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2007年1月14日 (日)

古本「現代 日本画家辞典」

_039 古本屋で「現代 日本画家辞典」を買った。昭和31年(1956年)の出版である。著者は猪木卓爾。「現代」といっても51年前だ。ほぼ半世紀になるから、紙が黄変し、年月の重みを感じさせる。なぜこんな古い資料を求めたかというと、日本画家に対する世間の評価の変遷を知りたかったからだ。当時もてはやされた画家が今日評価が落ちていることもあれば、その逆も考えられる。そのような調査のための資料にしたかったのだ。

「まえがき」を読むと著者のこの本に対する意気込みが伝わってくる。少し長いが面白いので引用してみよう。(一部、旧字体や送り仮名などを読みやすく変えたところがあります。)

「今まで日本画界には作家の評伝または名鑑類は相当数出ているが、評伝は多くは著者の主観に基づく著名な大家、流行作家の芸術品評価に限られ、名鑑類は住所のほかは余りに簡単に過ぎ、これらの書物を参考にせんとする観賞家の不便が少なくないので、それらの要望に応えんために採録に取りかかり、足かけ4年有余の日子を費やした。」

なるほど、評伝と名鑑の情報と特長を併せもった辞典を作るのだ、というミッションを自らに課し、4年もがんばって調査した結晶なのか。これは貴重な資料を見つけたぞ。なおこれは個人情報保護などがうるさくない時代だから出来たのだろう。現代では名鑑ならともかく、住所付き評伝はほとんど見ない。「まえがき」は次のように続く。

本書の資料は多くは本人直接のもので、中には出典確かなものからとったものもあるが、それらの資料で作家の履歴、画系、特技、研鑽の足跡、社会的待遇、将来性などにつき、能う範囲内で正確かつ公平を期した。そしてなるべく作風の評論を避け実績の叙述に努めたつもりである。」

これはすごいことだぞ。著者は公平なデータ列挙を目指すために、作風評論を書きたい気をぐっとこらえて実績の叙述で我慢すると言っているのだ。そのためにはかなり冷徹な、科学的なアプローチが必要となるだろう。

しかし本当にそんな禁欲的なことができるのだろうか?著者には敬意を表したいが、自分の主観や思い入れが反映されない著述など味気ないだろう。そう思ってページをめくってみたら、あったあった。高山辰雄の項の最後に次のように記されていたのだ。

「その前衛的な画業の完成と円熟に至るためには、尚、将来多くの困難と闘わねばならないだろう。」

この文には著者の主観が多分に含まれていると思う。ただしあくまで愛情を持って書いているのだ。著者は高山辰雄が当時の絵画の道から外れているとしている。だから周りからの風当たりも強いが、それにめげず彼はがんばってゆくだろう、というような気持を込めてこの文を書いたのではないかと思われる。それにしても、高山辰雄が「前衛」と呼ばれるのだから時の流れを感じざるを得ない。

この本はすぐに役立つことはないかもしれないが、何かの調査の際にはその真価を発揮するだろうと信じる。同書の当時の定価は350円だが、古本屋では1,000円で売られていた。はたしてこの1,000円は高いか安いか?いずれ答が出るだろう。

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コメント

僕のブログへ来訪有難うございます。ジョバンニさん、さらにパワーアップされていて素晴らしいブログですね。

サク茶碗さんコメントありがとうございました。本を買って喜んでいるのはまだ未熟です。自分で本を書いて読んだ人が感動したら本物なんだがなあ・・・。

でもまだあきらめないぞ。お互いに向上心を持って猪突猛進しましょう。

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