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2006年12月18日 (月)

ブルックナーの[ぶつ切れ]を好きになる法?

弦楽合奏団でチェロの人が体調を崩されたりして補欠のお呼びがかかったので初練習に参加し、その後忘年会に突入した。コンバス兼副指揮者は知識が広い人で様々な話をしてくれたが、その中でブルックナーの「ぶつ切れ」についての講釈が面白かった。

私はオーケストラ作品をあまり知らない。在学中、ハイドンの権威・中野先生の研究室に遊びに行った時にライテントリットの「音楽形式学」がいい本だと薦められたので読んでみた。なるほど形式の歴史的発展の経過がよくわかる好著だと思った。その中にブルックナーの交響曲第8番のアナリーゼが載っていたので、私はブルックナーはこの曲が作曲技法的に一番面白いのかと思った。そこで早速、ブルックナー命の友人の下宿に遊びに行った際、8番のレコードを聴かせてもらった。彼は本当にマニアで下宿でボリュームを上げ、指揮棒を取り出し振りながら聴くという凄まじさだった。その時の私の感想が「ぶつ切れの楽想」だった。こんなものは美しくないんじゃないかと。

さて話は忘年会に戻るが、コンバス兼副指揮者氏が言うにはブルックナーはもともと教会のオルガニストだから、その曲も宗教音楽であり、オルガン的だということだ。そして一節が終わりゲネラルパウゼ(全楽器が休む)になると、残響が心地よく響くのだそうだ。この残響を味わえないと、「ぶつ切れ」に聴こえるという説だ。なるほど、言われてみるとそうかもしれない。

というわけだが、以上の話はオーケストラのファンにとっては特に耳新しいことではないかもしれない。その場合はごめんなさい。しかし私のようにオーケストラを広く知らない人にとっては「なるほど」になると思う。それでブログにアップしてみたんだ。

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