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2007年7月31日 (火)

第30回記念・紀声会コンサート

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30回記念「紀声会コンサート」(横浜みなとみらいホール小ホール)に行った。国立音大の岩崎由紀子教授が主宰する声楽グループの発表会なのだが、プロの歌手がずらり揃っているのでレベル的には立派なコンサートだ。妻がピアノで3人の歌手の相方を務めた。その3人目はトリだから重要な役割を担わされたわけだ。

私は「ピアノ伴奏」という呼称が嫌いである。和音を並べたような単純な伴奏音型だけで出来ている場合は伴奏と呼んでも構わない。しかし、歌曲などでピアノパートがしっかり構成されている場合は、伴奏ではなく歌とのアンサンブルと呼びたい。オペラアリアなど本来オーケストラのところをピアノに編曲した場合は、その編曲の出来具合で伴奏レベルに留まったり、アンサンブルのレベルに昇格すると思う。自分が出演しないのに御託を並べても仕方ないので、いつもの「選曲評」でも展開しようかな。

全体は第Ⅰ部から第Ⅲ部までの3つに分けられている。第Ⅰ部は大学在学中の人を含む若手の発表会らしい。オペラアリア中心だ。第Ⅱ部は日本歌曲専門コーナーのようだった。そして第Ⅲ部は再びオペラアリアで、第Ⅰ部より経験豊富なヴェテランが登場、という流れだ。なお、第Ⅱ部と第Ⅲ部は得意ジャンルが異なるだけで、力量の点では拮抗しているようにみえた。私は仕事の関係で第Ⅱ部からしか聴けなかったが、妻の出番は3回とも聴けたので良かった。

選曲だが、第Ⅰ部では私が興味を持っているレスピーギやシャルパンティエが取り上げられていたのに対し、第Ⅲ部はヴェルディ、プッチーニ、モーツアルトなど定番ばかりだった。選曲の点では若手の第Ⅰ部のほうが面白そうだったな。この理由は、若手は知名度の低い曲であらが目立たないようにするが、ヴェテランは誰でも知っている曲で勝負!ということなのだろうか?

また日本歌曲の第Ⅱ部では、私の好きな高田三郎の曲もあったし、一目置いている平井康三郎、山田耕筰もあり多彩だった。平井康三郎はメロディー作りを除くと、構成は西洋音楽そのものに聴こえる。その点、山田耕筰は西洋でも日本でもない、独自の世界を一生懸命模索したように思える。また中田喜直は合唱曲に駄作が多いので軽く見ていたのだが、歌曲には光るものがあるようだ。見直さなければいけないか。

玉井明の「雪燃え」が第Ⅱ、Ⅲ部で2人の歌手に取り上げられていた。この曲は知らなかったのだが、最近声楽家のなかで人気が上昇した曲なのだろうか。減七の和音を少し変化させてゆくなど近代的な響きがちょっぴりしたが、ベースは古典的書法で目新しさは感じられなかった。

演奏はみんな素晴らしかったです。

2007年7月29日 (日)

パウル・クレーと十二の幻想

本ブログでおなじみのF君から楽しい本をもらってしまった。吉行淳之介著「夢の車輪 パウル・クレーと十二の幻想」(文藝春秋)だ。

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文学と絵画のコラボレーションというわけだが、この二人の取り合わせは一見ミスマッチに感じる。等身大のオジさんの視点が顕著な吉行の小説と、天使を想わせる上品なクレーの絵画とは接点が無いかに見えるのだ。しかし、吉行はこのミスマッチを逆利用したのかもしれない。つまり自らの小説の比較的弱い「上品さ」という側面を、クレーの絵で補完したのかもしれないのだ。そうなると、この作品は「計算されたコラボ」という範疇に入れられるかもしれない。

一方、次のような関係も見えてくる。吉行の短編は、日常生活を舞台としながら、そこから突然引き離されて異次元へと誘われる幻想性を有している。これに対してクレーの幻想は、最初から夢物語で始まる。これらの相違による落差を利用しているという憶測もある。つまり吉行の小説の「現実に近い、現実に立脚した幻想」をクレーの「最初から幻想」の絵によって、より遠くの次元の幻想へ飛ばしてしまう、という仕組みだ。

別の言い方をすれば、吉行の小説の活字だけを読むと幻想度が低い。その直後、クレーの絵に眼を転じると、たちまち幻想度が高められる。次に再び吉行の文章に眼を戻すと、また幻想性が低くなる・・・。この繰り返しにより、現実から遠ざかったり現実に戻ったりして、その揺れ動きの振幅の大きさにより、一種の眩暈(めまい)を生じさせるという効果があるかもしれない。

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そんなことを考えて本を開いたら、ムンク展の割引券が挟まっていた。「ジョヴァンニよ、行きなさい」とF君から指令が飛んだのかもしれない。「はい、行ってきます。」と返事しよう。

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もう一つ絵葉書のようなものもあった。これが何だかわからない。F君から出題されたテストなのかもしれない。額縁の中に平面的なガラクタを押し込んだ、一種のアッサンブラージュのようだ。この額縁がもっと深いとコーネルの幻想的な箱になるが、浅めだからコーネルではなさそうだ。誰だろう?これに答えられないと、F君から「本を返しなさい」と言われるかもしれない。がんばらなくては。

2007年7月27日 (金)

鍛高譚のロックで将棋を

蒲田の小料理屋「I」に行った。飲み食いしながら将棋ができる店を探していたら、以前勤めていた子会社のK氏が見つけてくれたので一緒に行ったのだ。実はこの「飲み屋で将棋を指そう」という話は、以前の同僚I氏から先に声がかかったのだ。義理からいえばI氏と行くべきなのだが、K氏が店を見つけてくれた関係で、先にK氏と一戦交えることにしたものだ。I氏との対局は来週に予定した。

この小料理屋「I」が変わっている。木曜日は混むのに、金曜日は暇だというのだ。理由はわからない。だから今回の話も、金曜日なら他の客がほとんどいないから将棋を指してもいいよ、という条件でOKしてもらったとか。実際、6時半頃に行ったら店は貸切り状態だった。道すがら偶然、飲み仲間のY氏と出会ったので彼も加わり、合計3名になっていた。

K氏との対局は面白かった。初手から数手まで定跡手順だが、その後どちらかが突然変な手を指して一気に定跡から外れ、未知の世界に突入するのだ。すべての対局がそうなったから、興味が尽きることがなかった。時折、爆笑の手もあった。

極め付きは「序盤に隙がある」ジョヴァンニ・スキアリの序盤手順だ。名付けて「ケチケチ袖飛車」。どういうことかというと、対局図を見てもらいたい。

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先手(手前)がK氏、後手(向こう側)がジョヴァンニだ。K氏が7八飛と石田流を見せた瞬間、7筋の歩を切られるのを嫌って、ジョヴァンニが7二飛と、飛車を一つ隣りに寄ったところだ。この袖飛車を見てK氏が「何だそれは」と悲鳴をあげた。

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飲むほうは定跡に従い、まずは中生で乾杯。それからK氏がボトルキープしていた、しそ焼酎「鍛高譚(たんたかたん)」を続けた。普通の焼酎が25度ぐらいのところ、この鍛高譚は20度ぐらいであまり強くないから、水で割らずにロックがいいとママに教わり、それに従った。将棋は面白いし、焼酎はうまい。アジのたたきなど肴も進んで大満足だった。今後、金曜日の楽しみが増えたな。

2007年7月24日 (火)

ブログ2周年

本日7月24日はブログ記念日。ジョヴァンニッキ開始以来、まる2年が経過した。

実は去年の10月にすべてのデータ消去というアクシデントがあったので、そちらを復活記念日としている。新生ジョヴァンニッキはまだ1年経っていないのだ。こもへじさん等、親切なブログ仲間の助力によりかなりのデータを復旧できたが、完全ではなく失ったものも多い。これは心残りだが、まあ仕方ないか。

あっいけない、せっかくのブログ誕生日なのに悲しいトーンになってしまった。楽しいモードに戻そう。土曜日のコンサートは大成功だったぞー!日曜日の弟たちのコンサートも良かったぞー!きのうは何もなかったが、今日はバイオ学会のシンポジウム(9月)でのアトラクション(演奏)の事前打合せがあり、その後寿司を食べるぞー!これで明るくなったかな。

2007年7月23日 (月)

みずほフィル定演

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みずほフィルハーモニー第12回定期演奏会に行った。身内がいるし、私も合併前に2年ほど出入りしたことがあったので、10%ぐらいOB的な立場なのだ。

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モーツアルトの交響曲第31番「パリ」では楽器を初演当時の配列に変え、弦楽器もヴィヴラートをかけないピリオド奏法を導入するなどの試みがなされた。アマチュア楽団の特権である、しがらみ無しの自由さが追い風となっていると思う。音色が艶消しになるので、「綺麗な音」に慣れた耳には心地よさが減じるかもしれないが、こういうチャレンジングな部分を盛り込むのは聴き手にも良い刺激を与えるので良いと思った。

ドヴォルジャークの2曲、「謝肉祭」と交響曲第8番ト長調はティンパニーの活躍が目立った。またクラリネットが随所でハモったフレーズを聴かせてくれた。このように、「○○に任せろ」的な存在が様々なパートに配備され、この楽団の安定度を増しているのかもしれない。安心して聴いていられたのが良かった。

指揮者自らの解説は少し長かった。ピリオド奏法などに関して不慣れな聴衆を対象に据えて、ていねいな説明を心がけたからだろう。これは思いつきだが、プログラムに初心者向けの解説を付け、しゃべりは中・上級者向けにするという補完関係により改善が図れないだろうか。

2007年7月21日 (土)

夏の宵コンサート(ブラフ18番館)

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横浜山手地区の西洋館が企画した<夏の宵コンサート>に出演した。場所はブラフ18番館。いつもピアノ三重奏団「トリオ・レヴリー」として「100年前のピアノコンサート」シリーズの演奏を続けている所だ。でも今回はすごいぞ。ベルギーの王立歌劇場(通称モネ劇場)管弦楽団から里帰りしていたヴァイオリニストのリエコさんを加えたピアノ四重奏団(クワトロ・レヴリー)としてデビューしたのだ。リエコさんは昔からの音楽仲間だが、最近はベルギー在住なので「ありがたくも、もったいなくも、一緒に演奏をして戴く」機会があまりなかったので嬉しかった。
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石川町でメンバー全員が合流し、まずは腹ごしらえ。ブラフ18番館での演奏の場合はよく立ち寄る沖縄料理の居酒屋「葉月」でそれぞれ異なる定食を注文。本番前の昼食では景気付けにビールをあおることもあるが、今回はリエコ巨匠を迎えての演奏なのでみんなじっと我慢。真摯な態度を取った。

会場での音響調査がてら最終練習の後、ヴァイオリンのJ君はコーヒーを飲みに石川町駅付近へ逆戻り。私はお土産のクッキーを買いに隣の「外交官の家」に。プロの女性二人はどうしていただろう。入念な準備かな。
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16:00に開演。まずはリエコさんのヴァイオリンと「よいこ」さんのピアノでプロの二重奏が繰り広げられた。ここまでは完璧。その後、いつものトリオレヴリーではヴァイオリンを弾いているJ君がヴィオラにまわり、私のチェロが加わってアマプロ混成部隊の「クワトロ・レヴリー」が初の演奏を行った。こちらは4人のうち2人(50%)がアマチュアだから、完璧とはいかなかった。まあ真面目に弾いたからご容赦ください。

ピアノ四重奏の演奏曲目は次の3曲(アンコールを含む)だった。
♪モーツアルト ピアノ四重奏曲第1番ト短調 K.478(全楽章)
♪シューマン ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47より第3楽章アンダンテカンタービレ
♪(アンコール)フォーレ ピアノ四重奏曲 第1番ハ短調 作品15より第2楽章スケルツォより
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打上げはいつもの「大新園」。今回はゲストの「乱入」が予定されていたので奥の部屋を予約した。打上げの総勢は18名になった。パートナーと一緒に来てくれた「写真小僧」さんは指相撲などの小技と巧みなトークで場を盛り上げてくれた。マレーシアで結成後、日本で活動を続けているバンド「X-Malaysia」の監督と気鋭かつ美形のサックス奏者も乱入してくれた。「よいこ」関係者の中に偶然だが私と小・中学校の同窓生S子さんもいた。
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そして、極めつけはリエコさんの応援のためにわざわざ長崎から駆けつけてくれた俳句の先生とお弟子さんたちの姿もあった。私は先生の気を引こうと、水原秋櫻子の弟子、堀口星眠が好きだと言った。そしたら先生のお弟子さんから「渋い」と言われた。たまたま星眠の句集を持っていたのだが・・・。
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二次会はおなじみ「ATEHNS」で松ヤニのワイン。ヴァイオリンのJ君から「君たち3人はよく飲むなあ」と言われた。ちなみにこの3人とはトリオレブリーの残りの二人、つまり「よいこ」さんと私、それに応援に駆けつけてくれた音楽仲間の「上様」だ。帰宅したらぐったり疲れていたが、充実した一日に満足だった。

2007年7月17日 (火)

F君会議

おなじみF君と通称「二人会議」を行った。正式名称は長いぞ。「シュールレアリスムを中心とした幻想芸術と抽象芸術に対する偏愛の助長と絶えることなき探求心の高揚を目指した好事家の同志が旗揚げした世にも狂おしい二人同盟のアルコール漬け標本を観賞する神々にも似た異常なる時空を超えた祭事」というんだ。たった今思い付いたんだけどね。あまりパっとしないかな。まあ名称なんてどうでもいいや。大事なのは中味だからね。

川崎駅で落ち合って、私がミューザ川崎の店に行こうと誘導した。店が空いていて静かに話ができるだろうと思ったからだ。その理由は、飲み始める時間にはコンサートも始まるので、ホールと店でお客が分断されるからだ。悪天候もあって予想通り空いていた。
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今回F君は、ほぼ10年前に開催された「第17回オマージュ瀧口修造 駒井哲郎展」(佐谷画廊)の図録をくれた。いつも気前いいなあ。この小冊子がすごいんだ。大岡信と駒井夫人が2,3ページづつメッセージを寄せている。薄いながらも図版が40も載っていて楽しい。モノクロだが駒井の作品はもともとモノクロが多いから障壁にはならない。F君ありがとう。

今回の「会議」では重要なことが討議された。しかし内容的に秘密にしておきたいことが多く、ここに具体的に書けないのが心苦しい。せめてそのさわりだけでも紹介しよう。

♪某国で開催中の某画家の大規模な回顧展の図録を通信販売してもらう交渉(依頼レター文面考案)・・・これはジョヴァンニがいったん受け、某国語が堪能な親類に委嘱するつもりだ。

♪某流派の日本での取り上げ方の推移調査(スポットライトを浴びるアーティストの変遷)・・・これはF君が先に言ったのでF君に優先権がある。ジョヴァンニもやりたかったが我慢する。

♪マニアック作者当てクイズ・・・これはあまりにマニアックなのと、図版に版権がからみそうなのでここにアップできない。すみません。

しかしマニアックな世界だなあ。F君、これからもよろしく。

2007年7月16日 (月)

鶴岡政男展

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「生誕100年 鶴岡政男展 人間を愛し、人間を笑う」(神奈川県立近代美術館・鎌倉)に行った。父の逝去後、役所関係の雑用が多く展覧会から足が遠ざかっていた。この辺で以前のペースを少しでも取り戻そうと思い、まずは近場に向かったのだ。

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鶴岡政男というと、まずは「思い手」が思い浮ぶ。というか、この作品しか知らない。そういう人は多いのではないか。そこで今回の展覧会は、鶴岡政男らしさを探すことをテーマに据えた。

まずは他のアーティストの模倣か、あるいは強い影響下に作ったと思われる作品を探してみた。これが結構あるのだ。

♪「リズム」:カンディンスキー
♪「死の静物」(松本俊介の死):ビュッフェ(の線)
♪「喰う」クレー(の線中心の絵)
♪「物体」:未来派(の足が沢山描かれた犬)
♪「ひとNo.3」:ポロック(のドリッピング)
♪「動物(2)-森の騎手-」:ピカソ(の素描)
♪「女の顔」(彫刻):モジリアーニ(の描く顔)
♪「人体」(彫刻):カミーユ・ボンボワ(のふくよかな人体)

では、鶴岡政男らしさ、つまり鶴岡独自の境地を示した作品は無いのかというと、実は2つの流れが見つかったのだ。その1(仮にAパターンと呼ぶ)つは「メッセージのある重苦しい社会派」で、有名な「重い手」が該当する。そしてもう1つ(仮にBパターンと呼ぶ)はチラシのキャッチ「人間を愛し、人間を笑う」を地でいく「笑いのあるエロシティズム」だ。このABは対極にあると言っても過言ではないくらい、性格を異にしている。

Bパターンの例はチラシに採用された「ゴルフ」だが、このての説明は苦手なので作品にすべてを物語ってもらうことにする。決して面倒だからじゃないよ。気恥ずかしいからだよ。

今回は、今まで知らなかった鶴岡政男の全貌が少し見えてきたのが収穫だった。今後も鶴岡と同じように、ある程度知名度がありながら、作品の紹介が遅れている作家の作品を積極的に取り上げてゆきたい。

2007年7月15日 (日)

チラシらしさ その4

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これは1994年に開催された「バウハウス 芸術教育の革命と実験」(川崎市市民ミュージアム)の特殊なチラシだ。下の円弧は円周に沿って切れ目が入れられており、持ち上げると蚊取り線香のようになる。サイズも変形版なので制作にはお金がかかったと思われる。この種のチラシは、いかにもありそうで、なかなかお目にかかれない。

バウハウスは、IT化が進んだ現在の言葉で表すと「エデュティメント」のはしりみたいな組織だ。文字通り「教育と娯楽」を統合して面白おかしくアートを学ばせ、実践させた学校だ。地味ななかにも、このチラシのような遊び心を力強く発信したと思う。

2007年7月13日 (金)

チラシらしさ その3

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これは今から27年前、1980年に国立西洋美術館(上野)で開催された「フラゴナール展」のチラシだ。B4で表面は文字情報のスペースと絵とが真っ二つに分かれ、二つ折りしても機能するように出来ている。

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そしてこれは半券だ。落ち着いたデザインで、特に変わったところは無い。しかしよく見るとチラシと半券とで微妙な違いがあるんだ。キャッチフレーズが異なるんだよ。

チラシには「明春“魅惑のロココ”名作一堂に * 18世紀フランス絵画の巨匠」と書いてある。これに対して半券には「18世紀フランス絵画の巨匠*魅惑のロココ芸術の世界」と順番が逆になっている。なおかつチラシにあった「明春」、「名作一堂に」という語句も省かれている。これは半券の場合は限られたスペースに文字をはめ込むための措置だと思うが、こういう事は珍しい。ほとんどの場合はチラシと半券とでキャッチフレーズは同一なのだ。

考えてみると、「明春」も「名作一堂に」も客引き効果を狙ったものだとわかる。「明るい春ですよ。フラゴナールの美しい女性像をたっぷり見て青春を謳歌しましょうね」とでも言いたげだ。確かにフラゴナールの絵は春が似合う。最近の展覧会で時折みられる「釣った魚にさらに餌をやる」ケースとは逆に、チラシは集客色を強めている素直な例だ。

このチラシv.s.半券のシリーズは、掘り出してみると面白いのがいっぱい出てくる。これまで過去の例を紹介したけど、これからの展覧会についても触れてゆこう。そうすると過去から現在、未来にわたるトレンドが把握できるから。これも一つの研究テーマになるかな。

2007年7月 7日 (土)

切手って楽しい その6

お世話になっているF君から超ド級のプレゼントをもらってしまった。いつも展覧会のカタログとか絵葉書をくれるんだけど、今回は切手をくれたのだ。なんだ切手か、と侮るなかれ。これがすごいんだ。

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ねっ、素敵でしょ?私は勉強不足で作者を知らなかったが、この作者がまたすごかった。M.K.チュルリオニス(Mikolajus Konstantinas Ciurlionis)という名前で、1875年リトアニアに生まれた作曲家兼画家だ。音楽はオルガニストの父の教えを受けた後、ワルシャワ音楽院(ポーランド)、ライプチッヒ音楽院などで学んだ。帰国後、美術学校に入りなおしたそうだ。

上の作品は「星のソナタ」の楽譜を背景に、左が「アンダンテ」、右が「アレグロ」。自作曲の2つの楽章を自分で絵画表現したものだ。クプカの形而上的絵画に未来派のカルロ・カッラあたりを混ぜたような幻想画に見える。構成、色、形態・・・どれも素晴らしい。

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この作品は「Auka」。「献呈」とでも訳せるかな。英語では「Offering」と訳しているから。港に停泊している船から煙が立ち上っている情景だろうか。幻想の度合いは小さいが一種独特の雰囲気を醸し出している作品だ。

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そしてこれは「Kapines」。英語では「Cemetery」だから「墓地」だろう。ダリ風のたたずまいだが、故郷への憧憬というような感じを受ける。

こんな素晴らしいお宝をもらってしまったいいんだろうか?F君ありがとう。これからもよろしくね。(強欲!)

2007年7月 4日 (水)

東響メンバーによる弦楽五重奏

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珍しく「普通の」コンサートを聴きに行った。「MUZA de ナイト コンサート2007」の第4回「東京交響楽団のメンバーによる弦楽五重奏 ~モーツアルトとドヴォルザーク~」(ミューザ川崎シンフォニーホール)だ。「トリオレヴリー」メンバーのヴァイオリン奏者J君が誘ってくれたのだ。ただ単に「コンサートを聴く」だけでは私は腰が重いが、終演後のお楽しみを思い浮かべ、内容も聞かずに二つ返事で行くことに決めた。当初はトリオ仲間3人で行く予定だったがピアノの「よいこ」さんが急用で来られず、J君と二人になった。

J君の目的(そして、それがそのまま収穫になったのだが)は次のような事だった。
1.これまでミューザ川崎のホールには行ったことがなかったので、一度行って見ておきたかった。
2.弦楽四重奏にダブルベース(ヴィオラではなく)が加わった弦楽五重奏とはどんな響きなのか、一度聴いてみたかった。
3.最近「ハーフセンチュリー弦楽四重奏団」の練習が思うように進まないので、ここらでプロの弦楽器奏者の演奏を聴いて、何か参考になることがあったら持ち帰りたい。

曲目は次のとおり。
モーツアルト作曲「ディヴェルティメント」ヘ長調K.138
ドヴォルザーク作曲「2つのワルツ」
ドヴォルザーク作曲「弦楽五重奏曲」第2番ト長調

まず演奏者を擁護する立場に立ってみると、このホールはサントリーホールのようにステージを360度ぐるっと取り巻く形になっている。(今回は観客数も少ないので演奏者の後ろ側には人を入れないようにしてあったが。)その広い空間の中心で室内楽を演奏すると、音がどうしても拡散し、響きが損なわれる。これは当たり前のことかもしれないが、演奏者にとっては大きなハンディだったと思う。まあ仕方ないかな。せめて後ろに反響版でも置いたらずいぶん違うのにな。でもそれでは見てくれがあまりにも悪くなるかな。

そういうわけで美しい音色は求めることができなかったが、弦楽器の弾き方という点でいろいろ参考になった。弓の返しとか、全体の音のバランスとか、音ではないが腰を浮かせて弾くパフォーマンスとか、勉強させてもらったポイントがいくつかあった。

ドヴォルザークは結構演奏者のことに気を配る作曲家のようで、この五重奏曲でも第一ヴァイオリンが中心とはいえ、他のパートにも美味しいメロディーを分けるなどの配慮が随所に見られた。また1,2小節でメロディーの断片を他のパートに受け継いでゆく箇所もある。今回の演奏では、そのようなところでは最初に旋律を弾いたパートが次に渡したら即座に音量を落として伴奏に回る、という協調が実践されていた。当たり前といえば当たり前だが、素人が練習すると、この按配がうまくいかないんだな。

終演後は「魚や一丁」にて演奏者でもないのに勝手に「打上げ」だ。このために来たとい

うとあまりにも演奏者に失礼かな。反省します。中生~八海山~久保田と進んで、ビールにも日本酒にも飽きた。しかしもう1杯飲みたかったので梅酒ロックを注文。その間、上記のような議論を延々と繰り返していた。同じことを2,3回しゃべったかもしれない。充実した夜だった。「よいこ」さん、次回は参加してね。楽しいよ。

2007年7月 1日 (日)

ジョヴァンニつながり 作曲家の巻

各方面で名をはせたジョヴァンニを集結させてみたくなった。まずは作曲家からいってみよう。渋谷に用事があったので、「クラシック音楽作品名辞典」(三省堂)を携え、湘南新宿ラインの往復車中でジョヴァンニと名の付く作曲家を拾い上げてみた(暇だなあと言われるのを覚悟の上で)。そしたら、23人も見つかった。

その中で「バティスタ」というミドルネームとの組み合わせが9人もいた。なんと半数近くである。「ジョヴァンニ」と「バティスタ」はよほど好まれる組み合わせらしい。

♪ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィオッティ
 「ヴァイオリン協奏曲」で有名。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・ヴィターリ
 「シャコンヌ」で有名。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・ペルゴレージ
 「奥様女中」などのオペラで有名。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・マルティーニ
 少年モーツアルトの先生。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・サンマルティーニ
 「交響曲の開拓者」と言われる。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・ソーミス
 ヴィヴァルディとコレッリに師事したとか。
 なぜかジョヴァンニはソナタ集の楽譜を持ってる。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・バッサーニ
 カンタータの題名を読んでみると・・・
 「セレナータ」、「なだめられた恋人」だとさ。
 宗教曲というより色恋を描いた曲に見えるな。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・フォンターナ
 「初期バロックのソナタの発展に貢献」だとか。
♪ジョヴァンニ・バティスタ・ボンノチーニ
 ヘンデルに対抗してロンドンに殴りこみをかけたとか。
 「ポリフェモ」、「グリセルダ」などのオペラは
 何となく化学物質を連想してしまう・・・。

「バティスタ」を伴わないジョヴァンニは有名人が少ないが、最初の二人は高名だ。
♪ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ
 ルネサンス音楽の巨匠。
♪ジョヴァンニ・パイジェッロ
 ロッシーニ同様、「セヴィーリャの理髪師」を書いた。
♪ジョヴァンニ・フランチェスコ・アネリオ
 「ローマ楽派」でパレストリーナの流れをくむ。
♪ジョヴァンニ・ジャコモ・ガストルディ
 「5声のパレット」なんて画家に通じる言葉だな。
♪ジョヴァンニ・ガブリエーリ
 「サクラ・シンフォニア」は日本の情景を描いたのか?
 いや「サクラ」はラテン語だった。
♪ジョヴァンニ・ズガンバーティ
 オペラ全盛のイタリアで室内楽など純粋器楽曲を作った。
 この快挙に拍手!
♪ジョヴァンニ・パオロ・チーマ
 「チーママ」みたいな名前を付けるから
 いつまでもナンバー2に甘んじなければならないんだよ。
♪ジョヴァンニ・パチーニ
 「ダンテ交響曲」なるものを作ったとさ。
♪ジョヴァンニ・ピッキ
 初期鍵盤音楽の成立に重要な役割を果たしたとか。
 「新ドイツ鍵盤タブラチュア」なんて「いかにも」だね。
♪ジョヴァンニ・ベネディト・プラッティ
 ヴュルツブルグ宮殿のチェンバロ奏者兼歌手。
 ここは世界遺産になっている!
♪ジョヴァンニ・ボッテジーニ
 「コントラバスを独奏楽器に昇格させた人」だそうだ。
 「エロとレアンドロ」という目を引くオペラも書いた。
♪ジョヴァンニ・マリア・ナニーノ
 システィーナ礼拝堂の楽長。
 ん?あのミケランジョロの天井画がある所か!
♪ジョヴァンニ・レグンツ
 ヴェネティアのサン・マルコ教会の楽長。
 オペラ「エテーオクレとポリニーチェ」を書いた。
 「言っておくれと警官のニーチェが自白を求めた」
 なんてことはないか。
♪ジョヴァンニ・バッサーノ
 ジョヴァンニ・バティスタ・バッサーニに似てるけど別人。
 この人はヴェネティアのサン・マルコ教会の主席器楽奏者。

こうしてジョヴァンニの血筋を追ってゆくと面白い。次は何を探ろうかな。やっぱりアーティストにしようかな。

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