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2006年4月 2日 (日)

損保ジャパン 選抜奨励展

__3025回損保ジャパン美術財団 選抜奨励展」(損保ジャパン東郷青児美術館)に行った。いやあ良かったなあ。期待をはるかに上回る面白さだった。まだ定評を得ていないアーティストの作品を鑑賞し、(生意気ではあるが)その評価を試みて専門家の評価と比べるという行為は楽しい。結果が同じなら自信につながるし、異なってもその差異を吟味し、勉強になると同時に新たな発見があるから。まずは記録保持のため、専門家の審査結果との評価の比較をまとめてみた。

【平面作品部門】

損保ジャパン美術賞   岩岡航路     「南島・鮫池・忍」

秀作賞                安富洋貴    「僕に至る隔たり」

同                  榎本香菜子   「最後の個体」

同                   樫原隆男    「イエローウイング」

ジョヴァンニ最優秀賞 大波天久     「鎮守の杜」

秀作賞         中山智介      「寡黙と饒舌の間から」

同          幡谷フミ子    「樹相-おのがまにまに」

同          深見まさ子    「隔(大地の響)」

【立体作品部門】

新作優秀賞      白石泰明      「海楼(かいろう)」

新作秀作賞      ますみつ三知子「LIFE 05 LIFE

ジョヴァンニ最優秀賞 ますみつ三知子「LIFE 05 LIFE」

秀作賞        白石泰明       「海楼(かいろう)」

立体のほうは1位と2位が逆になってはいるが、専門家審査とジョヴァンニ評とが同じ結果になっている。しかし平面のほうは、上位4作品がすべて異なるという隔たりとなった。別に奇をてらったつもりはない。ただ自分に正直に書いてみただけだ。私は政治的・社会的・宗教的メッセージを含む作品を好まないので榎本作品は敬意を表しつつも除外した。また、岩岡・安富両作品とも好きな心象風景でかつ高水準だとは認めるが、心象風景は幡谷作品のほうに軍配を上げたくなっただけだ。樫原作品は好きな抽象的構成感があり良かったが、構成の点では大波、中山、深見作品を採りたい。いずれにしても以上の評価は微差だ。ジョヴァンニが好んだ作品の記録をしておく。

__31 大波天久の「鎮守の杜」は旧来の分類だと「墨絵」ということになるんだろう。しかしその形態はモダンだ。サインもアルファベットで書かれている。隣の朱肉印が東洋的だからそのコントラストが面白い。サインと印だけでなく、作品全体が東洋・西洋の両方のエッセンスを混成させたようだ。ハイブリッド造形とでも名付けようか。上のほうに見える雲のようなものはマルセル・デュシャンの名作「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)」に描かれた物体によく似た形をしている。もしかしてデュシャンを意識したのか? 墨絵なので全体的に黒が基調だが真ん中に置かれたうす紫色の円環が印象的で作品全体を引き締めている。墨をベタっと塗った戸、墨を飛ばしたような所、いろいろあるがそれらの総合的な構成が実に見事だ。文句なくジョヴァンニ最優秀賞だ。

___4 幡谷フミ子の「樹相-おのがまにまに」は悲しい風景だ。冬だろうか。葉を落とし小枝が露になった木が二本。一つは白く、もう一本はうす茶色をしている。それとは別に影のような木が二、三本重なり合いながら白と茶色の木にまとわりついている。それらの形態は互いに重なり合い、互いに自己を主張し合い、あるいは調和しながら佇んでいる。一方、地面(あるいは湖面?)にはこれらの木々の影が映っている。影の木も地面に影を落としている。このように、実体と影と「影の影」が織り成すハーモニーが作品全体を支配している。しかし騒然とせず、逆に画面はしんと静まりかえっている。怖ろしいほどの静けさだ。作者は長い間病魔におかされていたという。なんという作品だろう。力強さと脆弱さとが自然に同居しており、矛盾を全く感じない

ジョヴァンニ賞に選外となったが気になった作品を記録しておこう。

___ 岩岡航路の「南島・鮫池・忍」(損保ジャパン美術賞)は、さすが最優秀の賞を獲得しただけあって素晴らしい作品だった。小笠原諸島にある南島の断崖絶壁に若い女性が後ろ向きに佇んで、入り江の先につながる海のほうを見ている。それだけなら単なる写実画だが、女性と断崖の間に折れ曲がった三面屏風のようなついたてが宙に浮いている。一番左の面には小笠原諸島の地図が描かれている。真ん中の面は四角く切り抜かれて向こう側の入り江が見える。右側の面にはモノクロームの女性の写真か絵が見える。二人の女性は同一人物だろうか?それはわからない。ただ髪の毛が風になびく様子などを細かく見ると、鏡面映像ではないことだけわかる。だから同一人物なら、違う時期の、異なる場所での像であろう。このての作品には、時にシュール的な仕掛けが施される場合がある。例えば、ついたての真ん中の面(くり抜かれて向こうが側が見える)とついたての外に見える風景が別の場所を映し、異次元に迷いこんだ感じを醸し出すなどの手法だ。しかし岩岡作品はそのようなカラクリを用いず、風景はずっしりと自然のまま置かれている。超現実的なのは間に浮くついたてだけだ。そのついたても、慣れてくるとさほど違和感がない。不必要な細工をせず、メリハリの効いた見せ方によって心象風景を完成させている岩岡作品は、なるほど最優秀に推されるだけのことはあると思った。

__32 榎本香菜子の「最後の個体」(損保ジャパン秀作賞)は、社会的メッセージがあるからジョヴァンニ賞から除外したと書いた。しかしその訴える力は大きい。湖か海か迷うが水面が広がり、その手前に広い草原がある。そこに木の枝が三本組まれている。その下には鳥の卵らしきものが多数置かれている。これが1914年に絶滅したリョコウバトの卵だという解説だ。それだけでも何やら心騒がされる感じだが、キャンバスの上にはみ出した三角形状の屋根のような部分にオブジェみたいな物が置かれている。よく見ると鳥のように見える。これが死滅したリョコウバトの姿を表していることは明白だ。しかし私としてはこの鳥の姿は余計な付け足しに見えてならない。仮にこの部分が無く、旧来の四角いキャンバスに卵だけが描かれていても、それで同じメッセージを送れないだろうか? 感性の鋭い鑑賞者だったら、草原にさびしく放置された卵を見て絶滅などが暗示されていると読み取るのではないだろうか? その辺の意見は抱いたが、作品としては立派であり、訴求力に富んだ秀作だと思った。

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