末から4カ月間)であったにもかかわらず、いろいろ忙しくて行けず、結局終了間際のドタン場で駆け込んだのだ。

私が展覧会に行くと、自分の興味の厚さで観る時間に差をつける。興味ないものはチラっと見て次に行くが、面白いものはじっと観察する。しかし今回は妻が一緒だったこともあり、展示をほとんどすべてなめるように観て進んだ。そのため3時間半も展覧会場にいることになった。

今回の収穫は2つある。
1.以前からピューリズム絵画に関心があったが、観る機会が乏しかった。今回はまとめて観るチャンスを得た。
2.会場あちこちに用意されたVTRにより、代表作の詳細を味わい、ル・コルビジェの強烈な思想に触れることができた。

私は、建築は観賞するだけで専門知識がないから設計図面が読めない。設計図面に若年層の人が結構張り付いていたが、きっと建築専攻の学生なのだろう。図面を読んで楽しむことができるなんて羨ましい。楽譜なら読めるんだがなあ・・・。

__

絵葉書を何種類か売っていたので、モジュロールのシンボルとも言えそうな「直角の詩」をあしらったものを買った。そしてクランチ・オン・クシックというハイレベルの音楽ブログを書いている友人の音楽ブロガーであるハシビロコウさんに送った。建築は音楽通じるものがあるので。

2007年9月17日 (月)

ベルギーのチョコレート

2007年9月16日(日)
鎌倉の友人宅にて

サロンコンサートの翌日、こんどは別の本番に向けて友人宅で練習を行った。フルート、リコーダー、ヴァイオリン、ヴィオラ、そして私のチェロというメンバーだ。組み合わせは、最大がテレマンの協奏曲で5名全員参加、最小がハイドンの「ロンドントリオ」で私を含め3人だ。

Photo_3

そのお宅でお疲れさん会までお世話になり、ベルギーのチョコレートをいただいた。この包装紙はダークとミルク。ヨーロッパのものは、包装紙に至るまで何でも味わい深い感じがするなあ。

米国旅行:近代美術館で観た未来派作品

2007年8月24日(金)

ニューヨーク近代美術館にて

「未来派」に特化した展覧会は異常に少ない。私のウン十年にわたる美術遍歴の中でもただ1回のみ、2000年春に東京都庭園美術館で開催された「デペロの未来派芸術展」だけだ。

Photo_2

しかしこれは未来派の全貌というよりは、デペロという一人の作家に特定した個展だったから、未来派そのものの展覧会は結局一度もお目にかかったことが無かったのだ。

これはどういう事かと考えてみた結果、未来派は活動が短命に終わったので作品数が少なく、全体をまとめる企画が立てにくいのではないかと考えた。でもキュービズムと共に未来派は大好きだから、作品を一堂に会する企画はないかなと日頃思っていた。

今回ニューヨークの近代美術館を十何年かぶりに訪ねてみたら、未来派のコーナーこそ無かったが、関連作品が隣接して展示されていたので、ある程度まとまった形で観賞できた。まあこれぐらいが限度なのかなと思い、限られた時間の中で楽しんだ。

Dscf0296

ジャーコモ・バルラの「Swifts: Path of Movement + Dynamic Sequences」は日本語の定訳がわからない。「Swift」は名詞なら「アマツバメ」や「コウモリガ」という羽を持って飛ぶ動物という意味だ。ここでは「s」が付いているから名詞だと思う。しかし形容詞だと「素早い」という意味だ。むむ、これはもしかして言葉の遊びか?羽を持つ動物が素早く飛んでいるという情景を、表題と未来派の技法の画面の両方でもって表現したものなのだろうか。「Path of Movement」は「運動の軌跡」、「Dynamic Sequences」は「動的な連続」というような意味を列挙したものだ。以上を総合すると、何となくこの絵を描いた意図が伝わってくる。

Dscf0298

カルロ・カッラの「アナーキスト・ギャリの葬儀」はなんとも強烈な画面だ。政治的活動の激しさという社会的視点と、未来派の構成技法とが出会った結果、このような作品が生まれたのだろう。革命が芸術の源となった事例として貴重な作品かと思う。

Dscf0300


セヴェリーニの「タバラン踊りのダイナミックな象形文字」はキャンバス一杯に踊り子が舞うエネルギーが満ち溢れているようで素晴らしい。「ポルカ」「ワルツ」などの文字が散りばめられ、それらに目をとめることによりチラチラする模様から一時的に退避できる。そしてまた目を周辺に戻すと、踊り子の躍動感が復活するという感じがした。そういう観賞のしかたもあっていいじゃないかと思った。

Dscf0302

ボッチオーニの「サッカー選手のダイナミズム」を撮ろうと思ったら、サッカーが大好きかと思われる美女が目の前をよぎった。ハッとして手が震え、ピンボケになったので仕切り直しになった。

Dscf0303

この作品は完全抽象に近い。カメラを縦か横か、どちらに構えたか忘れると上下左右がわからなくなる。しかし先ほどの女性のお陰で、正しい方向を見失わずにすんだ。もっとも、正しい方向に展示されているという前提に立っての話だが(笑)。この作品、サッカー選手よりジョージア・オキーフばりの巨大な花弁にも見えるな。

これらの4作品が並んで展示されていたのだ。何てことないかもしれないが、私にとっては貴重な場だった。企画展以外で、未来派作品だけをまとまって観るところがほとんど無いだろうから。

米国旅行:メトロポリタンで観たモダン立体作品

2007年8月23日(木)

ニューヨーク メトロポリタン美術館にて

メトロポリタン美術館の近・現代美術のコレクションの中にはMOMA(近代美術館)に劣らず面白い作品がある。その中で特に興味深い立体作品をあげてみよう。

Dscf0248

まず最初は既に高名になっていると思われるピーター・ヴォーコス。1995年新年にセゾン美術館で開催された個展を観て以来、2004年夏に世田谷美術館で開催された「アメリカ現代陶芸」展など各種の展示会で常連のように取り上げられてきたのでファンの数も多いだろう。これは「Noodle」という作品。Noodleとは字面とおり「麺」という意味だろうか。麺を暗示するものが見当たらないのでこのネーミングは言葉遊びかもしれない。釜の火力に耐え切れず内部から破裂したような裂け目がなんとも強烈な印象を残す。

Dscf0250

次はウィリアム・モリスの「Suspended Artifact」。文字通り「吊り下げられた芸術品」だ。赤いのものは盾であろうか。表面には古代人の戦争らしき絵が描かれている。これに対して右側の白いものは象の牙なのだろうか。そしてそれらを吊るしている横向きのものは矢尻が付いているから矢であろう。これら、攻撃する武器(矢)、守る武器(盾)、そして戦利品(牙)が一体化され、それらの相互関係をシンボライズしながら一種の文明批判をしているのだろうか。抽象的な構成の魅力と社会性を併せ持つ作品だと思った。

Dscf0247

ルース・ダックワースの「Untitled 1998: Wall Sculptures」は、1998年に制作された「無題:壁の彫刻」だ。ジョヴァンニの撮り方が下手で上が切れて申し訳ない。壁に垂直に張り付いた彫刻だとすると、これはレリーフとも呼べそうだが、作者は「壁」にこだわっている。曲線を主体とした現代建築の模型をいくつかの断片に切断し、並び替えて垂直に貼りなおした・・・という感じがした。曲線と直線が織り成す抽象的構成。いいなあ。

Dscf0251

アルバート・パレイの「Push Plate」は「押す板」か?題名の意味がわからない。でも形態が面白いので取り上げてみた。1978年の秋、出光美術館で開催された「特別展:アンドレ・マルローと永遠の日本」で観たジョルジュ・マチューの書きなぐり作品の形を思い出した。直線の上に即興的な曲線が載って調和しているところが良いと思う。あるいは精緻な計算に基づく形態と、思いつくままに即興的に構成された線の中間に位置する作品と言い換えてもいいかもしれない。

Dscf0249_2

ジョン・セダーキストの「Little Wave」はそのまま「小波」と訳せる。なんと作品の中にも「小波」と漢字で書かれているのだ。北斎を思わせる波の描写も面白い。また作品の下部はアンバランスで、いかにも倒壊しそうな感じだ。不安定であることは、逆に動きも感じさせる。波の動きが造形物全体の動きに置き換えられる。静止していながらも「動」を実感させる面白さがここにある。同時に西洋と東洋も同時に感じるというおまけまでついている。

Dscf0253

最後は近・現代コーナーではなく、調度品のコーナーに展示されていた作品だ。カルロ・ブガッティの「Secretary」。中心付近に鏡が据付けられている。(そこにジョヴァンニが映っている)。なおSecretaryは「書記官」と「事務机」という意味をダブらせ、両者のイメ
ージを混成させたものだと思うがどうだろうか。古めかしい重厚さと、モダンな構成感覚とが不思議にマッチしている作品だと思う。

こうやって立体作品のコーナーを観賞してゆくと、メトロポリタン美術館でも近代美術館に劣らずモダン感覚に触れることができてよかった。

2007年9月16日 (日)

イギリス館でのサロンコンサート

2007年9月15日(土)

横浜山手イギリス館にて

Photo_7

「サロンコンサート~弦楽器とピアノの響き」に出演した。同じ地区の西洋館で月一回ほど演奏している「トリオレヴリー」と、アマチュア弦楽四重奏団「クワァトロ半世紀」の両方の一員としてチェロを弾いた。

Photo_2

楽器の性格上出番が多く、今回はプログラム4曲の全部に出演したので疲れた。そしてアクシデントがあった。プログラム3曲目、ラロ作曲ピアノ三重奏曲の第2楽章の途中で左手の中指がつってしまったのだ。コンサート本番だけでなく、普段の生活を含めて手の指がつったのは生まれて初めてだった。中指が折れ曲がったまま動かないのだ。

左手がつったら、もうどうすることもできず、何十小節かの間チェロが休みだというふりをして何も弾かずに指を休ませていた。第2楽章の最後頃になって少し回復したので、その楽章を必死の思いで終わらせた。

次の第3楽章も影響が残り散々の出来。第4楽章はチェロの格好いい出番が多いので、何とかして元に戻したい。そのため楽章間のわずかな時間でグーパーの運動を繰り返した。その甲斐あってか、第4楽章はまあまあのコンディションに戻って弾くことができた。

Photo_3

アンコールはジョヴァンニ作曲「弦楽四重奏曲第1番」の第3楽章「スケルツォ」。私が作ったにしては明快でわかりやすい曲なので、そこそこ受けた。

Photo_4

打上げはトリオレヴリーのメンバーでよく行く「大新園」。ジョヴァンニ妻(仮名ジョアンナ)も参加した。指つりのことでみんなに愚痴を聞いてもらった。

Dscf0363

二次会は、これまた二次会でよく行く「Athens」。いつもの松ヤニワインを飲んでようやく指つりの呪縛から開放された。

Photo_6

Dscf0365

2007年9月13日 (木)

米国旅行:灯台コレクション

2007年8月20日(月)から22日(水)

米国メーン州エリザベス岬の友人宅にて

メーン州ポートランド地区の人々は灯台が好きだ。旅行で滞在したコテージの中には灯台をモチーフにした様々な作品が飾られていた。

Dscf0108

これは家の前から見た本物の灯台。

Dscf0122
これは油彩かな。ちょっと変わった描き方で面白い。

Dscf0123
これは水彩だろう。

Dscf0120
これは何だろう?ガラス細工かな。子供が学校の図画工作の授業で制作したようで、ほほえましい作品だ。

Dscf0119
板に直接描いた作品もある。趣があるね。

Dscf0121
貝殻にも描けるんだ。

Dscf0125

テーブルクロスにも灯台が・・・。

1軒の家にこれだけ多くの作品があるんだ。中には子供の制作と思われる素朴な作品も含まれているが、勢ぞろいすると壮観だな。土地の人が灯台を愛する気持がよく伝わってくる。

2007年9月 9日 (日)

近所で見つけた面白いもの

Photo_3 

愛犬ペロの散歩中、近所の街角で面白いものを見つけた。


練習後の「鳥しげ」

Dscf0339

野毛の「鳥しげ」は楽しい店だ。初夏に「トリオレヴリー」の練習後に行って味をしめ、こんどは「ハーフセンチュリー弦楽四重奏団」のメンバーで乗り込んだ。注文は小さい紙片にメモ書きして店の人に渡す方式だ。安くて旨くて言うことなし。これで栄養を摂取し、次回のコンサート(9月15日、イギリス館)もバッチリだな。

米国旅行:アメリカのインスタントラーメン

2007年8月22日(水)
メーン州エリザベス岬の友人宅にて

いよいよメーン州の友人宅を辞去する日、朝日がきれいに昇った。



Dscf0189_2

コテージに滞在する私たちのために友人は様々な食料品を準備しておいてくれた。到着日は深夜だったので、翌朝(月曜日)からそれらのお世話になった。

Dscf0027

そして3日目の朝を迎えたわけだが、アメリカ式朝食にいささか食傷気味だったので和風のものが欲しくなった。そしたら、あったあった。インスタントラーメンだ。日清の「トップラーメン(Top Ramen)」という銘柄だ。ふうん、ラーメンは「Ramen」と綴るのか。アメリカらしく「ビーフ味」と書かれている。

Top_ramen

この「アメリカらしい」というのは2つの意味がある。1つは牛肉を好むということだが、それに加え、現物が含まれているのか、単なる味付けなのかを大きな文字で明瞭に表示しているということだ。この製品の場合、実際に牛肉は含まれていないようだ。天然素材中心であろうが、いろいろな素材を組合わせて牛肉の味を出しているのだろう。

Dscf0191

こんなことを書くとせっかくのラーメンがまずくなりそうだ。実際に食べてみたら美味しかったぞ。写真は弟と姪が仲良くラーメンを食べているツーショット。



米国旅行:バードランドで聴いた凄腕のウッドベース

2007年8月24日(金)

ニューヨーク・ミッドタウン バードランドにて

前日の夜、家族がミュージカルを観劇している間に単身ヴィレッジ地区に行った。ジャズを聴かせるライブの場所を確認するためだ。ヴィレッジ・ヴァンガードを確認した後、他の場所を探しに行く途中で本屋に立ち寄った。そしたら本屋にはまってしまい結局この日はジャズを聴かず、他のスポットも見ずにホテルに戻った.

金曜日はいよいよニューヨーク最終日だ。ジャズを聴きに行こうと、場所についていろいろ考えた。その結果、せっかく前日夜にヴィレッジまで行ったのに、最終的にはホテルに近いミッドタウンにした。家族を連れてゆく関係で治安があまり良くないヴィレッジ地区を避、安全を優先したのだ。

Photo

選んだのはまだ行ったことがない「バードランド」。カバーチャージとワンドリンク付で35ドルならリーズナブルか、ということで妻と次男でバーに席を得る。私はジントニック、二人は何やらオレンジ色のカクテルを注文した。ピアノトリオを演奏していた。バードランドの写真はホームページをご覧ください。
http://www.birdlandjazz.com/


ジャズに関して無知のジョヴァンニだが、ピアノとドラムスが失礼だが日光の前(いまいち)に聴こえたのに対し、ウッドベースは飛びぬけて達者な演奏だった。ハイポジションでも音程が乱れず、速いパッセージも臆せずピチカートで弾いてゆく。このメンバーはウッドベースを軸に、他の二人がサポートするという陣立てだと見受けられた。

ただウッドベースの半音階的な進行の間を縫うように、ピアノが簡素だが的確な和声を埋めていたあたりは、ピアニストもいいセンスを持っているのかなと感じた。ベース弾きを盛り立てるために自分の力量を押し殺していたのだろうか。そのあたりは定かではない。

Photo_2

全体的には楽しめてよかったのだが、だが愚かなことにプレイヤーの名前を確認するのを忘れた。入口でもらったスケジュール表を見れば書いてあるだろうと思ったのが敗因で、それは翌々日から先のスケジュールだったのだ。バードランドのホームページを見ても過去のスケジュールが見つからない。そのうち誰か詳しい人に教えてもらおうっと。

2007年9月 6日 (木)

米国旅行:夕方4時に観た朝4時の宮殿

2007年8月24日(金)

ニューヨーク近代美術館にて

金曜日は午後4時から入場無料なので喜んで行った。そしたらジャコメッティの「朝4時の宮殿」に出会った。


Dscf0320

2007年9月 4日 (火)

米国旅行:大好きなブランクーシ

2007年8月23日から24日にかけて

ニューヨークにて

Dscf0237

米国旅行中にコンスタンティン・ブランクーシの作品に出会えた。まずはメトロポリタン美術館で母の乗った車椅子を押しながら観た「ミューズ」。ホガニー嬢と同系列の作品だと思う。切り詰められた表現が心地よい。

Moma

次は翌日の金曜日に訪れた近代美術館。16時以降は無料になるというので喜んだ。嬉しくて無料入場券を大事にとっておいた。

Dscf0305

そのブランクーシのコーナー。ここはすごい。大好きな作品がわんさとある。好みの順で「マイアストラ」、「空間の鳥」、「無限柱」、「にわとり」、「ホガニー嬢」が揃い踏みだから、嬉しくなるのは当たり前だ。

Dscf0306

一番好きな2作品をもう一度写真に撮ってしまった。

私とブランクーシの出会いは30余年前に遡る。「美術手帖」197612月号「生誕100年記念特集:ブランクーシ」を読んだ時だ。本物の彫刻ではなく雑誌の図版だったが、衝撃を受けた。この雑誌によりブランクーシが、特に「マイアストラ」連作を愛するようになったのだ。

__2

「空間の鳥」も研ぎ澄まされた形状で美しいが、「マイアストラ」は観ていてもっと楽しい。数学的で都会的・合理的な側面と、素朴で即物的・原初的な側面を両方兼ね備えている。いやこれはブランクーシの作品全体にあてはまる特質だと思う。ブランクーシよ永遠なれ!

米国旅行:ヤングカップル誕生?

2007年8月20日から25日にかけて
米国メーン州~ニューヨークにて

Dscf0018

今回の米国旅行では可愛いカップルが誕生した。(いとこ同士なので恋愛~結婚を期待できないが・・・)。滞在した父の友人の米国人が所有するコテージ前のジョヴァンニ息子と姪。

Dscf0091

同じく所有する島を探検する二人。

Dscf0333_2

ニューアーク空港で帰りの飛行機を待つカップル。若いとはいいことだ。


米国旅行:ヘッドライトという名の灯台

2007年8月21日(火)

米国メーン州ポートランド郊外


Dscf0137

米国旅行の最初に滞在した父の友人宅があるメーン州エリザベス岬(ポートランド郊外)の人たちは、灯台を誇りにしている。ヘッドライト灯台は中でも最も有名だ。ジョージ・ワシントンの命で1790年に建てられ、米国で最も古い灯台だと言われる。その姿は美しい。

Dscf0136

建造後200年近く経った1982年に石碑が置かれたが、下を見るとジョージ・ブッシュ副大統領の名前がある。時代の流れを感じさせる。

Dscf0141

こんな鐘も置かれていた。

Dscf0145

土産物屋のかわいい建物が隣にある。ここでお世話になった日本の友人への土産(マウスパッド)を買った。

Photo

ここは「Fort Williams Park」という公園になっている。

Dscf0146

おっ石のオブジェがあったぞ。せっかくいいものを見つけたのだが、看板がなければもっといいのに。やっぱり趣味は隠せないな。

Dscf0149


地元の人たちが灯台を大切にする気持が伝わってくるようだった。

2007年9月 3日 (月)

米国旅行:メーン州で泊まった家

2007年8月20日(月)~22日(水)
米国メーン州ポートランド近郊

今回の米国旅行で最初に訪れたのはメーン州ポートランド郊外のケープ・エリザベスという岬だ。大西洋を臨むその岸辺は素晴らしい避暑地で、別荘が点在する。父の友人は珍しいことにその避暑地に自宅を持っているのだ。そして隣りには別宅のコテージがある。


Dscf0016

今回、母は主賓として母屋に泊めてもらい、残りのメンバー6名はコテージに滞在した。上の写真は、向かって右が母屋、左がコテージだ。

Dscf0017

2軒の家の南側には大西洋が広がっている。上の写真は、手前から「オブジェ」を見つけた岩場、大西洋の一部(入江)、そして灯台の遠望だ。

Dscf0033

上の写真は、逆に岩場から家を見上げたもの。ごつごつした大きな岩の右側あたりがオブジェの宝庫だ。

Dscf0015

家の近くにはこんな可憐な花が咲いている。

Dscf0053

裏庭には二羽・・・ではなく、ストーンヘンジのような列石がある。ニューイングランド付近で列石というと、ラヴクラフトのファンは心騒がされると思う(ローカルな話題失礼!)が、これは単に隣りの家との境界を示しているだけらしい。

Dscf0188

日の出は本当に美しい。この景色を見ただけで、来た甲斐があったと言っても過言ではないくらいだ。

2007年9月 2日 (日)

米国旅行:大西洋岸で出会ったオブジェ「子守石」

2007年8月21日(火)
米国メーン州ポートランド郊外


米国東海岸の北端・メーン州のポートランド郊外に亡き父の友人宅があり、3泊させてもらった。目の前には岩場があり、その向こうには大西洋が広がっている。その岩場で面白いオブジェに出会った。


Dscf0116

人呼んで「子守石」なり。白くて丸い石を卵に見立て、その周囲の石が見守っているという図式だ。


次の写真も同じ。まさに「石のコンポジション」だ。

Dscf0113

次も同じ。大きな石と細かい砂利の対比が美しくかつシュールだ。

Dscf0117

そして、それらをさらに強大なものが守っている。「守護神岩」と名付けた。アザラシの大神と言い換えられそうだ。

Dscf0114

強さだけではない。繊細で美しい文様が断層の中に見られる。色調のグラデュエーションが綺麗だ。レリーフのようなので「ベン・ニコルソン石」と呼びたいが、ちょっと強引すぎるか。

Dscf0115

これらのオブジェたちは重いので、時間が経過してもそれらの位置関係は崩れないと思う。もしかしたら次回来たときまで同じ構成を保っているかもしれない。そしたらぜひ「オブジェたち、帰ってきたよ」と話しかけよう。そして彼女(どうして女性なのか?)たちは「おかえりなさい」と答える。いいなあ。長旅の疲れも癒されるだろうなあ。

米国旅行:クリスティーナの世界

2007年8月25日(土)
ニューヨークから成田へ向かう機内にて

ニューヨークから成田への直行便に乗り込み、いよいよ米国とお別れだ。飛行時間は
12時間半という。偏西風に逆らって飛ぶので行きより30分長い。また退屈な時間を持て余すことになるかなと思って席に座ったら、隣にシャラポア似の長身の女性が来た。これはラッキーだと思った。さらにラッキーなことに、彼女は京都に旅行するので日本のことをいろいろ知りたいらしく、すんなり会話を始めることができたのだ。

Photo

名前はクリスティーナといって、お父さんがアメリカ人、お母さんがドイツ人だそうだ。すかさず、アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」を思い出すと言ったら、「なぜ知っているのか?」と聞いてきた。日本ではたびたび個展が開催されているから、美術愛好家ならよく知っていると言ったら驚いていた。


__2

このあたりから、私の旅行日記の余ったページを使って「お絵かき合戦」が始まる。まずは彼女が描いた自画像。最初右側の絵を描いたところ、小さい子供みたいになったので消してしまった。自分はもっと成長した女性なのだと言いたげに、左側の絵を描いた。でもこれも少女みたいだよね。クリスティーナはある会社のセールスディレクターだというのに・・・。

次に彼女が、自分の人生を「クリスティーナの世界」にダブらせたとするとどう思うか、と面白い質問を投げかけてきた。私は、絵の中で這いながら丘の家を目指すクリスティーナをイメージし、様々な障壁にぶち当たるたびにそれらを乗り越えてゆくような感じだと言ったら、彼女は次の絵を描いた。

__3

クリスティーナは干支に興味を持って自分の干支を調べていた。それは「牛」だった。この絵は闘牛を表している。なるほど、牛が障壁をものともせず前進するというイメージとクリスティーナのイメージがダブるわけだ。

干支といえば私はうさぎ年だ。うさぎの漢字を教えて欲しいというので書こうとしたが、書けない。適当に似せて書いて「Something like that」として誤魔化した。その後、兎の絵の競作が始まる。

__4

上がジョヴァンニ作、下がクリスティーナ作だ。ジョヴァンニ兎の左下には最初何もなかったが、クリスティーナが「食べ物がなくて可愛そう」と書き添えてくれたのだ。どちらが上手かって?それは明らかだよね。

話が音楽に及んだら、彼女のお父さんはピッツバーグ交響楽団のフレンチホルン奏者だという。クラシック音楽以外は受け付けないという堅物なのだそうだ。私は作曲が趣味だと言ったら、作品を送ってくれたらお父さんに見せるという。後で私の室内楽作品を送ると約束してメルアドを交換する。愛用している作譜ソフトのファイルを添付するつもりだが、クリスティーナのお父さんが同じソフトを持っているかどうか心配だ。まあ持ってなかったとしても、誰か他の持っている人に譜面化してもらえるだろう。

ここからはジョヴァンニの皮算用。自作品をクリスティーナ送る。お父さん見る。お父さん気に入って仲間見せる。仲間気に入る。ジョヴァンニに交響曲作曲の委嘱くる。ジョヴァンニ引き受ける。ジョヴァンニ交響曲作る。ピッツバーグ交響楽団演奏する。好評博す。ジョヴァンニ有名なる。楽譜売れる。ジョヴァンニ金持なる。・・・ダメかなあ。

米国旅行:日本人アーティストの花房さん

2007年8月24日(金)
ニューヨークのチェルシー地区にて

出発前から楽しみにしていたギャラリー巡りをしようと、チェルシー地区に乗り込んだ。しかし、道を間違えたのか画廊が1つも見つからない。あてもなく隣のブロックに移ったら、それらしき所があったので入ってみた。そこが「Miya Shoji」だった。当初の予定から外れ、そこが同地区で唯一訪ねた場所になった。でも後悔していない。とても有意義な時間を持てたから。

_

Miya Shojiと花房さん】
「宮障子&インテリア」は階段だんすなど、日本の伝統的な技を活かしたインテリアを生み出す店だった。木製のテーブル、ランプシェードなどが置いてある。どれもが自然の木材が持つ素材感を大事にした制作態度を感じさせるものだった。Miya Shojiのホームページは工事中だけど若干の情報は得ることができる。
http://www.miyashoji.com/


立派な髭の主人と思われる人から日本人かと聞かれて、そうだと答えた瞬間から2時間近くにわたる談笑が始まった。この人がアーティストの花房壽夫さんだった。70歳だが若い!ニューヨーク滞在45年という。後に書くように変わった人なのだが、私も自他ともに認める変人なので意気投合してしまった。


Dscf0275_2

【自然をアートに活かす姿勢】
店に置かれた老木の切り株を見ながら花房さんが説明する。木は樹齢を重ねてゆくうちに、何らかの圧力によってねじれが生じることがある。そのような環境変化を経て年輪が重なってゆくと、円環の形や色相が微妙に変化し複雑な模様を生む。それが面白いというのだ。なるほど、変形した年輪や「色相のグラデュエーション」というものを実感させられた。花房さんは、このような自然が作り出したアートを巧みに取り入れてインテリアを作っていたのだった。

Dscf0277_2 

置いてある階段だんすは木の素材感を損なわない範囲で、丁寧で綺麗な仕上がりに見えた。一方、木製のテーブルは生木の持つ荒々しい触感をそのまま活かしたワイルドな仕上がりを見せていた。このように、商品(後ほどの言葉に関し補足あり)一つ一つについて、使用目的に合わせて個性を打ち出しているように思えた。

【花房さんの思想と生きざま】
花房さんは大変ユニークな考え方をする人だ。そしてそれを実践してしまう。自分のことを「社会から外れた人間」というように表現していた。確かに、話を聞く限りでは普通の人の考えと行動からは大きく外れた「変わった人」に見えた。その変わりようも半端じゃない。日本での成功をかなぐり捨てて渡米し、皿洗いからやり直したんだから。

それは長い話だった。西陣織と友禅という京都で長らく別々に引き継がれてきた伝統技術を世界で始めて融合させ、それを特許にして一儲けした。また絵(花房さんはもともと画家だった)も売れてきた。そのような成功にひたっていると自分がダメになると思い、単身米国へ渡り皿洗いを始める。そして「世界一の皿洗い」になると決心して仕事に励む。

そうするうちに300人収容できるレストランのコック長にまでのし上がる。まわりの雇われ人は、それまでアゴで使っていた日本人がいつの間にか自分たちを追い越して逆に上の立場になってしまったことに戸惑いを隠せない。花房さんは彼等に言う。「仕事が違うだけで我々は同じ人間だ」と。

【雇い主としての花房さん】
そして現在の店では10人を雇ってインテリア商品を作らせている。花房さんの下で働いて何十年になるベテランもいれば、まだ一年生もいる。しかし給料の額は全員同じというのだ。これには驚いた。ここにも花房さんの考え「仕事が違う」が徹底されていた。

ある時、雇い人の一人が6週間入院した。その間、花房さんは通常と同じ給料を払い続けていた。これには他のメンバーが不満を漏らした。「不公平だ」と。それに対して花房さんは「では病気の人への給料を止めるが、あなたが同じ状況になったら同様に給料を払わないがいいか?」と切り替えして黙らせた。何という徹底ぶりだろうか。

Dscf0276

【花房さんのビジネス感】

花房さんは「サービス」が唯一の職業だと言う。その「サービス」に対し顧客は対価を支払うのだと。レストランで食事を提供するのはサービスだ。お客はそれに対する対価として代金を支払う。

これには伏線がある。渡米前、花房さんは自分の生み出すアートを商品として見られたくなかった。だから自分から企画した個展は一度も行っていない。一度あるアートディレクターが花房さんを取り上げて個展を企画した。その際、花房さんはカタログの表記で「花房
壽夫個展」という表記を排除し、そのアートディレクターの名前を冠とした展覧会にすることを主張した。

展覧会を企画したのは自分ではなくその人だからという理由だ。アートディレクションは人々がアートに触れられるという「サービス」を提供するビジネスだが、自分は画家であり、そのビジネスを行う人間とは違うという思想だ。

Dscf0278_2 

【作品でなく「商品」・・・】
そう言えば私が店を辞去する際、作品の写真を撮っていいかと聞いたら花房さんはキョトンとした顔をして「作品?そんなものはここにはありませんよ」と言う。店に置いてある階段だんすなどはは、もはや「花房さんの作品」ではなく「宮障子&インテリアが提供する商品」なのだ。

その他にもいろいろ話をした。銀行に借金したことがない話、子育ての話など。旅行に同好した弟家族と夕食の約束があるので辞したが、もっと話していたかった。「またいらっしゃい」と花房さんに言われ、次はいつ来れるかな、と未練を残してヒルトンに戻った。

帰国後、MIya Shojiを紹介したサイトを見つけた。
http://www.ejapion.com/specials/index.ej?issue_no=381&page=2

花房さんはMiya Shojiの社長を退き、息子さんに譲ったらしい。

« 2007年8月 | トップページ | 2007年10月 »

最近のトラックバック