「プリズム:オーストラリア現代美術展」(ブリヂストン美術館)に行った。地域の特性が非常に強く打ち出された企画だった。展示作品のほとんど全部が先住民の訴えというメッセージを帯同していたからだ。今まで私はこの種のアートを無意識に避けてきたが、ここまで大群となって押し寄せられると無視できなくなる。弾圧を加えられた民族の反発力がそのまま注入されたアートには強靭さが備わっていると感じた。
そうは言っても長年の趣味嗜好は急に変えることができないから、社会派メッセージの側面はちょっと横に置き、自分らしく純粋に構成の美しさを楽しめた作品を追ってみよう。まずはホセイン・ヴァラマネシュの「落ちていた枝」だ。文字通り落ちていた木の枝を組み合わせて壁に貼り付けただけのインスタレーションだが、幾何学的な造形美を感じた。これを見た瞬間、ゴールズワージーの作品かと思った。自然物で円を構成した作品がゴールズワージーにもあるので思い出したのだ。作者はイラン系オーストラリア人という異色の存在だ。
次はドロシー・ナバンガーディの「ミナミナの塩」だ。黒地のキャンバスに白の点が無数に並べられている。作品から離れてゆくとまっすぐ並んだ点はつながって線となり、並行に並んだ線はつながって面を形成する。そしてまた作品に顔を近づけてゆくとそれらの面や線が分解されて点に還元されてゆく。そのうつろいが面白い。また全体の構成も魅力的だ。どこかにありそうな構成だが今まで見たことがない個性的な作品だった。ミナミナとは彼女の先祖代々の土地だそうだ。
異色の構成を見せてくれたのがフィオナ・ホールの「運が向くとき」だ。世界各国の紙幣に各種の葉を重ね、それらを一列に並べただけの作品なのだが、不思議と構成の妙を感じる。重ねられた葉は神話か何かの関連で幸運をシンボライズするのだろうか。それとも先住民が葉を紙幣代わりに使っていたからであろうか。探したが日本の紙幣は無かった。構成美に向かないと思われたのだろうか。いろいろ興味が尽きない。一つ一つの部分が丁寧に作ってあり、渋い色調と相俟って上品な作品に仕上がっており、好感がもてた。作者はアメリカで写真を学んだ後、現代オーストラリア美術の代表格にまで上りつめたそうだが不勉強で名前を知らなかった。
ブリヂストン美術館は一流作品を多く所蔵しているので常設コーナーも楽しい。今回も次のようなウハウハするような作品たちに出会えた。
・ フジタ「ドルドーニュの家」:フジタ作品の中で文句なし一番好きな作品だ。
・ ヘップワース「翼のある人物Ⅰ」:エレベータ横にいきなり置いてある。
・ ピカソ「ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙」:好感。
・ クレー「島」:クレー命だから作品に出会えると嬉しい。
・ ザオ・ウーキー「07.06.85」:ブルーが美しいなあ。
・ デュフィ「オーケストラ」:音楽もあるし。
・ 猪熊弦一郎「Sky Triangle」:いいね。
・ 堂本尚郎「連続の溶解9」
・ 斎藤重義「作品」
・ 菅井汲「OKA」
これで(常設展も含めて)入場料1,000円は高くないと思った。
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