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2006年5月 4日 (木)

武満徹|Vision in Time展

Visionsintime_ 2つの展覧会の相関図と「詩人の眼・大岡信コレクション展」の詳細を書いたので、残りは「武満徹|Vision in Time」(東京オペラシティアートギャラリー)だ。この展覧会はメジャーだろうから内容を紹介する必要はないと思う。それよりも日頃考えている音楽、美術、文学の関係について、この展覧会を媒介に再考してみることにした。

武満は「夢と数」の中で「音を聴く時-たぶん私は視覚的な人間だからでしょうが-視覚がいつも伴ってきます。そしてまた、眼で見た場合、それが聴感に作用する。」と書いている。(展覧会カタログではP.4)この感覚の相互作用は個人差が大きく、かつ曖昧なので法則的なものに帰結させることはできないが、考えるきっかけとして面白い題材だと思う。

例えば私の場合は、音楽を聴くとその楽譜のイメージが浮かぶ。それ以外のイメージ-例えば風景だとか-は全く現れない。一方、楽譜を見ると音が浮かぶが、楽譜以外のものイメージ-例えば風景だとか-を見ても音楽は浮かばない。どちらにしても武満と大違いだ。私が普通の人間の代表だとすると、武満は音と画像の両者の感覚を転換する何かを頭に備えているのだろうか?

「武満徹|Vision in Time展」の会場ではオディロン・ルドンの「眼を閉じて」を観ながらヘッドフォンで武満がこの絵にインスパイアされて作曲したピアノ曲を聴けるコーナーがある。ではこのセッティングで武満の曲を聴いた人は、その曲から眼を閉じた人物を想起するのが「正しい」観賞方法なのであろうか?また、そのように感じ取らなければその聴き手の感性は未成熟なのであろうか?

結論を出す前に別の例を挙げてみよう。ベートーヴェンの「月光」ソナタを聴いたら月の光を頭に描かないと正しく観賞していないのだろうか?実はこれは特異な例であり、私が必要な場合に言及する事例なのだ。実はベートーヴェン本人はこの曲を単に「ファンタジア(幻想曲)嬰ハ短調」という題で発表し、本来月とは何の関係もない曲だったのだ。「月光」というのは後の人が勝手に創作した話で、それが広まってしまったのだ。

それではこの曲を聴いて「月光」をイメージしたら、それは正しい観賞ではないのか?という別の疑問が沸いてくる。それは疑問ではなく愚問なのだが、そこを明確にしないと武満の聴覚・視覚論が進まないから、強引に結論を出してしまおう。

結論は、たとえ表題のたった一言(「月光」)であっても、それが文学的な示唆となって脳を支配し、結果として画像などのイメージを喚起する場合があるということだ。「月光」の場合はさらに特殊で、ベートーヴェン本人の本来の意図(単に音構成を楽しませる)から離れ、作品が「月光」という新たな表題を伴って一人歩きした結果、月のイメージを喚起させる(聴き手によっては)作品に変容してしまったのだ。

武満のピアノ曲の場合、たとえ目の前にルドンの絵が飾ってなくても、表題や曲目解説を読んで「眼を閉じて」というテキストを頭で理解した結果、音を聴いて眼を閉じた人間の姿が浮かんでくるという事は、別に不思議でも何でもない。逆にそのような画像が全く浮かばない人もいるだろうし、どちらが正しいなどという議論はナンセンスなのである。

武満は作曲と同時に、文学、美術においても多数の「創作」を残したと思う。そしてある場合は音楽作品の表題そのものが詩的霊感を呼び覚ますものとなり、仮に音を鳴らさなくても様々なイメージを喚起させる作品群を残してくれたと思う。

なお、武満は図形楽譜も創作し、今回の展覧会でも展示されている。私としては音楽という芸術からだけみたら図形楽譜はナンセンスであり、単なるこけおどしとしか評価できない。しかし、もっと広く捉え、図形楽譜を美術作品だと思えば腹が立たない。いや逆に大

変優れた美術作品ではないかと思う。

武満は「十二音技法」についても触れている。「今日いわれている十二音音楽も・・・中略・・・美学の純粋性が際立ちすぎることによって得る欠陥と同様の結果をまねくであろう。」(「音、沈黙と測りあえるほどに」、カタログP.46)。

これも図形楽譜同様、私としては音楽芸術だけからみたらナンセンスものだが、美術というか高尚な「知的遊戯」と捉えたら、大変高度な分野であろうと思う。大学の後輩でアルバン・ベルクのセリー音列パターンをそらんじているというつわものがいる。彼の趣味は否定すべきものではない。いや、高尚な趣味でうらやましいと思う。そのジャンルが音楽ではなく、「知的遊戯」という別ジャンルだと思えば、である。

この「知的遊戯」は文学の世界にも存在する。「いろは歌」などはその好例だ。「ジョイス語」なども同類であろう。

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